魔力の使えない魔術師
断言しよう、俺の剣の腕は平均並みである。
そりゃあまあ、腐っても騎士学卒なので使えないとは言わない。
が、無理だ。
「私と勝負しろ」
暴走する団長の腕を必死にひくファティマ。
どう考えても目が据わっている第二師団団長タクラ。
「…お断りします」
ひたり、と顔面につきだされた真剣を見て嘆息する。
どうしてこうなった。
☆
魔物討伐予定地で合流した俺たちは、早速翌日から作戦開始という事で休息を取っていた。
役割分担を決めに総指揮のタクラの元へ顔を出したファティマをそのまま待っていたのだが、あまりに帰りが遅いので誰かが見に行こうと言い出した。
まあ、兄妹水入らずの時間といえども、夕飯等の時間も近くなったしどうするかもこちらとしてはわからなかったから仕方ない。
トリスと合流した後戻ってこないファティマを訪ねて俺一人で、総指揮のテントを訪ねたのは数分前。
俺は元々戦闘要員ではないし、偵察部隊としては恐らく俺は一級なのでそれについて別個に相談しようと思っていた事もあり、俺が顔を出したのだが…。
(明らかに、選択肢間違えた)
俺が来たと同時に、極限まで冷えるテント内。
よくよく見てみれば、タクラだけじゃなくて副官とかその辺の騎士とか、全員の目がヤバイ。
なんだこれ、四面楚歌にも程がある。
「良く顔を出せたものだな…!!!」
最初から好戦的な団長様に冷や汗をかきつつ、なんだこれと思いながらファティマを見ればひたすら謝ってくる。
いや、目線で謝られても困るし!
声で止めて! そしてこの絶対零度の空間をどうにかして!
「ええ…と…お邪魔でしたか…」
何が邪魔なのだかさっぱりだか、俺の口から洩れたのはそんな程度の言葉。
いや、ホントにやばいんだって。
サルートが本気で切りかかって来た時も威圧感がやばかったが、タクラは団長だけあって負けず劣らずと言えばいいのか、殺気が半端ない。
っていうか殺気って! なんで俺が殺されなきゃならなないんだ。
「邪魔? そうだな、お前の存在自体が邪魔だ」
「はあ」
「兄上! 何を言っているのだ!」
焦ってファティマが止めようとするが、タクラは俺を見つめたまま視線を外さない。
今にも切りかかりそうな仕草に、そして誰も止めようとしない状況に、俺は何を言えばいいかわからなくてただ傍観する。
「ファティマは何故怒らないんだ!!」
「っ!」
「お前がどんなにボロボロになっていたか、私は見ていたんだぞ! その元凶が目の前にいるというのに、お前は何故怒らない! 何故嘆くだけで何もしないんだ!」
「っ…そ、れは…」
話の筋が見えなくて黙りこんでいると、タクラが俺に向けて剣を突きだした。
目線で問いかけると、帰ってくるのは怒りの孕んだ視線。
「もういい。話が出来ないならほかの手段で語るまで。…私と勝負しろ!」
…冒頭に戻る。
いや、無理です。
「お断りします」
「っな!? 騎士たるもの、勝負を放棄するな!」
「俺は一応職業騎竜士ですが、自分を騎士とは思ってないんですみませんお断りします」
「……」
はあ? と言いたげなタクラに、俺はあっさりと勝負放棄を申し出た。
いや無理だよどう考えたって無理だよ、無茶言うなよ!
やばい、視線が痛いとかそういレベルじゃなくなってきた。
何言ってんだお前って目線がグサグサ突き刺さるのが心臓に痛い。
「っ、ファティマ、なんでこんな奴がいいんだ!? 騎士である事自体否定しやがったぞ!?」
「だから!! 兄上は人の話を聞いてくれと言っているだろう!?」
「どけファティマ叩き斬る! 妹をもてあそんだ挙句捨てた上騎士を名乗らない男など生きている価値なぞあるか!!!」
がああ! と吼えて剣を振りおろそうとしたところ、ファティマがすごい勢いで兄の剣を叩き落とした。
えっ!
ちょ、ファティマさん、不意をついてるとは言え強すぎる。
「人の話を聞け!!!」
吼えるファティマ、譲らないタクラ。
剣を拾おうとするタクラを制止し、ファティマが俺の方へ剣をそのまま蹴とばしてくる。
…えっと、拾え、と??
「とりあえず、話をしないか? 俺は話をしないとは言ってない」
「話になんかなるか!」
「俺は剣で語る気なんてないですよ」
いくらノエルがいても、斬り合うとかマジ無理だし。
ってかこの剣、重…っ、こんなのと手合わせとか2発で俺の剣が飛ぶわ。ムリ。
つーか、似なくていいところが似てる兄妹だよな。昔のファティマも確かこんな感じで人の話を聞かない子であった。
何度死にかけただろうか。ああ、なんかトラウマが蘇りそう。
「後弄んだってなんですか。俺とファティマはそんな関係じゃないです」
「は?」
「だから何度も言っただろう! ユリスとはこ、こここ恋仲等ではないと!!」
そこ、どもっちゃダメだと思う。
見る間に真っ赤になるファティマに、呆けたように静止する兄。
落ちついてくれただろうか。
「いや、だが、お前はどう見ても恋していただろ?」
「……っ…」
「は?」
がしゃ、とファティマの構えていた剣が落ちる。
そんなわけあるか、と否定が返るのだろうと思っていたのにファティマは詰まって、何かに気付いたように止まり。
ぎぎぎ、とでもいいそうなくらいぎこちなく、俺を振りかえって見て、そして真っ赤になって涙目になった。
…って、え? …え?
何それ?
「あ…兄上の…馬鹿ァァァァ!」
ばき、とものすごい音がして決まる渾身右ストレート。
そして脱兎のごとく、俺の横を走り抜けていくファティマ。
残された俺と団長様は顔を見合わせ、そして同時に事情を理解した。
「…俺、その、追いかけてきます」
「…すまん…」
生ぬるい沈黙にいたたまれなくなりながらも、俺はファティマの後を追う事にした。
☆
「…知って、いたん、だ。ユリスにとって私は、妹のようなものでしかないのだと」
魔物の跋扈する森に入るのは危険だと思いつつも、そこしか思い当たらずノエルに乗って上空を飛んで探していると。
少し離れた丘の上に、ファティマは一人たたずんでいた。
ばさり、と近くにノエルで降りれば音ですぐわかったのだろう、声の聞こえる範囲に入った途端ファティマは独り言のように呟き始めた。
「どうしたら違う目で見てもらえるのかと、私は無理を言ってばかりで」
「ファティ」
「アリスには、何度も止められたんだ。けれど、私は取り合わなかった。騎士になれれば。対等になれれば。そう思って、何度も私の理想を押し付けた」
『騎士ならこの程度、弱音なんて吐かない!』
『私は、出来ない子じゃない。頑張れる!』
『ユリスだってできるだろう? 一緒にやってくれ!』
膝を抱えて呟くファティマに、昔の姿が重なる。
ノエルを小さくして肩に乗せ、横に同じように座るとファティマはまた話しだした。
「私はな…落ちこぼれだと、言われたんだ」
「え?」
「学校に入る前はな。10になっても筋力もつかず、兄の同じ年の時の半分も同じ事が出来ず。何度も騎士になるのを諦めろと、そう言われていたんだ」
出会った時の、ファティマの様子を思い出す。
そう言えば精神的に大人っぽいと思ったが、線の細い普通の女の子だったな。
「…諦めきれなかった。何度も何度も、倒れながら、それでも修練して。それでもきつくなってきた時に、ユリスは言ったんだよ。
『女の子なんだから、体力ないの当たり前だよ? 練習の仕方、変えて、ちゃんと休まないと身につかないよ』」
そんな事言ったっけ。
ああ、言ったな。見るからに無茶してたもんな学校入りたての頃のファティマ。
しょっぱなから付き合えない練習を倒れながらする姿を見て、さすがに止めてトレーニング方法教えた気がする。
「…私は、無理をしすぎていたことも気づいていなくて。…でも言うとおりにしたら、身体が軽くなって、なんでも出来るように、なって…修行が楽しくなって…」
懐かしいのか、目を細めるファティマ。
俺は、自分が彼女の何かを変えたと言う事すら気づいていなかったので、ちょっと複雑だ。
「…そうしたら、今度は、ユリスが私についてこれなくなった」
最初は2歳上だった分、付き合えたんだよな。
あっというまに才能を開花させ、強くなったファティマにはすぐかなわなくなって。
それから俺の地獄のような日々が始まったんだった。
「一緒にいて楽しかったから。私は一緒にやりたくて、我儘を言い続けた。…いや、我儘だとも気づいていなかった、いつの間にか私の中でユリスは一緒に騎士になるものだと、思っていたんだ」
「…まあ、騎士養成学校だから、ね」
「ああ。ユリスに拒絶されるまで、私は、自分の…未来を疑ったことなんて、なかった」
ざわり、と風が鳴る。
そろそろ日も沈むだろう、この辺りは真っ暗になるので戻るのも大変になってしまう。
そんな中でファティマは立ち上がろうとせず、俺の方も見ず、こう呟いた。
「ユリスは―――騎士には、なってくれないのか」
その意味は。
そして、ファティマの希望する、その『騎士の意味』は。
多分俺が思っていたよりも、ずっと重いものだったのだろう。
「…無理かな」
「…っ、そう、か」
職業で言えば、俺は騎士だ。
騎竜に乗る、希少な騎士でもある。
けれど、俺は…彼女の、『一緒に戦える騎士』にはなれない。
何故なら。
「…ユリスは、何になりたいんだ?」
俺の目的は、そして俺が約束した事は。
騎士ではきっと、叶える事が出来ない。
彼女の横に並ぶ事が、俺が魔術以外の事に関して使う時間が増える事が、俺は…怖い。
「…もう、職業にはついてるよ?」
「え?」
「俺は。…魔術師だよ」
立ち上がると、目を丸くしたファティマが俺を見上げていた。
その様子はかわいいけれど、俺の心は動かない。
俺にはまだ、やるべき事があるから。
「魔力が、ないのに、か?」
「ああ」
日が沈む。
沈む日を見つめながら、俺は――――確かな思いで、呟いた。
「―――――――今は魔力の使えない魔術師だけどね」
「は??」
「いずれわかるよ」
勇者を助けるその時まで。
俺は、魔力の使えない、役立たずな魔術師。
望む望まないに関わらず、俺が生きると決めた道。
「お前が言っている事はやっぱり難しくてわからない…」
「はは…、暗くなる、帰ろうか」
右手を差し出すと、そっと握り返されるその手。
こちらを見てほしいと、何度も繰り返し込められた思いを、覚えていないわけではないけれど。
俺は左手にハマった指輪をそっと親指でなでると、…想いを振りきるように、彼女を引き揚げ、…そのまま右手だけで抱きしめた。
「っ、ユリス!?」
「…ごめんな」
零れたのは、謝罪。
自分勝手な、自己満足の謝罪だけだった。
ようやく表題タイトル回。




