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心のままに

相変わらず上手く切れないわけで…orz


危険すぎる瓶に触れるわけにもいかず。かと言ってルルリアに持たせ続けるわけにもいかず。

どうしようか、と迷った処でルルリアがそれを鞄にしまおうとしたので待ったをかけた。


「…それ…」

「父には必ず手渡すように厳重注意されましたけれど、ユリス様の顔を見ますにこれは渡さない方が良さそうですわよね?」

「渡して欲しくないと言うか、今すぐにでも燃やして抹消させたいモノではあるな」

「……そ、そんなに…?」


と言うか瓶に入ったままといえども、持っていて大丈夫なのだろうか。

影響はないのか? とそればかり心配してしまうが、ルルリアの様子に変化はない。


「ええと。消滅させた方がいい事はわかりましたけれど、燃やして平気なものですの?」

「恐らく一番安全な手段だが、瓶を開けた時にどうなるかがわからなくて開けるのが怖すぎるな」

「……」

「ノエルのブレスで瓶ごと燃やせないか試してみよう。ああいや、むしろ瓶を投げて割るか」


だから渡してくれ、と頼むと。

ルルリアは首を振った。


「…危険なものなのでしょう? 私が持っていますわ」

「しかし」

「今まで持っていたのですもの、関係ありません。むしろユリス様が触った途端に何かあると困ります」

「……わかった」


確かに、あの靄が見える俺にとっては動くだけでも動揺して落としてしまいそうだ。

身近であれがくっついてきたら俺には対抗する手段が思い浮かばない。

液体の効果の方も怖いし、ルルリアの言うとおりにする事にする。


「兄上? ルル?」

「どうしたんだ?」


緊張した面持ちの俺たちが部屋から出てきたのを見て、トリスとダイチがついてくる。

ファティマはみゆきと一緒なのだろうか、とりあえず部屋前にいないようなので探す事はせず俺たちはすぐさま外を目指す。

危ないからついてくるなと言いたいが、何故危ないかを説明している時間が惜しい。

そのまま外へ出て、ノエルを呼び、近くに人がいないところまで移動する。


「あの…?」

「ノエル、燃やしてくれ」

「きゅ!」


ルルになるべく遠くへ投げるように指示し、ノエルの火の範囲を確認する。

割れてすぐ近くの人に向かってくるかもしれないから、ノエルを俺の真横に。

反対の横にルルを配置して、投げてもらう。


ぱりん、と砕け散る音と同時に渦巻く靄。

すぐさまノエルの最大火力のブレスに燃やされて、影はす…っと、消えた。


「…燃えた、か」


肩に力が入っていたのに気付き、そっと抜いてみる。

あの靄は、いったい何なのか。

そして何故【神子】が持っていたのか。

わからない事ばかりで、嫌になる。


「兄上、あの瓶は一体…?」


首を傾げるトリスには、あの黒い影は見えなかったのだろう。

奇行をし始めた俺とルルに説明を求めてくる視線は雄弁で。

説明をしようと口を開きかけた時、ダイチがぽつりとつぶやいた。


「なんだよあの黒いの…気持ち悪ぃ…」


その言葉は。

あの靄が見えていたことを示すもので。


「黒い、物体…? もしかして、魔の森にいた零体が入っていたんですか…!?」


すぐさま気づいて叫ぶトリスに黙って頷く俺と、目を瞬かせるダイチ。

ダイチの表情は何故驚かれているかわからないようで、瓶の段階でも見えていた事を窺わせた。


「零体? あの黒いの、そういう名前なのか?」

「ああ。一応便宜上俺らはそう呼んでるが、ダイチには見えたのか?」

「見えた、って? なんか瓶が割れた瞬間にぶわっと黒いのが散ったのは見えたけど…」


【勇者に見える黒い靄】


それは。

伝承に伝わる、モノだった筈で。

今更ながらに俺は気付く。


ダイチが黒い靄が見えるのは、恐らく【勇者】だからだろう。

みゆきも見れるのか確認したかったが、あれともう一度向きあえと言われると困るし、確認しようがない。

だが。


俺が見える事にも、もしかして何か理由があるのか…?



「兄上?」

「いや、なんでもない。宿に戻ろうか、今後の事を相談したい」

「あ…はい…」


考え込む俺を、トリスが心配そうに見ているが安心させる事は出来なくて。

俺はただ、足だけを進めた。





「―――難解だな」

「これは…きついですね」


俺とトリスは一つの図形の前で、唸っていた。

神子が使った召喚式。

俺は持ち前の記憶力と魔術理論の理解力で、辛うじて詠唱と図形は記憶して発音を書きしるす事までは出来た。

出来たは出来たのだが、さっぱり意味のわからない発音が多く頭を悩ませていたのだ。


「お二人とも、少し休憩されては?」


そう言いだしたのはルルリア。

先ほどまで横にいて一緒になって図形とにらめっこしていたのだが、疲れたためにお茶を淹れてくれたようだ。


「力の方向性は、従来の魔術とは違うのはわかるのですが…」

「何か根本を見逃しているのかもしれないなあ」


魔法陣を組むには、いくつかの力ある言葉が必要である。

上位魔法に使われる古代言語を収めている俺たちが全く読めないと言う事は、使用している言葉がそもそも違う可能性が高い。

しかし古代言語は始祖の言葉とも言われ、すべての魔法に通じると言われている。

だからこそ、全く読めないと言うのはおかしな話なのだが…。

ちなみに現在使用されている言語も、古代言語からの派生の名残はたくさんあるので古代言語を習得していれば違う国の違う言語なども翻訳は比較的容易にできたりする。


「どこかで見たような陣なんだけどなあ…」


床に描かれているのを見た時、見た事がないのに既視感を覚えた。

だから何かに近いものは見ている筈。もしくは、従来の魔法陣との共通点があるはず。

詠唱に関しては、意味は全く分からなかったがこちらもどこかで聞いたことあるような気はしていて…。


「…トリス、召喚してる最中に気付いたことなかったか?」

「最中、ですか?」

「ああ。何か脳裏を掠めたんだよな。意味は通じない、どこかで聞いたことある気がする、どこかで見た事がある気がする、そして…」


ノートと呼ぶには少しごわごわした紙の束を筆記用のペンでつつきながら俺は考える。

なんだろうな、なんか思い出せそうなんだけど。


「あ…そういえば」

「ん?」

「鏡がいっぱいでしたね、あの部屋」

「鏡………」


かがみ?

そういえば、光を集めるためなのか磨かれた鏡が多く、召喚陣も鏡に反射…反射、して…。


「――――――――あ!!!」

「!? なんですか」

『逆再生か!』

「?」


おっと。うっかり日本語使った。

咄嗟に周りを見るが、みゆきとダイチは今日はファティマと外出済み。

セフセフ。


「ええと? なんて言ったんです?」

「逆から発音。もしかしてだが…発音もすべて逆にしてるんじゃないだろうか…」

「え? ぎゃ、ぎゃくですか?」

「ああ。神子は時々詠唱が途切れてた。鏡を見て、単語を思い出して、それを逆に読んでいたとしたら…」

「…!」


手鏡をルルリアが持っていると言うのでそれを借りて照らし合わせてみる。

上と横でそれぞれ合わせて見ると、浮きあがってきた文字はやはり見た事がない物ではあったが、解読できないほどではない。

後は発音と合わせて単語を一つずつ解読して行けば理解出来るだろう。


「…よし。一息入れるか」

「そうですね」


丁度入れたお茶が冷め始めだったので、一気に飲み干して一息入れる。

トリスはちまちまと茶菓子をつまみつつ、力を抜いて椅子にもたれた。


「…疲れたか?」

「そりゃあ…一週間ほど進展なしでにらめっこでしたからね…いくら慣れているとは言ってもキツイです」

「悪いな、急がせて」



―――ルルリアと再会してから2週間ほどたっていた。



結局あの後、王都に戻ろうとするルルリアを引きとめたのはトリスの判断だ。

曰く。

神子があの黒い靄を使用出来る、もしくは用意できるのだとしたらルルリアの身が危険であること。

サルートの事情を父から又聞きとはいえ聞いていたトリスにしたら、ルルリアが操られる・もしくはおかしくなる可能性を見たのだろう。

いくらなんでも帰せません、と言いながらトリスがルルの父に連絡し丸めこみ、一緒にファルリザードまで引き上げてきたのだ。


「…慣れたと言えば。ルルリアは、もうここでの生活に慣れたか?」

「あらユリス様。私、これでも行軍には結構参加しておりますし、贅沢ばかりしているわけではありませんのよ? むしろここでの生活は、料理もできて快適ですわ」


その言葉通り、料理が殆ど出来ないファティマと違ってルルリアが作る料理は美味しい。

ユリス様は甘い方がお好きでしたよね? と味付けも変えてくれるので、みゆきやダイチにも好評で割とすぐにルルリアは馴染んでいた。

ある意味コミュ能力半端ないなこの子は。

女性魔術師としての生活や経験からだろうか、世間知らずの部分は目につくものの、基本的な判断を間違える事はないようだ。

ちゃんと行軍の仕方も旅の仕方も心得ていて、むしろ感心したほどだ。


トリスと違いすぎるだろ、と思いながら事情を聴いてみると帰ってきたのはただ微笑みだけ。

「女には色々ありますから」

…すみません、聞いた俺が悪かったんでその笑みは黒いんでひっこめて下さい…。


もう一つ気になっていた事は神殿関係だった。

ルルリアの父は、有名な神殿贔屓しんでんびいきだ。つまり魔力至上主義者で、俺と会った事は一度もない。

その父が信じる神殿と敵対するのは大丈夫なのか?

と、聞いてみたのだが…。


「私は今でも、神殿関係者全員が魔王に通じているとは思えません」

「いや、零体が魔王に通じてるとは限らないが」

「ですが魔の森に存在し、サルート様もおかしくなられたのですよね? で、あれば…あの瓶は間違いなく、魔王に関係するものだと思います」


ルルリアは、そう言って。

俺の目を真っ直ぐ見た。


「私は神殿のいい面をいっぱい知っていますわ。孤児を保護したり、教育を施したり、貧しいものに対して援助を行ったり。…王が表だって出来ないモノも、神殿を通して行っている事も知っています」

「……」

「けれど、魔力がないものに対しての仕打ちも知っているのですわ。すべての者を救えるわけではないと父が嘆いた時に。…ユリス様との婚約が破棄された、時に」

「……え…?」


俺との婚約。

言われた内容に首を傾げると、ルルリアは悲しげに笑った。


「…元の婚約は、私とユリス様がする予定だったんですのよ」

「知らない…」

「当然です。父が、ユリス様が生まれた時に言い出しただけで、打診したわけではないのですから。…けれど、私は子供心にこの人のお嫁さんになるんだと張り切っていたのですわ」


初めて会った時に、頬を染めて俺を見ていたルルリアを思い出す。

じゃあ、初めから。

初めから、彼女は俺との結婚を夢見ていたのだろうか。


「――――父に一方的に婚約者を変えられた時。私は神殿に対して不信感を持ちました」

「ルル」

「けれど。…父が心を砕き、魔力がある・才能がある者に対して少しでも多くの貧しい者たちを引き上げようとしていた事も知っているのです。魔術師の塔が改善されたのはご存じでしょう? あれは、父とユラおじさまの共同の仕事でしたの。そして、あの塔の救済に関しては神殿も多く関わっているのですわ」


ルルの父は魔力の強いものを。

俺の父は才能あるものを。

それぞれが信じたものを救いあげるために、それぞれが使った力があったのだと彼女は語る。


「だから、大丈夫です。例え神殿と敵対する事になったとしても、私はユリス様を信じますわ」

「それでいいのか?」

「ええ。私が大事なのは私自身の気持ち。だからどんな事があっても私はこの判断を後悔しませんわ」


にっこりと笑う姿に、強いなと思う。

彼女の中には確固たる信念も、信仰心もあって、けれど間違いに関して立ち向かう心もある。

俺とは大違いすぎて頭が上がらない。


「ルルは強いな…」

「考える時間だけはたくさんありましたもの」


後悔しない、と言い切る彼女が羨ましくなる。

俺はいつだって後悔ばかりしている気がする。

あの時も、ファティマを傷つけた時も、自分の気持ちばかり優先していたくせに、俺は後悔ばかりだった。


「神殿には信じる司祭とか、仲の良い人もいるんじゃないのか…?」

「ええ。ですが、多分自分の意思を通さない方が彼女は怒りますわ」


ふわりと微笑む姿に影はなく。

本当に、そう思っている様子が伝わってきて安堵する。

…本当に、自分勝手だな。

俺の事情に巻き込んでいると言うのに、彼女ルルリアには出来るだけ傷ついて欲しくないと思っているのか、俺は。


「…あ」

「ん?」

「神殿関係者といえば、私は神子様と初めてお会いしましたが、あの方はいつもあのようなご様子なのですか?」

「あのような…?」


神子、か。

そういえば、彼女は俺に魅了が効かなかったことに酷く驚いていた。

あの時は他の事に気を取られて流してしまったが、あそこで驚くってどういう状況だったんだ?

彼女の中では『俺が彼女に惹かれている事が確定事項だった』、とか?

なんだその思い込みは。大体それだとトリスに秋波かけてた理由もさっぱりわからん。


「様子がおかしいというか…何か、物事を確定的に喋られると言うか…」

「それは俺も思ったな。なんか、俺が彼女に惚れてないのはおかしい的な事なら言われた気がする」

「…なんですのそれ?」


そんなの俺が聞きたい。

ルルが彼女に言われたことといい、彼女の中で何が起こっている?

もしかして、あの神子普通に黒い靄に侵されてるとかそういうオチなのか?


「…何かが。彼女の言う通り、"間違って"いるのかもしれませんね…」


ルルリアが神子の言葉尻を考えながら、呟く。

何か妙に残る言葉に俺は胸騒ぎを覚えたのだった。



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