思い出と切っ掛けと
『ゆきちゃん』
呼ばれた気がして、俺は目を開く。
目の前にいるのは、俺が愛した人で。
誰よりも何よりも、大切な人で。
でも、何か違う気がして、首を傾げる。
『どうしたの、ゆきちゃん? しよ?』
手を引っ張られるが、何となく駄目な気がして。
目の前にいる少女は、幼すぎて、これは夢でも駄目だなとぼんやり思い。
俺は咄嗟に首を振った。
『どうして?』
『そう言う事は大人になってから!』
何度言ったっけかな、この台詞。
ぷぅ、と膨れる彼女に俺は笑いかける。
いつも背伸びばかりして、しょうがない奴だな、ホント。
『でも、辛いでしょ? 熱いでしょ…?』
『……』
言われて何故頭がぼんやりしているのか考える。
身体が、熱い?
理由を考え、眉が寄る。
『……絶対に、やらない』
『う…ひどいよゆきちゃん…』
『ほら、バカなこと言ってないで寝ろ。寝不足なんだろ?』
なんとなく、寝不足の時の顔をしている気がして。
夢なのに何言ってんだろうか、と思いながら俺はそのまま沿い寝する。
見ていると理性が揺らぐような気がして、目線を合わせないように注視しながら。
すると。
何故か幼かった少女は、さらに小さくなって子供のようになった。
不安そうに見上げるその目に、俺は気づいて笑いかける。
ああ。
そうか、違う。
これは、『みゆき』だ。
頭をなでると、気持ち良さそうに目を閉じるのでまた撫でる。
そうやって繰り返した後、何か違う事をしなきゃいけなかったんじゃ…と思い当たるが思い出せない。
あれ…?
そういえば俺、この子の事、撫でられたっけ…?
それとも、夢見てんのかな…そうだよな、こうやって寝かしつけるのとか、子供にもしてやるんだって、みさとに約束して…。
――――それは確か、守れなかった約束だった。
『ユリス様?』
唐突にルルリアの声が響き、視界が闇に包まれる。
いきなり飛び出て来た剣に驚きながら、俺は咄嗟に避けた。
剣の突き出る速度は一定で避けれないほどではないが、その場にいる事は出来ない。
『どうしましたの?』
暗闇の中で、ただ心配そうな声だけが響く。
どこにいるんだろう?
ただ闇雲に突き出てくる剣を避け、追い詰められながらも俺はただその声の主を探す。
なんで俺攻撃されてるんだろうか。
俺は、ルルを待っていたんだっけ?
分からない事だらけで、必死で剣先を見つめていると視界の端にルルリアが映った。
咄嗟に足が止まりひやりとするが、剣も止まる。
視界に映った彼女の姿に近寄っていくと、ルルが不思議そうに首を傾げて俺を見ていた。
…ええと、何するんだっけ?
――――――普通好意持たれてるのわかってたらとりあえず抱きつくだろ。
成程。
『ルル』
名前を呼んで、その身体を抱きしめる。
ん…柔らかいな…。
何故か固まる彼女を見つめ、そのまま手を滑らすように背中を撫でると、ルルの顔がはっきりと赤くなった。
あれ? なんか怒ってる?
――――――――ばしゃん!
問いかける前に目の前に水が落ちてきて、沈んだ口元がこぽりと音をたてた。
☆
「……なんですか、これ…」
「室内掃除!」
目が覚めると、そこは水浸しの室内でした。
え、つかここはどこ。
ここ、女性陣の部屋、じゃ…!?
「―――――――っ!!」
がば! と起き上がったら目眩がした。
咄嗟に感じた鈍痛に、後頭を押さえると、近くにいたらしいルルが俺を覗きこんできた。
「ユリス様、気づかれました!?」
「る、ルル…?」
しっかり見開いた目に映るのは、何故かモップを持ったダイチ。
いつの間にか帰って来たらしいトリスとファティマ。
そして後ろにいたのがルルだった。
「俺、は…?」
「ユリス様、何がありましたの? 私が帰ってきたら、ダイチと貴方が斬り合ってましたのよ…!」
「「斬り合い…!?」」
トリスとファティマの声がかぶる。
ダイチがびくう! と反応するが、多分これは俺が悪い、というか。
俺は止めてもらえたのか、そっちの方が問題だ…!!
「まって、みゆきは?」
「みゆきさんなら、下でお茶を入れてますけど」
「そ、そっか…」
ほっとする。
いくらなんでも俺に何かされた状態で呑気にお茶入れはないだろう。
つまり、記憶にはないが未遂ですんだのだろう。
「ダイチ君、なんでそんな事…!?」
「ダイチ! ユリス相手に剣で勝負なんておとなげないぞ!」
詰め寄るトリスとファティマの目の色が変わっている。
いやいや、落ちつけよ。
いくらダイチでも、嫉妬のあまり決闘とかないから、そしてファティマは何気にえぐるような事を言うんじゃない。
「ま、まって」
「うん、違う。落ちつけお前たちは」
あわあわするダイチがかわいそうで咄嗟に止める。
違う、の言葉にトリスが先を促すので俺は神子が現れたこと、操られたことなどを包み隠さず話した。
「ダイチには靄が見えてたから止めてくれたんだろ? ありがとうな」
「あ、いや、ど、どーいたしまし、て…」
誤解が解けたことで、全員が落ちつく。
ところでみゆきはまだお茶を入れているのだろうか。
「なあ、みゆきいくらなんでも遅くないか…?」
「………!」
どれくらい話していたかは定かではないが、悠に30分は立っている。
宿内だからか。
それとも、先ほどの混乱が尾を引いていたのか。
俺たちが、一番目を離してはいけない人から目を離していたのだと気付いたのはすぐ。
階下に降りた俺たちは、みゆきの姿を見つけられることなく。
宿の人間に、誰かと出て言った事だけを告げられた。
短めですが、区切れなかった。
奥様は前科有らしいよ?
という事で正解は 沿い寝して頭ナデナデ でした。




