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黒豆と馬

爽やかな風と程よく雲に遮られた太陽の光が心地良いそんな昼下がり。


「すまない。私付きのメイドを見なかったか? 黒くて、ちょこまかしていて、手のひらサイズのメイドだ。確かこの辺りに来たと思ったが」


デインは書き直した書を手にきょろきょろと庭園を見渡し、自らのメイドを探していた。

庭師が隅々まで手入れをし、咲き誇る真っ赤なバラの間で、黒いものがもぞっと動く。


「お呼びで? まだお昼休みでございますが」


「あぁ、すまない。至急書簡を届けに行ってほしい」


どこからかひょいっと現れた黒豆の手は、泥で真っ黒に汚れていた。

どこで一体、何をしていたのだ? デインは怪訝に思ったものの、それよりも急ぎの用を優先させる。


「其方、馬は乗れるであろう。其方の体だと小さな馬しか乗りこなせぬだろうが」


デインは黒豆の小さな手を引き馬舎へ向かった。


「……馬でございますか。念のための確認なのですが、生きている馬に乗れとおっしゃっているのでしょうか?」


「其方は一体何を言っている? 死んだ馬に乗っても仕方あるまい」


用件を告げれば、目に見えて黒豆の足が重くなる。

デインが察するに、黒豆はあまり乗馬が得意ではないのだろう。


しかし並足ならば、どんなに動きが鈍くとも出来ぬものなどおらぬし、徒歩で行くよりは幾分か早い。


「ご主人様……恐れ入りますが、馬には乗れませぬ」


「其方、それはまたつまらぬ冗談か?」


急を要すのだと促せば、黒豆は怯んだように一、二歩後ずさった。


「経験がありますのは、一定の場所をぐるぐる回る生きていない馬でして。気性が荒くないというか、気性がないというか、三歳児から乗れるメリー的な回転の遊具で」


「其方の申すことはよく分からぬ」


デインが小さく優しい馬の手綱を引き、鬣を撫でながら


「これならば大丈夫であろう?」


馬の大人しさを見せても、黒豆は近寄ってこない。

業を燃やしたデインが、黒豆を抱え上げて馬に乗せようとすれば


「やめろっ! 人殺しっ!!」


金切り声で叫ばれた。


「人ごろ……言い過ぎであろうっ」


頭上から聞こえる悲鳴に、大人しい馬が蹄を掻く。

デインは落ち着きなく首を震わせた馬の鬣を撫でながら、残る片手で黒豆を地に下ろした。

 

信じられないことだが、どうやら本気で怖いらしい。デインは仕方なしに別の使用人を呼び、書簡を託した。


「其方、本当に馬が乗れぬのか? 馬は我が国のみならず、他国でも主要な移動手段として使われているものぞ」


「私の国では主要ではございません。馬を用いて移動などしたら、2チャンネルでスレッドを立てられてしまいます。そもそもです、昨今書でのやり取りは余程正式な時か、古風な方が使うもので、私たち若人は指先ひとつで意思疎通をするのです。買い物だって、ウィンドウ開けば、クリック一つで密林から猫がやってきて、欲しいものを持ってきてくれるのです。引きこもりに優しい国なんでございます!」


「分かった、分かった。無理に乗せて悪かった」


黒豆が何を言っているのかさっぱり分からぬが、余程馬が怖かったらしい。尻餅をつきながら、わめいている。

その声に馬が怯えては困るので、デインは黒豆を促し部屋へ戻った。


「其方、馬に乗れずにどうやってこの国にやってきたのだ?」


とんだ時間の浪費にデインが長い溜息を吐けば、恨みがましい目でじとーっと睨まれた。


黒豆の故郷は遠くにあると聞く。

それならば猶更馬に乗れなければ、ここに来ることは不可能であるはずだ。


「其方は本当に役に立たぬメイドであるな……」


「お言葉ですが、ご主人様。私、故郷ではそれなりの評価を頂く、A級引きこもりプログラマーでございました。ただこの国では、その素晴らしきスキルをお見せすることが出来ませぬが」


「この国で使えなければ、意味がなかろう。この国で其方が出来ることは何だ?」


「分かりかねます。何でしょうか?」


黒豆が真剣な顔で悩み始めたので、デインは放置し、書面に目を通し始めた。

これまでもデインは黒豆を雇っている意義を見いだせずにいた。

 

しかし黒豆の様々な問題発言はさておき、全く役に立たぬと言うわけではなし、傍に置いて煩わしいと言うわけでなし、その処遇は据え置くことにしていた。


「私のアイデンティティたるJavaもC言語も使えないとなると……なると…」


「黒豆、紅茶を入れてくれぬか」


「CADもウェブデザインも使えないとなると……なると…」


「豆、紅茶」


「申し訳ございません。只今、自分探しで手一杯ゆえにしばしお待ちください」


「……」


やはり暇を出すべきであろうかと、デインはぶつぶつと意味不明なことを呟いている黒豆を見ながら、小さく息を吐いた。


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