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王太子殿下のお見舞い   

手土産でチェルシーが笑うことに味を占めたルークは、考え抜いた一品を土産と称して持参した。

華美なものをチェルシーは好まない。

 

豪奢な装飾具やドレスもそんなに興味を示さない。

花より虫、虫より菓子。

 

せっせと貢げ物を持って宰相家に通うルークは、チェルシーが面白そうだね~と言った町で流行りの盤上遊戯を持参していた。

国務を睡眠を削って前倒しに終わらせ、朝早くから並んで買い求めた。


眠たげに地べたに座り込んで順番を待つ柄の悪い若者を、誰もこの国の次期国王だとは思わなかっただろう。


あんたねぇ、毎日来なくて良いって。今、大事な時期なのにこんなところで油売ってる場合じゃないでしょ、と小言を言いつつ、いそいそと盤上に駒を並べるチェルシー。


文句を言いつつも口許が少し緩んで、嬉しそうだ。

ルークの努力も実を結び、チェルシーの無意識の警戒心は薄れて行った。


元通りとまではいかないが。

 

不意に腕を引くなど絶対にしなかった。ルークらしくないほど細心の注意を払っていた。

扉が叩かれ、返事をすれば、チェルシーの侍女が紅茶を持って入ってきた。

 

紅茶とは別に大きな花束も持っている。


「アーロイン男爵のご子息様から花束が届いておりますが、いかがなさいますか?」


「ん? んー、適当なところに生けておいて。カードは?」


「ここに」


チェルシーは花束に付いていただろうカードにさっと目を通し、机の上にそれを置いた。

花束は大きくて、バラは一輪で価値があろうものが数えきれないほど束ねられている。単なる挨拶ではないことは一目瞭然であった。


「何それ」


チェルシーはカードを見ろと言わんばかりにルークに差し出すと、遊戯の駒の使い方について侍女に尋ねている。

チェルシーがどうでもよさそうに扱ったカードには


【貴方の前ではこの花も霞みましょうが、それでも私の愛の形として】


と気障な言葉が綴られていた。


「ルーク、どっちが先手を打つ? コインを投げてさ、表が出たら」


「……お前、求婚されてんの?」


明らかに花を贈られるのが初めてではないような態度に、思い当たった事実を問えば、チェルシーはあっさりと頷いた。


「だって私、あんたと同い年だよ。行き遅れにつま先突っ込んでんだからさ」


「いや、そうだけどよ。お前が結婚って……何か想像つかねぇっていうか。それによ、アーロイン男爵の息子って評判良くないぜ。何かの会でちらっと見たことあっけど、ありゃぼんくらだぞ」


「あんた、人様の息子をぼんくらとか……。大体さ、ちらっと見ただけで分かんの?」


軽薄そうな男だったのはうっすらと覚えている。

そもそもだ。気障ったらしいセリフで女の気を引こうとするような男だ。

 

誠実であるはずがない。

大体求婚するならば、相手の趣味を少しくらい調べるべきだ。チェルシーは花なんかに興味はない。菓子だ、菓子を持ってこい。

 

というのがぼんくらと評価を下した、ルークの勝手な言い分である。


「ま、どうでも良いよ。お父様がきちんと調べて選ぶんでない? 私はそんなに興味ないしなぁ」


「はぁ??」


人生の一大事である結婚よりも遊戯とは。

ルークは結婚へのチェルシーの関心のなさに驚くと共に、心配する気持ちが湧き上がってしまう。


「親任せにしねぇで、ちゃんと考えろよ。お前の地位があればある程度は選べるんだからさ。何なら俺が協力してやってもいいし。結婚は一大事だぞ、一生のことなんだぞ」


諭すように言えば、チェルシーはきょとんとした表情を浮かべた。


「考えろって貴族の結婚なんてそんなもんじゃん? それに、まぁ……私は女としての魅力がないしさ。誠実で、浮気相手と上手く付き合える人なら文句はないよ」


「浮気相手がいる時点で、誠実じゃねぇだろっ」


それよりも遊戯しよう、あんたあんま長くいられないでしょ。

チェルシーはどうでも良いように結婚問題を放り投げるが、ルークはそうはいかない。


チェルシーは自分の家族に劣等感を持っている。

幼い頃から向けられた悪意の言葉は、チェルシーから自信を奪った。

 

チェルシーはだからこそ、武術で自信を付けようとしたし、それ以外にも努力を重ねた。

しかし自分の容姿に自信がないのは変わらずで、他者から向けられる評価をそのまま受け取っている。


「いーや、ダメだ。お前の結婚相手となる男は、一生お前だけを大事にして、お前だけを見る男でなくちゃダメだ。幼馴染として俺が許さん。俺が許さんと言うことは、国が許さんと言うことだ」


チェルシーはルークの大事な友人だ。

その友人が不実な男と結婚し、不遇な人生を送るなど冗談ではない。

 

次期国王たる俺が阻止する、とルークが声だかに宣言すれば。


「阿保か? っつーかあんた、人の結婚話に首突っ込んでないで、自分の方を考えなよ。あんたの好みに合うような妃を探さなきゃいけないでしょ。そっちの方が吟味必要でしょーが。この間の二の舞はよしてよね」


痛いところを突かれた。

ルークは誤魔化すようにずずっと紅茶を啜る。


「分かってる。俺はあの件を大いに反省している。あの豊満な胸には夢も詰まっていたが、悪意も詰まってた」


「足元も見えなそうな巨乳美人に目がないからね。でも胸じゃ国は治められないんだから、内面もちゃんと見て判断しなよね」


「分かってる。悪かった。今、俺は物凄くお前の気持ちが分かった。あれだな……幼馴染が良くない相手に掴まりそうになりゃ、そりゃ見過ごせねぇよな。すんげぇ分かるわ、むかっ腹だな」


ルークはチェルシーが不実な男と結婚することを想像するだけで胸がむかむかとしてきた。

きっとチェルシーもそんな気持ちを持って忠告してくれたんだろう。

 

それなのにぼいんに嫉妬してんだろ~などと言ったことを、ルークは改めて反省した。


「今日はもう城に戻んわ。色々と調べなきゃなんねーし」


チェルシーの相手候補に変な男が混じってないか調べなければ、とルークは段取りを頭の中で組み立てる。


「当ったり前だよ。色々と済むまでうちに遊びに来るの控えてよね。変なやつを選ばれちゃたまんないし」


「はん、大丈夫だ。任せておけ。誠実で、穏やかで、頼りがいがあって、一途で、包容力があるやつで。容姿は……うーん、良すぎると浮気すっかもしれねぇからそこそこで。勿論、健康なのが大前提」


ルークがぶつぶつ呟けば、チェルシーは注文多過ぎと肩を竦めた。


「多くねえよ。でも一番忘れちゃいけねぇ条件はやっぱりあれだな」


「胸とか言わないでよ。妃として国を治める器量があるかどうかが」


「お前を幸せに出来るかどうかだな!」


「……ちょっと待てっ! あんたは何を調べる気だっ」


じゃーなっ! と言ってルークは紅茶を飲み干し、チェルシーの家を走り去る。

こうしちゃおられん。ただでさえやることは山積みだ。

 

少しでも早く国務を終わらせ、時間を作らねば。

ルークは急き立てられるように、馬を走らせた。

 

チェルシーの相手候補として挙げられている男についての報告書に目を通していると、渋い顔をしたデインがやってきた。


「ルーク、あなたいい加減にしてください。チェルシー嬢から文が来ましたよ。今、どういう時期か分かっているのでしょう。あなたの妃候補が、城に何人も来ているのですよ」


あのやろ、ちくりやがった。

舌打ちするルークに、デインはさんざ説教したあと仕方がないという表情を露わに協力を申し出てくれた。

 

誠に頼れる友である。

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