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第五話 噂には必ず尾ひれが付く





 俺たちは次の講義を受けるため、肩を並べて教室に向かっている途中、隣にいた睦月が思い出した様に話しかけて来た。


「そう言えば考えてくれてる?」


「何を?」


「演劇部の事よ。演劇部。前から言ってるじゃない。」


「ん?ああ、考えてるよ。面倒くせーなーって」


「えー。おもしろいよ。」


「・・・」


 俺はアイツの言葉に何も返さず、スタスタと教室に向かって歩き続けた。

 どうせ何か言ったってコイツは俺の言葉なんて聞きやしない。


「なによー。なんか言いなさいよー。」


 整った顔立ちの頬をぷっくら膨らませながら、先を行く俺の腕をブラブラ揺らしながら、駄々をこねる睦月を俺は拝見したかったが、目線をこいつに向けて、目が合うと面倒だと俺は自分の欲を押さえながら、前だけ見ることに集中した。


 そんなやりとりを続けていると、10分以上歩かないといけない教室までもあっという間に到着し、教室からはまだ1回くらいしか顔を見たことがない同級生の賑やかな声が廊下まで響き渡っている。


 もちろんのことだが、この20人以上の同級生と呼べるものの中に俺の友達と呼べるものなんていない。なぜなら人見知りが激しい上、俺が思うに若干強面だからだ。若干だからな。大事だから二回言ったぞ。



 そんな俺が教室の前扉から教室に入ると、一瞬教室が静かになった。

 俺はこの感じが嫌いだ。

 まだ、このクラスに溶け込めていないのを痛感させられる。



 だが、この感じをいつも打破してくれるのはやっぱりアイツの声だった。



「いいじゃない。入ろうよ、演劇部。」



 この声はクラスの皆の声を引き出す。



「あっ、おはよう、睦月」


「おっはー。むっちゃん」


「おはよう。綾瀬さん」


 このクラスの全員から挨拶があったんじゃないかというくらい、挨拶とそれぞれの呼び名が一斉に教室に響く。


「おはよう。みんな。」


 そんな皆の声に応える様にこいつはどこから湧いてくるのか、とびっきりの笑顔を返す。


 まったく、俺はお呼びじゃねーみてーだ。俺はこの間にそっと自分の席に着くことにした。



「ねえ、むっちゃん。あいつと関わらない方がいいよ。」


「え?」


 俺が教室の机の上に突っ伏し始めると同時に、遠くの方でこんな話が聞こえた。 どうやら俺の話をしているらしい。


「私、聞いちゃったんだけど、アイツが今まで病院で入院してたのって、上級生相手に喧嘩して骨折してたかららしいよ。しかも、入学式に。」


「・・・」


「その上級生の先輩っていうのが、この学校でも結構悪名高い先輩で、可愛い女生徒をナンパしたり、脅したり。後輩の男子生徒からはカツアゲしたりしているらしいよ。」


「そうなの?」


 あいつらそんな事してやがったのか。それにしては見かけ倒しだったな・・・。


「それでね。アイツ、入学式の時にその先輩をボコボコにしちゃって、どうやらその先輩達に目付けられちゃったんだって。でも、どうやらアイツ高校の時物凄い不良だったらしくて。埼玉北部の不良共を占めていたらしくてさ。その先輩達も迂闊に手が出せずに、機会を覗っているらしいよ。」


「アイツ、そんなだったんだ・・・」


 まあ、当たらずも遠からずって所か。不良だったのは当たっているが、埼玉北部を占めていたかっていうと微妙だな。俺が住んでいる所、埼玉県南部だし。


「だから、あんな奴と関わらない方がいいよ。」


 そうだぞ。俺なんかと関わっていると、ろくな事がないぜ。ふう、これでやっとしつこい演劇部の勧誘から逃れられる。だが、そう思うとちょっと・・・。


 だが、睦月の口から出た言葉は俺の予想とは違うものだった。


「それ間違ってるよ。」


「えっ」


「あのね。ジンが入学式に喧嘩をしたのは、私の為なの。私がその先輩達に絡まれちゃってて。ペンダント。このペンダントを取り返してくれたの。そのせいでジンはケガしちゃって。」


「・・・」


「だから、そんな噂、広めないで欲しいかな。」


 アイツが怒ってるところ初めて見た。いや、実際は俗に言うキレてるとか、手が出てたわけではないので、睦月が本当に怒っているかどうか、俺にはわからない。

 だが、アイツと一緒にいてまだ間もないが、棘がある言い方をした睦月を見るのは初めてであった。



 友達も・・・。



「そうだったの、ごめんね。そういえばさあ・・・」


 と言って、違う話題に逸らした。


 数分後、居眠りのボートのオールを漕ぎ始めた俺の所に、ひとしきり話を終えた睦月が俺の横の席に腰を下ろした。

 俺の横がこいつの席だから仕方ないが、演劇部の勧誘はウザいなと思っていた所に案の定その話題を振ってきた。


「ねえ、やろうよ、演劇部。」


「・・・」


「面白いわよ。」


 こいつの話題は演劇部の話しかないのか。そうツッコミたくなったが、起きていることがわかると面倒くさそうなので、寝たふりを続けることにした。それにしても、さっき物凄く怒っていたように見えたが、気のせいだったか?


「未経験者大歓迎だし。先輩も優しい。ほら、ウチって体育会系の大学じゃない?だから、先輩って怖いイメージだけど、ウチの部は文科系だし、上下関係も厳しくないから、皆優しいんだよ。」



 はい。無視、無視。



「練習はきついかもしれないけど。初めてやることなんだから、出来ないのは当たり前だし、出来ないことが出来るようになるって、なんか嬉しいじゃない?」


 無視ですよー。


「・・・」


 あれ?諦めたかな?


 突然、勧誘文句の弾幕が止んだ。


 だが、突然耳元で勧誘活動が再開された。


「・・・それに、可愛い女の子も沢山いますよ。」


 これにはさすがの俺も動揺したね。っていうか、しまっくちゃったよね。思わず手がピクって動いちまいやがった。


「あっ、ジン。可愛い女の子に興味あるんだ。」


 あるに決まってるじゃないか!


 俺だって男だぞ。

 生まれてこの方一度も彼女なんて出来た事なんてないんだぞ。女の子に興味あるに決まってるじゃないか!

 そう、心の中で雄たけびを上げたが、それを表に見せる訳にはいかない。



「ああ、ジン。耳が赤くなってる!」


「なってねえ!」


 しまった!という気持ちと同時に無意識のうちに俺は起き上がってしまった。


「ふーん。ジンは可愛い女の子好きと・・・」


 アイツはどこからか取り出したメモ帳に何かを記入しようとしたので、俺は慌ててそれを取り上げようとしたが、周りの同級生連中の熱い視線を感じ、冷静さを取り戻した。


 ダメだ。ダメだ。これじゃあ、またこいつのペースにはまってしまう。


 俺は何事も無かったかのように、再度机に突っ伏してやった。


「ねえ、ジン。一回くらい稽古、見に来てよー」


「・・・。」


「可愛い子いっぱいいるよ。紹介するからさ~」


 俺はコイツの中では一瞬で女好きのレッテルを張られたに違いない。


「はーい。授業はじめますよ。」



 いつの間にか始業のチャイムが鳴っていたらしく、時計を見ると既に授業開始時刻から5分ほど経過していた。そして、遅れてやってきた英語の先生が騒がしい生徒達に授業開始を促しながら教室に入ってきた。


 ま、授業が始まっても俺は机に突っ伏したままだけどな。


 横目でちらっとアイツの方を見たが、何か難しい顔をしながら先程記載していたメモ帳と睨めっこしていた。何が書かれているやら・・・。

 そんな俺の気づいたのか、ふとこちらに視線を向け、小さく手を振ってきた。


 俺はそれを無視すると、改めて机に体重を預けた。






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