表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/89

近くて遠い


『なあ、幸人。いいのか?』


俯いていた顔をあげると、そこには"親友"の心配そうな顔。

今は何日だろう?

いや、あの日から何日たった?


『それで、本当にいいのか…?』

『…』


動かなくなった右足。

引き離されかけたその手。

泣き叫んだ時に現れたのは、遅すぎるぐらいの助け手で。


『…この足で、何が出来るんだよ…』

『幸人…』


――――ゆきとくんなら、安心して預けられるわ。


義母の優しい声が、虚ろに聞こえた。

彼らが亡くなったあの日、泣きじゃくる彼女を抱えながら俺は誓ったのに。

何があっても彼女を守ると、そう誓ったのに。


『何もできなかったわけじゃないだろ? お前はちゃんと、俺に』

『でも実際助けたのは、お前だろ…?』


彼女を庇いながら、俺が出来たのは彼女を傷つけさせない事だけだった。

複数の人数に対処できるほど俺は強くなくて、時間稼ぎはあっという間に終わりを告げて。

俺は、無様に転がる事しか出来なかった。


相手が性質の悪い大人だったとか、そんな事はどうでも良かった。

たったひとつ、守りたかったものが守れなかった。

俺の中に残ったのは、そんな後悔だけだった。


『…わかった』

『…』

『だけど幸人。あの子は多分、諦めないと思うぜ?』


苦笑しながら、親友の気配が遠ざかる。

わかってる。

そう、呟いた声を聞くのは誰もいなかった。







「アリスじゃないか。久しぶり」

「…っ、ゆ、りす…?」


第二師団と合流して二日。

指揮との連携はファティマとトリスに任せ、みゆきとダイチに師団編成を見せて回っていると、見知った顔を見つけた。

数少ない声をかけられる友人に声をかけると、アリスは少し驚いた後にキョロキョロと周りを見た。


「え、っと…ファティは?」

「ファティマなら団長おにいさんのところだよ。俺は口出しする処でもないんで、勇者連れて敷地内を見学中」

「あ、そうなんだ。後ろにいるのが勇者様?」


俺の後ろについてきていた二人が顔を出すと、アリスは人懐こい笑顔で彼らに笑いかけた。

その顔はいつも通りで、どこもおかしな様子はない。

さっきの驚きようはなんだったんだろう?


「えーと…? ふたり?」

「右が勇者のダイチ。左が、彼と一緒に召喚されてしまったみゆき、だよ」

「ええ…二人召喚されることなんてあるんだ…!」


まだ末端には情報が行っていないようだが、アリスは気にすることなく二人にそれぞれ握手を求めている。

挙動不審になっていた二人も、アリスの様子に緊張がほぐれたようでそのまま受けていた。


「第二師団は初めて詳しく見たけど、またずいぶんいろんな人がいるんだな」

「んんー? そうね、第一は近衛から補佐が入るくらいの師団だものねぇ。第二は一度人がごっそり抜けたのもあって、結構雑多な師団になってるわね」

「ああ、なるほど」


3年前の魔の森の闘争で失われた第一師団の戦力は、第二師団からも補填されたのだろう。

当然第一に行く者は身分が高くなるので、その分第二師団の方は幅広く集められた、と考えられる。

道理で傭兵上がりかな? と思うような人間が多いはずだ。


「ま、でも団長がしっかりしてるから特に変わった事はないわよ? 逆に平民が多いから、私にとっては気楽な部類だわ」

「ああ、そうなのか?」

「ええ。あー、そうそう。オルトもここの配属になってるわよ」

「へえ」


懐かしい名前を聞いたので、ついでに近況も聞く。

その間手持無沙汰になっていそうなみゆきにノエルを引き渡しつつ、アリスに向き直る。

あいつに最後に会ったのは、確かひとつ前の選抜大会があった学生の頃の話だから…相当前だな。

第二師団所属だったのか。


「第二配属って事は、強くなったんだなぁ」

「馬鹿、何言ってんのよ。選抜大会でファティと優勝争いしたじゃないの」

「えっ、そうだったっけ!?」

「…あんたね…」


ファティマが選ばれた大会は、優勝決定戦も俺はこの目で見ている。

確か相当白熱した戦いで、どちらかが選ばれるかわからないくらいの激戦だったはずだ。

だが、最終決戦で選ばれた相手は確か…。


「……覆面、してなかったっけ?」

「え? 直接は見に行ってないからそれは知らないけど…」

「それに名前も確か出てなかったはずだぞ」


そう。

たしか、覆面していて名前も伏せられていたのだ。

勿論あの大会でそれなりの成績を収めた時点で勧誘が行ったのだろうし、その時にはちゃんと名乗りを上げたと言う事なのだろうが…。

あの準優勝者何がしたかったんだろうと思った記憶しかない。っていうか。


「あれが、オルト、ねえ…?」


こうして話している間も、違和感しか感じず俺は盛大に首を傾げた。

オルトは不器用で、結構単位をぽろぽろ落として落第していた典型的な落ちこぼれだ。

頼まれれば勿論勉強だって手伝ったし、同室でいる間はそれなりの仲であったが…。

距離を取ってきたのも、いつの間にか離れて行ったのもアイツの方。

アリスはずっと付き合いがあったようだが、俺にとってアイツは遠くて近い、ただの知人といった距離だった。


「…アイツも浮かばれないわね…」

「んぁ?」

「なんでもないわ。まあ、特にアイツから声をかける事はないと思うけど、ユリスももうちょいアイツを気にしてあげなさいよ」


とりあえず頷くが、アリスの言葉の意味がよくわからない。

まあ知人だし、顔を見ればこちらから声ぐらいかけるけれど、何が言いたかったのだろう?


「ユリスさん、さすがにそろそろ行かね…行きません、か」

「あ、悪い悪い。次、行こうか」


さすがに話し込み始めた事で、視線が段々うるさくなってきた。

居心地が悪くなったのだろう、声をかけてきたダイチに謝罪しながら、俺はアリスに手を振る。

この辺りは騎竜師団メンバーばかりのようで俺にとっては顔見知りが多い居心地は悪くない場所だが、好奇心の目の方が多いから彼らはあまり長居はしたくないだろう。


「じゃ、また戦場で」

「会ったらよろしくね~」


あっさりと手を振り返してくれるアリスに別れを告げ、俺はファティマと合流するべく進路を変える。

その時、目の端に気になる顔が目に入り、俺はそのまま足を止めた。


「あれオルトじゃないか?」

「え、いた? …ん?」


そこに確かにオルトはいた。

覆面はしていないが、頭にはバンダナを撒いていて、どうやら女性と話しているようだ。

その表情は真剣で、おそらくは打ち合わせの最中か何かだろう。


「んー…話し中みたいだし声はかけないほうが良さそうだな。じゃあな、アリス」

「あ、はいはい~」


横目で見つつ移動した時、視線を感じたのは気のせいだろうか?

あの女性もどっかで見た気がするんだけどな…と思いながら、俺はそのまま足を進める事にした。

おや? オルトの様子が…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ