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チェルシー嬢の結婚相手


そんな数日後。


「あなた……その額のたんこぶ、一体何をしたんですか」


深夜、ルークの私室にやってきたデインは暗がりの中でも額にぷくっと出来た真っ赤なたんこぶに気付いた。

流石に目ざとい。


「あーこれか……これはだなぁ…」


改善されたとはいえ、まだ警戒が解かれていないルーク。

遊戯の駒を動かすチェルシーの手を見て、思っていたよりもずっとちいせぇなと、思わず手を伸ばしてしまった。

 

咄嗟に引っ込められるチェルシーの手に、ルークもぴたっと動きを止めてお互い気まずげに視線を逸らした。


「……すまん」


「う、うん。私もごめん」


ルークの中でチェルシーの立ち位置は小さい頃から変わっていない。だからこそ体格の違いなどを考えたことがなかった。

しかしもう子供ではない。


加えてルークは男の中でも体格が良い方だった。

そんな奴に突き飛ばされたら、男勝りのチェルシーだって怖いはずだと自分の浅はかさに落ち込んだ。


「……っねぇ。久しぶりに手合せしない? 最近、してなかったしさ」


気まずい空気を一新させるように、チェルシーが声を張り上げた。

動きやすい服に着替え、愛用の木刀を手にしたチェルシーは準備万端だった。

 

チェルシーは武に才があり、未だに嗜んでいる。

しかし実践を重ねているルークとは次元が違う。あまり気が進まず渋るルークを、チェルシーは木刀でせっついてきた。


「……あんたにやられたまんまだからすっきりしなくて、この状態なんではないかなぁと思うところがあるんだよね」


この状態とは、過剰に警戒してしまう己の状態を指している。チェルシーも今の状態を歯がゆく思っているのだろう。

チェルシーは負けん気が強く、勝敗に拘る質だった。

 

それも一理あんのかなと思ったルークは、練習用の木刀を掴んでチェルシーと庭に出た。


「で、そん時チェルシーの木刀が額のところに当たって、でっけぇたんこぶ出来た」


「あなた、なぜ防げなかったんです?」


「いや、俺も驚いたんだけどよ。木刀と言えど、刀を受けると条件反射で体が動くじゃねーか。で、チェルシーの木刀を受けたら、無意識に返しちまうんじゃねぇかと思ったら腕が止まって、チェルシーの木刀がぼかーんとここに」 


あの時のチェルシーの唖然とした顔。

いてぇ! と頭を押さえてしゃがみ込んだルークに慌てて駆け寄ってきて。

 

何やってんの! と言いながら、濡らした布で冷やしてくれたけれど、それは見事なこぶが出来た。


「ルーク、あなた……。とりあえず今は良いです。それよりも頼まれたものを調べてきましたよ」


「さすが! 仕事はぇえな。で、どう?」


デインは手に持った報告書をざっと捲り、冴え冴えとした目でルークを見た。


「以下に述べることはチェルシー嬢の結婚相手に関する報告となります。あなたがその条件として挙げました誠実で温厚、将来性があり、財産を含めそれなりに地位があり。仕事は精力的にこなすが、家庭を疎かにしない健康的な男、そして子供好き。容姿はそこそこで良し。妻となるものの人格を否定せずに、包容力がある。人当たりが良く、味方が多い。いざと言う時にチェルシー嬢を守れるほどの強さも兼ね備えている。浮気などせずに一生チェルシー嬢だけを見て、幸せに出来る男。その条件に当てはまる者を探しましたところ」


「うん」


冷ややかなデインの声にも気づかずルークは身を乗り出して、続きを待った。


「おりません」


「は?」


間の抜けた声を上げるルークを、デインは真冬の氷のような眼差しで見た。

うんざりと言う気持ちを表したため息を吐き、ばさりと報告書を机に投げ置く。


「全くいい加減にしてください。こんな条件に当てはまる男がいますか。調べる前から分かっていましたよ。重ねて申し上げますが、このような男は、大陸上に存在いたしません」


「まったまたー。んなはずねぇだろ。この大陸には数えきれないほどの男が」


「ですから、その男たちが誰も該当しなくなるほどの条件で絞り込んでいるんです」


「確かに厳しいけどよぉ、チェルシーの幸せを考えると、そのくらい兼ね備えた男じゃなきゃダメなんだよなぁ」


ありとあらゆる事態を想定した結果、次々と条件が加わった。

一つでも条件を外すと、不安が残る。


「あ、それからチェルシーはああ見えて暗闇が苦手だから、幽霊を怖がるような男は論外で」


「おりません」 


デインがきっぱりと言い切る。

でもよぉ、と尚も言い募るルークの言葉を遮り、デインが希望を抱かせる言葉を続けた。


「しかし限りなくその条件に近い男ならおりました」


「おー何だ、いるんじゃねぇか。妥協できる範囲なら俺も」


「あなたです」


「は?」


「その条件に限りなく近い男はあなたです、ルーク」


「……」


声には出さずに、俺? と問うように自分を指させば、デインは深々と頷いた。

まさかの人物に目をぱちくりとさせてしまう。


「それはねぇわ。俺とチェルシーが? ないない。それはない」


「何故です?」


デインは意外そうに聞き返してくる。

理由は勿論分かり切っている。

 

二人は男女を感じさせる仲ではない。

ルークはチェルシーを女性として見たことはなかった。


「今更な、俺らの関係変えられねぇよ。そもそも俺の好みは、胸がぼーんとなって、ケツがぷりーんとなってる女なんだよな」


手でぼいん、ぷりーんと豊満な体を表現すれば、冷え込んだ視線が送られてきた。

今日の次期公爵の視線は、真冬の吹雪のように温かみがない。


「あなた、懲りない人ですね」


下品ですよと咎めるデインに、調子に乗ったルークが女の魅力を説く。

王妃として判断するにはもっと内面的な器量が必要となるが、ひとまずそれは置いておく。


「少し襟ぐりの空いたドレスから零れんばかりの胸。男のロマンだろ。つんと張って弾力があり、揺れるそれにつられて揺れる男心。女のメロンは男のロマンだ」


「今の言葉チェルシー嬢に」


「すみませんでしたっ! 言わないでっ」


チェルシーの評価をこれ以上下げるのはまずい。

ただでさえルークは一度、胸トラップに引っかかっている。

 

その結果、チェルシーに怪我をさせた。

二度と同じことはしでかすまいと思っても、いつからか芽生えた胸への執着は奥深く、まず先にそこに目が行ってしまう。


特に色の濃いドレスと、白い胸のコントラストは不味い。


「近々行われる舞踏会で、チェルシー嬢があなた好みのドレスを着てきたらどうします?」


「俺、好み?」


ルークの好みは、胸がちらっと見えてしまうほど首回りが空いたドレス。

色は濃い目なら何色でも良いが、派手な装飾は着いていない方が良い。

 

そんなドレスをチェルシーが着て来たら、と言うデインの質問に


「速攻で首に、大きな布を巻くね。透けないやつ」


ルークは迷わず答えた。


「何故です?」


「男ってのは大きかろうが、小さかろうが、胸が好きなんだよ。それでドレスが開いていたら、見ていいのかな? と期待するもんだろうが。言っとくが、そん時の俺の目は、不純な気持ちでいっぱいだ。不純が零れんばかりだ。いんや、俺だけじゃねぇ。世の男全員が汚れた目で見てんだよ。ドレスから見えそうな胸を。そんな風にどこの男ともしらねぇ目がチェルシーに向けられたらと思うと……気持ちわりぃな」


「……あなた、客観的に自分のこと気持ち悪いって…」


酒を飲みつつ、デインが調べてくれたチェルシーの相手候補の情報を見るが、とてもじゃないが祝福できる相手ではない。

ルークはデインに絶大なる信頼を置いているが、しかし手抜かりと言うものがあるのかもしれない。

 

ルークは控えているだろう影に向かって合図を送る。


「ちょい調べてくれねぇ? チェルシーの相手に相応しいおと」


おりませぬ、言い終わる前に気配だけの影から厳かな返答があった。

 

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