過去の欠片
召喚陣の解析のめどがついた翌日、俺はダイチとファティマの修行場に足を運んでいた。
俺とトリスとルルが魔法研究にかかりっきりだったため、二人で修業をし、その怪我をみゆきが治すと言う形で訓練していたのだ。
最初治療に関しておっかなびっくりだったみゆきも、あまりに容赦なく怪我する二人に感化されたのか、着々と治癒魔法の修練を積まされていた模様。
まあ、主に怪我するのダイチなんだけどな。
ところどころに血があるし、二人が振り回してるのは真剣だし、なんとも暴力的な修行風景である。
「それ…痛くないのか?」
「あん? これくらい、向こうじゃ日常だったよ」
あまりの痛々しさに聞いてみたが、帰ってきたのはあまりにもあっさりとした回答で。
それに対してみゆきは泣きそうになっており、俺はダイチの事情を嫌でも理解せざるを得なかった。
「なるほど…」
よく見れば治りきってはいるが、ダイチの腕や足にはところどころ消えない傷がある。
剣道など武道をやっていれば多少の傷は出来るだろうが、あまりにも傷の数が多く、尋常ではない。
つまり、常に喧嘩をする様な状況だったと考えるのが普通だろう。
「…ダイチは、いつも無茶するから…」
「大丈夫だっつってんだろ」
「でも…」
ただの喧嘩好きなだけならみゆきが泣きそうになる理由はない。
つまり、大部分がみゆきを守るためについた傷、なのだろうな。みゆきは嫁に似て美人だし、下手な男がちょっかいかけそうな雰囲気は確かにある。
ましてや、言葉にも態度にも盛大に誤解を受けそうなダイチが傍にいるとなったら、結果は推して知るべしと言ったところなのかもしれない。
「まあ、傷がすぐ治るのはありがたいけどな」
「ダイチ…」
「手が使えない時とか。足折れてる時とか、治るまでが怖いからさ」
そう、平坦に答える声はそれを当たり前に思っていて。
そこには何の疑問を挟む言葉すらなくて、俺は軽く言葉を失う。
なんだろう…なんでこんな暴力的なんだろうダイチ…。
俺も結構奥様関連で暴力的な事に巻き込まれた方だが、ここまで好戦的にはならなかったし病院送りにされた事は殆どない。
性格の違いだろうか。
「ところでユリ…ユリスさん、何の用だよ?」
前呼び捨てにした処、トリスとファティマの冷凍視線に恐れをなしたのかダイチは俺をさんづけだ。
別に呼び捨てでいいんだけどなー。こっちは呼び捨ててるし。
さすがに敬語は駄目らしく、早々に諦めたので余計変に聞こえるのは御愛嬌と思おう。
治療中のため離れていたらしいファティマもこちらに気づいて寄って来たので、俺は話を切り出す。
「ああ、ちょっと聞いておきたい事があって」
「なんだ?」
「瓶の事と、魔王対策が必要なこと、神殿が使っていた召喚陣に関して解析してみよう、までは話しただろ?」
「ああ」
神子と魔王が関連するかもしれない事に気付いた俺たちがまず心配したのは、召喚陣に何か仕組まれていないかどうかだった。
そもそも勇者たちは召喚する時に、言語に関しての理解・使用に関しての能力付与をされている。
だからこそ言語に関しては翻訳はいらないし、勇者二人は日本語をしゃべっているつもりでこちらの言語を喋っている、というような不思議な状態が起こっているのだが…。
神子のいいなりにならなかった事を考えると、神子が何か勇者たちに仕込んでいる可能性は低いが0ではない。
二人召喚されたことといい、何かイレギュラーな事を仕組んだ可能性もあるので、まず情報収集が俺たちには必要になったのだ。
「…ダイチは答えづらいかもしれないが、聞いていいか?」
「?」
「魔王に心当たり、あるんだろ?」
「!」
前勇者の話に真っ青になって去って行った彼は、結局心当たりが誰かを教えてくれてはいない。
俺たちもダイチの様子があまりにおかしく、追求するのも憚られてそっとしておいたのだが…。
彼らに神子が何かをしていたら困るので、その魔王の心当たりと何かしそうな理由があれば聞いておきたかったのだ。
「…言いたくない…」
「ダイチ」
「言っちまったら本当になるみたいで…言いたく、ねえ…」
辛そうな様子に、俺も言葉が詰まる。
だが、何かの情報になるかもしれないから、俺もひくわけにはいかず、引き出すために言葉を重ねる。
「…誰だか、までは言わなくていい。なんで、そいつかもって思ったんだ?」
状況を知れれば、何かの手がかりになるかと思い聞いてみると。
ダイチは一度口を噤んだ後、こう答えた。
「七年前」
「?」
その年月が何をさすのか分からずに首を傾げると。
ダイチは絞り出すように言葉をつづけた。
「七年前…俺の目の前で、消えたんだ…」
「あ……」
目の前で相手が消えたと言ったのは、前勇者。
彼の弟は、目の前で消えて、そして自分が召喚されたと言ってはいなかったか。
「…その前から、ちょっと、おかしなこと言ってて、気になってたんだけど…」
「おかしなこと?」
こくり、と頷く様子が辛そうで。
でも先を聞きたくて見つめると、ダイチは思い出すように遠くを見つめて、こう呟いた。
「…ああ。何かを振り払うように嫌だって…そう言って、俺とみゆきの前で、消えたんだ」
それきり彼は何も語らず。
みゆきも辛そうで、俺はそれ以上聞き出すことを諦めた。
☆
最初の躓いていた点を解決できたので研究はとんとん拍子で進み。
もう1週間もすれば大体の解読が終わり始めていた。
俺も研究に関してはそれなりの自負がある方だが、現役の研究者である1塔兼任の近衛魔術師が二人もいれば、解析が進むのも当然といえば当然と言えた。
「逆にしてるのは、召喚をするためなんだな…」
解析が進むにつれわかったことは、陣の内容に関して逆に読むことで引きこむといった、不思議な構成をしている陣であるということだった。
『召喚』ではなく『追放』だったり。
『勇者』ではなく『魔王の大切なモノ』だったり。
前者はおそらくこちらの世界へ召喚ではなく、向こうの世界から追放、と言った形で喚んでいるのだろう。
しかし後者は…。
「『大切』、なのか」
「逆に読んでいるから嫌いな人、なんでしょうかね?」
言葉の意味合いの解析は難しく、俺とトリスは首を傾げる。
その言葉の意味合いのままだとしたら、ダイチは魔王に疎まれていたことになるが…。
あの、辛そうな態度が疎まれていた相手に対する感情だとはとても思えない。
むしろ逆だろう。ダイチは少なくとも『魔王』に大切にされていたのではないだろうか。
「他に何か気になるのは?」
「えーと…召喚先としての地域指定に、この世界の名前が書かれていますね」
「そこは記載があるのか。じゃあ、そこに彼らの世界の名前を入れたらダイチ達を帰す事はできるんじゃないか?」
「あ…」
こちらの世界からの追放と、あちらの世界への召喚。
あ、しかし。
使用するのがこちらの世界だと召喚がこちらであちらが追放?
「む、駄目だ。それだとこの世界に戻ってきてしまう」
「あああ。召喚ならそうですね」
「ってことはあれか…正常に書きなおして、普通に送ればいいんじゃないか?」
「!」
紙に試行錯誤しながら、陣を組んでいく。
この世界の名前は、セレスファルータ。
ちなみにあの神様の名前はセレスという。神殿の宗教の名前はセレス教。
みゆきたちを送るのは、当然地球…だろうが…どう記載すればいいのだろう。
そもそも汎用にするには言葉を変えたほうがいい気がする。
「……というか、脱線した。それは気長にやろう」
「そうですね、続けて参照していきます」
みゆき達を還せそうな目処はついたので、俺個人の研究としてはここで十分成果を上げているが今やりたいのは違うことだ。
俺は返還を試行錯誤させた紙をしまい込み、次の紙に元の陣を再度書き出していく。
召喚陣は従来ずっと使用していたもので、力を込めて神子がなぞっていく際に何か違ったことをしていなかったかどうかが問題なので、必死で神子の詠唱を思い出して書き足していく。
一通り終わった後、俺達に残ったのは安堵の溜息だった。
「特に何も変更はしてなかったみたいだな」
「そうですね、一安心です」
召喚陣の読み方が特殊なせいか、込められる力が多すぎるせいか、神子が何かを改ざんした形跡はなかった。
床に書かれていた陣は古いもので、見た瞬間に新しく書き込まれたり増やされていたりしなかったことは確認してある。
つまり、召喚の際には特に従来以外のことは何もしていなかったことがわかったのだ。
「しかし見ていた時も思ったが、一人の魔力とはとても思えない魔力量を使用してるよな…」
「そうですね…元の陣に鏡に映しながら書いてみたんですが、軽く僕数人分くらいの容量が必要そうでした。あの神子、そこまで魔力があったようには見えなかったのですが…」
「んー…召喚陣自体が魔道具なのかもな…」
「ああ、ありえますね。あの陣へ魔力を注ぐことで、陣そのものに残っている魔力を引き出して発動すると考えれば、陣自体が古いままなのも、不思議な魔力を感じたのも納得がいきます」
とりあえず当面の危機は無いことがわかったので一息つきつつ。
今後の方針を俺たちは立てることにする。
「とりあえずもう1回前勇者に話聞いたほうがいいかもなあ…」
「零体のことです?」
「ああ。あそこまでルルがはっきり言うのなら、おそらく神殿関係じゃなくて魔王関係なんだと思うし、魔王倒した時に見えたかどうかとか聞いたほうが対策取れると思うしな」
トリスと二人で頷き合い、俺たちは前勇者との会合をもう一度申し込む事にする。
だが、しかし。
「…酒で釣れるかな」
「多分」
顔を見合わせて漏れるのはそんな言葉。
いや、あのおっさんマジで気まぐれだから会おうとするといないんだよ…。
魔王様関連のネタバレには回答できませんので感想を書く際には気をつけてね!
と注釈を入れたくなる展開ですみません。




