勇者と魔王(後編)
前編後編の時は必ず後編が短い(ry
『お前はいつもそうなんだ!』
叫ぶ声が、泣きそうな顔が、辛そうなその瞳が。
真っ直ぐ俺を射抜く。
何故俺だったのか。
それは、俺にもわからないけれど。
『いい加減、認めろ。腹が立つ!』
例えばそれは、本当に些細なこと。
初恋の彼女が、たまたま好きだったのが俺だったり。
同じ事をしていたはずなのに、評価を受けるのが俺だけだったり。
俺のためにした事が、彼にとっての不幸になってしまうことだったり。
俺にとっては、取るに足らない小さな"幸運"が。
誰かにとって、渇望の対象になりうることを俺は知らなかった。
小さな小さな積み重ねが、相手の心の奥底にたまっていくものだと、俺は気付いていなかった。
『そんなの、仕方ない事じゃない…!』
そう言い切った彼女は、きっと正しかった。
俺を庇うように立ち、彼に毅然として立ち向かった彼女は、とても綺麗で。
―――――――けれど誰よりも残酷だった。
理屈で割りきれないことなんていっぱいあるのに。
いつだって彼女は俺の味方で、けれど親友が俺の敵だったかというとそれは多分違う。
違ったからこそ、俺は気付けなかった。
自分が見たくないモノ、やりたくない事を押し付け続けていたのだと、気づいた時には遅かった。
ふらりと階段の端へ寄って行ったあいつに、違和感を覚えたのは一瞬の事。
"親友"が、誰よりも彼女を好きだった彼が、彼女に手を出すと思っていなかったから。
だから遅れた。
まずい、と思った時には手遅れで、俺は何を考える間もなく、走り寄りその手を掴んでしまっていた。
『離せ!!』
乱暴に振りほどかれた手が、その勢いが。
襲いかかったのは俺ではなく、同じように近寄って来た彼女に対して。
『…みさと!?』
『あ…ッ』
普段であれば、バランスを崩す事などなかっただろう。
偶然が重なった、予想出来なかった事故。
ふらりとよろめき、彼女は自分のお腹を庇ったまま足を踏み外す。
『―――ゆき、ちゃ…っ!』
踏み出さなければ届かない距離。
動かない右足は咄嗟の行動を阻んだけれど、踏み出す事は許してくれた。
だから俺は飛んだ。
迷うことなど一瞬もなく。
ただ、彼女の手を掴むためだけに。
☆
「なんであんな夢見たんだか…」
はあ、とため息をついた。
死ぬ直前の事は覚えているが、あまり思い出したくない事でもあった。
あの時の事を一度として後悔はした事はないけれど、それでもやるせなさは俺に残っている。
この手で、叶わない約束をした事が。
今でも、俺の中に残っている。
「兄上? どうしたんです、指輪を見つめて」
「んー…昨日のファルさんの話を思い出して、ちょっとなー…」
夢を見た理由はわかっている。
前勇者―――ファルさんが、俺たちに告げた言葉は、それほど重い事だったのだから。
『勇者と魔王は、同じ世界から召喚される』
『理由は知らん。ただ、対立した関係そのままに、同じように召喚されるのだと…俺は、身をもって知った』
前勇者が語った事は、書物には載っていない事。
勇者だからこそ知れた…そんな、現実だった。
『俺は召喚される前、弟と跡目争いをしていた』
そう、語り始めたファルさんは弟との確執を、そして自分が跡目に選ばれた事を、教えてくれて。
それを認めないと叫んだ弟さんが…目の前で、消え去り。
そしてしばらくして、自分もこの世界へ飛ばされたのだと、そう語った。
『洗脳されていない俺に、神官は最初気付かなくて。…知りたくない事まで俺は知った』
『魔王は倒したい相手を勇者として呼ぶのだと。…その関係は密接なもので、昔の勇者の中には魔王を倒せなかったことも、あったらしい。…それで考え出されたのが、洗脳だったんだろう』
勇者が魔王を倒せなかった時は一体どうなったのか。
そこまでは窺い知る事が出来なかったが、それでも、ファルさんが語った内容は衝撃的だった。
『俺はアイツを倒した。―――この世界のためではなく、俺が生き残るために』
『アイツが望んだのは跡目でも何でもなく、俺の死だったからな』
『結果として洗脳がなくても魔王を倒した俺は…勇者として、史実に残った。―――が、まあ、神殿との仲は最悪でな。あの世界には戻れないのだろうと思っている』
戻せるかどうかも知らない、と彼は話を締めくくった。
そして神殿は信用が出来ないとも。
『どうなってああいう組織になったのかも知らんが、この世界に関係ない俺らを呼び、この世界のためだけに同郷の…場合によっては、勇者にとって一番大切な魔王を倒せと言ってるんだよ奴らは。俺らの都合なんぞ関係ない。俺がこの世界を救ったのは、別にこの世界を守りたかったわけじゃない、ただ、死にたくなかっただけだ』
『お前にとっての"対立者"…魔王が誰かは知らないが、知人…いや、親しい人間が相手になる事は、覚悟しておくといい』
そう、ダイチにも告げて。
彼は俺たちに滞在許可をくれた。
「…ファルさんの話、どこまで本当なんでしょう…」
「殆ど嘘はついていないように思ったな。…大体彼が嘘をつく必要もないと思った」
「…です、よね…」
トリスは内容が内容なだけに、気持ちがついてきていないようで、しばらくぼーっとしていた。
まあ、トリスは神殿に対して不信感はあっても現実的に何をされていたわけでもなさそうだからなあ。
俺は無神論者だからさっぱりだが、思うところがあるのかもしれない。
「それよりも問題はダイチだな」
「心当たり、ありそうでしたもんね…」
ファルさんの話が終わった後のダイチの顔色は、酷いものだった。
明らかに、何かを察したと思える顔色に問い詰められるのは憚られてそのままみゆきが支えていくのを見送ってしまったが…。
彼にとっての心当たりは、誰だったのだろうか。
みゆきは心配そうにしているだけで、特に何も変わらなかったので…。
心当たりがなさそうなみゆきではなく、ダイチが勇者なんだろうなあ、とは思ったが。
…嫁の様子を知っているだけに、うっかりみゆきが勇者の可能性が否定できないのが…怖いな。
「まあ、考えていても仕方ない」
「そうですね…」
「ダイチ達は自分の世界へ帰るために。俺たちはこの世界を救うために。…目的自体は変わっていないんだから、やれることからやるしかない、だろ?」
窓の外には、水しぶきのあがる快晴。
噴きあがる水に囲まれたこの都市で、俺たちはまず。
修行より朝食を取る事にした。
…あ、ちなみに。
この都市、外門の中にもう一つ通用門みたいなものがあり、そこ以外は水が邪魔して入れないようになっている。
魔力スポットの水は触れられるが通り抜けられないらしい。
最初水しか見えなくてこの都市はどう入るんだ…と悩んだ昨日が何日も前のようだ、本当に一日が濃かったな…。
ようやく前世死亡時の状況が出てきました。
いろいろリンクして行くので、もし描写不足があれば一報下さい。
追記:名前がぶっちゃけグダグダに混じってたので訂正しましたorz
リザードマン兄(前勇者):ファル
弟(魔王):ガラク
です。




