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対処法

8月が終わるので前後篇は統合して投稿しました。

いつもの2話分ありますので長さ注意。

さく。


思ったより深く刺さった剣先に眉がよる。小さな傷では意味がないだろうと思ったが強く斬りすぎた。

けれど魔法陣を書くには一定の量の血がいる。

だから俺は手早く持っていた布を、血を染み込ませられるように血が垂れかかる手先に巻いた。


「……何やってんだ、時間ないって言ってるだろ」

「だから答え、だろ。―――断る、死にたいなら自分でやれ。俺がやらなきゃ意味ないんだろうけど」

「は!?」

「ふえ……?」


隆大の血で汚れた召喚陣の上に、自分の血もたらしていく。

時間がないなら早くしなきゃいけない。

血を布でふき取りながら重ねるように陣を書いて行く俺に、二人の茫然とした顔が目に入る。


「ゆき……おまえ、なにしてんの」

「地球への帰還陣を書いてる」

「はぁ!?」


何度も何度も試行錯誤した陣だ、その構図は頭の中に入ってる。

本当に飛べるかどうかはわからないが、頭で考えるよりやってみるしかない筈。

一心不乱に書き始める俺に、隆大が我に返ったように叫ぶ。


「帰還って誰を帰す気だ?」

「勿論お前とダイチ」

「……お前、正気か?」

「うん。だってお前、ここにいなきゃいけない理由あるの? ないだろ?」

「り、ゆう?」


何を言われたのか分からない、というように瞬きをする隆大に俺は溜息をつく。


「魔王がこの世界にいなきゃいけない理由とか俺は知らない。でも、俺は頼まれてる。だからお前が一番望んでることを勝手にやる」

「たのま……だれに?」

「転生した時にな。神様に言われたよ、『僕の代行者を助けて』と』」


あれはずっとセレスだと思っていたが、さっきの隆大の言葉で勘違いしている事がわかった。

あのカミサマは恐らくこう言っていたのだ。

『自分を犠牲にしようとしている代行者たかひろを助けて』と。


何度試しても、助けられなかった。

俺じゃないと、助けられないといった。

その言葉に心当たりがある。――俺は、唯一こいつの言う事を聞かない人間だったからだ。

殺せと言われても殺さない。従えと言われても従う気なんてない。


今度は、間違えたりしない。

あの時、俺は茫然とするんじゃなくてこいつをひっぱたいておくか事情を聞いておくべきだったんだ。

それが分かったから俺は遠慮なんてしない。


「お前、わかってんのかよ。俺がこの世界で死ななかったら、この世界は滅ぶんだぞ」

「死んだら滅ばないのかよ。死んだらどっちにしろいなくなるじゃないか」

「っ、だから! 死ぬ時に、色々あるんだよ!」

「色々って何」


情報がまだ足りない。

手は止めずに陣を書き続ける。

時間はあとどれくらい? いきなりあの神子の前に放り出されれば、使用している時間はない。

そっと指輪を外し、陣を書いている右手の布の間へ滑り込ませる。

手がしびれているのでどちらにせよ、剣を振りまわすのは無理だ、だから指輪だけをしっかり握りこんだ。


「お前も見ただろう。この城の周りにある黒い靄を」

「ああ。勇者だけが見えるヤツ?」

「あれは代行者と、条件を満たせば神子も見える。――アレ、なんだと思った?」


血を余計な位置に伸ばさないように、踏まないように陣を書くのが難しい。

下にあるのが召喚の陣であるために、ある程度文字を血で消したり増やしたりするだけで済むのが幸いだが、一つ困った。

さっき隆大が血を流していたのは、恐らくここへ飛ぶために陣を動かしたからなのだ。

中央の肝心の部分が書けず、手が止まりかけたがとりあえず真ん中を放置して外堀を埋めて行く。


「神子は"魔王の誘惑"って呼んでたが……」

「当たらずとも遠からず、だな。魔王おれ関係ないけど、神子にとっちゃそう言った方が都合良かったんだろう。あれはそれぞれの世界の歪みというか……源でもあり、世界を壊す元凶でもある」

「元凶?」


不穏な言葉に手を止め顔をあげると、隆大はくるりと手を回した。


「要は魔物を作る源みたいなもんで、お前らにとってはいろんな意味で毒、かな」

「?」

「基本的に人がいればあれは昇華されて魔力になるんだ。ファルータを信仰してる人間がいないから、小さい魔物に取りついて大きくなったり、無機物が魔物化したりしてる」

「は………え?」


魔力。

すべての魔術を発動させるために、存在するモノ。

それが、なんだって?


「待て、時間がないのに混乱してきた」

「説明は難しいな」

「俺が知ってんのは、あれに取り込まれると自殺したがったり、衝動をこらえきれなくなる……程度、なんだが」

「自殺っていうか、消滅する時に周りの靄も巻き込んで消滅しようとするらしいな。元々は、それぞれの神の領域で人がいれば自然と人死にが出るからそんな状態にはならなかったらしいが……現在は、人がいないファルータの側の力は、総じてそういった効果があるらしい。俺に対しての効力はないが、そっちの人にとっては死にたくなったり、心の制限がきかなくなったりだな。だから、あれを取りこんだ人間を殺せばそれだけ力が昇華される、というか。まぁ大部分が消滅した上で少しだけ魔力あいてのちからになる。要は消費する人間がいないから、敵側に取りついて昇華しようとするってわけ。倒せば相手にメリットが出るのは、積極的に倒されるようにそういう性質なのかもな」

「!」


神子が行った、あの集落の惨状は。

まさかそのためか? その現象を利用することで、黒い靄を減らしていた?

そして腕輪が黒くなったのも恐らくは、同じような理由。

あの腕輪の中に、魔力を取りこんでるとかじゃないだろうか。

俺の場合自分の魔力を取りこんでるだけだったから神具が黒くなったりはしなかったけど、相手の力を吸収しまくったから黒くなった、とか……そんな感じか。


え?

じゃああの腕輪実はすげー魔力持ってる上に危険?

いや、見た目からして危険だったから納得だけど、人利用して魔物の素を減らすってどんだけヤバイ事やってんの。

神子としては、犠牲を払って靄を消費して自分の力にしてる感じか?

それにしたって、そこで人を平然と靄の中にぶち込んだり、靄を口移しで飲ませたり?

人間ひとをなんだと思ってんだよ……。


「つまるところ、あの靄は単純に人が死ぬ時に消化される。それが代行者ともなると、元々の魔力が大きいからその消滅時の量が莫大。さらに条件が付くと倍率ドン、っていうのが俺を殺せの真相」

「いやドンじゃねーよ!」


軽く言われてうっかり血を別の場所に落とす所だった。

咄嗟に布を指で押さえると、なんとか違う場所における。だが、血が乾きそうになって俺は中央で止まった。


「結論言え。お前わかってんだろ」

「ん。要は人口数管理のシステムってとこかね。俺はともかく、神子が何のためにそれをやってるのかはよくわからねーけどな」

「…………なんで世界の仕組みを理解しなきゃいかんのだろ俺……。まぁ、大体わかった」

「えっ、オレ全然わかんないんだけど!」


頭痛がしそうな結論に頭を押さえると、ぼけっとしていたダイチが割りこんでくる。

要は、すべての力のバランスがこの世界の管理、という事なのだろう。

正直分かりたくもなかったが、世界に拒まれるという意味もなんとなくわかり、俺は嘆息した。

一方のバランスが崩れれば、もう一方の人数も減らそうとする。

同じ数になるように、バランスが一定になる。そういうことだろう。


早い話が天秤だ。

下に傾いた天秤を元に戻すには増やせばいい。

上に傾いた天秤を元に戻すには減らせばいい。

人に消費されない魔力が増え続けた結果、魔物が増え続けている。それがこの森か。

そこに対抗するべきはずのセレスの神子が絡んできたから良く分からん事になっている、と言う事だろう。


「わかったなら、馬鹿な事しようとするな。もし今俺がここからいなくなったら、何が起こるか本当にわからねぇぞ」

「いや、やる。むしろ絶対やる」

「はああああ!?」


あ、隆大が声を荒げるのは珍しい。

唖然とした彼を残し、残りの陣を書ききる。

後は彼がどいた所を書いて、魔力を通せば恐らく発動するだろう。

どのくらい魔力が必要かはわからないが、さすがに貯め切った魔力を使いきったりはしない……と思う。たぶん。


「なあ、お前本当に理解してんのか? 俺が死んで、黒い靄が一気に昇華されれば魔物の発生も止まる」

「うん」

「俺がいなくなったら使う人間が0になって昇華が間に合わなくなって、魔物の強大化がどんどんひどくなって、お前の国へどんどん浸食してくんだぞ?」

「うん、わかってるよ」


どいてくれない彼を見返し、俺は頷く。

俺が強固に言い張るとは思わなかったのだろう、その顔は困惑気味でおひとよしはどっちなんだよ、といいたくなる。

お前は大切なことを忘れてる。


「わかってるなら」

「断る」


再度同じ事を言われる前に言葉を遮る。


「――なあ、隆大」

「なんだよ」

「なんでお前だけが犠牲にならなきゃならない?」

「……」


例え神様に指定された代行者であろうと。

世界を救うためだけに、自分から死にに行くのは間違っていると思う。

だってお前は、何も見えてないだろ?

横にいるダイチが不安そうに見上げている理由も、俺がお前の頼みを断る理由も、何も分かってない。


「大体お前が死んでも、また違う世界で代行者が生まれるだけじゃないのか?」

「……」

「なんでお前、そんな死にいそぐんだよ」


まだ隠している理由はあるはずだと見つめれば。

隆大は、はぁ、とため息をついた。


「――どっちにしろ俺はそんなに長く、ないからな」

「は?」

「原因不明の難病だったかな。まあ、こっちの世界来てから進行止まってるから、すぐ死ぬってわけじゃないんだろうけど」


トントン、と心臓のあたりを叩く仕草に、ダイチが涙目になる。

ああ、そういう。

そういうことか。

だからダイチは何度も、躊躇っていたのか。

本来なら既に亡くなっているはずの父親に関してなんて、そりゃあ口に出せない。口に出せば本当になるような気がして、でも教えなければいけない、そんな気持ちがあって揺れていたんだろう。


「その病気とやらも案外世界に拒まれてるだけの結果じゃないのか」

「かもな。でも、戻ったら恐らく進行するし」

「……」

「だったら、やるべきことなんてひとつだろ?」


死にゆく命ならば、なすべきことをする。

恐らくそう言いたいのだろう、そう言い切った顔はやはり穏やかで。

あの時みたいな切羽詰まった様子はまるでなかった。


けど。


「出来ない」

「幸人」

「出来るわけ、ないだろう」


どれほど望まれようと、その命を奪うとなれば別だ。

相手がどんなに恨まないと言おうとも、この手でやれと言われても俺には出来ない。

死にそうだからなんだ?

だから簡単に許容できるとでも思っていたのか。


俺は両親を、事故で亡くしている。

自分の両親だけじゃない、育ててくれた義両親もだ。

その時の気持ちを、どれだけ生きていて欲しいと願ったかを、忘れていたりなんかしない。


「ダイチの前でやれるわけないし、ましてやダイチにやらせるなんてもっての他だボケ」

「……」

「諦めて他の方法探すぞ」

「そんな時間ねーだろーが……」



はぁ、とため息をついて隆大がしゃがみ込む。

いやそこどいて下さい。

落ち込んでいるようで、どこか俺の回答は予想通りだったのかやれやれと言いたげなそぶりでさらに足を組もうとする。

いいからどいて下さい。


「とりあえず最後まで書かせろ」

「……」

「いきなり発動させたりなんかしない。大体みゆきを置いて行かせるわけにもいかないし」

「まあ、そうか」


血を踏まないように移動する隆大をどかして、中央にでかでかと地球行きと描いてみる。

恐らくこれで行ける筈だが、さらっと考えただけでもえらい膨大な魔力を必要とする事がわかった。

とりあえず3人を送りたいんだが行けるだろうか……魔力を込め始めたら止まらないので、とりあえず周辺にだけ魔力を込める。

発動前だと言うのにごっそり抜かれた感覚がするが、まだまだ余裕そうでほっとする。

発動前から貯めていた魔力が枯渇していたら、いざ他の事をしなければならなくなった時に何も出来ないしな。

とりあえず……。


「あとどれくらい時間ある?」

「んー…数分は大丈夫だ」

「じゃあ、まだ対処は考えられそうだな」


まだまだ考えなければいけない事がある。

俺は気を引き締めるべく、再度指輪を握りしめた。



「――――で、結局どうするんだ」

「とりあえず召喚陣を守る結界を張る」

「……神子は既に使ってた気がするが」

「それでも陣に触れていなかったんだから、触れないようにする。最悪壊れなければ俺がもう一度発動させる事は出来ると思う。と言う事でよろしく」

「俺が張るのかよ」


力強く頷いてやる。

俺は召喚陣に力入れるので手いっぱいなんだよ!

そもそも発動もこれであってるのかドキドキしてんだからな。

トリスがここにいれば魔力が通り切っているか聞けるのに、いないのが痛い。


「神子の攻撃から召喚陣守るなら、魔王のお前の出番だろ」

「ハイハイ」


どう発動させるにせよ、召喚陣が壊れたら書き直しだ。

というか壊れたら、書きなおしどころか飛ばせるかも怪しい。

書きながら思っていたが、この召喚陣は隆大を喚んだ時のまま、ある程度地球に繋がったままになっているのだろうと思う。

そうでなければ上から強引に書いた陣が"馴染む"とは思えないからだ。

元々勇者召喚の陣から考えたものとはいえ、逆召喚となれば反発が起こるのではないかと俺は思っていた。

むしろすんなり魔力が通った事に違和感を覚えたくらいで、予想よりはいい展開なのではないか――と思う。


だから召喚の魔法陣に重ね合わせるように、触れないように結界を張り、神子に対処する。

恐らくあの神子に話しあいは無理――むしろ、あの靄に既に取りこまれているような状況では、説得どころかまともな話も難しい気がする。

いつからあの靄に影響を受けていたのかは知らないが、隆大の話を総合するにあの神子は既に正気じゃないんだろう。

サルートのように魔力で正気を保っていたのかもしれないが、どこかでタガが外れたとしか思えない。

人間を犠牲にして魔力を取りこんでいる、その手段からして正気じゃないし行動も不可解すぎる。


「それよりもあの神子なにしたいんだと思う?」

「さてなあ。なんか勇者に拘ってるっぽいのは思ったが、なんで俺じゃなくてダイチに攻撃するのかはさっぱりだったな」

「そういや俺に向けて、『勇者はいない』って言ってたけど……」


勇者はいない。

ん? なんかどこかで聞いた台詞だな。


「――俺の時は確か、『何故勇者でなかったのよ』だった気がするな」


あの靄らしきものを俺に飲ました時、神子は確かこう言っていた。

そういえば、あの時神子は完全に靄を口に含んでいた。

もしかしたらあの時がきっかけだったのかもしれない。

少しずつ、少しずつ、人に与える時に含んでいた『魔王の誘惑どく

それにいつしか堕ちたのは、自分だった―――そう言う事なのか?


『なんで…なんで貴方は『魔力が使えない』の! 何故勇者でなかったのよ!!! 貴方が勇者であれば、簡単だったのに! 魔力が使えなければ勇者とは認められない、神のお告げに嘘はない、貴方は勇者になれない! 何故! どうしてよ!』


「あれ……? 『俺が勇者であれば、簡単』だったのに、ってどういう意味だ?」

「?」

「神殿は俺が"勇者"じゃないかと、疑っていた……?」

「疑ってたって言うか、幸人は勇者だと思うがな」

「いやそういうことじゃなくて」


何かのヒントになりそうで、考えてみるが霞みがかったように掴む事が出来ない。

悩む時間もないので、別の事を考えてみる。


「俺が勇者であればよくて、ダイチが勇者だから攻撃するってどーいう事だ?」

「ダイチが勇者じゃない、って言葉を重ねると勇者じゃないから殺したいって事か?」

「え、自分で喚んだのに勇者じゃないとか言われても困んだけど」


俺もそう思うが、神子の中では何かかっ飛んだ繋がり方をしているんじゃないだろうか。

自分が喚んだはずの勇者がいない。

目の前にいるのは、勇者を騙った何か?

だから殺そうとして、だから召喚陣を使おうと――――――待てよ?


「えっと……よくわかんねーんだけど、俺殺されるとどうなんの?」

「まあ、勇者が死んだ場合は別の人間がどこかで勇者にな……る、けど」

「「……」」

「え、それって……」


思わず召喚陣を見る。

ダイチを攻撃して、召喚陣を使う?

それは。


「まさか」

「勇者の"再召喚"でもする気、か……?」


神子の中では、ダイチも俺も勇者になっていない?

だからもう一度再召喚するために、すべてを壊して、そして再召喚?

いや、いないと思ってるから強引に召喚して、すべてを―――――"神子が召喚した勇者がすべてを壊す"の、か?


「……やばい……」

「隆大?」

「一体"何を召喚する気だ?"」


しん、と静まり返る。

俺たちは顔を見合わせると、頷き合う。


「ダイチ」

「?」

「結界とか、隆大の声に合わせて張れ。陣も使っていい。――戻り次第、なんか"来るぞ"」

「!」


衝撃を分散できるように、俺たちは離れて陣の上に立つ。

そして隆大が呟いた。



「――――時間だ」




説明回。

言語化が来い。


何か疑問点がありましたら訂正修正しますので、お気軽に質問して下さいませ。


お次はようやく戦闘に入ります。

最終話まで後少し。お付き合いいただければ幸いです。

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