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黒豆と三華人 2


「三華人の一人、天音の椿は紛いなく私めの従妹、椿でございます。語り継がれていくうちに失われていきましたが、それでも椿と確認できる事実は残されておりました。そして私は勿論、椿だけではなく他の華人についても史実を集めることに歳月を費やしました」

 

黒豆はふぅっと似合わぬ溜息を吐くと、言葉を止め、じっとデインを見つめた。そして、お腹減りましたね……と聞こえよがしに呟く。

 

デインはむろん、聞こえぬ振りをして話の続きを促した。


「三華人が一人、天幻の姫、風蘭国の公爵妃リエラ。かの方を私は良く存知あげております。あの時、私と共に雷に遭うた従姉、扶養家族希望の二十四歳、腰掛け二流エステティシャン山岡リエに相違ないと」

 

黒豆の話は正気であろうな? と問い質したくなるほど、世の理からかけ飛んでいた。


「……エステティシャンとは何ぞ?」


「定義は難しいのですが、我が従姉の会社に焦点を当て説明いたしますと、美が気になる年頃の女子、お金に余裕があり時間と贅肉を持て余しているご婦人方を顧客とし、商いを営むものでございます。従姉を含む雇われ者たちは、奥様お美しくなられましたね~お顔がシャープになりましたなどと、心にもないことを言い募り、高価な化粧品を売りつけ、途中解約不能の年間契約を迫るのです」


黒豆の言葉はよく分からないものが多い。

しかし良き意味ではないのは分かる。


「……其方の従姉は人を欺く生業なのか?」


「我が従姉のブラック会社のやり方に少々問題があっただけの話でございます。真っ当なエステティックサロンは数多ありますゆえ、ご心配なく」


「……」


そして黒豆は、バートラが持ってきた三華人の本を手にすると、徐にぱらりと開いた。


三華人が一人、天幻の姫。

この世の者ではなく、幻と思えるほど美しき姫。

故に風蘭国の公爵妃は、天幻の姫と呼ばれた。


「残念ながら彼女の美は本物ではございませぬ。彼女が長い年月をかけ、試行錯誤し編み出したすっぴん風メガ盛りメイクの成せる技でございます」


豊かなる胸元には、この大陸では知られぬ美しき花の紋章が刻まれていた。

艶やかなるその紋章は天に咲く花と言われ、真似た意匠が今も各国で崇められている。


「それは若気の至りで入れてしまったタトゥにございます。温泉に行けない、やっちまったいっ! と彼女は後悔しておりました」


三華人の中でも、天幻のリエラ姫が人として遠く離れたお方だった。

リエラ姫が親しき者の死を悼んで黒き涙を流されたことや、公爵の思いに応えたその時に、目の色が黒く御変りになられたこと、小さな風が姫のためだけに存在し、その証として姫の御髪はいつも緩やかに揺れていたなど、この世の女人とは思えぬと語り継がれている。


「恐れながら申し上げます。真実を知る私にとってはその逸話、ちゃんちゃら片腹痛いものでございます。黒き涙などウォータプルーフが手に入らなかっただけの、目の色の変化はカラコンの使用期限が切れただけの、くるりと毛先だけが巻かれた髪はパーマが長持ちだっただけの、それだけの話でございます。……ところでご主人様、そろそろご夕食のお時間ではございませんか?」


「……まだだ」


ちらっちらっと伺うようにこちらと扉に視線を交差させる黒豆の言葉を切り捨てる。

デインの返答に、心なしか肩を落とした黒豆を見えぬ振りで話を続けさせる。


「話の流れからするに、三華人の残り御一方、天知の姫リンレイ様も其方の従妹殿であると申すのか?」


到底信じられぬと声に含ませるデインに気を害すこともなく、黒豆はワザとらしいほど大げさに首を振った。


「ご聡明で在らせられますご主人様には物足りなく感じるであろう前振りでございました。その通り、天知のリンレイ様も、あの時共にありました従妹の衣川玲子であると私は確信しております」


天の知識を地に伝え、ある時は災害から、ある時は疫病から民を救った。

天の動きを知り、地の動きを読んだ大商人のご令嬢リンレイ様は、やがて西大陸で名を馳せる騎士の妻となる。


「しかし正直申しますと、リンレイ様におかれましては、私が確信に至る事実は片手に余るほど少ないものなのです。その才を見抜いた商人の養子となり、天より授かりし知を大陸に広め、博識として知られるリンレイ様。しかし我が従妹の玲子は、また幼い赤いランドセルを背負った小学生でした」


「小学生とは?」


「およそ十に満たない子供の事でございます」


黒豆の説明によると、ランドセルとは幼い子供たちの象徴だそうだ。


「玲子の母君はお受験ママでしたので、その年頃にしては賢い子供でございました。しかし所詮は小学生。幼い子の知恵など何の役に立ちましょうか? 私は三華人が一人、リンレイ様を玲子と思えど、その古語りは作られたものだと思っておりました。思っておりましたが……」


言葉を切った黒豆はぐーっと腹を鳴らし、訴えるようにデインを見た。

それをデインは視線で断ち断ち切った。


「……リンレイ様は確かに私たちの故郷が持つ知識を使い、かの地をお救いになりました。義務教育と高等教育と通信教育にて得た私の知識と重なるものがございます。しかしリンレイ様の知識の方が遥かに専門的で、実践的でございました。玲子は小学生です。なぜに通信教育とはいえ大学を出た私の知識が負けましょうか?」


「其方が不勉強であったのではないか?」


高い可能性がある事実を言えば、ギョロンと睨まれた。

視力が良くなっても、相変わらず目癖が悪い豆である。

 

扉より、夕餉の匂いが漂ってきた。

焼きたてのパンの香ばしい匂いに、明らかに黒豆はピクリと反応した。

 

催促を退ける言葉を予め用意したデインだが、予測に反して黒豆は何も言わなかった。

ただ語る口調が、異常に早くなった。


「古語りより三華人を知るにつれ、私の心は解せぬという言葉で一杯になりました。私の解せぬリストは史実を調べるたびに、その数を増していきました。私は古語りの中から真実を拾い集めたはずなのに、それでも話がうまく行き過ぎているのです」

 

息継ぎをせよと言う隙も与えず、切れ間なく話している。


「人生そんな甘いものではございませぬ。甘い汁だけ吸って生きて良いのはカブトムシだけでございます。それなのに三華人は例外でございました。それはあたかも決められていたかの如くに、高貴なる方々に庇護されていくのでございます。ですが、それは良いのです。正直申しまして、私が欲する真実は三華人たる従妹たちではないのです」


「其方の……姉君に関することか」


黒豆と共にこちらの世界にやって来たのは四人。

三華人は三人、そこに黒豆の姉は含まれていない。


「御明察でございます。私がずっと探しているのはただ一つ、姉に関する史実です。私の姉は、今いずこに?」


しんと沈黙が走った。

黒豆はほうっと長い息を吐いて、言葉を止めた。

 

その顔は、いつもと同じく無表情で愛想の欠片もないが、姉を呼ぶその声には少し熱があった。

デインが考えうる可能性に頭を巡らせていると


「では話の切りが良いところで、夕餉にいたしましょうか」


ここで一旦CMですとなるのが我が故郷でのセオリーですから、と呟きながらいそいそと寝台から下り立とうとした。

それを押し止め


「予め申し付けておくが、其方は夕餉を食せぬぞ。其方の胃はまだ物を受け付けぬ。それに先ほど、スープを食したであろうに」


そう告げる。

道理であろうデインの言葉を、黒豆は受け入れがたいことを聞いた時のように目を見開いて動きを止めた。


「……」


「……ぐーきゅる~?」


しんとした部屋の中に間抜けな音が響いた。

腹を押さえた黒豆が悲しげな視線をデインに送ってくる。


「……」


「……きゅりゅりゅりゅ…ぐー」


その姿は、幼き頃飼っていた黒い仔犬を彷彿とさせた。

かの犬は腹が空けばデインがどこにいても見つけ出し、咥えた皿を差し出してきた。

 

まだ早いであろうとデインが叱れば、うきゅーきゅーと悲しげに鳴いた。

デインが手を付け始めている書類の上で、尻尾と耳を丸めながら。

 

それでもがんと与えないでいると、最終手段として死んだ振りをしていた。

そうしてついつい。


「坊ちゃまがそうやって甘やかすから、ころころと肥えてきているではないですか」


デインは良くバートラに窘められていた。 

黒豆といると、あの仔犬を良く思い出す。

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