伝える想い
「ユリス様、お久しぶりですわ!」
「は? え、ルルリア??」
「はいですわ! このたびは討伐の援助、お疲れさまでした!」
第二師団と別れる当日。
なんだか微妙な雰囲気の中全員で出立準備をしていると、宿泊施設に一人の女性が入ってきた。
「…なんで…」
茫然とつぶやくのはトリス。
ファティマは面食らったように動きを止めていて、何とも言えない沈黙が場を支配する。
「どうしてここに?」
ルルリアは王都でも、俺は殆ど会っていない状態である。
王女の護衛として働いているのもあるが、大抵の場合周りの奴らに接触を邪魔されていたので見かける事すら滅多になかった。
いろんな思惑に巻き込まれたくない俺は、自分から会いに行くこともなかったので久々に顔を見て彼女のその成長に驚く。
前会った時はまだ幼かった美少女は、20才を越えて少し憂いのある美少女に育っていた。
…童顔なのは、突っ込まない方がいい気がする。
「私も攻撃班として参加しておりましたの。本来ならすぐさま会いに行きたかったのですけど、団長に勇者達との接触は旧知といえども作戦中は厳禁と言われてしまいまして、今日まで近寄れなかったのですわ」
「…そんなの、あるのか」
「はい。ユラおじ様が制限をかけていらっしゃるようでしたわ」
「ああ、なるほど。今日は父の用事で来たのか?」
「違いますわ!」
父からの手紙を思い出す。
お前たちの手を煩わさないように手配はしておくから、と相も変わらず事情をかっ飛ばして簡潔に結論だけ書かれていた内容は、そういうことだったらしい。
しかし、父からの伝言ではないとすると彼女の用事はなんだろう?
思いつかず首を傾げると、悲しげなルルリアの表情が目に入る。
え…と。
俺は何かをしただろうか。
「…心配でしたのよ」
「?」
「勇者たちの情報は全然入ってきませんし。ユラ様は二人なら大丈夫だとしかおっしゃらないし」
「あー……」
あの父上じゃあ、そうだろうな。
そもそも俺は連絡してないし。
筆まめというか通信手段を持っているトリスが定期的に便りを送っているだけなので、どんな内容が送られているかすら俺は知らない。
「まあ、今回の事で勇者の評判も上がったでしょうし、私もお二人の活躍を身近で見れましたので安心しましたわ。おじ様にはお二人とも元気だった旨はお伝えしておきますの」
「ああ。悪いな世話をかけて。ありがとう、ルル」
「! あ、いいえ、当然の事をするまでですもの!」
俺の表情を見て頬を染める彼女に苦笑が漏れる。
俺の言葉に一喜一憂する彼女は相変わらずわかりやすくて、その表情は可愛らしい。
だが、また彼女の表情は曇った。
「?」
「え、と…それで、お聞きしたい事がありまして…ご迷惑とは思いましたが、訪ねさせていただいたのですけど…」
何度も口を噤み、また開く。
俯いた顔の表情は見えないので、その頭を見ながら俺は思い出す。
ああ。オルトと話してたの、ルルリアじゃないか。髪型が変わっていたから後姿ではわからなかったのだ。
「……ほん、とうですの?」
「ん?」
呟いた声は、本当にささやかな声で。
聞き逃さないように顔を近づけると、彼女はばばっと顔をあげて俺にせま…って近い近い近い!
思わずのけぞるが、腕をがしぃと掴まれて引き寄せられた。
「結婚なされるってほんとうですの!?」
「はぁ?」
思わずそのまま足を滑らせてこけそうになる。
涙目で上目遣いで見つめられ、顔を真っ赤にして言われた台詞がコレってどうなんだ…。
色気とか感じる以前に脱力しか起きない。
「どこからそんな…」
何を言われているかわからなくてぐるりとまわりを見渡せば、目をそらしたトリスがいた。
おい…。
お前どっかで聞いていたな?
そう言う事は言えよ! どうして食ってかかってくるのかと思っていたよ!
「…だ、誰とだ?」
空気を読まずに動揺するファティマ。
話に全くついて行けずにぽかんとする勇者ズ。
相も変わらずのカオスに俺は天を見上げて、呟いた。
「…いい加減にしてくれよ…」
☆
結論から言うと、タクラのせいだった。
そっりゃそうですね、あんだけ冷気びしばしだったタクラが長時間のお話し合いをした上、態度が緩和していたとなったらお付き合いが認められましたとか噂が流れても仕方ないよね!
なんで一足とびに結婚になったのかさっぱりだけど、案外外堀埋めとかの策略の気がしてならない。
もうなんかどうでもいいや。
「う、噂は噂でしたわよね…ごめんなさい、押しかけてしまって」
興奮する彼女を宥める為、別室に二人で移って早10分。
ようやく落ち着いて喋り始めたルルリアのしゅん、とした様子に思わず彼女の頭を撫でる。
いや、どう考えてもこれは彼女のせいではないし、挨拶自体は特に問題のない行為の筈だ。
だが、彼女の顔色は相変わらず晴れなくて、俺は彼女の近くへ腰かけた。
椅子の上に縮こまる彼女は本当に小さくなっていて、見ていてかわいそうになる。
「気にしなくていい」
「で、でも…私が近づくと、またご迷惑をかける気がしていたのに…私ったら我慢できずに訪ねてきてしまって…」
ごめんなさい。
小さく呟く声に、やり切れなくなる。
彼女と遭遇する事がなくなってから、なんとなく気遣い等は感じていた。
彼女と直接会うことは阻止されるが、あれ以降面と向かって魔術師に誹られる事等は0とは行かないまでも減っていたからだ。
アルフが暗躍していた可能性もあるが、恐らくはルル自身が気をつけて俺と接触しないように努めていたのだろう。
「心配してくれたんだろう?」
「はい。トリスほどとは言えませんけれど、私だって魔術師のはしくれ。また無理を通すのは心苦しかったのですけど…その、色々誤魔化してやって参りましたわ」
「…それ、大丈夫なのか…」
色々誤魔化して、て。
ルルはやろうと思ったら相変わらずの行動力のようである。
「ええ。…王都にいると煩わしい事ばかりですし…」
「煩わしい?」
「はい。私、適齢期を過ぎておりますでしょう? 父が早く結婚しろとうるさいのですわ」
「そりゃ…」
なんとコメントしていいかわからず、口を噤む。
彼女が今も俺を慕っている事は態度から明らかで、何とも答えようがない。
喋る言葉を探していると、彼女はなんでもない事のように繋げる。
「今回も婚約者に会うのであれば問題ないでしょう、と言いくるめて逃亡して来ましたの」
「は? 婚約者?」
え? いたの?
と思わず言いそうになる。
いや、貴族の子女である彼女に婚約者がいるのは割と一般的だが、そんな状態で俺に会いに来ていいのか? とは思うよな。
「あら、ご存じありませんでしたか? 一応私の婚約者はトリスですのよ」
「えっ!?」
「お互いその気持ちがありませんから、お互い利用しているだけですけれど」
「あ…そう、なんだ」
聞いた事がない事実に慌てそうになるが、ルルリアの表情は平静なままだ。
お飾りの婚約者。
トリスの驚いた様子は、その辺りから来た反応だったのだろうか?
「まあ、それはどうでもいいのですわ」
「いや、よくない気がするんだけど」
「いいのですわ。…それで、えと…もうひとつ、私お聞きしたい事が、ありまして…」
もじもじと手を合わせ、顔を俯かせ。
染まる頬は薔薇色で、何度も口があいたり閉じたりする。
先ほどとは違った様子だが、なんとなく続く言葉が察せられて止めようとするが間に合わず。
「…先ほどのお嬢様とは結婚も、お付き合いもないのですよね?」
ルルリアは顔を上げて、俺の目を真っ直ぐに見た。
それは誤魔化しを許さない―――そんな意志の籠った目で。
「…ユリス様、お願いです。私と、結婚を前提に付き合っていただけませんか?」
一息で彼女は直球に。
そんな爆弾発言を、投下してくれたのだった。
別題:サブヒロインの名は伊達ではなかった。
と言う事でようやくルルリアが再登場です。外見に関しては作者の趣味なので(…)苦情は受け付けません!




