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吐露(後編)

それは例えば、奥様みさとの妊娠を知った時。

何度も拒否をしていたのに、結局彼女の告白を受け入れて泣かれた時。

誰よりも辛かっただろうに、祝福してくれた親友の言葉を聞いた時。


思い浮かべようと思えば、思い出せるかこはいくらでもあるのだと、俺は知っている。

魂に記憶はどれくらい刻まれるのだろうか?

転生した時の記憶は鮮明で、この生を受けてしばらくは思い出せなかった物がここのところ浮きあがりつつある事は気付いてた。

気づいていたけれど、ただ連想出来るみゆきが近くにいるからだと自分の気持ちに蓋をしてはいなかっただろうか。


「あるさ。……まさか転生してから自分の娘に会うとは思わなかったけどな…」

「あに、うえ……」


自分から聞いた筈なのに、答えをどこかでわかっていた筈なのに、トリスは瞠目していて。

その吃驚した顔に苦笑にがわらいが漏れる。

あっさり肯定が返るとは思わなかったのか。それともどこかで夢物語だと思っていたのか。

先を促す事もせずに、トリスはただ固まっていた。


「トリス」

「は、ひゃい!?」

「……落ちつけ。ちゃんと話してやるから」


固まりすぎているので話をつづけるわけにもいかず、困って名前を呼べば返って来たのは舌をうっかり噛んだらしい声。

何してるんだ本当に。

呆れて溜息をつけば、トリスはしょんぼりとしながら俺の横に座りなおした。


「とはいっても、お前の想像通りの事しか出て来ないと思うけどな」

「ええと、はい…。とりあえずみゆきさんは娘さん、なんですよね?」

「ああ。年齢がずれてんのは俺に突っ込まれても俺もわからないぞ? 本来なら生まれる直前に俺が死んでるわけだから、俺が年上なわけがないんだが」


7年。

ずれた日付に思う事はあるけれど、分かっている事もある。


「ええと単純に思い違いとか、は?」

「それはないんじゃないか。前世の俺は兄弟も血縁もいなかった。それであの容姿と名前の一致は考えにくいから」

「?」

「遺伝があるだろ。さすがに前世の自分と、どこが似てるかぐらいはわかるぞ。第一名前が記憶通りだ」

「あー……なる、ほど」


みゆきは奥様かのじょを連想はさせるが、全く一緒というわけでもない。

細かい所ではあるが、髪の質とか爪の形とか。まぁ自分ぜんせを連想させる所がないわけでもないのだ。

心のどこかで7年違えば自分の娘ではないのではないかと思った事がないとは言えない。

けれど、そこを追求したら自分がなくなってしまうような気がして俺は問いかけたことはなかった。

それに。


「並行世界とか考え始めたら、ドツボにはまる気しかしなかったしな……」

「へい…、なんです?」

「早い話が、もしもの世界、だな。例えば俺がいない世界だったら。前世の俺が生き続けている世界から来たのだったら。そういう”もしも”がある世界の事を指す」

「……みゆきさん達が住んでいる世界は、想像以上に難しい世界なんですね」


ちょっと違う気がしたが、説明するのも面倒で頷いておく。

逆再生といい、この世界の住人にとっては理解しがたい事が多い世界である事は間違いない。科学、機械と一言でいっても恐らく理解は出来ないだろうし、理解する必要もないので曖昧に濁し話の先を進める。


「まあ、そこは割とどうでもいい」

「ど……」

「だってそうだろう? 俺がみゆきを助ける理由は『もしかしたら自分の娘かもしれない』が含まれていないとは言えないが。どちらにせよ、助けないという選択肢は勇者達おれたちにはないだろ?」

「ええ、と……はい」

「第一俺に聞きたかったのはそこじゃないだろ? トリス」

「……」


聞きたかったのは好奇心もあるのだろう。

気付いた事が本当なのか聞きたかった、それは勿論あるだろう。

けれど『何故』俺に前世の記憶があるのかを聞きたかったのか、は。


「お前が想像してる通りだよ」

「兄上」


『兄上が何を考え、何をするために行動しているのかわからなかった』とトリスは聞いた。

幼い、それこそ物心つく前から俺がしていた事が分からなかった理由。

何故俺がずっと家族と壁を作ってしまっていたのか。

何故俺がずっと一人でいたのか。


「……俺は、生まれる"前"に神に頼まれ事をされた」

「!」

「前世の記憶はその付属だな。物事が理解出来ない赤子が頼まれ事を理解することなんて出来るわけがない。だから俺は、ずっと、それこそ生まれた時からその『約束』に沿って行動してきた」


頼まれた事の理由すら知らなかったから、俺は家族に話す事も出来ず一人でいた。

いや。違う。

家族に話せばどうなるかがわからなくて、話す事が出来ずにいたんだ。

話さないでいるうちにどんどん距離が掴めなくなってどうにもならなくなって、結果俺は喋る事を諦めた。


「…つまり、僕が小さい頃勝てなかったのは…」

「中身、今より年上だったしな。正直幼児とまともに戦って頭脳で負けるわけがない」

「…………なん、ですかそれぇ…」

「魔術の理論に関しては、魔法のない世界から来たわけだから平等ではあっただろうけど。考え方の根本が違うから、そりゃ新しい理論も思い付くだろうねってところだな」

「……」


俺が優位に立てていた理由をあっさりとばらし、俺は嘆息する。

微妙な表情をしている弟に、俺は笑いかけ聞いてみる。


「……幻滅したか?」

「え?」

「勝てなかった理由を知って」


前世の記憶。

それは、通常持ちえないモノで、ある意味一番反則的な能力なのではないだろうか。

どんなに頑張ったとしても人生の長さは勝てる物ではないのだから。


「……いいえ」


トリスから帰ってきたのは否定の言葉。

微妙な表情のままでいる彼を不思議に思い首を傾げると。

トリスは溜息をついた。


「その分、制限もあったんじゃ……、ないですか?」

「!」

「僕が聞きたかったのは、それです。サルートに少しだけ聞いたけれど……確信は持てていなかったので、聞きたかったんです」


制限。

その言葉に俺はサルートが俺の指輪について何も聞かなかった事を思い出す。

彼はやっぱり何か気付いていたのか。


「制限、ね……」


魔力が使えないのは、ある意味制限と言えるだろう。

単純に貯めているだけだが、俺は一度も使わなかったわけではないのだから。

トリスに見えるように指輪を火にかざすと、その指輪が『制限』の正体である事は気付いているのか、目を細めて指輪を見つめている。


「……俺が神様とやらに頼まれたのは、『勇者を救う』事だった」

「勇者、を?」

「ああ。そのために、大量の魔力がいるらしくてな。……『貯めて欲しい』と、そう言われたよ」


火を映して指輪が煌めく。

神具となっているこれは、今は何で出来ているんだろうな。何の変哲もないプラチナのリングだが、くすむ事もなく俺の指に収まったまま光を跳ね返している。

その光越しにトリスを見ると、彼は静かにこちらを見返しているだけだった。


「それで兄上は……『魔力が使えなかった』んです、ね…」

「ああ。俺自身が使った事は一度もないよ。魔力を感じた事はあるけどな」


沈黙がおりた。

火がはぜる音を聞きながら、俺は指輪をはまった手を開く。

思っていたより震えていなかったけれど、開いた手は強張っていた。


「兄上。……聞いておいて、今更なのですが」

「ん?」

「それを今、話してもよかったのですか。……いいえ、話しても良い事だったの、ですか?」


当然の疑問を口にする弟に俺は頷く。

ずっと喉に引っかかりながらも言えなかった言葉だった。

もっと言葉に詰まると思ったのに、思った以上にすらすら出てきた言葉に吃驚したのは俺の方だ。

多分俺は。


「本当は、ずっと話したかったんだ……ろうな」

「え?」

「別に話すなと言われていたわけじゃないんだ。話す事に対して制限はかかっていなかった」


制限をかけていたのは、他でもない自分自身。

何度も言おうとして、何度も証明しようとして、俺は諦めた。


「いつでも言えたのに、俺は話す事が出来なかった」

「……」

「どうしてと思うだろうな。俺も、話そうと思うまでわからなかったよ。何故自分が言えなかったのか」


話そうと思ったのは、魔王と対峙する事になったら魔力を使用する事になるかもしれないと思ったからだったが。

話した方がいいと思ったのは、きっと別の理由だ。

いや、理由なんて本当はないのかもしれないな。ただ、トリスになら話しても大丈夫だと俺が思えたから。

きっとそれだけだ。


「……お前が考えている以上に、俺は憶病なんだよ」

「あに、うえ?」

「前世の俺はな。家族と言える存在が、一人しかいなかったんだ」

「!」


ただ一人の家族は、妻だけ。

優しくしてくれた本郷の両親は、親と感じる前に亡くなってしまった。

それからずっと俺は親代わりとして兄代わりとして彼女と接し、そして結婚して家族になった。

俺は一度も、親を親として接した事がなかったのだ。


「前世の記憶がある事も、魔力が使えない理由も。話そうと思えば話す事が出来た。けど、話してどう反応されるのか、それがわからなくて俺は喋る事が出来なかった」

「少なくとも僕は、納得したと思います、けど」

「まあ、そうだろうな。けど、生まれたてでそんな相手の性格を知ることなんて出来ないだろ? ……ただ、怖かったんだろうな。信じると言う事が」


死ぬ直前の、親友たかひろの言葉を思い出す。

あれだけ近くにいたのに、何度も助けてもらったのに、俺は彼の言葉を都合のよいようにしか聞いていなかったんだろうか。

何度思い返しても、何度繰り返しても、答えは出ない。

何故あの時、あんな事になってしまったのか。

俺は、親友のあの言葉を聞いた時、何を信じていいのかきっとわからなくなってしまったのだろう。

家族とは別に、信じられた唯一の友達。それが、隆大だったから。


「……今は、怖くないんですか?」


弟の言葉が静かに響く。

俺はただ首を振った。


「怖くないわけないだろう?」

「え」

「お前は振られるのが怖くなかったか?」


先ほどの話題に引き戻すと、弟は戸惑いながらも首を振る。

怖いと、行動しない事は簡単だ。今までずっとそうして来たのだから。

話さないで、ギリギリまで引き延ばすことだってきっと出来た。誤魔化す事だけなら何度もしたのだから。


「怖かった、ですけど。言わなければ何も変わりませ……ん、し」

「ああ。何も変わらないし、何も伝わらないんだ」

「……」

「俺も後悔はしたくないと思ったんだよ。今、な」


言わなければいけない理由なら、いくつでも思い浮かぶ。

けれど、"今"俺が話そうと思ったのは、多分トリスの気持ちがわかったからなのだろう。

自分を偽る事はせず、ただひたすらに教えて欲しいと言った弟の目には嘘も虚飾もなかった。


「正直俺も、魔王討伐出来るかどうかは自信なかったりするしな。案外簡単に負けるかもしれない」

「え、ちょっと兄上不吉な事言わないで下さい。今勇者を助けるって言ったばかりじゃないですか」

「いや、助けるつもりではあるが。俺は多分、魔王を倒すために魔力を貯めてるんじゃない気がするんだ」

「ええっ?」


言われた内容の意味がわからなかったのか、トリスがぽかんと口を開ける。

ああ、こいつは本当に顔に出るな。騙されるかもしれない、信じてはいけないのかもしれないと警戒するよりも先に、安心してしまうのは家族だからなんだろうか。

単純にこいつが、素直すぎるからなんだろうか。


「魔王を代わりに倒して欲しいなら、助けて欲しいだなんて言わないだろ?」

「そ……れはそうですけど……」

「召喚陣を分析した時にも思ったけど、何かおかしいんだよ」

「おかしい?」


勇者現れし時、魔のモノは歩みを止める――それがルルリアに聞いた伝承。

その時感じた違和感をずっと考えていた。

地球むこうでは、普通に勇者と言えば魔王を倒す存在としていくつもの物語を読んだ覚えがある。本来の存在がそのままだとすれば、伝承も魔王を倒すとか魔物を倒すとかで十分な筈。

何故中途半端な伝承なのか。そして何故それが召喚陣に書かれてるのか。

どうして勇者を助けるために必要なのが、『戦力じゃなくて魔力なのか』


「魔力が大切にされる理由はなんとなくわかるんだよ。魔法は確かに強いし、相手を倒すのにとても有利になるし」

「え、ええ」

「でも『俺が倒すのだったら』それこそ魔力使って魔力量増やして、力の使い方とかを知った方がよっぽどいいんじゃないだろうか。大体そんなに強大な魔力量があったとしても、一度にすべてを攻撃に使ったら普通に土地というか味方ごと吹っ飛ぶんじゃないかと思うんだけど」

「い……っ!?」

「それなら俺一人でいいわけだし、何か違う気がしてな。大体魔力を貯めていないトリスでも現状で、最大火力で何かを壊そうとしたら、大規模で爆発させられるんじゃないか? それこそ共倒れ出来そうなくらい」

「多分王城ぐらいの規模でしたら全壊ぐらいは出来ると思いますけど」


……聞いた俺が悪かった気がする。

お前、何気にチートだよな。

王城全壊って規模おかしいだろ……。どんだけ広いと思ってるんだ……。


「まあ、それはともかくとして。俺が知る限りファティマの攻撃力も突出してるし、単純に力負けするようには思えない。魔力消耗戦になったらダイチとトリスだけでもなんとかできるような気がするんだ」

「それは買いかぶりのような気がするんですけど。大体魔王一人とは限りませんし、魔物も大量にいる筈です」

「まあ会ってみないとわからんけどさ。でも、思うんだよ。もし戦闘に魔力が必要だと思うなら、貯めるって発想にならないんじゃないか。貯めるじゃなくて魔力を増やす方向になるんじゃないか、と。魔王と会った時にどうなるかはわからないが、もしかして魔力が必要になるのは別の理由なんじゃないだろうか」

「成程……」


一息に告げると、トリスが難しい顔で黙りこむ。

恐らく分析している時に感じた違和感を思い出しているのだろう、焚き火に目線をさまよわせトリスは上を見上げた。


「……言いたい事はわかりました。それで、僕は何をすればいいんです?」

「トリス?」

「使い道も告げるって事は、僕にも何かして欲しいって事ですよね……?」


目線がそれたまま、合う事はない。

俺はトリスを見つめたまま、ずっと考えている事を吐露する事にした。


「そうだな。もし、俺が間違っている事をしようとしてたら止めてくれないか」

「止める?」

「ああ」


いつ、どこで使うのか。まだ分からないから。

そしてそれは、神にとっては必要な事でも俺たちにとってはしたくない事かもしれないから。

俺はそう呟いて、一緒に空を見上げた。


「……ダイチ君、魔王を倒せるのでしょうか」

「わからない」


そもそも、ダイチが傷つける事すら出来ない相手かもしれないとは言えなかった。

この世界を救うには、魔王を倒さなければいけないと、そう教えられているのを知っていたから。



『俺にお前の助けなんて必要ない』



記憶の中に響く声は確かに親友のもの

森の隙間から見える空は暗くて、何も見えなかった。




という事で弟へ暴露編でした。

弟視点っていりますかねぇ。彼は彼で動いているので、サルート辺りの事情が見えるのは彼視点だったりします。

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