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黒豆とオプション


「時に黒豆」


「はい」


デインは慣れない手つきで紅茶を入れている黒っぽいメイドに声をかける。

かちゃかちゃと騒々しく茶器を鳴らしながら入れた紅茶はかなり色が薄い。


「……其方、蒸らすという言葉を知っているか?」


「しかと存じております」


「では、何なのだ。この紅茶は」


「これは可笑しな事を。言葉を知ること、それが即ち経験に繋がるとは限りません。言葉はあくまで意思疎通の手段の一つであり、それ以上の」


「……よいか、茶器に湯を入れたらしばらくそのまま待機せよ」


「かしこまりました」


黒メイドこと黒豆は薄い紅茶をじゃばーっとソーサーに戻し、蒸らし始めた。

なぜ新たな湯を使わぬのか、デインは何度目か分からぬ溜息を吐いた。


黒豆は本当に奇妙な生き物だった。

学がないわけではない、所作が粗野なわけではない、ただ変なのだ。


「……其方、やる気と根気と愛想は別料金と申したな。それは如何ほどだ?」


その効果の如何によっては、考えなくはないとデインが言えば


「下は十ペソから、上に限りなく、その質は金額次第でございます」


やたらと丁寧な礼をした後で、金額が告げられた。

十ペソと言うのは、パンが一つ買える値段である。

デインは試しに、十ペソのやる気を買ってみることにした。


黒豆は硬貨を受け取るや否や


「よーしっ!」


気合を入れるような声を上げ、しゃっしゃと腕を捲った。

そして五秒ほどで捲り上げた袖を戻した。


「以上でございます」


十ペソのやる気は、わずか十秒足らずだった。

はした金など気にしないデインであるが、この時ばかりは無駄な金を使ってしまったと後悔した。


「返せ。十ペソ」


「お客様のご都合による返金は承っておりません」


黒豆が無表情のまま答えた。相変わらず目つきが悪く、そのせいで人相も悪い。


「……愛想を二十ペソ」


デインは懲りずに先ほどの二倍の金額で、愛想を買ってみた。

黒豆は手を出してデインから二十ペソ受け取ると、口の端を上げてにやりと笑った。


こいつ良からぬことを企んでいる、と警戒させる邪悪な笑みだった。


「以上になります」


「今の嘲笑いが、其方にとっての愛想なのか……?」


「低価格、低品質ですので」


デインはこの上なく無駄遣いをした気になった。


「しかし黒豆」


百ペソ渡したらどんな笑みが返ってくるのだろうか。

デインは好奇心を押さえつつ、話を変えた。


「其方、発言には重々気をつけよ。メイドのオプションとは響きが宜しくない。まぁ其方は大丈夫であろうが……」


デインは黒豆が入れた、恐ろしく濃い紅茶に口をつけながら注意を促した。

黒豆の女人と判断してよいのか分からぬ容姿では問題ないと思うが、どこにでも風変りな人間はいる。


この世に黒マニア、豆マニアの者がいないとは言い切れない、と言うのがデインの心中にある懸念だ。


「メイドを格下扱いする貴族も多いのだからな。下手にオプションなどと口にすれば下種な解釈をする輩がいるやもしれぬ」


「それは私の処女、その他肉体的な交渉が金額換算できるというお話でしょうか」


「……仮にも女人に分類されるのだから、言葉を遠まわしに表現するということが出来ぬのか?」


デインが呆れたように黒豆を見れば、黒豆は皿に盛られたフルーツをじっと見ていた。

 手を払って食すように合図をすれば、長々とした一礼を返される。


「ご厚意、感謝いたします。そちらの紅茶も口に合わぬのでしたら、私めが処分いたしますが」


「……好きにせよ」


黒豆はソーサーに残った紅茶に砂糖とミルクをたっぷり注ぐと、遠慮なく飲み始めた。

その所作には教養のかけらもないようだが、しかしだからと言ってスラム育ちと言う雰囲気は全くない。


小さき手は汚い仕事など全くしたことがないようで、傷一つない。

見える肌はまるで日に晒されたことがないように、白い。

それらはこの豆が、上流階級出身であることを物語っていた。


バートラが雇ったのだから、素性の怪しさはないように思えるが、色々と不可思議なメイドである。


「それでですね。接吻のオプションを、実は考えておりました」


「……何と?」


この豆はどこ産なのだろうか? デインの中を巡っていた思考が、黒豆の言葉で急停止する。


「しかし考えを改めました」


「当然であろう!」


「料金設定が難しいのでございます。接吻ですら経験がない私には、テクニックによる料金設定は出来ませぬ。さりとて、どんな相手でも一律料金と言うのもリスクが高すぎるように存じます。相手が歯槽膿漏ならば割増し料金は頂きたいですし、不潔な方も割増したい、などなどと考えると決まらずに」


「其方っ、体を売るような真似を私の家ですることは許さぬ」


風紀を乱すどころか法を犯す様な行為を、仮初めとはいえ、公爵家のメイドがするなど断じて許せぬことだ。


「冗談でございます。場を和ますためのジョークのつもりでございました」


黒豆は長い前髪の向こうで、少し驚いたように目をぱちぱちとさせている。


「其方の冗談は、分かりづらいっ!」


珍しくもデインの荒げた声にマーサが何事かと、顔を覗かせた。

デインは何でもないと手を振り、忙しい筆頭メイドを下がらせる。


「そもそもご主人様、需要がなきものが市場に出回ったとて意味をなしません。自ら口にするのも悲しきことでございますが、私めの体は日本で例えると山形県でして」


「……意味が分からぬ」


「山形県は平野と盆地が多いゆえの、高度な自虐ジョークでございました。しかし毎日牛乳を飲んでいるというのに、なぜこんな平たいのか。ご主人様の御傍に侍る豊満バディをお持ちになっている美しき方々にその秘訣を聞きとうございます」


「……其方の冗談は疲れる」


秘訣の件は本気ですが、との黒豆の言葉をデインは指を立てて遮った。


「其方の冗談は今後一切聞きたくない」


「そのご用命は、別料金にて承ります」


きらっと黒豆の目が光る。このメイドは本当にお金を稼ぐのが好きなようだ。


「……幾らだ?」


デインが疲れたように、硬貨を取り出せば


「二十ペソでございます」


安い価格であった。

当然のことながら、有り余る財をお持ちで在らされる次期公爵様は、躊躇うことなく速やかにその代金を支払った。


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