吐露(前編)
間があきすぎたので投稿。
上手く書けてないので改稿はするかも。
翌朝。
ダイチがある程度明るくなったのに対し、どんよりしたのが一人いた。
…って。
「トリス? どうした??」
「あ、いえ…なんでもありま、せん…」
いやいやいや。
そんな暗雲しょって何でもありませんと言われても説得力ないわ…。
昨日の夜に何があったんだろうか。
ファティマは、と言えばちょっとトリスを気にはしているようだが落ち込んでいるような様子はない。
何だろう?
「それよりも、ダイチ君少しは落ちついてくれたみたいですね」
「ああ。悩んでたみたいだったから、少しだけ話聞いた」
「そうですか」
馬と違い、ノエルを二人乗りサイズにすると木々にぶつかってしまうので俺は高度を上げる。
眼下に敵がいないかを確認しながら飛ぶと、遠くに、本当に遠くに黒い靄のようなものがうっすらと見えてきた。
「…見えてきたな」
「そう、なんです?」
中央に小さく黒い靄があるのかと思いきや、地平線見渡す限りに黒い靄が見えてきている。
結構広い、というかでかい。
靄の向こうは何も見えないが、恐らく森が続いているのだろう。
「そういえばトリスは靄は見えないんだよな」
「見えるのは勇者だけの筈なんですけど…」
「…そうだった」
つい忘れそうになるが、見える事自体が異常なんだよな。
本来ならダイチを騎竜に乗せて靄の位置を確認させて進むのが定石に当たるのだろう。
俺が見えてしまうのでそんな面倒な事はしないが。
「丁度地平線一杯に黒く見えてる。割とハッキリ見えるから、濃くなってるのかもしれない」
「…なるほど。索敵陣の範囲にはまだ見えてませんが、引っかかり始めたら言いますね」
「ああ」
ダイチとファティマの位置を確認しつつ旋回する。
零体自体は離れて行っているままなので、時折現れる小さな魔獣を飛び方で合図して二人がしとめる、といった形を取っているのだが今のところ問題はない。
目視する限りでも脅威は見当たらず、俺たちは順調に歩みを進めて行った。
☆
「…兄上、ちょっといいですか?」
「ん?」
何日目かの野営。
さすがに結界等を張るトリスに負担がかからないよう、多めに休ませていたがたまたま一緒になったその場所で。
今度はトリスが何かを相談したいようで声をかけてきた。
「ファティマさんの事なんですけど…」
「ああ」
そう言えば数日前、落ち込んでいたなと思い。
火が絶えないように見はりながら俺は先を促す。
なんだろう、ファティマが何か言ったのだろうか。
「……『弟扱い』ってどうしたらいいんですかね」
「ぶ」
「結構頑張って告白したつもりだったんですが、まさかの斜め上を行かれてしまいました…」
「斜めって…」
…どう言う告白したんだよ、お前は。
っていうか、恋愛相談かよ!
ファティマと何かあったのかとは思っていたが、直球勝負していたとはこっちが予想外だ。
「むしろ俺はなんだっていきなり告白に至ったのかが気になるんだが」
「え? だって、生きて帰れるかもわかりませんし。だったら言った方が後悔しないな、って思って」
「ああ…そう言う事か」
気軽に声をかけてきたから、軽い気持ちなのかとトリスの顔を見れば。
俺が思っているよりも遥かに真剣な表情で、俺は自分の感情のおかしさを自覚する。
…ああ、そうだよな。
俺は一回死んでるから。
もう1回死ぬかも、って事に思考が行っていなかったんだ。
俺がやりたい事は、魔王を倒すことではなくて勇者を助けると言うその一点だからこそ、俺はここにいられるのかもしれない。
もし命のやりとりをしろと言われていたら、本当は逃げ出していたのかもしれない。
「……兄上は、今言わなきゃ後悔するって思う事はないんですか?」
「ないな」
「……ルルの事は?」
みゆきがさらわれた後のルルの態度や。
俺の態度に何かを感じていたのか、トリスが俺に問う。
その声は誤魔化しを許さないモノだったから、俺は感情のままに応える。
「……ルルの事は可愛いと思ってるけど」
「けど?」
「多分恋愛感情にまではいっていないよ。…多分、な」
ファティマを拒絶した時とは違う感情。
それを確かに俺は持っている。
魔王の誘惑を神子に飲まされた時の記憶は既に朧気だが、ルルが助けてくれたような気もする。
けれど。
「……どうしてそう言い切れるんです?」
「知ってるからな。自分にとって、恋愛感情がどれだけ厄介なものか」
「……?」
目を閉じて思い出すのは、前世での記憶。
何度も諦めようとして、結局は諦めきれなくて周りを傷つけた。
真っ直ぐ手を取る事が出来なくて、けれど手を離す事は出来なくて何度も間違えた。
間違いようがなかったのは、自分の中の恋心だけだったあの日々を。
「……兄上は、恋人がいた事はないんですよね…?」
「ん? ああ」
トリスが俺の顔を見ながら、躊躇いがちに口を開く。
その口が何を言うのか、俺は分かっていたような気がする。
それくらい、自然に弟は……こう聞いた。
「兄上が好きだった人は……『みさと』さん、って言うんですか?」
その名前は、今生に生を受けてから何度も呼んだ名前。
返る事のない、返らない事に嘆いた、誰よりも大切な俺の妻の名前。
「……ああ」
「!」
肯定すると、吃驚したような目が俺の目線に入る。
ああ、そうだろうな。
お前が俺の呼んだ『名前』を……知る事が出来たのは、きっと幼い頃。
それこそ物心すらつく前の事なのだろうから。
「……ずっと、ずっと……不思議には、思っていたんです」
「ああ」
「ファティマさんの事を聞いた時、僕はみゆきさんが兄上の好きな人だとは欠片も思わなかったんです」
「おい」
欠片もってすごいな。どれだけ俺の態度は雄弁だったのだろうか。
一番近くにいたダイチは、何度も俺に嫉妬して空回りしていたと言うのに、トリスにはそう見えなかったのか。
それともダイチの立場こそが家族を守るようなもので、同じ事をする俺を嫌悪していただけだったのだろうか。
なんとなく後者のような気がしてきた。
「だからいつ、兄上に好きな人がいたのかが不思議で、知りたかった。そして傍から見ると恋仲に見えるらしいのに、僕にはどうしてそう見えないのかも、考えました」
「……」
「そんな時、みゆきさんの口からお母さんの事を聞いたんですよ。みゆきさんはお母さんが大好きらしくて、いろんな事を話してくれて、……名前も、聞いて。僕は一つの可能性にたどり着いた」
「……ああ」
「そんな馬鹿なと思いました。……でも。兄上が、あの時喋った『言葉』をダイチ君は知っていたから」
…あの時?
ああ、召喚陣を解析していた時に、喋った言葉か。
咄嗟に喋ってしまった言葉を、トリスは覚えていたのか。
「この世界にない言葉だったから……何度か繰り返し口に乗せていたら、ダイチ君がこっちもそんな言葉あるんだ? って聞いてきたんですよ。……普通に答えてくれたから、彼らの世界の言葉なのだと僕は知りました」
「そっか……」
「知らない筈の言葉を知っている。知らない筈の名前を知っている。……その答えを考えた時、僕に出せた答えは一つでした」
喋りながら答えに気づいてはいるのだろう、トリスの言葉は澱みなく続いていく。
否定をして欲しいのだろうか?
だが、俺の口から洩れるのは肯定だけで、彼の言葉は止まらない。
「……ねえ、兄上」
「ん?」
「僕はずっと、何を勉強しても追いつけない事に焦っていたんです。兄上が何を考え、何をするために行動しているのか、それがわからなくて小さな頃は何度も反発もしました。自分が最初に魔力を使えた時、優越感すら感じるほどに僕は劣等感の塊だった」
「……」
「ルルの事もそうです。……今は、淡い初恋のようなものだったと言う事は出来るけど、当時は『代わりにしかなれない』自分が嫌で、嫌でたまらなくて、父上に八つ当たりしたのも一度や二度じゃありませんでした。その時は魔力を使える事に有頂天になっていたから、なんで最初から僕じゃなかったのかと、文句を言ったり困らせた事もあるんですよ」
……そんなの初耳なんだが、多分俺が学校に入ってからの出来事なんだろうな。
学校に入ってからしばらくは応答がなかったし、俺に手紙が届くようになったのは結構してからだった。
不思議に思いながらも俺は手紙を返さずに、ただ読み続けていた。
「……魔力を使えない、それだけの事が。どれだけ辛い事なのか僕は知らなかった」
「トリス」
「魔力の強さ弱さで階級が決められるあの生活に、僕が感じたのは怖さだけだった。寄せられる好意が偽りのモノだと気づけるほどに僕は恵まれていたのだと学校生活で思い知って。僕に残ったのは後悔だけでした」
ぱちん、と薪の音が鳴る。
それほど静かな森の中で響くのは、トリスの声だけ。
俺の声はだんだん小さくなっていたのだろう、名前を読んだ声は掠れてほとんど聞き取れない程で。
制止する事すら出来ず、俺はただ耳を傾ける。
懺悔にも似た、弟の声に。
「だから僕はもう後悔したくないんです。……答えたくなければ、答えてもらえなくてもかまわない」
構わないと言いながら、彼の声は真剣に俺の答えを求めていた。
俺の目を見るその目は、どこまでも澄んでいて。
偽りだけは許さない…そんな目を、していた。
「聞かせて下さい。……兄上は、前世の記憶があるんですね……?」
断定に近いその口調に。
俺はただ、頷いて答える事しか出来なかった
後編は明日です。




