逃げない意思
『幸人、内定出たか?』
『ああ。希望通り、出たよ』
『やったな! 一時はどうなる事は思ったが…』
"親友"が、自分の事のように喜んでいる。
それを見ながらも自分の心は晴れず、俺はただ彼を見返すだけだ。
『…良かったのか?』
『あ? 何が』
『お前だって…』
言いかけると、親友の手に遮られる。
言うな、と言わんばかりの仕草に口を閉じると、それでいいと言いたげに彼は笑った。
『いい加減、しつこい。俺は俺の好きなように決めたんだって、言っただろ』
『隆大…?』
『俺も逃げてちゃいけないって気付いただけだって。大体さ、反抗したいなら俺は学部を変えれば良かったんだ。親のいいなりの学部に入って、それでいて夢も諦めきれなくてぐだぐだしてた。
…お前はただ、諦めきれなくてぐずってた俺の背中を押しただけなんだよ。だから、気にすんなって何度も言っただろ?』
なんでもない事のように、俺に言い聞かせるように、彼は言葉を紡ぐ。
その言葉は免罪符。
俺が彼に押し付けたものは、それだけ大きいものだったと言うのに。
『それに―――――』
『?』
目を細めながら構内の銀杏が散るのを見つつ、彼は呟く。
『こうしたかったんだ。俺が、俺自身のために』
その言葉は、何故か違う意味をさしているようで。
俺の中にはいつまでも残り続けた。
☆
「駄目、ですわよね?」
答えることもできず、かと言って目線をそらすこともできず。
ただ見つめるだけの俺にルルリアは肩を落とした。
駄目とも良いとも言えない自分に不甲斐なさを感じながらも、俺はただ彼女を見つめ続ける。
「ごめんなさい、言いたかっただけですの。…承諾をしていただけても、貴方に降りかかるのは災難だけ。…わかっておりますもの…」
またしゅん、とするルルリアに罪悪感が募る。
先ほどの告白は、多分本気だった。
本気だったけれど、返事は求めているような気がしなくて、俺もどう答えていいかわからずに固まったのだ。
「…どうして急に?」
考えるより先に、言葉が漏れる。
彼女が俺を慕っている事は知っていたし、それを隠す気すらなかったのも知っていた。
けれど彼女は常に距離を取っていてくれたし、俺がそういった告白を受けたくもない事も気づいていたのだと思う。
俺は知っていながら彼女の聡明さに甘え、そして目を逸らし続けていた。
だからこそ、いきなりの台詞にどうしていいかわからなかったのだ。
ファティマの存在に危機感を覚えたから? いや、結婚自体をファティマ本人が否定したのだからそれはない。
噂を聞いて、自分の存在を主張したかったから? いや、それなら彼女はもっと行動をしていた筈だ。それだけの行動力を彼女は持っているのだから。
「…変えたかったんですの」
「?」
「振られるとわかっていたから逃げ続けていた自分を。――変えたかったのですわ」
告白をしてすっきりしたのか、彼女の顔は晴れやかで。
眩しさに目を細めると、彼女はただ微笑む。
「噂を聞いて…ファティマさんは、貴方を動かしたのかと、思って。……何をしたって駄目だからと。諦めていた自分はこのままでは駄目だと思いましたの」
「ルルリア」
「近衛の見習い実習で再会した時、私は驕っていたのですわ。会う男性すべて、そう言った目線で見て来られる方ばかりでしたから。…好きだと、そう示せば相手から来てもらえるとしか思っていなかった私は、何も出来ないまま貴方と離されてしまって。…それからは会える事すら困難で、私は一度諦めました」
ルルリアの告白は静かで、先ほどの幼さが嘘のようで。
ただ、懐かしむような目だけが印象的だった。
「けれど、どなたに出会っても私は貴方を重ねてしまう。結局トリスに婚約者という特権を振りかざして会いに行っては貴方の事を聞いて、一喜一憂して。その癖、貴方を思い出させるトリスと結婚するような気持にはなれなかったのですわ。酷い女でしょう?」
「……」
「そんな私に会いに来られた方がおりまして。―――想い続けるにも覚悟が必要だと、わかったのですわ」
「会いに…???」
突然の話の転換に目を瞬かせると。
ルルリアの目が懐かしさから一転、真剣になる。
「……【神子様】が私のもとに来られたのですわ」
「はっ!?」
「私の父が、セレス教の敬虔な信者である事はご存じでしょう?」
「あ、ああ…それは、知ってる、けど…」
「その父に対しての要望だったらしいのですが、私がトリスの婚約者である事を知った神子様が直接私に頼まれに来られたのですわ」
なぜここに神殿関係者の話が出てくるのかわからず、戸惑うと。
さらにルルリアが言葉を重ねてくる。
「―――婚約者とその兄が【勇者】に誑かされて勇者をさらって逃げた。『貴方の婚約者ともども彼を助け出して欲しい』と」
「…………」
「…その兄の方は『神子様の大事な方なのです』…と」
は? なんだって?
は…?
「―――――――――はァっ!?」
突っ込みどころが激しい色々その内容に、俺は茫然とする事しか出来ない。
そんな俺の前に、一つの小瓶が置かれる。
「『彼は間違っているのです、だからこれを渡して下さい』と」
「……な、んだこれ…」
「必ず手渡してくれと何度も頼まれましたわ」
小瓶の中には少量の液体と黒い靄。
魔の森で見た。
サルートにまとわりついていた。
そんな、黒い靄が――――瓶の中で渦巻いていた。
ようやくここで神殿(神子)と話が繋がります。
以下補足。
神子様頭大丈夫? の質問には理由はそのうち出るよ!とお答えしておきます。
ちなみにルルは当初の予定では様子見だけして瓶を渡せるほどの距離には近づけませんでしたーと、帰る予定だったようです。
傍目には聖水っぽいものに見えます(神子仕様だし)




