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追うもの追われるもの

森は段々深くなる。

道とも言えない獣道が続き、馬を走らせるのも困難になってきた。

トリスが上手く魔法などで魔物と一緒に木を誘爆させて道を作っていたりはしたが、一向に先が見えない。


段々近づく黒い地平線に圧迫感を覚えているのは俺とダイチだけらしい。

ただひたすらに進む俺たちのもとに、小さな白い鳥が飛んできたのはそんなある日のことだった。


「鳥……?」

「伝書鳩みたいなものですね。差出人は……ルルリアみたいです」

「!」


どうやら通信具らしく、トリスの手の中におさまった白い鳥は姿を変えて何枚かの紙を重ねた手紙に変化した。

休憩にはまだ早いが、一旦集まる事にして俺たちはトリスを中心に座り込む。

手紙を見る俺たちにもたらされたのはオルトと神子の行方。


「……どうやら、神子にはまだ会いそうですね……」

「追いかけてきてるのか?」

「ええ。兄上の友人? は、どうやら確保出来たみたいですけど。神子には逃げられたと書かれています」


ルルリアと第二師団は、俺たちが魔王の城へ出発した数日後村へ出発した。

隠す事などなく全面進軍して相手の動揺も誘う予定だったと言うその進軍の先にあったのは、なんというか……。

死体の山だったらしい。


「……死体の、山って……」

「多分零体に取りつかれたんじゃないでしょうか」

「っ!」


数年前の、遠征を想い出す。

どうして忘れていたんだ。零体に取りつかれた場合の末路を俺は知っていたじゃないか。

既に取りつかれている奴らが待っているんじゃと思っていただけに、その情報は思ったよりショックで俺は息をのむ。

つまり、その内容は。


「……神子がしたかったのは、零体を取りつかせる事だったのか……?」

「全員が死んでいたわけではなくて、何人かは生き残りがいたそうです。自我は感じられなかったけれど、それを倒すのに何人も犠牲になったとだけ書かれてます」

「……」

「大丈夫ですか、兄上? 顔色が……」

「っ、ああ。大丈夫、だ。ちょっと想像したら気分が悪くなっただけだ」


その零体に一度取りつかれていた事があるだけに、その生き残りの方も気になる。

いわゆるそれが「堕ちた」状態なのだろうか?

堕ちなければ自殺する、そう言う事なのだろうか。


しかし、大量に人を殺して何になる?

腐っても師団所属だったと言う事は、それなりの戦力を持っていた筈。

零体を取りつかせなければいけない理由があったのだろうか。


……神子が何をしたかったのか、本当によくわからないな。

俺は薄ぼんやりとしか覚えていないが、自殺をしようとか思った覚えはない。つまり、その自我を失った一員になるところだったのだろうか? 人によって反応が違う?

神子は一体、何をしているんだ?


「分からない事ばかりだな。続けてくれ」

「はい。中心部まで進んだところでオルトさんと神子と遭遇。オルトさんとファティマさんのお兄さんが戦ったみたいです、ね」

「兄上が?」

「ええ。神子の魔法はルルがほぼ封じ込めたのかな? 詳細は書いてないけれど、神子は戦いにはあまり関与せず、腕輪を見せつけるようにして笑いながら一人で騎竜に乗って森へ逃げた、と書かれてます」


腕輪を見せつける?

その言葉が気になってトリスの手元を覗きこむと神子の腕輪の詳細が書かれている。なんでこんな物書いたんだルルは。

騎竜は元々持っていたようで、神子が契約者であると書かれていた。


「腕輪? 何かの魔道具だろうか」

「え、違いますよ。神子の腕輪なら神具の筈です」

「神具? 神子も持っていたのか」

「兄上はご存じなかったですか? 今代の神子は確か持ってる筈です、それで結構有名だったので……」


襲われた時に見た腕輪がいやに気になったが、あれは同じ神からの贈り物だから気になったのかな。

しかし、ルルが腕輪の詳細を書いてきた意味がわからず首を傾げると、トリスがすぐ答えを言ってきた。


「で、気になった事らしいんですけど。段々腕輪の色が変わっていったそうです」

「え。戦闘中に?」

「そうです。で、去って行ったので何か神具と関係性があるのではないかって事で書いて送ってきてくれたみたいですね」


ふむ……。

俺に零体を飲ませた事といい、神子は何か目的を持って動いている事は間違いなさそうだな。

そう言えば、神子は零体の事を”魔王の誘惑”と言っていたが、辺りに漂う物とは違うものなんだろうか?

同じ黒い靄だと思っていたけれど、そういえば遠征の時の靄は噛んだ跡があったんだよな……。


「腕輪…腕輪、ねえ」


書かれた文様をじっと見ると、何か思い出せそうな気がする。


「何か気になることあります?」

「んー……召喚陣と同じ文様がいくつか見える」

「え、ホントですか!?」


頷く。

気になった事……気になった事、ああ、あれだ。


「色が変わったんじゃなくて文様が増えて黒く見えたんじゃないか?」

「え?」

「前見た時と違う文様が増えてる」


読めない文様も増えているが、どこか召喚陣と共通する物を感じて目を凝らす。

が、まあ細かすぎて正直読めない。これを念写しただけでもルルはすごいなと思うが、拡大専用の道具があるわけでもなしここで分析するのは無理だろう。

結局のところ、俺たちは神子の影に怯えながら突き進むしかない。


目視できるほどに近づいてきた黒い靄の地平線を見直し、俺は呟いた。


「まるであれと同化しようとしてるみたいだな」


感じた寒さは、気のせいだと思いたかった。





それから数日して、一段と靄が濃い場所が見えてきたので進路を変えて移動する。

ダイチも、ファティマも、トリスも。

喋る事が少なくなってきたのは、周りに漂う零体の圧迫感のせいなのだろうか。

後数時間で着くだろうと言う距離になって、いよいよ俺たちの歩みはさらに遅くなった。


遠巻きに存在していた筈の零体は、靄の濃い場所へ近づくにつれその包囲網を絞り始めてきていた。

それに気付いたのはやはりと言うべきか、トリス。

ドーナツ状になり始めた索敵陣の赤い点は明らかにまずい雰囲気だったが、何が出来るわけでもなくただひたすらに警戒するだけの状態になっている。

おかげで空も飛べず、ゆっくり進むのに適していないのでノエルは最小化して、2体の馬に二人ずつ乗ってゆっくり進んでいる。馬の負担を考えて休ませたり、魔法をかけたりとさらに進む速度は遅くなった。


「いつでも結界は張れるようにしておきます」

「結界が壊れない程度の攻撃魔法と、その媒介もだな」

「はい」


一気に寄って来た時、その零体の数は恐らくは無数になるだろう。

点滅するような事はなく、透明になっている状態でも改善してあるトリスの陣では見えるようだが消えている物がないとは限らない。

となると、ある程度は結界で持ちこたえながら魔法で焼く、ノエルで焼く、結界を維持したままつっ切る等の方法を取らないと物量に押しつぶされてしまうだろう。


「……なあ、ユリスさん。なんであいつら寄って来ないのかな」


零体を斬れるダイチは、今にも斬りこみそうだが全員に押しとどめられていた。

まあ、一人突っ込んで斬りまくっても正直殲滅しきるのは不可能だろうと思う数が渦巻き始めていたのだ。具現化が進むと真っ黒に見える俺とダイチにとっては恐ろしく気持ち悪い光景で、今も樹木が靄に囲まれては、その姿を魔物に変えていたりする。

寄ってはこないが、物量が酷い。


「何か狙いがあるんじゃないかな」

「魔王が抑えてるって事?」


統制のとれた、とは言わないまでも明らかに目的を持った動きをしているので気になっているらしい。

視界の隅でちらちら動く黒い靄は、俺やダイチが視線をやると逃げて行くので、すぐに向かってくる気配はないが……。

想像以上の重圧感に、ここ数日は眠るのも身体が休まらないような状態だった。

まともに寝れるのは索敵陣で見ておらず、目視も出来ないファティマぐらいかな。最も彼女は、休める時に休むと言う騎士の休憩の仕方を心得ているためであるかもしれないが。


「いや……それはわからないな」

「そか」

「魔王が魔物を生み出すのは分かっているし、命令も出来るのだろうけどな」

「うん。…あのさ、そういえば俺聞きたかったんだけど、さ……」


カポカポ歩く馬の足音にかき消されそうなくらい小さな声で、ダイチが呟く。

後ろを振り返る事が出来ないので首を傾けて意思を伝えると、ダイチはあのさ、とまた呟いた。


「魔王ってなんで勇者倒したいのかな?」

「は?」

「最初は洗脳されてるとか、知らない世界だからノリで世界征服だとか、俺すげぇ考えてみたんだけど。全然頭ん中繋がらなくて、どうしようって思ってさ」


??

ダイチが言いたい事がわからなくてさらに首を傾けると、焦ったような声が聞こえる。


「最初は俺さ、魔王ってみゆの事狙ってた誰かじゃねーかって思ってたんだ」

「ん? うん」

「まああれだけ美人ですし、因縁相手はいくらでもいそうですよねぇ」

「まあな。片手じゃたらないくらい心あたり、あったし。力を手に入れたらそりゃ俺を殺しに来るよなとは」


実際殺されかけた事も一度や二度じゃないし。と呟く君に問いたい。

……それは、その。

その片手に足りないくらいの、しかも殺人しかねない相手を力でぶちのめしていたとか言う意味だろうか。

そりゃあ暴力的バイオレンスにもなるわ。相手が複数で守り切ったダイチがすごいと思うが。


「でもさ、みゆが魔王そいつについてった、って話聞いて……違うんじゃないか、って思ってさ」

「違う?」

「みゆ、俺と約束したから。お前を狙う奴には隙見せるな、すぐ逃げろって。自分で付いて行くなんて考えられない」


ああ、それで相手が思い当たって悩んでいたのか。

そう思い頷くと、トリスがあっさりと違う事を言う。


「魅了の魔法等使われたら別だと思うんですけど」

「……、え、マジで?」


うろたえるダイチに、あ、でも。

と呑気にトリスの言葉が続く。

いい加減精神的に疲れてたのかな。軽口をたたく姿が案外楽しそうだ。


「みゆきさん、耐性調べた時かなり鍛えられてましたから、違うかも。よっぽどの相手じゃないとかからないとは思うんで、少なくとも危害を与えてきそうな相手ではないと思います」

「そ、そか。じゃたぶん、あってる……」


鍛えられてたって、それ警戒レベルの話か……。

みゆも何気に17歳とは思えない苦労をしてるよな、とちょっと思って落ち込みかける。

そんな俺に気付いたのか、トリスがさりげなく目配せしてきた。

いや、そんな気遣いいらん、余計落ち込むわ。

大体その話ふったのお前だし。


「だからええと……なんだっけ」

「違うんじゃないか、から」

「あ、うん。で、思ったんだけど、なんか俺を倒したいとか世界を思うままにしたいとかそういう事を思ってるってこと自体に実感がわかなくなって。大体、洗脳とかで相手がそんな状態だったから逆にみゆき着いてったのかなとか、でも他に要因あったのかもとか、もうなんかぐるぐるしてきててさ」

「んんー…、なるほど。そういえばしっかり考えたことなかったですね、魔王が生まれたら魔物がいっぱいになって被害が出る、だから倒さないといけない、としか僕も思ってなかったですし……」


魔物がいっぱい、の時点で被害数は相当だし放置すれば王都を飲み込むほどの被害が出るのは必然。

止めるにはその根本を倒さないとならない、それだけのシンプルな理由なので俺も深く考えた事はなかったが……。

転移してきただけの魔王が、何故人間の国を襲うのか?

そんなことそう言えば考えたことなかったな。


「むしろダイチ君、何故魔王が「勇者を倒したいんだ」と思ったんです?」

「え? 違うの?」

「単純に魔物を増やして領土増やしたいだけの可能性もありますよ?」


いきなり転移してきた世界。有り余る力。支配できる力。

物語で読んだ力に溺れた敵役の姿が思い浮かんだ時、ダイチは盛大に首を振って馬から落ちかけた。

慌てて振り返り支えると、ごめんと帰ってくる。


「ない、絶対ない!」

「ええ?」

「あ、でも俺の想像通りとは限んねぇ……でも、ない。と思う」


ない。ない。と頑なに首を振るので、一旦落ちつこうと停止させる。

少し早いが休憩を取る旨を伝えると、ファティマが気を遣ってかお茶を入れようと言いだした。

俺はと言えば、ダイチの横に座って落ちつくのを待つ事にした。トリスはこちらを気にしているが、ファティマの手伝いをする事にしたらしく離れて行く。


「落ちついたか?」

「あ、うん。ごめん、いい感じで進んでたのに…」


落ち込むダイチに首を降る。

このままじゃ、また物思いに沈んでしまうだろうとさらに吐き出させるために口を開きかけ。


「兄上!」


トリスの叫び声に我に返った。

咄嗟に上を見上げると、そこにはいつの間にか飛行する魔物が急降下してきているところで。


「危ないユリスさん!」

「うわ!」


反応速度が俺とは段違いのダイチが、俺の腕を掴んでそのまま飛び退すさる。

バランスを崩しかけるが慌てるとダイチまで巻き込むため、浮いた足が地面に着くまで待つ。

辛うじて足を地面につけ後ろをふり返ると、飛んできた魔物がそのまま近くにいた馬の頭を食いちぎるのが見えた。


「っ!? くそ!」

「兄上、大変です! 索敵陣の反応が変化しました!」

「ノエル、騎乗用意!」


食われた馬を弔う暇はさすがにない。

いや、むしろ狙われたのが馬という事は……まずい!

降りてきた魔物をトリスが火炎弾一撃ではっ倒すのを見届けて、肩にいるノエルを地面へ投げる。


俺の叫びに呼応して、ノエルが二人乗りサイズにでかくなる。

索敵陣の変化、それが指し示すのは一つ。

包囲された状態から、中央へ。こちらへ絞るように向かってきたという意味だ。


「トリス、そっちはそっちで大丈夫か!?」

「はい! 兄上はノエルで先に抜けて下さい!」


馬が2頭ならともかく、騎竜と馬では結界を同じにしてつっ切る事は出来ない。

お互いそれぞれで動いて包囲網を抜ける、それしかない。

ノエルに飛び乗りつつ用意していた紙を取り出すと、ダイチはとりあえず馬に乗せていた荷物を引っ張り出して、こっちに駆け寄ってきた。


「俺どうしたら!?」

「コレとコレ。発動させてくれ。後とっとと乗れ!」

「ええ!? 鞍は!?」


トリスが荷物をまとめてファティマの後ろに乗るのを確かめ、俺は荷物だけ必死に括りつけるダイチをノエルの上に引っ張り上げて即浮上する。

鞍? なくても乗れる! 落ちやすくなるけど!

索敵陣があるとはいえ、地上を走るトリスの方が負担が高い。

俺は上から見つつ、近づく黒い靄は焼きつつ、その上で誘導しないといけない。


「え、ってかこの紙どうやって使うの!?」

「ただの媒介だ、すでに陣は書かれてあるから魔力を込めれば発動する。結界と風の加護だから込めるだけで大丈夫だ。結界はその紙を中心にして発動…、っとノエル右へブレス!」

「うぁ!」


喋りながら舵を切ると、ダイチが落ちそうになったのか慌ててしがみついてきた。

いいから早く発動させろ。体当たりされたらどうすんだ。

そう思った時にはすでに、目の前に具現化している黒い零体が数体。


「っち!」

「発動させた! けど中にもういる!?」

「中にいるのは斬れ!」


後手後手に回ってるが仕方ない。

幸い俺たちは二人とも黒い靄が見れるのでお互いに何かがあったら対処出来る。

派手に魔法で道を作るトリスを追いかけつつ、俺は俺で出来る事をやるしかなかった。




ちなみに3回ほどダイチは落ちて、そのたびにノエルを急降下させる羽目になった。




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