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Ep:帰還





目に入ってきた日光にまず思ったのは、ここはどこだという当然の問いだった。

急いで身を起こし、油断なく周りを見る。

そう思えたのは一瞬で、俺は目に入ってきた建物に愕然とする羽目になった。


見たことがない建物があったわけではない。

むしろ見た覚えがある建物だったからこそ固まった。


「……うそ、だろ?」


そこにあった建物は少し古ぼけていたものの、相変わらずの剛健さで佇んでいた。

窓や一部見覚えがない建物があるのは、修理や増築のせいだろうか。

だが、俺がいるこの庭も、周りにある木の種類も、変わったところは何もない。

いや、その言い方はおかしいか。

木が育ってはいるものの、間違うような変化は存在していなかった。



そこにあったのは、間違いなく我が家だった。

死ぬ直前まで住んでいた、俺の、家。


「……」


とっさに地に手をついたところで、ずるりと何かに滑る。

雨でも降っていたか、それとも魔力を使い切って身体に影響が出ているのか。

そう思いふり返った先にあったのは、これまた見知った人間の姿だった。


「……隆大!?」


流れ出る血は、陣を乗る直前と変わりない。

変わっているのは血が流れ出た故に庭が汚れていることと、必死で彼を支えていたダイチとみゆきがいないことだった。

必死でみゆきが陣で回復したのが功を奏したか、傷自体はそこまで大きくは感じない。

だが、胸は間違いなく動いておらず、呼吸をしているような様子もなかった。


『だからまだ間に合うと思うよ? 隆大のことよろしくね~』


神様の声がよみがえる。

つまりこれは、そういうことか!?

魔力も何も残っていない状態でどうにかしろと!?


「止血!」


マントはさすがに裂けるような素材じゃないので、肩口から服を破り取る。

怪我に対する対処はさすがに脳裏に入っているので圧迫してみるものの、傷自体はやはり癒しきっていないようで止まらないし、このままでは遠からず隆大は帰らぬ人になるだろう。

どうしたら、と見まわした先で玄関の扉が開く。


「ユリスさん!?」


とっさに構えたが、出てきたのは何故か制服に着替えていたみゆきだった。

早着替え? 召喚のせいか? とか脳裏によぎるが、思ったことはただ一つ。

傷を癒すのはこの世界では魔術ではない。

こんな時に呼ぶべきはただ一つ!


『みゆき! 救急車呼んで!!!』

『!!! はい!!!』

『心臓の持病があって心臓止まってるって言って! あと倒れたときに傷がついたかもって!』


どたんばたんと室内に戻っていくみゆきを見ながら、俺の脳裏にあったのは。


(この格好で救急車とか不審者通り越して捕まるよなぁ……)


という、どうでもよい内容であった。








結局ダイチとみゆきはそれぞれ自分の自室に転移をしたらしく、みゆきが救急車を呼んでいるうちにダイチが駆けつけてきた。

みゆきの無事を確認するつもりが父親に遭遇したわけで、どうするのかと思っていたらそのままうろうろし始めてしまった。

正気に返ってくれないと困ってしまうことがたくさんあるので、呼びかけて近くにまで来させる。


「とりあえず俺は着替えたいんだが、どうしたもんか。このままだと最悪俺が加害者扱いされて捕まる可能性がある気がする」

「!? そういえばそうかも?」

「え、ええええ、どうしよう???」


やっぱりうろうろする二人に、解決策は存在しない。

俺は俺で少しでも血の流れを止めるために圧迫しているわけで、これまた動けない。

時間だけが過ぎていく。


「仕方ない、代われ」

「お、おう!」


幸い俺の格好は防具を外せばそこまでコスプレっぽい恰好じゃない。

仕方がないので圧迫をダイチに代わってもらい、鎧マントその他、特に剣は近くの物置に隠すことにした。

自宅なのでよほどのことがなければそこまで調べられないだろうと妥協する。

あと、俺の顔はどうみても外人で日本語を喋れるようには見えないのでそれで誤魔化すことに決定した。


なので二人に倒れている隆大を見つけて騒いでいたら、通りかかった外国の人が手伝ってくれたという話にしてもらうことにした。

英語……はさすがにちょっと今すぐに使える自信がないので、もう異世界言語で通すことにする。

事情を訊かれたら日本語で答えればいいだけである。

一緒に救急車に乗るであろうダイチがどう答えたらいいのかわからないというので、とりあえず何もわからないで通せとアドバイスしておく。

もともと隆大は心臓の持病持ちだ。だから心臓が止まった理由はそっちで、怪我は倒れたせいとかで押し切れと言ったらダイチはようやく理解したようで何度もうなずいていた。


欲を言えば心臓マッサージくらいしたいが、あれは素人がやるものじゃないのでじりじりと待つ。

恐らくあの神様の様子からまだ大丈夫だろうとは思うものの、魔力枯渇の状態ではそれ以上のことはできず待つしかなかったのである。


「きた!」


幸い日本の救急車は緊急性の高い案件には早いのは変わっていなかったようで、数分で救急車はたどり着いた。

隆大の様子がまずいのか、俺のことをちらりと見る隊員もいるにはいたが、手当を優先したようであっという間にいなくなった。

現場検証とかで警察は来るかもしれないと構えたが、病人優先のためとりあえずはそこまで突っ込まれないようだった。

心臓止まった理由も持病って説明してるしな。


まあ、二人に聞いたら帰宅時間からそう経っていないという話だったので隆大が意識を取り戻せばなんとかしてくれるだろう。隆大だし。

血は流れてるけどナイフが刺さっていたわけでもないし刃物傷というほどきれいな傷口でもないので(牙がえぐったのをふさいだせいで断面はそんな感じだった)、おそらく木か何かが刺さってえぐられたんだろうというところで落ち着きそうだったのでその話で流れてほしいもんだ。警察来て身分証明とか言い出されたら困るので事故と判断されて通報されないことを祈る。


いや、でも危なかった……。

みゆきたちがいなかったら危うく殺人現場にいる犯人になるところだったよね……。


残ったみゆきと二人で、庭先でへたりこむ。

隆大のことは病院に委ねられたので、むしろ問題はここからが本番と言えた。



「ユリスさん……一緒に帰ってきた、んですね」

「そうみたいだな……」


家の中は静まり返っており、おそらく誰もいないと思われる。

そのことを少し残念に思いながらも、逆にいてもどんな顔して会えばいいのかわからないので良かったのか、とも思い直す。

俺の視線を見て事情に気付いたのか、みゆきが申し訳なさそうにこちらを見てきた。


「お母さんならたぶん、買い物です」

「それすぐ戻ってくるって言わない……?」

「はい……」


なんていうかそれ、心の準備する時間がないよね。

どうしたもんかな。


「これからどうするかな……」


何故俺がここにいるのか俺自身がわからないが、思い当たることがなくはない。

恐らく、あの指定のせいで俺はここにいるのだ。


”故郷”


何故魔力が足りないのかとあの時こそ愕然としたが、考えてみれば当然だった。

――魔王を倒した勇者は、魔王のお城にある召喚陣を通って元の世界へ帰りました。

還るのはダイチとみゆきだと思い込んでいたが、おそらくこの指定によっては俺は『日本へ帰ってきてしまったのだ』ろう。

それは俺と隆大こそが対になっていたからかもしれないし、俺自身がここに帰ることを無意識に望んだせいなのかもしれなかった。


何故なら俺にとって、ここが間違いなく故郷であったから。


「……お母さん、驚くだろうなぁ」

「驚く以前に、どう説明したものかね……」


俺だったら普通に学校から帰ってきた娘が突然お父さんが帰ってきたよ! とか外国人連れて来て言ったら正気を疑う。

みゆきが確認する限りでは、今日は召喚された当日で召喚された日から一分と経っていない時間に部屋に現れたのだという。

だからこそ、俺と過ごした時間はすべてありえない時間であり、さらに説明に困る。

一応質問されれば答えられるし、室内の変化もない部分であれば説明できるだろうが、なんていうかあれだ。


それなんて詐欺師。


「……魔力があれば、そのまま帰ることも選べたんだが」


じわりと戻ってくる感覚があるので、ここが魔力の回復しない場所というケースはないようだった。

だが、世界を超えるとなれば大掛かりになるし、陣は覚えているもののもう一回発動できるかというとよくわからない。

そのへん神様は一切触れてくれなかったし、俺としてももう一度やるとなれば少なくとも数日は魔力をためないと不可能だろう。

そもそも転移自体がもう、できない可能性だって存在している。

おそらく感覚的には、大丈夫という回答が出ているが。


「帰っちゃう、の……?」

「みゆき……」

「だってお父さんなのに……やっといっぱい話せるのに……」


じわりとまた涙を浮かべるみゆきを見て、言葉を詰まらせる。

だって俺は死んだ人間で、ここにいないはずの人間で。

生まれ変わりを信じる人はいるかもしれないけれど、それを相手に求めているのは間違っているのではないかと思うのだ。


「だけどさ、みゆき」

「?」

「俺は本来ならここにはいない人間なんだぞ?」


みゆきにとって、俺が父親であることは受け入れやすいことだったと隆大に言われた。

知り合いがダイチしかいない不安定な異世界で、優しくしてくれた同行者。

俺の立場から見ても、仲良くなった後だったからこそ父親という絶対的な味方を受け入れられた側面があったと思う。

命のやり取りをしていたことも、一つの原因だと思うが。


だが、彼女は――。

みさとにとっては、17年も前の、話だ。

俺はそれより余分に24年間暮らしていても忘れることはなかったけれど、それを求めるのはおそらく違う。

俺は置いて行ったのだ。

彼女と、みゆきを、この世界に。


「でも、お父さんはいま、ここにいるじゃない」

「……」

「いるのに、会わずに帰ってしまうの?」

「……」


会わずに帰るのは不可能だと思うが、2,3日どうにかすれば何とかなるような気もする。

17年ブランクがあるとはいえど、外見はどうであれ中身は元日本人で成人。

言葉が通じればどうとでもなる、はずだ。


だが。


「……会ってどうしていいか、わからないんだ」

「お父さん……」


これが転生してすぐだったら、また違っていたのだろうと思う。

相手がわかってくれなくてもわかってほしいと説明して、強引に押しかけるぐらいはしただろう。

何せ証明できる出来事ならたくさんある。

この家自体が、俺と奥さんの思い出の詰まった場所なのだから。


だが、今信じてもらったとして。

俺はどうしたらよいのだろうか?


「えっと、よくわからないんだけど」

「うん」

「逆に想像してみたらいいんじゃ、ないかな?」


みゆきが拙い言葉で俺に伝えてくる。

彼女はむしろ俺の逡巡が不思議そうで、俺としても変な顔になってしまう。

いや、普通に考えて死んだ夫が帰ってきたら微妙じゃないか?

そう思うのに、逆に考えろと言われてふと……彼女の顔を思い出した。


『他の誰も、関係ないの』


年齢が違うから。

つりあわないから。

そう卑屈になる俺に、彼女が言っていた魔法の言葉。


『私には貴方が必要なんだよ、ゆきちゃん』


もしあの時死んだのが俺じゃなくてみさとだったら。

俺は一人で生きて、そして何を思っただろうか。

みゆきがそばにいたとしても、俺は彼女を思って過ごしたのではないだろうか。


「おと――ユリスさん?」


首をかしげるみゆきを見て、思い出す。

人に責められて昔を思い出したあの時、俺はなんて呟いただろうか。

サルートに諭されて心の奥底にしまったあの思いは、もうなくなってしまったものだったろうか――。




かしゃん、と門の開く音がした。





「みゆちゃん? どうしたの、庭先に座り込んで」

「あ、お母さん……」


声音はいつも通りの、――昔よく聞いた、その声で。


「今ね、救急車が走っていったんだけど……みゆちゃん知らない? ご近所さんも留守みたいで、誰も騒いでなかったみたいだからよくわからなかったのだけど……」

「あ、えっとね、そのね、あとで話す!」

「あと?」

「お、おうちにはいろ!?」


木に隠れて俺の位置は見えないのか、みゆきがとととっと、門まで走っていく音が聞こえた。

悩む俺を見かねてとりあえずみさとを家に入れてしまおうとしたのだろう。

ぐいぐい押しているのか、彼女の戸惑ったような声があがる。


「え、なんなのみゆき――あら? 誰かいるの?」

「いいいい、いないよ!? あ、いないっていうか、えっととりあえず全部後にして!」

「もう、何を言ってるのこの子は。知り合いなら庭なんてところで話し込んでないで中に――あら?」


外国のひと?

大人のひとなのね、なんて呑気な声が聞こえる。

いや、女子高生がいい歳した大人と話してたらそこは危機感を覚えるべきだろとちょっとだけ思い。

そして昔とまるで変わらない様子に、気づいたら俺の口は孤を描いていた。


そうだ、彼女は。

みゆきと同じで、大事なところでは絶対に間違ったりしないんだった。


「えっと、えっとね、えーっと……」

「もう、変なみゆちゃん」


ゆっくりと顔を上げる。

慌てまくっているみゆきに、困ったように眉を下げる女性。

俺が見ているのに気づいたのか、ぱっと笑顔を見せると玄関へ手を向けた。


「詳しい話は後回しにしましょ! とりあえずあがっていらして!」

「そこを後回しにしちゃうの!? お母さん、いつも私に危機感危機感って言うくせに!」

「あら、危ない人なの?」

「え、そうじゃないけど……」


どうしよう、とこちらを見るみゆきにかすかに頷いてやる。

彼女は言い出すときかないのは俺が一番よく知っている。

有言実行。

強引ではあるが、相手が嫌がっているときには絶対に誘ってこない。

そんな不思議な距離感を持っている人でもあった。


話がまとまったことに気付いたのか、二人が玄関に移動する。

勝手知ったる我が家だけど、またあの玄関から中に入れるのかと思うと、自然と体に力が入った。

開けっ放しだった玄関の扉はあっさりと開いて、彼女が――みさとが、玄関で振り返る。


「あ、忘れてたわ!」


目線が前と違うのは、俺の身長が違うからだろう。

だけど彼女はみゆきを見て、俺を見ると前と変わりない笑顔でこう言ったのだ。




「おかえりなさい!」





俺はいつも一人で無理をするから心配だと彼女は言った。

小さな約束なら、きっといくつもした覚えがある。

だが、結局俺はどれも守ることができなかった。


『ひとりにしないで』

『自分を大切にして』

『ずっとそばにいて?』


何度も言われた言葉に、返した言葉は本心だった。


『ひとりにしない』

『ちゃんと自分も大事にするから』

『ずっとそばにいるよ』


おざなりに返したつもりはないのに、肝心な時にはいつも忘れちゃうからと怒る彼女。

そんな彼女に俺が最後に言った約束は、とても小さな約束だった。

生まれ変わったら何をしたい? そんな、どうしようもないたとえ話をしたときにも俺はこう答えた。



『もう一度君に会いたい』



泣きながら縋る彼女に言えたのは、そんな守れない約束だった。






「ユリスさん?」


玄関の前で固まったように立ち止まった俺に、みゆきが不思議そうに振り返る。

同時に首をかしげる様子が親子でそっくりで、俺は吹き出しそうになるのを堪えながら、足を動かす。

目を細めて笑いかけると、初めて・・・会った俺におかえりなさいを告げたような格好になったことに気付いたせいか、少しだけ驚いたような彼女が見える。

だがこんな時、答える言葉は決まっている。







「……ただいま」












ご愛読ありがとうございました!



この後はファティマ視点で向こう側の様子を入れて完結、とさせていただきます。

更新日は30日を予定中。

残りの番外編(この後のユリス達含む)は別に作ろうか活動報告に投げようか思案中……中には色々設定で出していないのが結構ありまして、暗いものもあるのでちょっとここに追加するのは迷っておりますが、のんびりお届けしようかと思っています。


これを書いた初期に浮かんだシーンが、ただいまっていう言葉で終わる部分だったので、ここまで書けて感無量です。

途中の中断があり長い連載となってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。


追記;救急車の対応あたりにちょっと迷いました。

確か事件性があれば通報されるはずなんですがそもそもが持病あれば(*82話対処法に記載)そっちが優先かなと思って、それで通してます。何か別の対応がありましたら感想まで。

→ご意見ありがとうございました。現状のままで行きます。

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