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苑のお国事情


「ご無礼を承知の上、非公式にて参上仕りました。我が国と貴国は長きに渡り良き関係を築いておりまするが、此度それが揺るがんとする危機に面しており、我が主は一刻も早くお知らせせんと私に命をお出しいたしました」


「貴国の名を抱くものとは誰のことだ?」


男は喉に食い込んだ剣先を気に留める様子など微塵もなく、跪いた体勢を保っている。

ぽたりぽたりと数滴の血が床に滴った。


「第十三王子紅葉様にございます」


前国王の十三番目の王子、現国王紅蓮様の異母弟に在らせられる紅葉は、ルークの戴冠式に紅蓮王の名代としてお越しになる方だ。


「紅葉様か。確か紅蓮王の戴冠と同時に、副宰相の地位に付いた紅蓮王の右腕として名高いやつだろ」


主要な国の重要人物の名を覚えているのが次期王として当然であるが、ルークは例外である。自国の臣下の名すらうろ覚えなのだ。

それなのに苑の副宰相の名ばかりか、年齢などの細かいところまで把握していた。


訝しげなデインの視線に気づいたのか


「チェルシーと仲が良いんだよ、紅葉王子は。数年前、チェルシーが苑国に遊学に行ったんだが。その時送られてきた手紙に、その名前が何度も出てきたから覚えちまった」


手紙に記された程度で名を覚えてくれるなら、何度も目にしているはずなのに名を覚えられていない臣下の立場がなくなる。

紅葉王子、デインも勿論その名を知っていた。

 

苑国は他国と比べ婚姻の制約が緩い。幾人と契りを結ぼうと、当人同士の了承を得られれば、法が罰することはない。

早い話、一人の男が二人以上の妻を持っていたり、その妻が別の夫を持っていたりという通常では考えられぬ夫婦関係が許されている。

 

王となれば、制約の緩さは言うまでもない。

まして苑の前国王は、女狂いで有名であった。

 

数えきれぬ女に手をだし、生まれた王子王女も数知れず。

退位寸前に生まれた王子は、二十四番目の王子であった。


幸いにして、王位継承権を持っていた第一王子が聡明な方で、早々に色狂いの前国王を退位させ、若くして国政の実権を握った。

その若き王の信頼を得ている右腕の一人が紅葉王子だ。 


「チェルシーが遊学に行ったのが、維持費が嵩んで仕方ない無能な王族を一掃しようって紅蓮王が試みていた時期と被って、随分と王宮内は殺伐としていたらしいぜ。紅葉王子とは書庫で見掛けるうちに仲良くなったって言ってた。紅葉王子は権力とは無縁の性格で、領土の端に行く気満々で農耕についての勉学に励んでいたってよ。その影響を受けたチェルシーが、鍬の改良について熱く語った手紙を送ってきて、返事に困ったの覚えてっし」


ルークの口から滑り落ちて来たチェルシーの名に、男はここを頃合いと見て、胸元から一通の書簡を取り出した。

ルークはちょいっと片眉を上げ、ざっとそれを広げた。

 

素早く目を通した後、無造作にそれをデインに投げて渡してきた。それを受け、内容を確認する。

書簡にはチェルシーの名が記されており、紛いなくチェルシーの直筆であった。

 

国の大事となるやもしれぬ事態が起きていること、紅蓮の使者であるその男の言葉と、紅葉王子を信じて欲しいこと、そして許されるならば紅葉王子に会ってほしいと、簡潔に書かれてあった。


「チェルシー嬢が強制されて、これを書いたという可能性は?」


「ない。この書簡の中には俺とチェルシーだけが分かる合図が隠されている。チェルシーの意思で書いたっーことを示す記号がな」


男は跪き、頭を垂れたまま、ルークの決断を待っている。

ルークの決断は早かった。

 

剣を鞘に戻すと、チェルシーの元に案内しろと命じた。

至急に馬車を用意し、乗り込む。

 

本来ならば馬の方が早いのだが、乗れない足手まといが一粒いる。

あーまた、馬車か、嫌だなぁ……とぶつぶつ呟く黒豆をデインは胸元に抱え込んで、衝撃を和らげるように押さえてやる。

 

酔いの原因は、ひ弱な身体能力にあるが、その身の小ささも大いに関係していた。

身が軽いせいで、少しの衝撃でも大きく飛んでいくのだ。

 

コロコロと左右に揺れたり、上下に跳ねたりしているせいで、感覚が狂わされている。

揺れる馬車の中で、車輪の音に会話を妨げながらも、男は自分に許された限りですが、と前置きをして苑の内情を話し始めた。


「ご存じの通り、我が国は他国に比類がないほど王族が数多くいらっしゃいます。紅蓮様は王冠を抱いた時より国財を食いつぶし利を貪るだけの王族を一掃せんと試みて参りました」


「すんげぇ多いってのは知ってんだけど、実際何人いんの?」


「王子が二十四名、王女が十七名いらっしゃいます」


「……そりゃ王宮の維持費も馬鹿にならんわな…」


インド人もびっくりの子だくさん、うっぷ、と口許を布で押さえ吐き気を我慢する黒豆の背を撫でる。

吐き気が増すようならば話さなければ良いものを。


「第十六番目王子、この者は紅蓮様より苑の支配下にある遠方の島に赴くことを命じられておりましたが、病理を理由に王宮に居座り続けました。目立たずひっそりと宮殿で過ごすその者を、紅蓮様は放置しておられたのですが、半月ほど前、許されぬ罪を犯し、追われる身となりました」


「許されぬ罪って何をしたんだ?」


「病弱で気弱な様を装い、紅蓮様を欺くその裏で、闇の売買を行っていたのです」


「闇の売買っていったい何を売り捌いてんだよ?」


「強い中毒性と依存症、破滅への道を歩ませるものと言えば口にせずともお分かりになるでしょう」


感情を全く表わさぬ男が、その時ばかりはそれと分かるくらいに忌々しさを見せた。

破滅へ導くものと言えば、答えは一つしかない。


「ネット」


「アルビドゥスの花……か…」


アルビドゥスの花とは、心を狂わす悪魔の毒草。

その副作用は悪魔の仕業と思えるほど残虐なもので、大陸中でその栽培が禁止されている。

口に出すことすら憚れる悪魔の花、アルビドゥス。


その花言葉は【明日私は死ぬだろう】

その毒草を口にしたものには、心を狂わされ、壊される。

 

国を揺るがす戦の発端にもなったその花は、悪魔の花と呼ばれ、どの国でも固く栽培を禁じている。


「その十六番目の王子って、どんな奴なんだ? 紅蓮王に似てんのか?」


ルークの問いかけに、男は否と首を振った。


「その様は紅蓮王ではなく紅葉様に酷似しております。母君は違えど、双子と見まごうばかりに。お姿のみならず、そのお声も非常に類似しております」


「……」


馬車が止まり、会話はそこで中断された。

下りた先に見えた小さな屋敷の所有者は、今は分からない。

 

この辺りの屋敷の所有は、財政事情により始終変わる。現在誰のものかは影の報告を待つしかない。

案内された部屋の前に立っていた別なる苑の影が、一礼で敬意を表した後で


「失礼は承知で申し上げます。その中を改めさせて頂いても宜しいでしょうか? 貴殿は不可思議なる力を持って、チェルシー様の危機を御救いしたと聞き及んでおりますれば」


黒豆の入室を差し止めた。

デインやルークと異なり、黒豆は野営に行くのかと思える大きな袋を背負っている。


疑いを含んだ鋭い目が、その袋に向けられていた。

黒豆は求めに躊躇することなく、肩からかけていた袋をほれっとばかりに差し出した。


「……」


危険がないか外より探ったのちに、袋から取り出したのはバナナ。

表情を変えぬ苑の影が、わずかに眉を寄せた。

 

ガラナの情報を入手したという黒豆を、ルークもしくはデインの手の者と勘違いしているようだ。

影は特殊な能力を持つものが多く、黒豆を幻術師と思い違いしている。

 

苑の影が訝しげに見ているバナナは、バナナ以外の何物でもなかった。

怪しむだけ時間の無駄だが、疑いが拭えぬのか


「貴殿はどのようにこれを使うのかお尋ねしても?」


探りを入れている。

黒豆は、食すのですと無表情のまま返事していた。


三人が足を踏み入れた屋敷の応接間には、若き青年がいた。

線が細く、少々嫋やかで、優雅。立っているだけで高貴な雰囲気を醸している。武人と言うよりも文人。


男らしいとは世辞でも言えぬほど、中性的な相貌な青年の隣には、気まずげに視線を逸らしているチェルシーがいた。

 

見た限り、チェルシーに怪我はない。

チェルシーを見て、ルークがほっと息を吐いた。


「ご足労頂き誠に申し訳ない。私は苑の十三王子、紅葉と申します」


若き青年こそ、苑の副宰相、紅葉王子であった。

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