開く扉
3月終わっちゃう。
「空気が変わった…?」
「ここ……だな」
10分ほど歩いただろうか。
さほど高い位置にはないのは知っていたが、ドアの横を通るたびに警戒しつつ動いたので、大分時間がかかっていた。
辺りに音は全くせず、俺たちが立てる音だけが虚ろに響いている。
後ろからトリス達が来そうな気配は一切ない。
「さすがに二人でここへはいるのは、な……」
廊下の10Mほど先には、終着点の大きな扉があった。
ノエルが普通に通れそうなサイズのそれは、ダイチ達を召喚をする時に通った扉と同じもの。
あの時はその近くにいた門番が3人がかりで開けてくれたものだが、この扉は俺達だけで開けなければいけないだろう。
となると、二人で開けるのには色々問題がある。
「一旦ここで待つか」
部屋に入ろうと言う気力はない。
廊下は石で出来ているので直に座る気も起きないが、ここで止まって休むしかないだろう。
野営用の絨毯をひいて、ダイチと二人で廊下の端へ移動する。
勿論小部屋のドアからは少し離れた位置にだ。
「ダイチ、何か気になったのか?」
きょろきょろと周りを見回しうろつき始めるダイチに、俺はノエルに座りながら声をかけた。
廊下に直接座ろうと絨毯を引いたのに、それに気付いたノエルにきゅーきゅー抗議されたためだ。
騎竜は椅子じゃないんだけどなあ…。
『主、足痛める。駄目』
「はいはい」
きゅうー。とまた鳴くノエルを撫でると、ダイチがこちらに戻ってきた。
その顔は不思議そうだ。
「あ、なんか空気軽い気がして」
「軽い……?」
そういえば、と俺も辺りを見回す。
この神殿に入った時次元が違うとトリスが言った通り少し身体が重くなったように感じた。
恐らく周りの魔力の恩恵を受けられなくなったからだろうが、魔法を発動するのにも魔力消費が増えた、と。
だとしたら、身体が軽くなったのは……?
「なるほど。あそこ、この次元の出口があるのかもしれない」
「次元の出口?」
「空気が澱んでるから重い、のと一緒だ。軽いなら空気の逃げ道がある」
「ええと……つまり穴があいてるって事?」
頷く。
軽いと感じるならあそこから魔力が流れ込んでいるか、周りの魔力以外のいらないモノが減っている、のどちらか。
いずれにせよ、あの扉の向こうはこことは何か違った状態になっている可能性が高い。
「どうやって開いてるが問題だけどな」
「へ?」
「あの扉の向こうにある何かが、どこかに繋がっているとしたら…」
神殿にあったのは"召喚陣"
では、魔王の城にあるのは、なんだ?
召喚陣だとすれば、魔王はここで召喚されてここにいる事になる。
けれど、次元がまだ繋がっているのだとしたら……?
なんのために、どこへ繋がっているのか?
「ユリスさん?」
「あ、ああ悪い」
脳裏に掠めた疑問を封じ込め、扉を凝視していた俺はダイチに向き直る。
何も話さないままで結局ここまで来てしまった。
いつ後ろから神子が来るかもわからない状態で、俺たちはこれからどうすればいいのか。
「とりあえず…」
「とりあえず?」
「飯にするか」
腹が減っては戦は出来ぬ。
とりあえず故事にならい、俺は一息つくために荷物を開く事にした。
☆
半時程経っただろうか。
相変わらず物音がしない廊下で、俺たちはただ顔を突き合わせていた。
「……来ない」
「そう、だな……」
軽食をすまし、一息入れたものの沈黙が重い。
空気こそ軽くはなったものの、いきなりの魔物の襲撃からほぼ何も考えずにここまで来てしまった。
心積もりを決めていたつもりでも、扉に近寄るのも怖いのだろう、ダイチはただ扉をちらりと見ては座り直すだけだ。
いつ何があってもおかしくない。
そんな雰囲気の中、俺も扉を見つめる。
「なあ、ダイチ」
「?」
襲われる直前の会話を思い出す。
魔王が自分の思っている人ならば、理由もなしに襲わないと。
その理由が何なのか分からないと思考の淵に沈んでいたダイチ。
「ダイチに取って、大切なものはみゆきだよな?」
「……って?」
「さっき、また色々考えてただろ?」
ミユキと一緒に帰るためには、魔王を倒さなきゃいけない。
でもその魔王を、倒せるかわからない。
そんなダイチにこんなことを言うのは卑怯かもしれないけれど言っておきたい事があった。
「――帰るためには魔王を倒さなきゃならない。だから、ミユキのために、魔王に会いに来たんだよな?」
「う、ん……」
「本当は帰るためだけなら倒さなくてもいいって言ったらどうする?」
「!?」
問題の先送りになると思っていたから、ずっと言っていなかったが。
"地球"に還すためだけの魔法陣なら実は書きあがっていた。
本来なら書けないモノ。けれど、俺にはダイチ達が帰る場所の記憶がある。トリスに過去を話した後、俺はトリスと見張り番をするたびに話あい、試していないので不完全ながらも一応は完成させていたのだ。
魔王を倒す前に使ってはいけない魔法陣である事には違いない。勇者に見はなされれば俺たちの国は恐らく魔物に蹂躙されて滅ぶだろう。
もしかしたら俺たちを見離して二人で還ってしまうかもしれない。その危険性に気付きながらも、トリスは協力してくれた。魔王に関してダイチが迷っているのを見ていたのもあるが、倒した後帰還出来るかどうか、彼も疑問だからと言って。
……単純に俺の気持ちを思ってかもしれないけど。そこはあえて触れないでおく。
「だ、って、倒さなきゃ帰れない、って」
「神殿が帰すならな」
「!」
使用する魔力が膨大なので、時間はかかるかもしれないがやれない事はない。
それを示し、俺はダイチを見る。
「なんで今更そんな事……」
「お前がずっと迷ってたからだよ」
「ユリス、さん」
「本当は言わない方がいいんだろうと思ってた。――だけど、」
倒せなかったらどうしようと、迷っていたダイチにもし出来なさそうなら頼れと俺は言った。
でもどのように頼れとは言わなかった。――言えなかった。
魔王は勇者が倒すもの、それはきっと決まっている事だと思っていたから。
何度も書物を読んだ。書かれているのは、その一文。
『勇者は魔王を倒して国は平和になりました』
恐らく、魔王を倒せるのは勇者一人。
その他は攻撃すら通らないのか、それとも別に理由があるのか分からないけれど、俺たちは――この世界の住人は、魔王を倒せないんじゃないだろうか。
あのカミサマも代行者云々言ってたし、何か理由は確実にある。
だから勇者が魔王を倒さない事を選んだら確実に俺たちは滅んでしまう。
――だけど。だけど、
「全部の事情を教えないでただ助けてくれ、倒せっていうのはやっぱ、おかしいだろ」
「ユリスさん」
「なんで、会う前に。言っておきたかった」
相手は魔王だ。
迷っていた一瞬に、何が起こるか分からない相手。
もしかしたらダイチの言う通り、魔王はこちらを傷つけたりはしないのかもしれない。みゆきが自発的に魔王の元へ行ったように、俺たちが考えもつかないところで事態は動いているのかもしれない。
それでもその思い込みで何もしないのは違う。迷った瞬間に、誰かが斃れるかもしれないのだから。
「とりあえずな、ダイチ」
「うん……?」
「攻撃されたら、まず自分を守れ。――――守るものを絶対に、間違えるなよ」
「え、それって、どういう……?」
「倒すにしろ話すにしろ、お前が倒れたら俺たちは終わりだって事だよ」
「!」
迷うのは構わない、そんなすぐに切り替えられるような事じゃない。
でも、さっきからこいつは俺を守るために何度も自分を危険にさらしてる。
もしそれが狙いで俺が攻撃されているのだとしたら、守るべきなのは俺じゃなくてダイチだ。
そう、言い含めるように呟くと思いのほか真剣なダイチの瞳が目に入った。
「ユリスさん、それでも、おれ」
ぎぃ。
「え!?」
「! 開く!?」
扉が軋む音に、弾かれたようにダイチが立ち上がる。
俺はノエルから滑り降りると、その横に並ぶ。
閉じていた筈の扉はいつの間にか淡い光を帯び、ゆっくりと開かれようとしていた。
「なんで勝手に…」
「来いって事じゃないか?」
扉の奥は、まだ暗くて何も見えない。
何が出てくるわけでもなく、ただぽっかりと開いた空間に俺たちは立ちつくす。
辺りは静寂。
まるで作られたような静寂の中で、扉だけが軋んで動いて行く。
「――――行こう」
言ったのはどちらだったか。
俺たちは顔を見合わせると、開き始めた扉に進んで行った。
年度末忙しすぎる。
いつもご訪問ありがとうございます。話全然進んでねー。
ちょい詰まってるので、近日中に視点変更か番外を書く予定…恐らくこちらに更新ではなくて活動報告か別個に作ると思いますが一応御報告まで。




