勇者と魔王(前編)
「………水だな」
「水ですね」
「水以外の何物でもないな」
門をくぐると、そこには街があるはずだった。
が。
目に入ってきたのは一面の水。
水というか…滝というか…。
「…水の魔力スポット…?」
勢いよく上に噴きあがる水を見て、俺は思った。
街どこですか?
☆
ファルリザードは輸入輸出が盛んなので、人族の商人は案外多い。
また、他種族を受け入れているだけあって人族であっても特に警戒されずに入れるのがいいところだという。
まあ、要するに人族の国は人以外の受け入れは厳しいが、逆は違うと言うそれだけの話なわけだが。
勇者と会うのも楽ってどういう事。
普通勇者と会うのってこう何日も並ぶとか!
逆に何か必要とか!
そういうイベント必要なものじゃないんですかね?
「ふむ。お前たちが今回の勇者か。よく来たな」
という事で目の前にリザードマンのおじちゃん? お兄ちゃん?
がいます。
本当に上半身リザードなので、表情読めないというより性別も年齢もさっぱりわかりません。
でもこの気安さから行ってあまり気難しい人(?)ではなさそうである。
「お会い出来て光栄です」
「お時間を取っていただきありがとうございます」
とりあえず会話は俺とトリスで進める、と話し合った通りに二人でそれぞれお辞儀する。
相手は前勇者だし、敬意は払って慎重に行かないとだよな。
ここに通されるまで特に敬語を強要されたり変な視線で見られたりはしなかったので、特に警戒はしていないが。遠巻きにはされたけど。
「んー……とりあえず勇者はどいつだ?」
「ああ、えっと…」
「俺だ…いえ、俺、です」
ダイチが若干緊張しながらも、答える。
話し合いになるにあたり、とりあえず勇者はダイチが名乗ろうという事になったのだ。
女性が勇者となると何か発生した時に危険すぎるし…向こうの世界で剣に近いものをならっていた(恐らく剣道だな)との申告もあった事で、ダイチが名乗る方が無難だと俺たちの意見が一致したためだ。
「ふむ。後、神官はどいつだ?」
「いません」
「は? いない?」
驚いたのか、首がこてんと傾く。
中々愛嬌のある仕草で和みかけたがちょっと待て。
神官って勇者PTについてくるものなの? 初めて知ったんだが。
「…神官とやらについてきてここに来たんじゃないのか?」
質問が続くが、意図がわからない。
だがここは別に隠すところでもないなと判断し、素直に答える事にする。
「ここに来たのは勇者を修行するためで、神官はついてきてません」
「修行?」
「はい。御迷惑でなければしばらく滞在して、勇者を鍛えたいのですが」
どうでしょう、とこちらも首を傾げると前勇者の首が逆に傾いた。
……。
表情は変わらないが、何か仕草が飄々としていて可愛いな。
しかし疑問点がどこかにあっただろうか。
「……その話の流れで言うと、神官に勧められたとかでもなさそうだな?」
「え、と。全く関係ないですね」
「じゃあ神官とか来ても追い返してもいいか?」
追い返す?
追い返すってどういうことだ。
前勇者も神殿と折り合いが悪いとかそういうオチ??
「別にかまいませんが…まあむしろして下さい…?」
言い切っていいのかどうかに迷い、疑問形で答えると前勇者は納得したのか、こくりと頷く。
そしてあっさりと、爆弾発言をしてくれた。
「どうやら洗脳はされてねーみたいだな」
……。
うん、あっさりすぎて、逆に聞き逃しそうになった。
洗脳て。
言いたい事はわかるけど勇者から出る台詞でこれほど物騒なものはちょっとなくないか!
「…ちなみにお聞きしますが、洗脳とは一体」
「んん? わかってんじゃないのか? 人間の国の神官ってホントろくなもんじゃないよな」
「はあ」
答えづらい…!
答えづらいよ前勇者様…!
魅了を神子に使われた時点で覚悟はしていたものの、直球で神殿に関して言われると重みが違いすぎる。
「あん? 気のない返事だな」
「はあ。まあ、あまり神官に対しての言葉は避けたいところなので」
「ふうん? 神殿大好きか?」
「大嫌いですが」
あ。
「兄上それは直球すぎてどうかと思います…」
「ええと…すまん…?」
「はは、気にすんな。俺も大嫌いだ」
ええと。
この人召喚したの、神殿だよね?
いいんだろうか。いいか、洗脳とかあっさり言ってるし。
「ええと…出来れば認識をすり合わせたいのですが、いいでしょうか」
「認識とは?」
「ハッキリ言いますと俺は神殿が大嫌いで、召喚された勇者連れて1日で飛び出してきた訳ですが」
「おお。やるなあ。俺は逃げ出すのに1カ月ぐらいかかったぞ」
「まあ、この世界の住人ですし。…で、確認したいのですが、神官は勇者に対して何かするんでしょうか…」
まず聞いておきたいのはこれ。
追いかけてこられても勇者に対して何か起こせるわけない、と思っていたから脱出を強行したのだが、合流した後に何かされるのであれば出会うことも避けなければならない。
前勇者から聞くべき事項としてはこれはまず最優先になる。
魔王の事聞きに来たはずなのに。
どうしてこうなってんだ!
「んー…俺が召喚されてまずされた事が、いかに神殿が偉いかを詰め込んでくるって事だったからなあ…」
「はあ?」
「俺は魔力はないが、魔法は効かないんだ」
「え? 魔力がない?」
ここにいるだけでも、勇者からは魔力の片りんみたいなものを感じるのに。
ないってどういうことだ。使えないって事か?
そして魔法が効かないって、それは…。
「真っ先に洗脳魔法かけられたぜ?」
「……」
「効かないとわかった後は、まだ若いって事で知識としてすりこもうとしてきやがったさ。まあ、その頃には態度も相まって俺にとって敵だと思ってたんで、適当なところで逃げたけどな」
「はあ…」
「いやあ、そもそもこの国リザード種とか希少だったからどこ行ってもばれるしすっげぇ苦労したぜぇ? そもそも身分証に未成年とか書かれたし、ホント仲間に恵まれなかったら死んでたかもな」
次々飛び出してくる神殿の悪行に既にお腹いっぱいなんですが…。
いったいなんだって神殿はそんな事してるの?
ずっと思っていた疑問だが、勇者の意識まで変えてくるという現実に寒気しか起きず、俺はまっすぐ前勇者の目を見る。
「つまり仲間はともかく、呼びだした神官は勇者に対して、服従に近いものを求めると?」
「間違いなくな。いまでも時々、神官が紛れ込んでは暴れてくるんで妙な奴らが来たら俺が会う事にしてる」
「あ、なるほど」
なんですんなり会えたのかがさっぱりわからなかったのだが、こう言う事だったのか。
それなら遠巻きにしていたことも、刺激を与えないような動きをしていたことも、察しが付く。
「…理解出来ました、ありがとうございます」
「どーいたしまして?」
「もうひとつお聞きしたいのですが、勇者を服従させる理由ってなんだか察しがつきます?」
「……権力的な問題じゃね?」
確かに。
いまだここの国は不可侵であり、神殿が権力をふるいたいと思ったならトップである彼を洗脳? する事は考えられるが…。
でもここは、人の国じゃない。
神殿の魔力至上主義を考えると、単純に服従させたいというなら疑問がかなり残る。
大体現勇者に対してもそれをやる意味がわからない。
魔王を倒した後の事を考えてるって事か?? なんか気の長い話だな。
「……本当にそれだけです?」
「いや、勿論冗談だが」
「は?」
あっさり最初の意見を翻した彼に、思わず口から疑問符が飛び出る。
やばい、大分素になってきた。
元々こういう砕けた相手に敬語を使うのって苦手なんだよな…。
「勇者を洗脳するのは、確実に魔王を倒すためらしいぜ?」
「ええ…??」
ずっと黙りこんでいたダイチが、彼の台詞に反応する。
魔王を確実に倒すために洗脳が必要?
なんだそれは?????
「どうせ俺に魔王に関して聞きに来たんだろ? ちょっと長話になるけど、聞いてくれよ」
「ああ、えっと…俺たちは別にかまいませんが…」
姿勢を楽にしろ、と言われて全員が体勢をそれぞれ崩す。
運ばれてきた酒らしきものを煽り、前勇者はさらなる爆弾を投下する。
「―――――魔王はな。勇者と、同じ世界から召喚されんだよ」




