黒豆の初見
「……なんだ…これは…」
誉れ高き次期公爵ヴィクター・ライデインは、作り物のように美しい顔をわずかに歪め、目の前の奇妙な生き物を凝視していた。
それは怪訝そうな眼差しに怯むことなく、堂々とふてぶてしく立っている。
「何かとおっしゃられましても……新しく雇い入れました坊ちゃま付きのメイドでございますが」
何かご不満でも? と言うように、古参執事のバートラがデインを見やった。
私付きのメイド? と復唱しつつ、その黒々とした物体を検分する。
どうやら人であり、信じがたいことに女人であるとデインは気づいた。
背丈はデインの胸元ほどしかなく、機能性と外観を重視し作られた膝上丈のメイド用のスカートが、足首近いところまで覆っている。
「坊ちゃまのせいで再三メイドを首にしなければならず、急募したところ条件に適うものがこの者しかいなかったのです」
「……いるであろうに。別の者を探せ」
デインは眩暈がするとアピールするように額に手をやり、メイドを代えるように指示を出すも、バートラに素気無く却下された。
「おりませぬ。そもそも坊ちゃまがいけないのです。毎度毎度、メイドをベッドに連れ込まれて。その度に解雇し、新たに募集をかけるこちらの身になってくださいませ。私の忍耐ももはやこれまで、年齢、容姿、能力、経験は二の次にし、坊ちゃまを誘惑しないこと。これを絶対条件にいたしました」
「私がベッドに誘い込んだわけではないのだがな」
完全なる濡れ衣である。メイドの方が二心と色を持ってデインに接してきたのだ。
しかし据え膳くわぬは、という事実もあるのでデインとしても強く反論しづらい。
「そもそもこの……」
デインがちろりとかなり下の位置にいる黒いものの顔に目をやれば、文句あんのか、と言わんばかりのギョロンとした目で見返された。
「……」
女人に有るまじきほど目つきが悪い。
眉間に皺を寄せ、細めた目が、長い前髪の間からギンギラと光っている。
「そもそもこの…あー…其方名は何と申す?」
「クロダ・マアナ申します」
「……クロ…マ?」
複雑な発音で、聞きなれない響きである。デインは再度名乗るように促し、何度か繰り返したもの、やはりその音が認識出来ない。
「クロ…? 複雑な音の組み合わせの名だな。まぁ、良い。では黒豆」
「……」
下からガンを飛ばされた。どうやら呼び名がお気に召さなかったようだ。
しかしこの黒さと言い、小ささと言い、妙な髪の艶と言い、黒豆としか言いようがない。
「其方、仕事の方はどうなのだ? 私には優秀な執事やメイドがいる故に、高いものは求めぬが最低限度の雑用は熟せねばならぬ。ただしだ……恐らく執事から既に聞いているだろうが、私のプライベートに入ろうとするような余計なことをしてもらっては困る」
「ご安心を。余計なことをするどころか、必要なこともやらないと定評がありますゆえ」
「……」
デインはドアの前で控えていたバートラを、ちょいちょいと指で呼び寄せた。
「いくらなんでも、これは……」
「基本的なことは筆頭メイドのマーサがいたします。このメイドはあくまで、その僅かな時間を補うもの。とかく私共は、坊ちゃまとの関係を望み、余計な事態を起こすことがないメイドを求めているのです」
「いや、しかしあんな手乗りサイズのメイドは……」
「それは言い過ぎと言うものでしょう」
「あ~黒豆、其方の背丈は如何ほどだ? 規定の十四フィートには達しておるのか?」
「ご心配なさらず。サバ読んで達しております」
「……」
どう見ても足りていない。
サバ読んでと既に嘘と申告してきているため、偽りを申すなと糾弾することが出来ない。
デインは却下を承知で、バートラに重ねて頼み込んだ。
「再三、迷惑をかけたことは詫びよう。今後は私も身の振り方に注意し、たとえ妖艶な美女が私のベッドで裸同然の格好で横たわり、流し目を送ってきたとしても節度ある対応をしようと思う。だからだ、今度ばかりは譲歩してくれまいか?」
容姿にさほど拘る方ではないが、いくらなんでも規格外すぎる。姿も黒いが、放つオーラも黒い。
「……わかりました。新たに急募いたしましょう。しかし新しくメイドが決まるまで、其の者で我慢くださいませ」
「……早急に頼むぞ」
デインは居心地悪そうに、視線を上向きにした。
睨まれている。かなり下から、強い視線を感じる。
デインは頼むぞと強く祈りながら、早速手配を始めるだろうバートラの背中に激励を送った。
「私から、所用を言い渡すまで隣の部屋で控えておれ。それから、其方から言いたいことがあれば、今申すと良い」
通常のメイドであれば主の言葉に畏まって、精一杯励む良しを伝えるのみであるが、この黒いメイドはやはり普通とは違っていた。
「は。私のやる気、根気、愛想は別料金で承っておりますゆえ、ご利用いただければ幸いに存じます」
「……覚えておこう」
一体バートラはどこで見つけてきたのだろうか、こんな珍妙なメイドを。
デインはたらたらとやる気のない足取りで去って行くメイドの背を見やりながら、ふぅっとため息を吐く。
しかし有言実行の有能なる執事は、すぐに条件に適うようなメイドを見つけ出すだろうと気を取り直す。
思慮深く、聡明な次期公爵ヴィクター・ライデイン。
その時彼は。
これから長らく、このメイドに振り回されることになろうとは、欠片も想像していなかったのである。
この話は共同で書いております。