独白(後)
「―――ってなわけで、勇者が魔王を殺せば解決するわけだが」
「どうしてそうなる!?」
隆大の澱みなく流れ過ぎる独白にボーっとしていたら結論がそれだった。
……ええ、と。
待て、どこから突っ込んでいいのか分からない。
大体俺がどうして転生してるのかとか、俺とお前の関係がどうだったとか、そもそも説明する筈の俺とのダイチとの関連性とか、お前今全部すっ飛ばして結論言っただろ。
そこはちゃんと説明しろよ!
「簡単に考えりゃわかるだろ。今、この状態で何もせずに戻ればあの神子の魔術に全員巻き込まれるのは確実だ」
「うん」
「解決法は二つ。攻撃される前に神子を倒すか、神子の攻撃を無効にするかだ」
「うん」
「一つ目は時間的に不可能だ。同時に攻撃しても恐らく相打ちにはならず、下手すれば後ろにいたみゆちゃんたちに当たる」
理路整然と言う隆大にとりあえず頷く。
どれだけの余裕があるかわからないが、この空間へ転移した隆大が言うのだから時間的なものは間違いないだろう。
「二つ目だが……召喚陣に何か作用してるのは見えたけど、俺も使えたって事は完全に支配してるわけでもない。恐らく強引に支配を変更して、ぶっ壊す気なんだろうと思う。それに巻き込まれて何が起こるかはさっぱりわからない」
「うん」
「でだな。そうなると神子の魔術を無効化しなきゃいけないんだが――一つだけ思い当たる手があるんだ。神子の必要性をなくしてしまえばたぶん、発動しないんじゃないかと思う」
「は?」
必要性をなくす?
「代行者がどちらかの代行者を"倒した"場合、神子の役目は終わるんだよ。例外はこれまた、ない」
「ああ……って、え、そんなんでいいのか?」
「恐らくな。そもそも神子はサポートで攻撃じゃあない。何したいのかもさっぱりわからんが、神子は代行者が死んだ時点で役目が終わるから以降は普通の人と変わらなくなる」
「ホントかよ……」
あのイっちゃってる状態で止まるというのが考えつかず眉をしかめれば、隆大はあっさりと続きを言った。
「そもそも代行者が死んだ時点で地形も城も変化が起きるから、まともに考えて攻撃続行は不可能になると思う」
「は……はぁあああ!? それ大変だろ」
「そういうところファンタジーだよな。ファルータに代行者死亡時に何が起こるかは詳細聞いたが、俺も開いた口が塞がらなかった」
大事すぎてむしろ想像がつかないが、嘘は言っていないだろう。
隆大は嘘はつかない。黙っている事はあまりに多いが。
……さっきの話も多分都合悪そうな事は黙ってそうなんだよな。言わないって事は俺に知られたくないのだろうから聞くのも難しいが、自分がどう関係していたかぐらいは知りたい。
神様に転生させられた時だって、結局俺が選ばれた? らしき理由は納得のいかないものだった。
それが今目の前にある気がするのに、隆大はそれを言おうとはしない。
言おうとしないまま、話を続けている。
「で、俺が死んだと仮定した場合、この空間がまず壊れて元に戻る。その時点で代行者死亡も確定してるから、間に合う筈だ」
「だから殺せと?」
「まあ、それが一番確実で、一番安全だからな」
何でもない事のように言う隆大。
ダイチは何も言えなくなったのか、俺と隆大の言葉をひたすら聞いているだけだ。
ただ、死ぬだの死なないだのの話になっているため、口を開きかけては閉じている。――当たり前だな、殺す殺さない以前に、まず息子に言う事があるだろうこの馬鹿は。
「ふざけんなよ、隆大」
「………」
俺がそう言う事をわかっていたのか、隆大は黙る。
こいつも恐らく分かっているんだろう。
俺がなにを怒っているかを。
「さっきから黙って聞いてれば、言いたい放題言いやがって」
「ちっとも黙ってなかったじゃないか、今」
「相の手入れないと話が進まないだろ。――じゃ、なくて! まずお前はダイチに言う事があんだろうが!! 全部ぶっ飛ばして事実ばっかり言ってんじゃない!」
「……」
わざとらしく溜息をつく隆大を睨みつける。
そう、こいつはずっと目をそらしてる。ダイチに攻められた時こそ顕著で、話をずらしまくって、聞かないようにしてた。
神子の対処なんて本当はどうでもいい筈なのに。
こいつはいつだって素直じゃない。自分を常に後回ししすぎだ。
「あー……その」
「………」
「別にダイチの様子とかはみゆちゃんに聞いといたし。とりあえず、目の前の事を対処からしたほうがいいかなーって」
「…………」
「……睨むなよ。――ダイチ、来い」
座り込んでいたダイチが、隆大に近づく。
それを見守っていると、ダイチはそのまま隆大の肩に凭れかかるように頭だけを乗せ下をむいた。
「……しんぱい、してたんだ」
「うん」
「おふくろ、すげー……泣いて、でも、死んだって、いわないんだ」
「だろうな」
「おふくろは知ってた?」
「少しだけ、な」
「そっか」
淡々と紡がれる声。
泣いてはいないが、泣きそうな声ではあり、俺はただ見守る事しか出来ない。
隆大はといえば……こっちを見るのはさすがに嫌なのだろう、ダイチとは逆に顔をそむけたまま、宙を見ている。
「なあ、ごめんって、こういう意味だったの……」
「……」
「突き飛ばされて、謝られる意味が、わからなかった、ずっと」
『ごめんな』
召喚される時に、隆大はそう言ったのだろうか。
そういえばさっき、結局俺を巻き込んだと言っていたか。
予想と違う、とも。
――恐らくこいつの中では、とっくにすべてが終わっている筈だったのかもしれない。
自分の死、というそれだけで。誰にも知られず、誰にも理由を話さず。
すべて一人で完結して、そうして終わらせる事を望んでいた。
『なぁ、幸人。俺はずっとお前が憎かったよ』
ふいに声が蘇る。
恨み言、というよりは呟きだったその声に嘘はなくて。
俺は信じた相手に憎まれている事にただ呆然として、手を伸ばす事が出来なかった事を思い出す。
『いつも――望んだものはすべて、お前の手にあった。恋人も、両親も、友人も。大事なものは何一つ俺には残らなかった』
こいつの気持ちはどこにあったんだろう。
世界に拒まれても耐えたその理由はなんだった?
お前は本当に俺が――俺だけが憎かったのか?
『それでも俺は―――こうしたいんだ、――を守るために』
お前が守りたかったのは、なんだった?
この世界? ――拒んだこの世界を守りたい筈がない。
自分の気持ち? ――自殺する事で守れる気持ちってなんだろう、まだ何かあるのか?
『だから、俺を殺してくれよ幸人。――お前にしか頼めないんだ』
「俺は、自分勝手なだけさ」
「父さん……?」
「ダイチ、幸人。――どっちでもいい、早くしてくれ」
時間がないんだ、と呟く声は真実だった。
そういえば隆大は血が流れる腕すら回復も止血もしていない。
打ち身の俺と違って流れる血をそのままにするのは、既に覚悟を決めているからか。
「幸人。お前は、この世界も守りたいんだろう?」
「どうしてそう思う?」
「俺が頼んだんだ。お前が、この世界に、生まれ変われるように」
「!」
「本当なら何にも関係ないところで生きててくれればそれで良かったんだけどな。それが叶わないなら、お前に頼んだ方がきっと早い」
――お前は、いつだって、頼る手を振り払えないから。
お人よし。そう俺を評したのは、こいつだった。
そんなことない、俺は俺の大切なものを守りたいだけだと言ったのに、隆大は笑うだけだったな。
なんだって抱え込む癖に、何言ってんだと笑い飛ばされた。
お前の大切なものは多すぎる。でも、そういう馬鹿な処は嫌いじゃない、と。
お前は一人じゃない、だから抱えすぎたら俺を頼れよ、と。
そう、お前は言ったんだ。なのにお前は一人で抱えるのか。
「魔王にとっての勇者は一人じゃない。お前ら二人だ、だからどっちでもいい」
「!」
「転生したことで関係なくなると……思ってたんだけど、な。さっきはっきりした。俺がさっき使った召喚の指定は"代行者"だ。陣に触れてなかった幸人がこっちに飛んで来れたって事は、お前もまだ代行者だって、世界に判断されてるらしい」
まだ。
その一言に、俺は思考を停止しそうになる。
まだ、ってお前。
その言葉が指し示すのは。
「なんとなく気づいてたけどな。俺がこの世界に召喚されたの、この世界でお前が17歳になったからだろ」
「……!」
魔の森の活性化が起きたのは。
俺が確か、17歳の時だった。
それはつまり、俺が隆大の敵対者だと示すもので。
「さすがに俺も、こいつに頼むのはかわいそうになってきたしさ」
だから、お前が。
だから、俺が。
――セレスの代行者として力をふるえるのなら、俺が?
「……」
「嘘だろ、やめてくれユリスさん!!」
静かに剣を抜く俺に、ダイチの叫び声が重なる。
「お前はいつだって優先順位は間違えないだろ、幸人」
「……」
俺が今一番望んでいるのは、何か。
それを知っているのか、隆大は笑う。
ただ、晴れやかに。
「――多恵子にゴメンって言っといて」
「自分の嫁に言う台詞くらい自分で言え。―――俺の答えは、こうだ」
光る剣先に、映る光。
「やだ、やめて、――――嫌だ―――!」
ダイチの泣くような声だけが、空間に響き渡った。
質問が来そうなのでこそっと。
"プロローグとある点で矛盾しています"が、これであってます。
何故矛盾したかはそのうち出ます。……たぶん。
神様は何を試行錯誤したのかって話ですが、直接本編にはあんまり関係がないので出なかったらそのうち補足シマス。
活動報告にてネタバレも少々記載しています。
興味がある方はそちらもどうぞ(更新後掲載します)




