揺れる心
1日目の魔物の討伐に関しては、何も滞りなく作戦が展開され、殲滅された。
勿論負傷者0とはいかず、死傷者も数人は出ていたが大規模な戦いなので想定内、いやむしろ少ない方と言えた。
「……」
「……丘にて逃した魔獣数体を確認。北方、視認できた敵は北西に5体、統率は取れていません。足の速いモノが数体混ざっており接触に時間差が発生すると思われます。以上報告を終わります」
だが本日2日目。
偵察のたびに無言で迎えてくれるこの総指揮官、どうにかならないだろうかと俺はいい加減思っていた。
ダイチとファティマは前線を抑えており、トリスはみゆきの傍でみゆきを守りつつの魔術による補助・回復作業。
俺は勿論偵察部隊なわけだが、連絡先はまあ…本部だよね。しかも今は皆出払っているのか指揮官一人しかおらず、会話も全くもって続きそうにない。
沈黙に耐えかねて、俺は次の偵察先を提案する事にした。
「……次はどこの偵察がご必要ですか?」
「……」
「南でよろしいでしょうか」
ち、沈黙が長い。
相手が無言すぎるが手は動いてるんで多分問題はない…筈だ。ここでとどまっても仕方ないのでさっさと移動しよう。
つーか、本部来るたびに四方八方から冷凍視線来るのどうにかしてほしいと切実に思う。
そして本部に全く近寄らないファティマの代わりに、俺が連絡役になってるとか何の悪夢であろうか…。
「待て」
「はい?」
本日2度目となる偵察に行こうとしたところ、止められる。
作戦は3日という短い期間の間引き。
既に討伐予定数は超えているから深追いはしない筈なので、比較的森の密度が浅い南を偵察に行こうと思ったのだがまずかったのだろうか。
「…偵察速度が速すぎる。少し休め。疲れはないのか?」
「特にはありません。特に問題があるようには感じられませんが、必要であれば加護をかけていただけるとありがたいです」
ノエルは大きくしたままなので現在は肩に乗っていない。
だが、彼女の機動力を考えればむしろ行軍に合わせてゆっくり動いているくらいなので、特に何の問題もないだろう。
加護に関しては疲労軽減になるのでかけてもらった方がありがたいが、わざわざトリスに頼みに後方へ下がるほどでもなかったのだ。
「…加護もかけれないのか」
「魔力は一切ありませんので」
眉をひそめ、こちらを見てくる彼に平坦に答える。
あえてここでは使えないとは言わない。下手に何かを察せられても厄介だし、何か他の事に気を取られての発言だとわかったからだ。
「…魔法が使えないから、騎士になれないのか?」
案の定、というべきか。
ファティマに何を聞いたのかわからないが彼は核心をつくように俺に話を振ってくる。
何の感情も込めないまま見返すが、彼の態度は変わらずこちらを見たままだ。
…。
めんどくせぇ。
「…なる気がないだけです」
「なれるともわからないのに、なる気がない、か? 試す前から逃げている負け犬の遠吠えだな」
「…!」
断定する口調。
蔑むような、そんな挑発的な視線に俺は一瞬反応しかけ。
ギリギリのところで開きかけた口を閉じ、目を伏せた。
「じゃあ、なれません」
「なれるようになりたいとは思わないのか?」
「…何が言いたいんですか」
真意を掴み損ね、目線を上げて見返すと。
先ほど挑発したのが嘘のように、彼はこちらを観察するように見ていた。
「…ファティマから、少しだけ話を聞いて興味を持ってな」
「迷惑です」
「まあそう言うな。私が言うのもなんだが、妹は融通はきかんが美人だし強いし一途だし、決して惹かれない物件だとは思わんのだが、あっさり袖にしたらしいから本音を知りたかったんだよ」
「…本音」
てっきりあのファティマを振るなんて、と暴走すると思っていただけに意外で。
まともに見返して目線を合わせると、タクラは照れくさそうに頬を掻いた。
「まあ、好意だけを食いものにする様な奴なら八つ裂きにしようと思っていたんだが、逆に恋愛のれの字も存在しないと泣かれたらな。さすがの私でもアイツがかわいそうになった」
「…そう、…ですか」
「噂通りじゃねーのは、散々妹に言われた。弄ぶどころか握手すら数えるほどってどんだけ清廉な仲なんだよ。アイツ結構胸でかいし普通好意持たれてるのわかってたらとりあえず抱きつくだろ」
……いやそれはどうかと思います兄よ。
妹の胸のサイズ気にすんなよ!
後俺は胸は割と小さい方が…ってそういう問題じゃない。
「…抱きつきませんよ」
「まるで神に貞操をささげた神官みたいだな」
「……」
嫌なたとえをされて眉をしかめると、タクラは面白そうに俺を見る。
ここで表情を変えるとは思わなかったのだろうか?
楽しげに言葉をつづけようとする姿に、溜息が洩れた。
「魔力がないなら魔術師にはなれない、神官は毛嫌い、どうして騎士になるのを拒む?」
「ファティマから聞いたのでは?」
「いや、言ってる事はさっぱりだった。お前は最初から騎士になる気がないとだけ聞いたよ」
…多分ファティマには理解、出来なかったのかもしれないな。
タクラが真っ先に俺が魔術師になれないと断定したように。
「…向いてないんですよ」
「はぁ?」
「俺は騎士としては生きられない。…例え、どんなに望まれようとも」
「アイツが望んでもか?」
「はい」
天幕から出てこない俺を気にしてか、天幕の外がすこしざわついている。
いい加減、出た方がいいだろうか。
声は聞こえても内容までは聞こえないと言った感じの防音結界が効いているようだが、先日の一触即発状態を知っている騎士たちにとっては気になるのだろう、何度か足音も聞こえてくるのに目線を向けると、タクラはぽつりと俺に呟いた。
「…嘘だな」
「は?」
「ホントは、少しぐらついてんだろ?」
「!」
真っ直ぐ射ぬいてくる目に反応して、剣がしゃらりとなった。
いつの間にか俺は一歩下がっていたのだろう、鳴った音に動揺する。
これでは、認めているようなものだ。
「アイツの想いは、人に届かないほど弱いものじゃない」
「……」
「拒まれて自分がボロボロになるくらいの想いを、アンタも感じないほど鈍いわけじゃないだろ?」
知っている。
俺は、怖いと、思ってる。
怖いと思ったから拒んで、二日前も拒んだのだ。
けれど、感じないように必死になりながら、俺がした事は彼女を抱きしめる事。
指輪のないその手で、抱きしめて謝る事だけだった。
「…それでも俺は応え、られない」
「おい…?」
「俺には…やらなきゃいけない事があるんだよ…」
敬語を使おうとか、そんな意志は吹っ飛んでいた。
視界が揺れるような錯覚を覚えながらも、俺はもう一歩下がって、天幕を出るために背を向ける。
「―――逃げるなッ!」
その叫びは、誰に言われたものだったか。
『俺は逃げたんだよ。…お前の期待から』
想いに応えてほしいと言うその瞳から。
自分のために生きてほしいと願う、その未来から。
どちらも答えられないモノだったから、俺は逃げる事しか出来なかったのだ。
「……」
そして俺は、今も彼に言える答えを持たない。
止める言葉を無視して、俺は天幕を出た。
――――――――最悪の気分だった。
☆
2日目の夜。
本部に人が増えていたので義務的な言葉だけで報告は終わり、俺は宿泊施設に引き返した。
勇者とファティマの戦力はかなりの底上げになっていたらしく、明日は既に本格的な討伐はないだろうとまで言われている。
勇者の力を見せつけ、修行の成果を垣間見て、心は浮き立っていてもおかしくないはずなのに。
俺の気持ちは沈んだままだった。
理由なんて考えるまでもなくわかっていたから、余計…一人になりたかった。
「…ノエル、ちょっとだけ…付き合ってくれ」
「きゅ!」
俺は、真夜中になるのを待って施設を出た。
外へ出るにはノエルに大きくなってもらえばいいだけだから、竜舎へ向かう必要もない。
人気のない方へ突き進み、少し広くなっている場所へ着いたところで走り寄って来た足音に気付いた。
「……兄上、どこへ?」
「トリス?」
部屋を出る時は寝ていたと思ったのだが、相変わらず眠りが浅かったのだろうか?
外出着に既に着替えている姿を見て、俺は嘆息した。
どうやら一人で出してくれる気はないらしい。
「どうした? 眠れないのか?」
「それは兄上の方では…?」
「……」
心配そうな声に、俺は眉を寄せる。
俺の態度は、それほどまでにおかしかったのだろうか?
ついてこられた事に、心配されている事実に、俺は苦笑する。
「…ちょっと、な」
「何かあったんでしょう? …その、ファティマさんの様子も、おかしかったですから…」
「ああ…」
ファティマと決して目を合わせないような状態や、天幕での様子が伝わって何かを感じていたのだろう。
そっと近寄ってくるトリスの様子に、俺は溜息をつく。
誤魔化されてくれそうにない、トリスはそんな目をしていた。
「…ここじゃあれだし…飛びながら話さないか」
「わかりました」
自分でもまとまらないこの気持ちを、上手く話せる自信はなかったけれど。
差し出された弟の手を、振り払えるほど俺は強くもなかったのだ。




