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第六話 送信!




 綾瀬睦月とのこんな日常が続き、日増しにアイツの演劇部勧誘は激しさを増していった。


 最初は同じ授業だけだったが、授業間休憩、昼休みと増え、ついには別々だった授業時間もアイツは自分の授業をサボって俺と同じ授業に顔を出すようになった。


 こいつは一体何を考えているんだと思いながら、ちらっとその当事者の顔を見ると、いつも笑顔を返してくる。



 最近、気づいたことがある。

 睦月の笑顔には同じ笑顔なんて一切ないという事だ。


 例えば俺が何気なく睦月の顔を見たとして、それをアイツが気づいてこちらに返す笑顔でさえ、目尻だったり、口角だったり、口元だったり、目の輝きだったり、眉だったり、とにかく色々なパーツが睦月のその時の心情に合わせて、笑顔を変えている様に俺は感じた。


 と言っても、別に悲しそうな笑顔をするわけじゃない。

 むしろその笑顔は全て見るものを勇気づける笑顔に思え、その時その人に合った笑顔を提供している様にさえ思えた。



 あと、最近は勧誘の方も段々と思考を凝らしたものに変化してきている。


 俺が女好きだと思えば、女の子で気を引こうとし、写真を用意したり、部員の子と一緒にご飯を食べようと誘って来たり、断ったら断ったで、強制的に一緒に食べさせられたり、それでも反応が無かったら、男好きだと勘違いされ、今度は男の写真を用意された。これにはさすがの俺も「勘弁してください」って言っちまった。




 そんな睦月とのやり取りを楽しみになっていたある日だった。



「だーれーだ!」


 その澄んだ掛け声と共に俺の視界は真暗になった。


 だが、そんな事ではもう驚きはしない。睦月と昼食を一緒に取るようになって、いっつもこんな事をされれば、抵抗力がつくし、第一声のトーンも変えないので、大体睦月だと察しがついてしまう。


「綾瀬だろ?わかるって。」


「なーんだ。バレてたか。」


「毎日続けば、バレルだろう。」


「そうだね。よし、今度は違うパターンにしよう。」


「じゃあ、昼飯でも食いに行くか?」



 いつの間にか昼飯を俺から誘う様になっているのは、おかしな話だが、今は何も言わないでおこう。

 そんなことを心の中でツッコミを入れ、予想した睦月の返答を待っていると、予想と違った応えが返ってきた。


「ああ、ちょっと待って。今日はもう一人、昼食を一緒に取る人がいるの。」


「え?」


「ほら、ジン、男の子が好きって言ってたから、演劇部のカッコいい人を呼んでみたの。」


「は?」


 ブーブー!ブーブー!


 そこにタイミングよく睦月の携帯が鳴った。

 どうやらそのもう一人からのメールみたいだった。

 睦月は少し携帯を眺めると、俺に意見を求めて来た。


「なんかね。授業終了が遅れてるんだって。どうする先に行ってる?」


「・・・」


 俺はなんか心臓がぎゅーと握りつぶされる感覚に陥っていた。


「ねえ、ジン?聞いてるのー?」


「えっ、ああ、わるい。なんだっけ?」


「もうー。彼を待ってると遅くなっちゃうから、先に食堂に行ってようか?それとも待ってる?」


「・・・」


 さらに締め付けが強くなる。


 睦月は不審そうな顔で俺を見つめている。


 その表情がさらにぎゅっと締め付けを強くした。


「ねえ?」

 

 そして、締め付けが限界を迎え、俺の口は自分の意思とは無関係に言葉を紡ぎ出した。





「・・・あのさ。」


「なに?」


「もし、俺が演劇部に入ったらさ。」


「うん。」


「・・・今の様な関係は終わっちまうのか?」


「え?」


「お前の目的が達成したら、お前は俺に興味無くなっちまうのか?」


「・・・そんなことないよ。」


「だってお前は俺を演劇部に入れて、友達を増やしてくれるために頑張ってくれてるんだろう?」


「そんなことないよ。」


「・・・」


「・・・」


 どのくらいの沈黙が続いたかなんてわからない。だけど、その間の時間は俺にとって後悔の時間でしかなかった。

 なんであんなこと言ってしまったんだ。言う前の時間に戻してくれ。


 俺は叶うはずもない願いを心のなかで何度も唱えると同時に、もうここまで踏み込んでしまったからにはとことん突き進むしかないと言う気持ちも生まれていたのかもしれない。



 だから、あんな言葉を・・・。



「もし・・・」


「・・・」


「もし、そんなことないって言うのであれば、それを見せて欲しい。」


「・・・っ」


「俺はお前と昼食をとりたい。お前だけと一緒にいたい。」


「ジン・・・。」


「だから、今、待ってる奴を断ってくれ。」


「・・・わかった。」


「・・・」


「じゃあ、あの子には悪いけど、断る。」


「えっ?」


「ジンがそんな風に感じてたのはすごくショックだった。でも、断ることでジンが私を信じてくれるのであれば、迷わず断ります。」


「・・・」


「だって、私は本当にジンと仲良くしたいから。・・・ジンのことを大事に思ってるから、ジンと一緒にいたの。それを信じられないって言うのであれば、信じて貰えるように頑張ります。」


 アイツはそう言うとすぐさま携帯を取りだし、カタカタ操作し始めた。きっとメールの相手に返信文を作成しているのであろう。


 そして、文章を作成し終えたのであろうか、睦月は両手で携帯を持つと、そのまま両腕を高らかと上げ。


「送信」


 と一言呟いた。するとアイツは俺に携帯を向けながら、ニッコリ笑った。

 その笑顔には少し悲しさを感じられた。


「ふうー。送信完了。はい。送ったよ」


「・・・」


「・・・ごめんなさい。ジンがまさかそんな風に感じてたなんて知らなかった。でも、逆にジンの気持ちに少し近づけた様な気がしたから嬉しいかったな。」


「・・・なんでだよ?」


「・・・」


「なんで?たった一回助けてもらったくらいで・・・」


「たった一回。されど一回だよ?・・・あの時ね。私、本当に怖かったんだ。いきなり怖そうな人達に人気の無いところにつれてかれるし、私の大切なペンダントも取られちゃったし。本当の本当にもうダメだって思った。だから、私はあなたが来てくれて、本当に嬉しかった。あなたの声を聞いて、後ろ姿を見て、本当に安心したんだ。あの時のジンはまるで私の為のナイト様だって思ったんだから。」


そう言うと睦月はクスッとしながら、また違った笑顔になった。それは今まで見たことない表情で、安心と言う言葉に相応しいものに感じた。


「そのあとね、私、一生懸命キャンパス内わ探したんだよ。来る日も来る日もキャンパスを歩き回って。でも、見つからなかった。入院してたんだもん、当然よね。」


「・・・」


「だから、あなたと再会したとき本当に嬉しかったんだから。そしてね。今度はこの人の為に何かしてあげなきゃって、確かに思った。」


「・・・」


「でもね。そう思ったのはほんの一瞬だけ。あなたと関わっていって、すぐ気持ちが変わっていったの。この人と一緒にいたいなって。もっと一緒にいたい。もっともっと私を知ってもらいたい。だから、演劇部に誘ったんだ。」


「・・・」


「だからね、信じて貰えてないのはすごく悲しい。だから私、信じて貰えるように頑張ります。」


 睦月は三度笑顔を見せた。それは強い強い決心の笑顔。そんな笑顔を俺は直視出来なかった。


「・・・」


「・・・」

 なんて言っていいのかわからない。俺がただ思い違いをして。勝手に暴走して。

 それでも、アイツは優しくて。

 本当に俺はなんて返せば良いか分からなかったが、それでも言葉にしたいと思い、どうにかこうにか言葉を紡ぎだしていく。



「・・・ごめん。俺・・・。何もわかってなかった。俺はてっきり・・・」

だが、そんな俺の気持ちを察してか、いきなり睦月が俺の胸に飛び込んで来、結果として俺の口は閉ざすことになった。俺はそのあまりに突拍子もない行動に、睦月の体重を支えることができず崩れ落ちた。


「ううん。いいの。」


 倒れながらも、アイツはその白くて細い腕を俺の背中へとまわし、俺が言葉を発しない様にするかの如く締め付けてきた。


「良くねぇよ。・・・俺、自分の事しか考えてなかった。」


 俺は態勢を整えるように、上半身だけ体を上げた。そして、俺も腕をアイツの背中に回そうとした。だが、少しの後ろめたさが邪魔をして、腕を回すことは出来なかった。


「だから、気にしなくていいよ。」


 睦月は俺の言葉を聞いて、更に強く、そして、暖かく抱き締めてくる。


「いや、・・・本当にごめん。」


 俺は腕を彼女の背中に回す決心を固めた。



 だが・・・



「そんなに気にしてくれるなら、昼食を奢ってもらおうかなぁ!」


 アイツはいつの間にかいつもの元気なアイツに戻っていて、俺の背中にあった腕をほどくと、元気良く立ち上がり言った。


「なっ・・・!」


 そのあまりの変貌ぶりに俺は驚き、思わず息が漏れる。


「何がいいかな・・・?定食?ラーメン?中華?まだ食べたことないメニューに挑戦ってのもありかも!あっ、でも、どうせならキャンパス外に出て、お食事ってのもありね。ふふふっ。」


 楽しそうにこれからの幸せなひと時を想像している睦月を茫然とした表情で見つめる俺は、我を取り戻し、当然の質問を投げかけた。


「なっ、なんだよ!今までのは演技かよ?!」


「くすっくすっ。さあ、どうでしょう」


 人を困らせてやろうという表情が混じったその笑い方は、どこか小動物の様で、憎めない感じを醸し出していた。


「そんなことより。行きましょう」


 そう言うと、アイツは一人足取り軽く食堂方面に向かって、歩き始めた。









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