密会
タイトル詐欺
5人別室に入り一息。
トリスがまずしたことは、防音で結界を張ることだった。
念入りに侵入者がいない事と聞いている人がいない事を確認し結界を張るトリスに苦笑が漏れる。
「これで、よし!」
「また随分念入りにするんだな」
「ちょっと召喚前に嫌な事があったので」
言葉少なに結界の持続性を確かめ、トリスがソファに勇者二人に腰掛けるように頼む。
俺たちは3人で向かい側だ。
ところでなんで俺が真ん中だよ?
「嫌な事…?」
「…兄上、それは後で話します」
「……」
それはさっきの神子の様子を言ってるんだよな…?
召喚の儀式の前からトリスの顔が強張っている気はしていたが、何かあったのだろうか?
「では改めまして自己紹介から、いいでしょうか?」
「あ、はいっ」
ぶすっとむくれつつも、ダイチ君も事情は気になるのか目線はこちらを向いている。
みゆきの返答にトリスは頷き、名前と事情を説明し始めた。
「―――魔法のある世界、ねえ…」
「ファンタジーだねー」
ところどころ聞こえる声はまったりで、緊張感はない。
…大丈夫だろうかこの二人。
召喚理由等を一通りおさらいした後、話は先ほどの事にうつる。
「ええと…ユリスさんは、何か問題が?」
「ああ。この世界…というかこの国は魔力至上主義でね。魔力が使えないと、扱いが酷いんだよ」
「!」
ポカンとする二人は実感がないのだろう、すぐに二人とも眉をしかめている。
まあ、そうだよなあ。
日本人じゃ特にピンとこない気がするしね。
俺も20数年間暮らしてるから慣れたけど、実質前世の事がなかったら俺は確実にグレていたんじゃなかろうか。
それぐらい、扱いに難がある事は理解している。
「え…っとじゃあ、俺たちは?」
「魔法が使えるのでしょうか?」
勇者ズが当然の疑問を口にする。
この辺りの事は俺が説明した方がいいだろう。
どう説明しようか思案しているトリスに代わり、俺が召喚に関して説明することにする。
「基本的に『勇者』は、魔法が使えるよ」
「じゃあ、俺たちのどちらかが勇者なのであれば、それでわかるんじゃ?」
「それは無理かな」
『勇者』は総じて、魔王の対になって召喚されるものだ。
魔王が魔法を使えるなら当然勇者も使える。
それは、子供でも知っているような当たり前の事で。
「そもそも魔力がない人間って、この世界では存在しないんだよね」
「えっ」
「だから、この世界に来れるって時点でどちらも使えるはずだよ。そして魔力の強さに関しては…」
「関しては?」
トリスを見ると、トリスは軽く頷く。
彼なら恐らくやっていると思ったのだ。
「一応計測もしたけど、二人ともかなりの魔力総量ですね。殆ど違いはありません」
「「!」」
「勝手に測ってすみません。でも、何かをしなくても魔力の強い人間は空気だけでわかるんですよ」
人によっては抑える事で殆ど計測させない人間もいるし、トリスは制御もできるようだが…。
召喚されたばかりの人間が抑えること等出来るはずもなく、非常に駄々漏れだったようだ。
計測には魔力を使うみたいで俺は察せないが、それでも雰囲気や触ったりすればわかる事も多い。
「まあ、世界を越える事で…付与されるのかもしれないけどね」
「そうなんですか?」
「うん。だから召喚される時は異世界からなのかもしれない、という推論は読んだことあるな」
「へええ…」
俺が、みゆきたちが住んでいた日本には当然魔力なんて存在しなかった。
それがどういうわけか召喚されたら魔力が強い状態でやってくるのだ。
学生時代に読み漁った、ただの戯言だったが案外的を射ているのかもしれない。
「とりあえず、俺たちはどうすれば?」
ダイチがみゆきを見つつ、聞いてくる。
そうか。
まず基本から抑えないとだよな…。
「魔力の制御は必須ですよね?」
「剣の扱いもだろう」
「言葉は、召喚の際に付与されてるらしいから問題ないとして…一般知識もいりますよね」
「そうだな…そうなると、旅の準備とかも…?」
トリスとファティマが顔を見合せながら、次々と口に乗せていく。
最初はぼーっと聞いていた二人も、まるで違う世界という事にようやく気付き始めたのか、なんだか段々雰囲気が落ち込んでいく。
「二人とも、待て」
彼ら二人は真面目に言っているのだろうが、ぶっちゃけ真剣すぎて怖い。
勇者二人は眉をハノ字にしてこちらを見てきた。
うんしまった。
どう考えても話を急ぎすぎだろう。
「兄上?」
「ユリス、何だ?」
二人は当然のことを要求しただけなのだろう、特に何かを感じているようでもない。
だが、彼らはまだ子供なのだ。
いきなり戦え、いきなり制御しろ、剣を持てと言ったところではたして実感が持てるだろうか?
俺は否だと思う。
勿論ここは、神殿。
数ある勇者を育て、魔王を討伐出来るようにしてきた施設、ではあるが…。
悪いが俺はここに長くとどまる気はないのだ。
「とりあえず旅をしつつ、二人の面倒は俺が見るよ」
「「えっ」」
「道中の魔物とかはお前らだけでなんとかなるだろ。俺はまずここから出たい」
仕組みに関してはさっぱりだったが、召喚陣を見れたのは収穫だった。
だが、それだけだ。
あの神子といい、あの意味のわからない様子といい、長居していい事など、何も思い浮かばない。
召喚陣については心にメモってあるので後で紙に書いて解析しないととは思っているが…。
「あ。あのー…ずっと気になっていたんですが…」
「ん?」
みゆきが何かを言いたげに、手を挙げる。
ダイチはみゆきを止める気はないのか、そのままなので彼女は当然の疑問を口にした。
「神殿…って悪い人たちのいる処なんですか?」
その後俺の鬱屈に近い愚痴が火を噴いたのは言うまでもない。
☆
とりあえず出発は明日にしようと言う事になり、勇者二人の部屋から引き揚げた。
彼らは男女なので部屋を別にするのかと思いきや、神殿のあれこれを吹き込まれたみゆきが非常に一人でいるのを怖がってしまい…。
結局ダイチはそのまま、みゆきはファティマの部屋に連行されていった。
「で? 何があったんだ?」
本来ならダイチも俺らの部屋に連れてくるのかと思いきや、こっそり嫌がったトリスがいたので置いてきたのだが…。
トリスは俺に何を伝えたいのだろうか。
「あの神子…信用、出来ません」
「ふむ」
それ、滅茶今更だと思ったんだけども。
トリスは非常に暗い顔をしていて、とても茶々が挟める雰囲気ではなかった。
ううん?
「あの神子…儀式の前に、『魅了』使ってました…」
「『魅了』???」
魅了と言えば。
相手に言う事を聞かせやすくするような、そんな…。
え。
「魔法使ってたのか!?」
「そうです」
神子が使うものは、魔法とは違う。
それは召喚陣で感じていたことだった。
召喚は神様の力を下すモノ、と説明された通り彼女が勇者たちを召喚した時に感じた力は魔力とは別物で…その時ばかりは、ああちゃんと神子なんだ、と思ったものだったが…。
魔法も使ってるってどういうことだ。
普通に魔力を持っている、というのはわかるのだが神子が魔法を使って魅了をして、いったい何をする?
俺たちに何をさせる気だったんだ?
「…しかも一般的な魔法じゃなく、恐らく遺物レベルのモノ」
「!」
「僕は勇者の代表として選ばれたとはいえ、古代言語を、それも一般的には使わないようなものを習得しているような段階だとは思われていなかったんだと思います。…小声とはいえ堂々と使われましたから」
古代言語は上位魔法に使用する言語である。
当然その内容も多岐にわたり、発音を含め語彙が多すぎて知らない言葉は古代言語と理解出来ない事すらある。
まあトリスの年齢を考えると早々殆どを習得しているとは…確かに思われ辛いかもしれない。
うん、うちの家族確か男3人全員使えた気がするけどね。
どう考えても特殊だから、恐らくはこっそり相手を支配したかった…とかそんな目的だろう。
「…どちらにせよ魅了は、相手に好意を感じていないと効かないモノなのですけど…」
「まあ、そうだろうな」
「彼女は恐らく、性的な好意を増幅させるんだと思います。…まあ、効果は確かに高そうですけど」
吐いて捨てるような声に、俺は目が丸くなった。
おい弟。
一体神子になにされてたんだ。
「お前は大丈夫だったのか?」
「少なくとも僕の中では好意が微塵もありませんでしたから、全く。この神殿に来てから何度か声をかけられては、兄上の悪口に近いものを吹き込まれてましたし、むしろ好意どころか嫌悪しか感じません」
「ああ…」
神殿がやっていた事を思い出し、なるほどと思う。
トリスが普通の貴族なら、当然魔力の使えない兄なぞ馬鹿にしていると思っていたのだろうな…。
そこを突いたつもりが、逆に仇となっていたとかいうそんなオチ?
ところで性的って事は他にも何かされかけたんだろうか。
「一応、探ろうと思ってにこやかには聞いてたつもりなんで。…儀式の時に、詰めのつもりで言ってきたのでしょうね」
…ふ、と笑う弟の目が怖い。
もしかして、といかもしかしなくてもコイツ神子嵌めたんだな?
お兄ちゃんちょっと、君の未来が心配になってきたんだが。
素直な弟とは思えない所業だな。
「…兄上は特に愛嬌をふるまわれていた気がしていましたけど…、兄上も平気そうでしたね?」
「だってあの神子気持ち悪すぎる」
「き、きもちわる…?」
「ああ。人を人とも見ていない目で見られて好意なんて感じるわけがないだろう」
ぽかん、と口を開ける弟。
あれ、俺なんか変な事言った?
「ええと…? あの神子、兄上にとても秋波、かけてましたよね…?」
「いや?? トリスには媚びてたのはわかったが名前すら呼んで来なかったぞ?」
「………」
弟は首を傾げているが、俺は空気として扱われた覚えしかない。
神子って一人だったよな…?
しかも俺が一人でいた時間なんて殆どないのに、よく弟に根回しなんて出来たな。神殿怖い。
どうなってるんだかよくわからんが、言える事は一つだな。
「とりあえず神殿には関わらん方がいいな」
「それは同意です。…早めに出発しましょう」
話がさくっとまとまったので、翌日早朝。
俺たちは逃げるようにして、召喚陣のある神殿から抜き打ちのように出発した。
タグに鈍感主人公を入れるべきか迷った
鈍いのは神様のお墨付き。




