決断
「……ありえないわ……」
色々無理をしてきたらしい彼女の零れる命は止められなくても、喋れるように回復することは出来る。
きゅぅきゅぅと鳴く騎竜に寄り掛からせ、少し距離を取りつつ神子の顔色を窺うと、その顔にはホントありえない、と書かれていた。
ちなみにトリスとファティマもなんだかどう反応していいかわからない、という顔をしていた。
「どうして私に、回復、なんて……」
指先から零れていく靄に、彼女の命は削り取られているから延命は不可能。
彼女はすでに何もかもが同化していて、斬り離せるとは思えなかった。
けれど、俺はどうしても彼女に訊きたいことがあったのだ。
「一つだけ聞きたいことがあったからな」
「……何?」
「異変を収める条件は、『魔王が勇者を殺す』、であってるのか?」
「……どういう、意味……?」
召喚陣を解析していた時、いくつか気になる単語があったのだ。
「『歩みを止めるモノを他の世界より追放し』」
「……」
「詠唱、これであってるか?」
トリスとルルリアと3人で魔法陣を解析していた時に出てきた、勇者を召喚する言葉のくだり。
勇者現れし時、魔のモノは歩みを止める、という神殿の教義。
魔物が減っていた経緯は、魔王が召喚されてきて、魔力を使ったから、というので説明が出来る。
だが、召喚をするときの言葉が、魔物を倒すために勇者を召喚する、ではないのだ。魔王を倒すとも実は――書かれて、いない。
確かに隆大が説明したことは納得いくことだった。
魔王が負の――もしくは、俺たちと正反対の性質を持つ魔力をその死をもって変換するのであれば、それは確かに理解できる。
出来るが――――じゃあ、勇者が死んだ場合はどうなるんだ?
足元を見下ろせば、そこにあるのは同じような召喚陣。
詳しく見ていた時間はなかった。
だが、その上に陣を書いた俺には――ある程度の、条件は解読できていた。
この召喚陣は、俺たちの国にあった召喚陣と対を成すもの。
条件はただこれだけ。
『決まりし相手へ連なる魂を召喚する』
「……貴方が何を、いってるのか、わからない、わ」
「じゃあもっと端的に聞く。召喚するときの言葉を教えてくれ」
「……」
俺が何を求めているのかわからないのか、神子が不思議そうに首を傾げる。
だが、諦めたように言葉を繋いだ。
「『世界と歩みし者よ、追放され、崩壊を止めるべく現れよ』」
「……やっぱりか……」
「どういうことですか、兄上」
近づいていた壁は、とりあえず神子が回復したことで緩やかになっている。
説明する時間ぐらいはあるだろう、と俺はトリスたちに向き直った。
「ずっと疑問に思ってたんだ」
「?」
「なんで異世界人をわざわざ呼んで対立させるのか、ってことをだよ」
「……」
「しかも殺しあえ、とか召喚された相手がよっぽど嫌いなのか、と言いたい内容じゃないか。なんで殺し合うのに血縁者を呼ぶんだよ」
「あ、えーと」
「親子や兄弟で呼んで殺し合うわけがない。でも、召喚されやすいように『元いた世界からは弾かれる』。でも、陣を通ったところで性質が変わるわけじゃなく、対立自体はそいつらの性格次第。おかしいと思わないか」
前勇者はこう言った。
"魔王は倒したい相手を勇者として呼ぶのだと。…その関係は密接なもので、昔の勇者の中には魔王を倒せなかったことも、あったらしい。…それで考え出されたのが、洗脳だったんだろう"
"お前にとっての"対立者"…魔王が誰かは知らないが、知人…いや、親しい人間が相手になる事は、覚悟しておくといい"
だが、これは明らかにおかしいのだ。
手元の陣から見れば、勇者が魔王を選んでいる。
そして、対立関係はそのままだとしたら、神殿が洗脳する意味合いがまったくわからない。
神殿が自分の都合のいいように事実を改造したとしか思えない。
この世界の理では、勇者が魔王を倒してもいいし、魔王が勇者を倒してもいい、そういうことじゃないだろうか。
大事なのは恐らく、『倒した後に生き残った彼らが何をするか』――なのでは、ないか。
そこで俺は結論を出した。
「トリス、この世界で一番魔力を使う魔法って何だか知ってるか」
「それは転移魔法ですけど…………あ!?」
「そういうことだ。召喚自体が、はびこった過剰魔力を減らすためのもの。そして大事なのは対立じゃなくて――召喚自体」
勇者が呼ばれるだけで魔物が止まるわけがない。
魔物が減ったのは、単純に魔王を召喚するためにこちらの召喚陣が動いたからだ。
とすれば、俺たちはこちら側の魔力を減らす為にできることが目の前にまさに、あるじゃないか。
「魔王を倒した勇者は、魔王のお城にある召喚陣を通って元の世界へ帰りました」
「……」
「と、俺はそういうことだと思うんだが」
あまりにもなじんでしまった、俺が書いた帰還陣。
もしかしたら魔王が倒されると、この召喚陣は自動的に勇者が世界へ帰れるように変換するのかもしれない。
その過程をショートカットすることで何か不具合が起こるかもしれないが、そんなことはさすがに知った事じゃない。
勝手に異世界に押し付けられた役目によってその世界が左右されるなんて、それこそ、知るか、と思うのだ。
……まぁ、滅びかけているのは俺の世界なんだが。
「だが、ユリス。本当にそれが正解かなんてわからない……だろう?」
「ああ、勿論」
「……」
「俺が言ってるのは推論の上、ふんだんに希望を入れた自論だよ。もちろん、ファティマがどうしても魔王を倒すべきだというなら俺が帰還陣を発動させたタイミングで隆大を――魔王を、殺すよ」
「っ!!」
「さすがにダイチにやらせる気はないよ。俺でもいいらしいからね」
なんでユリスでいいんだ……? とファティマが首を傾げているが、そこを話すつもりはないので曖昧に笑い考えてくれ、と突き放す。
トリスは半分事情を知っているので納得したように、だが難しそうに考え込んでいる。
俺は言いたいことは言いきった。
後は二人の判断を待つだけだ。
神子は黙ったまま、俺の言葉を聞いている。
隆大は途中から不安そうにしているダイチとみゆきの傍に行き、俺の言葉を翻訳していたらしい。
ダイチが泣きそうになっているみゆきの手を掴み、俺が守る、と呟いているのが聞こえた。
いや、二人に何かすることはないと思うんだが……。
「馬鹿、じゃないの、あなた……」
「そうか?」
「世界の明暗を、仲間うちで、決める気、なの……?」
言われた言葉に、俺は少しだけ迷う。
俺たちは確かに、国王でも何でもない。
ただ世界を救うために選ばれた、それだけの存在だ。
だけど。
「……すでにそれは、俺たちに委ねられてることだろ?」
俺だけなら答えは決まっている。
俺は生きていた前世の世界のすべてを、捨てることが出来ない。
この世界の誰を敵に回しても、俺は同じ結論を出す。
だが、トリスとファティマは違う。
純粋にこの世界に生きて、この世界を救うためについてきた二人なのだ。
だからこそ、ふたりの選択も聞く。
それが俺たち勇者の仲間全員の――答えだと思うからだ。
「兄上」
「ん?」
「ここから全員が抜け出せるほどの魔力が、ありますか」
「……」
それは発動してみなければわからない。
そう答えると、トリスは意を決した様に俺を見た。
「発動してください」
「!」
「トリス!?」
一番悩むであろう弟が、すぐさま選択したのは意外だった。
思わず見返せば、そこにあるのはそう……思い悩む、顔で。
何故、と言いそうになる。
「僕はね、兄上。兄上の理論を信じています」
「……」
「兄上は――僕が知る限りで一番の、魔術師ですから。だからその理論に間違いがあるとは思いません」
そもそも倒すべきと言い張っていたのは神殿ですからね。
そう呟いた彼は、そもそも倒すこと自体に疑問を持っていたのかもしれない。
だが、彼はむしろ他のことを思い悩んでいるようだった。
「それよりも僕は、魔力が足りないことの方が心配です。この空間から抜け出すだけならまだしも、この人数をみゆきさんの故郷に送るのは無理がないでしょうか」
「あー……」
そういえば指定は、地球にしてあったんだった。それでは地球を知っている俺はともかく、トリスとファティマへの使用魔力が膨大になってしまう。
俺たち全員が抜け出すとしたら、帰還の陣をそれぞれに発動させないと魔力は追いつかなさそうだ。
だが、この召喚陣の防御をひいているのは隆大のため、彼を先におくれば陣が使えなくなるかもしれない。
つまりそこまで考えれば、トリスたちを先に送るとしたら俺はどうやって帰るんだ、ということになる。
「トリスたちを送って、隆大たちを送ればいいだろ?」
「貴方はどうする気ですか、兄上」
咎める様な声音に、俺は苦笑するしかない。
棚上げしてはダメらしい。
「……まぁ、なんとかなるだろ」
「兄上ッ!」
「大丈夫、ちゃんと俺も抜け出すよ」
「その約束の仕方は不安しか残りませんよ!?」
トリスがきゃんきゃん言いだすが、彼の心づもりは決まっているようなのでファティマへ目を移す。
彼女は、眉をハの字に寄せて、俺を縋るように見てきた。
「ユリス……私は……」
「うん」
「確かにダイチたちは、大切な仲間で、その家族も守ってやりたいと思う。だが、それが世界を滅ぼすきっかけになるかもしれないと言われると……私は、決められない……」
まぁ、そうだよな。
一緒に過ごしたみゆきたちはともかく、隆大はダイチの親ってだけの存在だ。
それをも守ろうとする俺は不思議に見えるだろうし、誰かを守るために誰よりも矢面に立つ彼女にとっては、俺の理論は理解できないだろう。
ましてや、自分を殺して救おうとする魔王が目の前にいるとなっては、騎士である彼女にはその覚悟を蔑ろにするようにも見えるのかもしれない。
「だから……だから私は、ユリスには悪い、が……」
彼女は俺を見つめ、そして。
はっとした様に俺の方へ駆けよってきた。
「危ない、ユリス!!!」
「えっ!?」
全ては、一瞬だった。
彼女が寄ってきたことに驚いて、振り返ると見えたのは騎竜の顎。
先ほどまで神子に取りすがり鳴いていた騎竜が何をするとは思っておらず、思わず棒立ちになる俺をファティマが慌てたように引き戻す。
その、一瞬に。
――――騎竜と俺の間に入ってきた隆大は、その鋭い歯に突き刺された。
ようやく伏線回収……。
お久しぶりです。
夏にデータ吹っ飛ばした関係でこの次のお話から書いたもののデータ復元になっておりますので、文章に違和感があるかもしれません。
矛盾点がありましたら教えていただけるとありがたいです。
本編は残り2話です。
11月中にはお届けしますのでもう少しだけおつきあいくださいませ!
お読みいただきありがとうございます。




