exEp:騎士
「私の剣がここにある限り、仲間たちに触れさせるものか」
そう叫んで私は剣を取った。
目の前にある異形。それは、神への祈りが変質したもの。
それを害せば私は神に罰せられるに違いない。
でも、それでも。
私の仲間を害するというのならば、それは敵。
例え私自身が神に罰せられようとも、仲間を失うくらいならば剣を取る。
そうして彼の言葉を信じ、私はただひたすらに守ることに徹した。
だが、その異形を倒し、神子との対話の先と転移の後にあったのは――思いもよらない、事態だった。
「……何故、いないんだ……?」
荒れ果てた、森の傍で。
魔物の気配があふれる魔の森の目の前で。
私は気を失ったもう一人の仲間であるトリスを抱えながら、一番いるべき人間がいないことに呆然と立ち尽くすしかなかったのだ。
☆
「兄上は……行ってしまった、んですね」
「……」
呆然と座り込んでいた私を迎えに来たのは、ユリスの従兄弟であるサルート元副師団長だった。
私とトリスを見つめ、ユリスがいないことを認めたが彼は何も言わず私とトリスを守るように動いてくれた。
ほとんど魔力を使い果たしたトリスは目が覚めることはなく、森の中から迫ってきた魔物をなんとか退けた後は近くの砦まで転移で連れて行ってくれたのだ。
私も疲れ果て、何も考えたくなくてそのまま眠った。
私はユリスやトリスを助けるために、ずっと剣を取ってきたはずだった。
なのに転移した後、ユリスがいなかった理由がどうしてもわからなくてトリスの目覚めを待つしかなかったのだ。
サルートさんは何か痛ましそうに見てきたが、何も言わずに事後処理をしてくれると請け負ってくれた。
トリスやユリスといった事情の通じる人間がいない今、魔の森の対策は急務だということで、すべて第一師団が動いてくれると約束してくれたのだった。
そうして私は、トリスが目覚めるのを待っていた。
トリスは目覚めると、真っ先に見たのは私の横だった。
そしてそこにユリスがいないことを認めると、苦笑しながらそう呟いたのだ。
「トリスはユリスがどこに行ったのか、わかるのか?」
「まあ、ええ。指定が故郷でしたからね」
「? ユリスの故郷は、ここだろう……?」
転移陣を動かすときに、ユリスが焦っていたのはよく覚えている。
そもそもがどこからこの魔力は来たんだと突っ込みたかったのだが、そんな雰囲気でもなかったので私は訊けずにいたのだ。
ユリスが魔術師であることは知っていたし、いつの間にか魔力をまとっていたので「使えるようになったこと」だけはわかったのだが、そもそもの前提が色々おかしい気がする。
難しいことはよくわからないので、質問に答えることだけを考えるようにしていたが、思い返せばおかしなことばかりあったような気がする。
あの、神子に関してもそうだ。
ユリスは神子にとどめを刺そうとはせず、むしろ助けようとした。
転移陣が発動する瞬間、神子はまだ召喚陣の上に載っていたのに、ユリスは発動しようとしたのだ。
本人にはその気はなかったのかもしれない。
だが、あまりにも転移人数が多い陣を発動しようとして魔力を失い倒れかけたユリスを支えた私は、見てしまった。
自分から陣から降りて、微笑む神子。
そうしてその口は、静かにこう紡いだ。
『かみさま。かれをたすけて』
小さな祈りの声だった。
恐らくユリスの傍に行った私にしか聞こえなかった声だと思う。
だけどあの瞬間、転移の陣は光輝いたから、神子の力はすべてユリスのもとへ移動したのだと思う。
大丈夫よ、そうユリスに告げて。
彼女は騎竜と一緒に、そこへ残ることを選んだ。
ユリスは勇者じゃないと、叫んでいたはずなのに。
神子は、神様にただ祈った。
ユリスを――勇者を、助けて、と。
ダイチがいるのになぜユリスが勇者の扱いなんだ、とか。
よくわからないことも多かったが、私は神子がユリスを好きだったことを知っている。
きっと彼女の中で、彼女を助ける勇者はユリスだったのだろう。
だからこそ、彼女を拒むユリスを認められず、異形を作り出した――。
細かいことはわからないが、その点はあっているという自信がある。
彼女の目は、ユリスしか追っていなかったから――。
だからこそ彼女に向き合ったユリスを見て、彼女はユリスを手伝うことを決めたのだろう。
その前に騎竜が暴れたのは……まあ、あれは、事故だな。
騎竜が暴れる瞬間、神子が驚いて騎竜に手を伸ばしていたのも私は見ていた。
騎竜の暴走の理由はきっと、神子がユリスを認めてしまったからと、おそらくは彼女自身を殺せと神子に言われたからだろう。
ユリスを拒み、そして変質した騎竜であるからこそ神子の気持ちが認められなかった。
そしてそれを知ってもなお、神子はユリスの救助を神に願ったのだ。
転移する瞬間の神子の微笑みが脳裏をよぎる。
騎竜が自分を殺せばもっと簡単だったのに、そんな皮肉に近い言葉を言った彼女はそれでも。
ただ、自分の味方でいた騎竜を撫でながら最後まで微笑んでいた。
「何から話せばいいのか――。ええとですね、兄上には、故郷が二つあったんです」
「ふたつ?」
「ええ。僕が話していいのかちょっとわからないんですが――、こうなった以上、ファティマさんには知る権利があると思うので、少しだけ話します」
そうしてトリスは、彼自身が知っていることを話してくれた。
ユリスには前世の記憶があったこと。
そして魔王やダイチ、みゆきたちとは過去の縁があったこと――。
「むすめ?」
「らしいですね」
「な、なるほど……」
たしかにみゆきに対するユリスの態度は、娘と言われても納得がいくものだ。
私自身がユリスにさんざん世話になったのであまり気にしていなかったのだが、考えてみれば親身になりすぎていたというのはあったように思う。
子供に対するような態度だな、と思っていたのだがそれがまさに現実だったとは――。
不思議なことがあるものだな。
「……なので、兄上はおそらく、みゆきさんたちとあちらへ【帰った】のではないかと思うのです」
「なるほど、そういうことか……」
故郷とは、出身地というよりも心のよりどころというのが大きいと私は思う。
ユリスにとって前世は、彼自身を支える何よりの記憶だったのだろう。
私がユリスとともに過ごした日々を糧にしたように、彼にとって忘れられない大切な記憶――それが前世だったのか。
「ファティマさん、意外に落ち着いていますね?」
「うん? ユリスが時々遠くを見ていたのは知っているし、前世があるというのは知らなかったが言われてみれば確かにな、と思うことはいっぱいある」
確かにユリスは年上だが、知識量はすごかったしな……。
前世を含めた時間をおそらく彼は知識の蓄積に充てていたに違いない。
あの知識への貪欲さはどこから来るのだろうと思っていたが、もはや趣味の領域だったのか……。
「いえそっちじゃなくて……兄上、もう帰ってこないかもしれませんよ?」
「え!? ―――なんでだ!?」
「なんでって……。……あれ? ふつうは帰ってきます?」
「帰ってくるだろう。ユリスだぞ? あのユリスが、投げっぱなしで帰ってこないとかありえるのか!?」
トリスと見つめあうと、何故か真っ赤になって目をそらされてしまった。
むう。
何故目をそらすのか。
「言われてみればそうですね……。あの兄上が、全放置……。なさそうですね……」
「ないだろう?」
「あ、でも、まだ奥さんが向こうにいるんじゃないですかね?」
「!?」
そうか……。
むこうへ行ったということは、過去の奥さんとやらが……いるの、か……。
「……」
「す、すみません無神経でした……」
「いや、当然だ。もしそこに恋い慕う人がいるというならば残りたいと思って帰ってこない可能性もきっとあ……あ」
ある、と言えずに唇をかむ。
言葉に出したら本当になってしまいそうだ。
「いやないだろ」
「「!?」」
トリスとの会話に紛れ込んだ声に、顔を上げた。
いつの間にか戻ってきていたのか、そこにはサルートさんがあきれ顔で私たちを見つめていた。
トリスの起床に気付いて様子を見に来たのだろうか。
「ない、のかな?」
「ないさ。あいつはなんだかんだ、この世界のことも気に入っているから。何もないところから陣形成をするから時間はかかるだろうが、ちゃんと帰ってくると思うぞ」
「サルートが言うとなんか本当に聞こえる」
「何故嘘だと思ったし……」
ぽんぽんと言葉の応酬をする二人をぼんやりと見つめる。
確かにサルートさんが言うと、本当に聞こえる。
「まあ、この世界で一番ユリスを理解している俺が言ってやろう。帰ってくるさ。――ただ、横に奥さんとやらがいても俺は驚かん」
「「!?」」
「押し弱いし、みゆきちゃんはきっと気になるだろうしなぁ。そのうち交互で行けるようにとか無駄な労力を使いそうな気すらする」
「そっちの方向へ振り切れるんですか……。いや、うん、確かに兄上ならありえそう……」
「そうなのか!?」
そもそも異世界への転移を自己流で作成してしまうとか、大ごとに思うのは私だけなのか?
連れてくるとか……押しが弱いとか……何かもう、話についていけないぞ?
「ま、そんな感じだろうからトリスはいっぱい寝て早く身体元に戻せよ~」
「サルートにこき使われる気しかしないんだけど」
「馬鹿だな。こきつかうのは俺じゃない。トリスにも転移陣の知識が残ってるんだし、一方通行じゃなくお前もユリスのところへ行けるようにまた研究してやれよ。待ってるだけじゃなくさ」
「! そうか、その手があった……! 指定を変えて、あとは発動条件を変えればたぶん……!」
「待った。一人で後でやれ。ルルリア呼んでやるから」
何故か分かり合う二人を見つめ、とりあえず私は理解した。
ユリスはちゃんと、この世界に帰ってくる。
……私の気持ちが、通じる機会はすごく遠ざかった気がするが!
「よし。私はじゃあサルートさんを手伝おう」
「お? いいのか?」
「ああ。私は魔術にはそれほど詳しくないし、だとすれば純粋に魔物退治を手伝うべきだろうと思う。ユリスのやり残した仕事でもあるしな」
「じゃ、頼むわ」
トリスと違いそれほど消費していない私はすぐにでも動ける。
私はサルートさんに一つ頷くと、勢い良く立ち上がったのだった。
☆
私は騎士だ。
守るべきものがあればそれを守り、そして敵に立ち向かう。
魔術師のような知識はないから、ユリスを手伝うことはきっとできない。
けれど、出来ることはきっとある。
そう、私は信じて今日も進む。
「……私はあなたのように自分を犠牲には出来ないけれど」
あの空間に置き去りにされた神子に、墓はない。
けれど私は魔の森へ向けて、祈ることにした。
「あなたの分も、ユリスを守ろう」
最後に微笑んだ貴女を私だけは忘れない。
騎士として――同じ人を愛した一人の女として、私は貴女に祈る。
それが私の決めた騎士としての誓い。
「だからどうか、――安らかに」
完
お読みいただきありがとうございました!
本日、魔力の使えない魔術師4、最終巻発売です。
どうぞよろしくお願いします。
以下、補足!
大体の質問に対しての補足コーナー。
読みたい人だけ読むアレです。
Q、ファティマなんでユリスが魔術使ってるのスルーしてるの?
A、言える雰囲気じゃなかった。あと魔力自体は指輪を外したことでずっと出てたのでファティマさんは把握している。
Q,ユリスの魔力が足りなかったのなんで?
A、ユリスが地球に帰ろうとしたせいと、神子がのっかってたせいです。なお、神子が死んでいた場合は空間も閉じますが神子の死で彼女自身が転移陣に魔力を移していたはずなので(おそらくそれ込みで騎竜に自分を殺させようとしている)転移陣は発動していたはずです。
Q、ルルリアとオルトどこ行った?
A、魔の森にいたけど、魔物大量発生で逃げました。なお、サルートと一緒にトリスたちを探してた。
Q,ユリス帰ってくるの?
A,世界放置するユリスはユリスじゃない(一同)。
Q、過去の出来事全部一覧でくれないと不親切
A、設定に地雷が多いので、地雷要素は誤魔化してあります!←
番外編では書くかもしれません。その際は前書き注意書きも書きます。
その他、質問・リクエストがありましたら感想まで。
番外編は主に視点変更になると思いますので、別枠で作ろうと思っています。
ここまでユリス達におつきあいいただきありがとうございました。




