閑話 もう一つの歯車
…いちゃいちゃラブラブが苦手な人は逃げてー!
欲しかったのはただ一つ。
☆
「ごめんなさい」
愛しい彼女は、ただそう言う。
「…私にもっと魔力があればよかったのに」
「エリス」
「…私にもっと強さがあればよかったのに」
いつの間にか細くなった腕。
力を入れれば折れそうなそれを捕まえながら、胸だけが痛む。
「エリス、それでも私は」
「…わかってるわ」
「……」
それでもその手を離せないのは、互いに同じ。
こんな魔力いらなかったと、言ってしまうのは容易い。
けれど。
この魔力があったこそ、私は彼女に出会えた。
そして、この魔力があったからこそ、私は彼女を苦しめることしかできない。
彼女に出会えて、恋をして。
結婚をして。
子供ができて。
……ただ願ったのは、家族と暮らす幸せだけだったのに。
「…母親失格だわ」
「エリス」
「それでも私は、あの子たちが大きくなっているのが嬉しいの。時折届く手紙が、嬉しいのよ」
まったく魔力がなかったユリスと。
私より魔力が強すぎたトリスと。
彼女の中では、どちらも大切な息子。
たとえその手に触れることができなくても。
「…ユリスは相変わらずお礼しか書いてこないけれどね」
簡素な手紙に、服や日用品の御礼が几帳面な文字で書かれている。
それを一つずつ彼女が大切に保管していると知ったら、あの息子はどんな顔をするだろう。
――――…"魔力がない"んじゃないんです。ただ"魔力が使えないだけ"なんです、俺は―――
「ユラ?」
自分の身体を抱きしめる代わりに、エリスの身体を抱きしめる。
あの時私は。
何を言おうとしたのか。
「…私こそ父親失格だよ」
心のどこかで、ユリスを責めはしなかったか。
なぜ使えるのに使わないのだと、口に出しかけはしなかったか。
…息子がどんな気持ちでいるかなんて、考えもせずに。
ずっと、おかしいと思っていた。
魔力がないのだというならば、魔術の勉強を続けるだろうか。
何かに急き立てられるように魔術の知識だけひたすら詰め込む息子に、ずっと違和感を感じていたのは確か。
それでも、それを口に出さなかったのは、息子自身の考えがあるからだと、信じようと思っていたからではなかったか―――。
「…どうして、上手くいかないんだろうな…」
「ユラ」
「…私は家族が、だれよりも、なによりも…大切なのに」
長年の不満は、私の中にたまっていたのか。
つい責めかけた私を止めた義弟には、感謝してもしきれない。
『魔術を使わないことが、どれだけ私たちを苦しめているかわかっているか?』
使わないことで、苦しんでいたのは息子だと。
心のどこかで気づいていたのに口に出しかけた。
それでも息子の気持ちを先に聞こうと、話せることは話してほしいと言葉を変えられたのは…お互いにとって、幸せなことだったのかもしれない。
「…疲れてるのよ」
「…エリス」
「貴方はいつでも一人で頑張りすぎなの。…私だって、いつまでも、子供じゃないのに」
儚げに微笑む妻を抱きしめる腕に力がこもる。
出会ったころ成人したばかりだった彼女は、今は母親の顔をしていた。
子供ができないのは私が悪かったのに、周りの人間にどれだけ責められたというのか。
いつも私の前では笑顔でいた彼女が、一人残された後で泣いていたことを私は長いこと気づかなかった。
…私はいつも後悔ばかりだ。
泣くまいとして、瞳を揺らした息子の顔を思い出す。
いつの間にか大人になっているのだと思っていた。
違う、あれは違う。
ずっと我慢していた、子供の顔だ。
ずっと自分の気持ちを伝える事が出来なかった、昔の私と同じ顔だ――――――。
「…すまん」
「いいの。…私も甘えていいんだって、ようやく気付けたんだから。…貴方も私に甘えていいのよ?」
楽しげに笑うその顔に、ぎこちなく笑い返す。
…ああ。
本当にいつまでたっても、私は子供のままだ。
「…甘えていいのか?」
「勿論よ。…いつもがんばっている貴方を甘やかせるのは私だけでしょ?」
「そうだな」
腕の中の暖かさ。
縋るように顔を寄せれば、接吻が帰ってくる。
甘さに酔いしれながら思うのは、二人の息子たちのこと。
「…そろそろ、本格的に頑張るか」
今までは息子たちに危害を及ぶのを恐れてできていなかったこと。
師団の改革。
そして、魔力至上主義の打破。
無意識に刷り込まれていた、自分の中の傲慢を破ることは出来るだろうか。
「…ユラ?」
「エリス。…君は私が守るから」
子供たちの手が離れた今なら、無茶もできるだろうか。
「じゃあ私は、貴方を守るわ」
「…ああ」
世界を守るために出かけた彼らが帰ってきた時に…。
少しでも胸を張って迎えられるように。
「――――攻撃開始だ」
守ることしか出来なかった時は終わりを告げ。
そして運命は回り始める。
本編では語られませんが、勇者PTの裏で国の改革してるお父さんがいるよという話。




