仲間-ファティマ-
勇者召喚編スタート、です。
最後まで走りきれるといいなあ。
俺は今、猛烈に呆れている。
「……で?」
目の前にはしょぼん、と正座する男女。
一人はトリス・カイラード。
もう一人はファティマ・ソーガイズ。
俺のPTメンバーである。
横に目線を映すと、焦げ付いたと思われる道具。
爆発でもしたのかと思われる形跡。
「なんで料理一つでこんな大惨事になるんだ…ッ!」
「「ごめんなさい」」
ハモる声に、俺は呆れる事しかできない。
「ファティマが壊滅的なのは知っていたけど、トリス」
「う、はいっ!」
「出来ないなら出来ないと、最初から言っておけ。道具を次の村で買い直さないといけなくなったじゃないか」
「ご、ごめんなさいぃぃ…」
もっと出来ると思っていたんです、と呟くトリス。
魔術師の実習って、こういう実習ないんか…?
騎士養成学校では普通に料理、させられたもんだけどトリスは身分が高すぎて逆にやらせてもらえなかったオチだろうか。
そしてファティマは壊滅的すぎて早々に俺が彼女の分も代理でやるはめになっていた事を思い出す。
ああ、懐かしい。
「ファティマもだ」
「う……」
「手を出すと壊滅的になる事はわかっていただろう。俺は何度、手を出すなと言ったっけ?」
「ごめんなさいぃぃ……」
米つきバッタのように謝罪を繰り返す二人に、俺は溜息をつく。
駄目駄目な二人の相乗効果で、料理道具はほぼ壊滅。
これでは次の村まで、せいぜい焼き肉程度しかできない。
マジ無理。料理好きなのに。
こんなんでこの二人、どうやって召喚陣のある場所まで行くつもりだったのか。
俺以外常識のかけらも見当たらないじゃないか!
どうすんだ!
ちなみに俺は、騎士学校の実習でのポイントは高かった方だ。
料理の点数は特に高く、皆から高評価をもらっていた。
テントの張り方も、結界の張り方も、知識だけなら任せろ状態。
…変な手合いがなければ、だけどな。
あと俺が自分で料理するのには理由があって…。
「兄上が作られる料理は独創的で美味しいのですが、たまには違う味にしようか、と…」
「少々甘いな」
…まあ、そういうわけである。
この世界、味付けが塩辛いのだ。
日本人ならば覚えがあるだろう。甘辛が主流であり、醤油がどれだけ美味しいかを。
この世界、さすがに醤油ないのである…。
俺はといえば和洋折衷で料理は作れるので、塩砂糖酒だけでもあればそれなりの料理は作れるのであるが。
魚系のだしを使う料理を作るとすごく驚かれる。
でもさあ、味のレパートリー少ないんだからそれくらい使えよって話なんだよなー。
海が遠いので魚料理も少なめだしさー。
そんな俺はと言えば、小さい頃劇辛物が普通に出てきて吃驚した以後は、『お子様味覚』を貫いている。
いや、生前(?)は辛いもの、好きだったんだけどさ。
それが主流の食事はちょっと勘弁して頂きたかったんだ……。
そんなわけで甘いものが続いたせいでこの暴挙になった模様。
いや、口で言えよ。
「別にお前ら好みでつくろうと思えば作れる」
「「えっ」」
「当り前だろう、この5年間殆ど遠征しかしてないんだぞ? それくらい出来なくてどうするんだ」
ちなみに駆け落ち騒動後、俺は近衛に戻れないかと思っていたが…。
なにをどうやったものか、お咎めなしで戻ってきていた。
なんというコネ押し…。
まあ、第一師団のメンバーは、サルートとクララが結婚した事で大体の理解はしていたみたいだしね。
アルフに誤解の上闇打ちを受けたのは今となってはいい思い…いや、さすがにあれはいい思い出ですまされんか…(遠い目)
まあそれはともかく。
黒騎竜の機動力がなくなったために行軍に支障が出たのもあるが、それ以上に第一師団と魔術師師団の末端が受けたその被害は多く、一人でも多い騎士の確保が望まれたのも一因だろうなー。
まあ、戻ったんだからどうでもいいけど。
で、近衛から勇者PTへ任命された俺は、今何をしているかと言うと。
3人で召喚陣へ向かっているところである。
あれ、送る人は? と思うだろう。
うん、全部断った。
そもそも勇者ってPTのみで動くから、他がいると邪魔なだけだし。
多少危険な場所は通るけれど、それくらい処理できなかったら魔王討伐なんて夢のまた夢。
むしろ神殿関係者が近づいてくる方が怖いので、送りも迎えも丁重にご辞退いただいたのだ。
「じゃあ何故今まで…」
「俺の味覚が一般的じゃないのを忘れてた」
「……」
いやあ。
うっかりするんだよね、俺は俺的に美味いと思う味で作っちゃうからさ。
はっははー。
「まあ、トリスは少しずつやれば出来るようになるだろうし気長にやろう」
「わ、私は?」
「……悪いけどファティマは絶対触らんでくれる?」
「………」
がっくりする彼女には悪いが、彼女の壊滅的な料理に付き合うほど優しくはないんで俺…。
ってか召喚まで結構強行軍だからこそ、人を減らして動いているとも言えるのだ。
一々料理関係で近くの村に寄っていたら真面目に間に合わなくなる。
「え、えっと…だ、大丈夫ですファティマさん。料理が出来なくても生きていけますよ…!」
「……」
弟よ。
そしてその慰めはきっと逆効果だ…!
「…私はそんなに駄目なのだろうか…」
「え、あの、そういう意味じゃ、ええとおお!」
さらに落ち込むファティマに、おろおろするトリス。
最近よく見慣れてきた光景に目を細めつつ、俺は厳かに予定を決める。
「朝飯は無理そうなんでまあ、もう出立しよう」
頷く二人が馬に乗るのに合わせ、俺も手早く使えそうな道具をひとまとめにしてノエルに括りつける。
街道で感じる光は、初夏の日光。
暑くなりそうな日差しに嘆息しながら、俺は出発を告げた。
☆
その、夜。
野営の見張りをしていると、一人近づく影があった。
「…どうした? 眠れないのか?」
王都からでて早10日。
行軍1カ月と言われている距離だが、3人という少数精鋭の動きのため、予定よりは早く着けそうである。
それでも街道沿いで野営する事は少なくなく、今日は村ではなくて野営になった。
「……いや、もう寝た」
「1時間ほど早い」
「……わかっている」
ファティマが火の番をする俺の横に座る。
トリスがいるので結界陣を組んで寝れば正直見張り番は必要ないのだが…。
いつどこで何が起こるかもわからない状態では、あまり魔力の使用を随時するのはふさわしくなく。
今日は野営の番を持ち回りでする予定で、俺が最初を買って出ていた。
次がファティマで最後がトリス。だがファティマの時間までにはまだ1時間近くある。
パチ、と火が爆ぜる。
柔らかな光に照らされた彼女を見ると、ファティマは真剣にこちらを見ていた。
「……ユリスは…何も言わないのだな」
「何を?」
王都で顔を合わせた時も。
その後でかけるようになった時も。
3人で出立する事が決まった時も。
ファティマは何かを言いかけながら、口を噤んでいた。
それは、気づいていたけれど。
「…あの時の事を」
あの時。
学生時代の決別した時の事だろうか。
彼女の期待に応えられず、逃げ出した時の――――――――。
「……逃げた事をわざわざ自分から言い出す奴はいないさ」
「にげた? 何の事だ?」
怪訝そうなファティマに、俺は苦笑する。
彼女は、俺が迷惑でしかないという問いに頷いた事だけを覚えているのかもしれない。
迷惑だったかと言えば、迷惑ではあった。
けれど嫌ではなかったのだ。
それを、どう表現すればいいのだろう。
「……俺は逃げたんだよ」
ファティマの期待から。
一緒に騎士として高め合って欲しいという、その純粋な気持ちから。
だって俺は。
「…俺は騎士になりたかったわけでもないし、騎士として強くなりたかったわけでもないし、自分の限界を超えたいわけでもなかったからな」
「は?」
「だから逃げたんだ。……お前の期待から」
何を言われたのかわからない、というファティマに。
本当に気づいていない純粋な彼女に、俺は何を告げればいいのだろうと思う。
あの時は悪かったと言えばいいのだろうか。
謝ったところであの時と同じように要求されたら拒否しかしないのに?
「……お前が言っている事は…相変わらず難しくてよくわからない…」
「はははっ」
眉をギュッと寄せ、理解しようとするその姿に笑いが漏れる。
彼女はどこまでも真面目で。
どこまでも、真剣で。
―――――――――自分と正反対。
「…私はずっと、お前に謝らなければいけないと思っていた」
「ん?」
「私はお前が思い詰めている事に気づいてやれなかった。辛いのだと、無理だと、…そう告げていた言葉を軽く捉え、逆に捉え、私は取り返しのつかない事をした」
「ファティマ」
「待て、最後まで言わせろ。…私はいつも後から気付くんだ。相手に押しつけてしまった後に、すべてなくしてしまった後に、な。…だから、聞くのは嫌かもしれないが謝らせてくれ。…すまなかった…」
凛とした声で、彼女は俺にそう呟く。
謝る事を恐れないその姿勢が酷く綺麗で、それでいて痛々しい。
彼女は自分の声の弱さに、気づいているんだろうか。
「……もういいよ」
「だが」
「嫌だとは思ってなかったしね。俺も離れる事しか思い浮かばなかったのが悪いんだ。…ちゃんと伝えられなくてごめん」
「!」
ぱちん、とまた火が爆ぜる。
その音に膝の上に寝ていたノエルが、ひっくり返ってきゅぅ。と鳴いた。
「…その…」
「ん?」
「ユリスは…私が、憎くは…ないのか?」
「は??」
憎い??
聞きなれない単語にぽかんとすると、ファティマも俺の反応が予想外だったのか、慌てだす。
「え、だって、私が嫌いだろう?」
「いや別に嫌いじゃないが。むしろ好きな方だが」
「えっ!」
「いや、嫌いな奴と友達づきあいはさすがにしないだろ」
何を言ってるんだろうか彼女は。
俺は彼女に押しつけられる数々が辛かったが、嫌いだと思った事は一度もない。
憎いはどうだろうな…押しつけられた内容自体は憎かったかもしれないが…。
「…友達だと、思っていてくれ、たのか」
「え」
今度は俺が予想外の事を言われ、一瞬思考が停止した。
思っていてくれたのか、って。
…まるで最初から友達だと思っていなかったみたいな…。
「すまん、私と友達等と、あり得ない事を」
「待て待て待て」
俺と絶交状態になってから一体何があったのか。
痛ましいくらいに自分を卑下するような態度に、思考が追いついていかない。
ただ、これは言っておいた方がいい気がする。
「ファティマ、お前、どうした」
「どうしたって…」
「確かに意識の違いから絶交状態にはなったがな。俺は、お前を友達だと思ってるし、それは別に変わってるわけじゃないぞ?」
「え……」
あれから10年近くの月日が流れて。
彼女も大人になっていると言うのに、それでもその表情はあの時と変わらない。
純粋で、幼いその表情。
「…これから長い旅になるだろうし、仲直りしとく、か?」
「ゆり、す…」
「ああ、でも、修行を付き合わせるのは勘弁しろよ。無理だから」
手を差し出すと、そっと握り返してくるその手。
俺より小さくて、それでいて剣を使いこんだ、そんな手。
「……また、よろしくな」
「ああ、ユリス」
そっと握りしめながら俺は、彼女の目からこぼれおちた物は見なかったふりをした。