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苑のお国事情 2


「おいっ! こら、急に何やってんだよ!」


黒豆は弾丸のように紅葉王子に走り寄ると、その御手からむんずっと書をむしり取った。

他国の王子であり副宰相でもある方に畏れ多くも突進し、物を奪うという無礼な奇行を、おいこらっとルークは低い声で咎めるが、黒豆は耳を伏せて聞いてない。

 

そんな黒豆に代わって、ルークがわりぃなと固まったままの紅葉王子に謝罪している。

その言い方も一国を担う王太子が、他国の副宰相に向けるに適したものではない。


「ちび、暗黒ノートって何だよ?」


興奮も露わに書を握りしめる黒豆は、ルークの方に顔も向けず


「厨二病患者必須アイテムでございますればっ」


とおざなりに返答している。

黒豆の全神経がその書に向けられていた。


「は? 意味分からん、もう少し分かりやすく説明し…」


「だが断る!」


「俺っち次期国王なんだけどっ」


それ知ってるっ!? と今更の確認をしているルークに対し、黒豆は明らかに適当な相槌を打っていた。

デインは空の手元に目を瞬かせている紅葉王子に改めて非礼を詫びる。

 

黒豆は相手が他国の主要人物だと分かっているのだろうか。

しかし普段、無表情のまま淡々とした動きを基本とした黒豆の、興奮しきりと言わんばかりの原因である書。

 

待ちきれぬ様子で書を開いた黒豆の後ろから、デインは同じようにそれを覗き込んだ。


「これは……椿の処女作ズッ友セレナーデ! やっぱり、間違いないっ! これは椿の暗黒ノートだ!」


黒豆は確認するように、その書を指でなぞった。

細かく記される記号のようなそれに、デインは眉を潜めてしまった。

 

知らぬ文字だった。


「お前、いきなり暴走すんなよ。何、そのズッ友って……」


「ずっと友だちの略でございます!」


「…普通に言えば良いじゃん、生涯の友って。っつーかちびにもいんの? そのずっ友ってやつ」


「ネッ友なら!」


ルークと会話しながら次を捲ろうとする黒豆の手を押さえると、邪魔すんな! とばかりにギンと睨みつけられた。

デインは黒豆の頭を押さえつけ、書を取り上げた。

 

すぐさま、紅葉王子にお返しせんと振り返る。


「申し訳……」


「そちらの方は、この文字が解読できるのですか!?」


今度は紅葉王子が勢い込んで尋ねて来た。

こちらも先ほどの穏やかな雰囲気から打って変わり、その優しげな顔を少々強張らせて黒豆を見ている。


「ただの言い伝えだと思っていたのですが、その文字の謎を解き明かす鍵が貴国にあると言うのは本当だったのですね……」


紅葉王子は書と黒豆を交互に目をやり、困ったように顎に手をやった。

何か考え込む素振りを見せる王子の横で、そんな話初耳なんだけど……とルークが零す。


「先ほど、ルーク王太子殿下にもお話いたのですが……あ、とりあえず座って話しましょう。紅茶も冷めてしまったので、新しく入れなおしますね。チェルシー、ほらあの紅茶持ってきたんですよ。焼き菓子も」


「わっ! もしかしてあのお店の? こっちでは手に入らないから、すっごい懐かしい!」


先の突発的な行動を反省しているのか、一歩下がって事の成り行きを見守っていたチェルシーに紅葉王子が話しかけた。

王子が持参した紅茶と焼き菓子は、チェルシーが遊学していた時に毎日のように楽しんでいた嗜好品だった。


「ここの焼き菓子は苑国でしか栽培できない果物を乾燥させたものが練り込まれてて、すごく美味しいんだ。コマメちゃんも好きな味だと思うよ」


余談だが、ルークがちび、デインが黒豆と呼ぶためチェルシーは混じってしまったようでコマメと呼んでいる。


「チェルシーがこっちにいる時は、時間があれば通ってましたよね。僕も副宰相となって時間が取れずに、ここに来る前に数年ぶりに訪れました。新しい焼き菓子が色々と出てましたけど、チェルシーが好きだったものは変わらず一番の売れ筋でしたよ」


色々と持ってきたのであとで渡しますねと、爽やかな笑みを向けた。

チェルシーが嬉しそうに微笑み返し、頷いたところで


「余計なことくっちゃべってねぇで、本題に入ろうぜ。これ以上余計な時間を取るな」


不機嫌をあからさまに匂わせたルークの声が割り込んだ。

チェルシーはごめん……と気まずげに目を逸らし謝った。


昨日の今日で、ルークに心配をかけたことでルークの機嫌が地を這っているのだと思っているのだろう。

勿論、それも大いにあるが、見る限りそれだけではない気がする。


「とりあえず話を整理しながら纏めましょう。情報を共有し、状況を把握しないことには活路も見出せません」


良くない雰囲気を作っている三人をさり気なく離し、椅子に促す。

いつの間にか書を奪い取った黒豆が、われ関せずとばかりに齧りつくように読みふけっているが、紅葉王子は気にしていないようだ。

 

よろしいのですか? と問うように視線を流すと、構いませんと返って来た。


「あー……まず、俺も苑国の事情を色々聞いたとこなんだけど、ややっこしくてたまんねぇの。紅葉王子、もっかい話してくんねぇ?」


だらしなく椅子に身を投げ出しながら、ルークが紅葉王子に話を振った。

紅葉王子は姿勢を正し、分かりやすく、しかし簡潔に事の次第を語ってくれた。話の流れが論理だっていて、王子の聡明さが伺えた。

 

事の起こりは、一人の王族の不祥事。

第十六番目に当たる朱里王子。特に目立った行動を起こさず、王宮内でひっそりと過ごされてきた病弱な王子。

 

比較的に穏やかな気候である島の統治を命じられたが病理を理由に、出立を引き延ばしていた。

しかし後に、朱里王子の偽り事が発覚する。

 

朱里王子の体の弱さは周囲が認めていた。

食物を受け付けずにやせ細り、生死の境にある時もあった。

 

顔色はいつも優れず、部屋にこもりがちになっていた病弱な王子。 

しかしそれは避けられず起こってしまうものではなかった。朱里王子は信じがたいことに命の保証がない薬物を自らの体で試していた。

 

病弱な体を装い欺きながら、朱里王子は虎視眈々と、紅蓮王を裏切る準備をしていた。

違法なる薬を作り、裏の市場で売りさばき、あまつさえ他国と手を結んですらいた。

 

その事実を知り、紅蓮王が朱里王子を弾劾しようとした時既に遅し。

朱里王子は、こつ然と姿を消した。

 

王家が代々に渡って所有し、次代に引き継いできた古き書と共に。


「朱里は王家所有の書を数多く盗んでいきました。太古の昔に記されたとされる書を読み解けるものは誰一人おらず、それ故かその書の謎を知る者は国を凌ぐ富を得ると言われています。しかし所詮は根も葉もない夢語り。紅蓮王も書の行方に関してはさほど重要視していないのですが、ただその書に纏わりもう一つの言い伝えがありまして。その書の謎を読み解く鍵が貴国にあるというものです」


朱里王子が罪を犯し、逃亡したというだけなら他国の問題である。

しかしその朱里王子が身を潜めている先がこの国である可能性が高いと言う。


「自国の不祥事、恥じ入るばかりです。しかし兄上、我が国の主君紅蓮は若くして王になりました。加えて前王は色狂いとして知られる愚王で、国政は滞るばかりか、腐敗の温床。我が王はそれを切り捨て、国を正そうとしておりますが、しかし味方の少なさはすぐに補えるものではなく。自国の事情を知れば知るほど、私の早期隠遁生活も夢の彼方に飛んでいくのを感じます……」


紅葉王子は、ふっとため息を零し、気持ちを落ち着かせるためか優雅な手つきでカップを取り上げた。

音も立てずに紅茶を啜り、少し遠い目をして皿に戻す。


「本来ならば長閑で閑静な田舎で良い汗かいているはずなのに、実際は殺伐と悪意が張り巡らされた王宮で冷や汗ばっかりかいている僕……どこで人生設計を間違えたんだろう……」


漏れ聞く評判と、実在の紅葉王子は少々異なる人物のようだ。

自らが持つ副宰相位に執着を見せず、地位や権力に無欲な方。


だからこそ、紅蓮王は紅葉王子を味方として引き入れたのかもしれない。

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