第三話 一号
俺たちは食堂で自分の好きなものを、カウンターで頼み、それを受け取って、食堂の奥隅の4人掛けの席に陣取った。
「改めて。私は睦月。綾瀬睦月よ。よろしくね。」
「ふう、ふう。おっ、おう・・・」
席に着くや否や、綾瀬睦月と名乗った目の前の女は待っていましたとばかりに自己紹介を始めたので、俺は頼んだラーメンを箸で10本前後挟みながら、息を吹きかけながら適当に頷いた。
「あなたは?」
じゅるるるる。
「っ、クチャクチャ・・・。俺か?俺は市川仁だ。」
「そう。仁君っていうの。」
「ふぉひ、クチャクチャ・・・。何いきなり下の名前で呼んでんだよ。」
俺は口から出そうになったラーメンを胃の中流し込んでから、再び口を開いた。
「いいじゃない、別に」
馴れ馴れしい奴め。
「ところでさ。仁君って入学式の日に私の事を助けてくれた人よね?」
「・・・」
睦月は座っているだけでも、その美しさは人を惹きつけるのか、チラチラこちらを睨んでくる奴がいる。
冗談じゃない。
「ほら、大学近くの雑木林みたいな所で、私が3人の先輩方に絡まれていた時に・・・」
「どうだったかなぁ・・・。昔のこと過ぎて、忘れちまったよ。」
忘れるはずがない。俺はその後ドジっちまって、今日まで入院してたんだからな。
だが、こいつにとって、きっと良い思い出ではないだろう。
そして、俺に会うたびに頭のどこかでその事を思い出しちまう。
トラウマってのはきっとそんなものだろう。
だから、俺はとぼけることにした。
「・・・じゃあ、その怪我は何?」
「この怪我は階段でこけて、その時、折っちまったんだよ。」
「・・・。なぜ今まで休んでたの?」
「それは足を骨折してたからで・・・」
「うそ」
「本当だって。両足折っちまったから、出歩けなかったんだって。」
「うそ。それなら1ヶ月くらいで退院出来るでしょ?」
「いや。本当だって。」
「お願い、本当のことを教えて。」
「・・・。」
睦月の目は真剣そのもので、その真剣さが俺は苦しかった。
またどこかで、あの事がなかったら俺に興味をもってくれないのかと、少し心が痛かった。
「お願い。」
「・・・」
こいつならきっとトラウマだって受け止めていけるかもしれない。
睦月の目からそんな意思を俺は感じた。
だからこそ俺はこいつには何も伝えたくなかった。
これは意地だ。
あと少しの嫌がらせだ。
「・・・」
「・・・」
気まずい沈黙が流れる。
その時間から逃れるために、俺は一生懸命煮込みうどんをすすった。
『暑い時こそ熱いものを食べよう』
くそっ。
食堂の入り口にこんな張り紙貼りだしやがって。
そんなことを考えながら、俺は睦月の様子が気になった。
チラッとそちらを見ると、睦月も食堂で頼んだオニギリセットをハムハムと食べていた。
何?こちらの方がペースが遅い。
当然か、こっちは煮えたぎるうどんを冷まさないといけない。
オニギリなんてどんなに熱かったって、手で握れる熱さなのだから、食べ終わるのは火を見るよりも明らかだった。
その間にも睦月は俺にしつこく質問を投げかけて来た。
そのせいもあってか、俺は何とか睦月よりも早く食べ終わり、席を立とうとした。
「じゃあ、せめて友達になりましょう」
高校時代、俺に友達と呼べる奴なんて誰もいなかった。
顔を突き合わせれば、喧嘩、ケンカ、けんかの毎日。
どこかで友達というものに憧れていたのかもしれない。だから・・・、だから、身体の奥んところが妙にムズムズした。
「・・・」
「仁君、今日から復学でしょ?ということは、まだ、友達いないよね・・・?」
「・・・」
「だから、私が友達第一号!」
「・・・」
「・・・どう?」
うれしいじゃねえかよ。
「・・・勝手にしな」
「あ~、素直じゃないんだ。本当は嬉しいんでしょ?」
「・・・別に」
「もう、君は正直じゃないな~。正直にならないと友達出来ないよ。」
「・・・うるさい。」
俺の顔にいつの間にか笑顔が見え隠れしているのに、俺は気が付いた。
睦月も見つけたのだろう。
「あ、さっきより顔が優しくなったね。」
「あぁ?」
「ほら、もっと笑って。笑顔だとカッコイイんだからもったいないよ。」
「ほっとけ。」
俺、顔赤くしてないよな。
頼むから赤くしてないでくれ。
「じゃあ、改めて。よろしくね、仁君。」
「・・・ああ。」
なーに握手してるんだ、俺は。
これじゃあ、こいつのペースじゃないか。
とにかくここにいたらまずい。
こいつのペースに巻き込まれてしまう。
とにかくここから離れなければ。
そんなことを思いながら、俺は席を立った。
「あれ?もう行っちゃうの?」
「ああ。」
「じゃあ、また今度ね。」
「・・・」
最初から最後まで睦月にペースを握られたまま、俺は食堂を後にした。