魔王と神子
大変お待たせしました。
本日より連載再開です。
明日7/30に、ヒーロー文庫より『魔力の使えない魔術師1』が発売されます。詳しくは活動報告をお読みいただければ幸いです。
それではどうぞ!
その部屋には見覚えがあった。
だだっぴろい空間に、文字がびっしりつまったような"召喚陣"
違うのは、その召喚陣の端には古びた椅子が存在していた事。
「……!」
息を飲む音が聞こえる。
想像通りだったのか、想像外だったのか。
俺は思ったより自分が冷静である事に驚きながらも、召喚陣の先を見つめる。
「……やっぱ、あんたなのか……」
そこにいたのは、見覚えのある人物だった。
見覚えがあるけれど、見覚えがない。
あれから何年経った? 記憶の端にしか残っていなかった顔だちが、はっきりと色濃く残るその顔に俺は細く息を吐く。
「―――遅かったな、ダイチ」
まるで少しの間だけ離れていたと言いたげな軽い口調でソイツはダイチに呼びかけた。
どこか記憶に残る格好。
ああ、この世界のモノではないのかもしれない。ささった長剣が、あまりにも似合っていなくて違和感だけが残るようなラフなシャツ姿。
「みゆ、は」
ダイチは彼に応えず、ただみゆきの事を訊く。
彼にとって大切なものをまず確認する姿に、ソイツはただ唇だけで笑みを刷く。
「まあ、無事だと思うよ。お前の仲間がみゆちゃんを傷つけるような事をしてなければね」
「は……、どういう、事だよ!?」
「言葉通りだけど?」
お前の仲間?
トリス達の事だろうか、と俺の頭は答えを出すが上手く動かない。
俺とダイチは扉の傍で立ちつくしたまま、彼の言葉を待つ。
「色々手違いやら想定外が起こったせいで、また予定が狂ったんだ」
「また?」
「そうそう。俺だけ7年も前に召喚されたりとか色々な。そしてあんまり話してる暇もない」
すらりと抜かれた長剣が、光を返して彼の横顔を照らす。
思わず剣を抜こうと構えるダイチに彼はまた唇だけで笑うと、こちらへ近づいてきた。
「く、来るなよっ!」
「酷いなダイチ。7年ぶりの再会だってのに感動の挨拶もなしか?」
「しらねーよ! あんたが勝手に俺を突き飛ばしていなくなったんだろ……!!」
突き飛ばして?
言葉に反応して思わず彼とダイチを交互に見ると、彼は召喚陣の中心で歩みを止めた。
「だって仕方がないだろう? ――――さすがに10歳の息子に殺してくれとは言えないよ、俺も」
「こ……」
殺してくれ?
物騒な言葉に目を見開くと、彼は今度は俺を見た。
その凪いだ目で。――――――――――俺だけを、見た。
「結局こうなるんだ」
「え……?」
「またお前を巻き込んで――結局、こうなる。まったく誰のせいなんだか」
その言葉は、俺が誰かを知っている声音で。
いつも通りの、昔のままの、優しい声で。
彼は、俺の名を――――呼ぶ。
「久しぶりだな、幸人」
「たか……ひろ……」
俺が死ぬ直前まで会っていた親友は、20数年の時が過ぎた事等忘れたかのように。
ただ俺の名を呼んだ。
ユリスが幸人である事を、迷いもせず。
ただ、懐かしそうにそう呼んだ。
☆
「出来るわけないだろ!? ふざけんなバカ親父!」
「そう言われてもなあ」
で、俺は親子喧嘩に現在進行形で巻き込まれている。
っていうか、ダイチ君俺がユキトと呼ばれていた事は全スルー?
とりあえず事情を説明しろと詰め寄ったダイチに隆大は、あっさりと長剣をかざしてちょっと時間ないから自分を斬れとか言いやがりました。
――おい。
そんな軽く自殺志願しないでくれねーかな!? っていうかお前息子に何やらせてんの!?
対峙する二人の容貌はさほど似ていない。
ただ、俺は隆大の嫁の顔も知ってるわけで、みゆきとの関係性からコイツの息子かなぁとは少し思っていた。
思ってはいたけど、魔王がコイツって事もちょっと薄々感じてはいたけれど、出会い頭に息子に斬れと言うとは想定していなかった。
あの狂った神子のように、どこか狂った――あの時の彼がいるかもしれないとは思っていたが、これはないだろう。
始末の悪い事に。
この魔王は――――ガチで正気だった。
「問答するより事情を説明した方が早くないか」
「んー……」
苦笑するその顔が、遠い日のコイツとだぶる。
隆大はよく、こんな顔をして自分の心情を教えてくれない奴だった。
いつだって頼るのは俺で、引き上げてくれるのがこいつで。
その笑顔の裏側でどんなに傷ついているかを一切悟らせない奴だった。
そう思った時、俺の口からは言葉が漏れる。
「またろくでもない事考えてるだろ」
「んー……」
「ユリスさん??」
ようやく俺と隆大の問答が、初対面のモノでないと気付いたらしい。
というかさっきから日本語で話してるわけだが、翻訳されてしまうダイチにとって違和感を感じられなかったようだった。
おろおろと俺と奴を交互に見る姿に、違う名前を呼んだのも気づかないほど衝撃を受けていたのかなと推測する。
頬を掻く隆大に、俺がさらに言葉を重ねようとした時――。
「悪い、時間切れだわ」
「は?」
変わらぬ声音で時間切れと呟いた瞬間に、召喚陣の近くで風が巻き起こる。
飛ばされかけ思わず身体を伏せようとする俺に、反応したのはダイチでも隆大でもなく、ノエル。
すぐさま俺の後ろへ飛んでキャッチしたらしく、目をつぶった瞬間に浮く感触がして次の瞬間には放り投げられて騎竜の背中に滑り落ちていた。
「っと!?」
『主、キケン!』
浮いた事に焦ったが、飛ばされた感触からノエルである事は分かっていたので俺は冷静でいられた。
思わずノエルの背中から下を覗くと、そこにいたのは1匹の騎竜。
風を起こしたのはきっとその翼なのだろう、白銀に輝くその翼が舞い降りて行くのを俺は茫然と上から見守る。
「……千客万来、ってとこかね」
「くそ親父。説明する気なかっただろアンタ!」
騎竜に飛びかかられた二人は、そんな会話をしながら別々の場所へ飛び退る。
中心に舞い降りた神子は、前会った時とはかけ離れた様子でそこへ立っていた。
腕といい、足といい、……その身体といい。
渦巻くように纏わりつく零体が、その姿を半分隠していて俺は思わず吐きそうになる。
―――あれは、何。
黒くなった腕輪が、何故か零体を切り裂くように存在していて辛うじて顔は見れる。
見れるが――、彼女の目は既に正気とは思えない程濁っていた。
憤怒を映していたようなキツイ目も既に存在していない。
堕ちる――そう言ったのは、彼女自身だっただろうか。
確実に何かに蝕まれた彼女は、表情もなくした姿でそこにいた。
「あらぁ……?」
無表情で首を傾げる、その姿に悪寒が走る。
「どうして魔王を倒そうとしないのかしら?」
その言葉は、神子としては当然の台詞だっただろう。
魔王を倒すために勇者を送り出したのだから、その勇者が魔王と悠長に話していればそれを指摘するのは当然のこと。
だが、その神子の顔には怪訝そうな表情も、怒るようなそぶりも一切なかった。
まるで――想定通りだと、言うように。
「やっぱり勇者様は、いないのねぇ……?」
「は? 何言ってんだ?」
ダイチが神子の言葉に反応するが、神子はダイチの言葉に反応しない。
ただただ頷いて、しゃらりと腕輪を鳴らす。
そうして見上げた先にいたのは俺で――何故か響くその音に気を取られた瞬間、彼女は俺をその空虚な目で見上げながら口を開く。
「いないなら――私が、ぜぇんぶ」
召喚陣の中央が光る。
腕輪が鳴る、音がだんだん大きくなっていく。
腕輪から魔力をすっているのか、それとも腕輪が召喚陣に共鳴しているのか。
耳鳴りがするほどの大きな音を切り裂くように、神子は声を張り上げる。
「――――――なにもかも、代わりに壊してあげる!」
召喚陣が再度光る。
ノエルに乗ったままだった俺は、重力を感じて落ちて行く様子に焦ってノエルの背中をたたいた。
「無理するな、降りてくれ!」
『や……主、守るの…っ』
「無理だ、流れに逆らうな! 翼が折れる…っ!」
中心に感じる重力は、神子を中心に渦巻いて展開して行く。
彼女は神子。だから召喚陣を使えるのはわかるが、台詞がおかしかった。
全部壊す。魔王を倒すではなくて、壊す。
召喚陣を使ってこわすのは、何だ。
この召喚陣はどこに繋がっている!?
「―――兄上!」
「ユリス!!!」
「ダイチ…っ」
(おい、嘘だろ)
思わず言いかけるが声が出ない。
よりによってなんでこのタイミングで合流するのか、最悪な事に扉の近くから声がして。
光に包まれる瞬間――――確かに、彼らの姿はそこにあった。
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