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黒豆と王太子


禁書は年代もまちまちで、状態が良くないものも多く、解読が困難を極めた。

遅々として進まぬ作業に、朝が来る前に音をあげたのは無論ルークだ。


「良し。一時退却だ。もう俺、目が痛ぇよ」


「そうですね。朝の執務も始まりますし。私は一度自城に戻り、午後再び登城します」


書庫から出れば、空はうっすらと明るんでいる。夜明けだ。


「徹夜しちまったなぁ……」


ふぁぁぁと大きな口を開けながらルークが欠伸をしている。

夜を徹することは慣れているので、朝から執務を行うことに支障はないけれど、辛いことには変わりない。

薄明りの中で、古代門書を読み解くのは目に負担がかかった。

 

目を閉じて瞼を揉むデインに、ルークが


「あーお前、城に来るんなら例のメイド連れて来いよ」


軽い調子で切り出した。

明らかに軽い声の響きに、自然眉根が寄る。

 

黒豆には謎が多い。怪しげなる人物を傍に召すのはお勧めできない。

特に今は王位継承を控えた大事な時期だ。

 

そう諭すが、好奇心が強いルークが未知なる黒豆に興味を示すのも分かり切ったこと。

結局押し切られ、デインは午後の登城に黒豆を伴うこととなった。

城に戻り、最低限度の所用のみに手を付け、出仕の準備をすれば正午近くになっていた。

 

黒豆は馬に乗れぬというとんでもない欠点を持っているので、仕方なしに馬車を手配する。

馬車は馬に乗るよりも時間がかかる。

 

大きな道を通らねばならぬので、迂回する分道のりも長くなる。

いつもよりもかなりゆっくりと流れる馬車の中で、決済せねばならぬ書に目を通していると、黒豆が俯いていることに気付いた。

 

長い前髪から覗く顔色は、酷く悪い。


「其方、どうした?」


王太子と会い見えることに、不安になったのだろうか。

ルークは厳しい方ではなし、灰色を黒と決める方でもない。

 

さりとて庶民にとって王族は雲の上の方。様々な想像をして、不安になるのも分からぬことではない。

王太子殿下を良く存じ上げているが、とても思慮ある方だ。偏見や独断で罰を下すことはない方だから、安心なさいと言ったデインの言葉に、黒豆はますます俯いて、唇を噛みしめた。

 

小さな体を縮こませ、眉を垂らして目を潤ませている黒豆が可哀想になり、デインは頭を撫ぜて、顔を覗き込んだ。


丁度その瞬間。


「……んげろっ」


黒豆が潰れかけた蛙のような声をあげ、口元を押さえた。

状況を察したデインは、素早い動きで黒豆を小脇に抱え、馬車を飛び降りた。

 

限界間近の黒豆を地面に放てば、道端の木に駆け寄りしゃがみ込んで、ゲロゲロえずいていた。


数分して。一仕事終えたような顔で、黒豆がのこのこと戻ってきた。

すっきりした顔をしている黒豆のどこにも、王太子殿下に拝謁すると言う緊張は見られなかった。


「せっかく作って頂いたお昼ご飯を無駄にしてしまいました」


「……この場合は仕方あるまい。この国に馬車で酔うような軟弱者はおらぬと言う事実はさておくが」


「しかしご主人様、ご覧ください。どこぞより舞い降りました小鳥たちが仲良く囀りながら私がリバースしたバナナ揚げを突いております。何やら心が洗われます」


「私はそのような光景を目にしたくはない。ところで其方、バナナ揚げなど昼食に出していないはずだが?」


誰から餌を貰ったのだ? と尋ねれば、ふふーんとあからさまに誤魔化すように顔を逸らした。

そのように登城に手間取り、城に着いたのはもう日がすっかり西に傾きかけた頃だった。

ルークから話が通されていたのか、すぐに面会の許可が下り、執務室へ通された。

 

よう、数刻ぶりと手を挙げたルークの興味は、さっそく黒豆に向いている。


「ふーん、確かにこの黒の目。薬剤を使った色じゃねぇな。おい、ちび。これが何だか分かるか?」


ルークは引き出しから古書を取り出した。

シリウス王史実の禁書。

そのような貴重なるものとは一見にして気づけない。

 

初見は古く茶こけた書に見えるだけだ。

黒豆も全く見当が付きませぬ、と答えた。


「こりゃあな……禁書だ」


ルークの言葉に、黒豆は目を見開いた。

あっさりと王家に秘されてきた書を明かすルークを、デインは咎めるように見た。


「禁書…でございますか」


「そうだ。ちび……お前、これ見たい?」


ルークは黒豆の反応を見るようににやにやしながら、その書を振った。

黒豆はそれを見つめながら、少々複雑な表情を浮かべている。


「全く興味がないとは申しませぬ。ですがあまり免疫がないため、マニアックなものはご遠慮したいのですが、軽い絡みでしたら後学のために少々拝見をば」


言葉とは逆にいそいそとルークの傍に寄った黒豆が、興味津々とばかりに手を伸ばしている。


「いやいや、お前大きな勘違いしてねぇ? その禁書じゃねぇよ。ってかそういうの見たいなら、俺個人所有のものが」


ルークが鍵のかかった引き出しの底を漁り、隠していた書を取り出した。

どーよ、これ! と差し出された書を、黒豆がぱらりと捲り、顔を顰めている。


「特殊な性癖なものはご遠慮したいのですが」


「何でこれが特殊な性癖なんだよ? こりゃ普通の春画だ、よく見ろよ」


この女なんて特に俺の好みと、開き癖のついた箇所を開けば


「男の正義と言うよりも、二次元の妄執に取りつかれた男が作り出した空想上の生き物と言いましょうか、爆乳過ぎて人外レベルに到達しております」


黒豆がダメ出しした。


「お前なぁ、これは今流行りの絵師が描いたもので、そうそう手に入らん希少本なんだぜ」


「これが今の流行りなのですか?…では私めもちょっと着手を……」


「何して……ってお前っ絵うまっ!! ちょ…ちょっとその女、もうちょっと胸ぼいんして……」


「ワンカップ十ペソで承ります。Cの七十から」


「へ? 何それ?? まぁ良いや。じゃあっとりあえず二十ペソ!」


「こう言った絵はただ胸を大きくすればいいものではないのです。大事なのは黄金比、そして目にございます」


黒豆が何やらカリカリと描き込むものを、ルークが興奮気味に覗き込み、要求を出している。

誘うような目が良いねぇっ! うひゃー。もうちょっとお尻の辺り、肉付き良くして。

 

次期王とは思えぬ下品な歓声を上げるルークと、無表情で春画を描く黒豆に、デインは思わず手刀を落としてしまった。


不敬であったとデインは思ったが、後悔はしていない。

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