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収束と惚気と

リア充爆発しろ。

返ってきた指輪をはめて一息。

すぐに戻したけれど、身体の中に魔力が巡っているのがわかる。

もどれー。もどれー。

念じると少しずつ戻るが、しばらくはこの状態が続くかもしれない。


俺は溜息をつきながら、今後の事を考える。


傷は治ったものの、死にかけ状態のサルートは動くのも無理そうだ。

妊婦を一人乗せるのも躊躇したが、行きが大丈夫だったのだから大丈夫だろう。

俺はサルートをノエルに乗せ、別荘まで飛んだ。






サルートが起き上がれるようになるまでに一週間を要した。

その間に父上や叔父上がなだれ込んできたが、眠っている彼に対して何が出来るわけでもなく。

起きたサルートに対して彼らがやったことと言えば…。


「さっさと書け、俺が出してくる」

「……」


結婚誓約書、の署名だった。

えー。

起きぬけにそれですか。

事情さっぱりなサルートは要求に意味がわからず、俺に助けを求めてきた。


「…ユリス」


困り果てたサルートに対し、今回は俺は苦笑でしか返せない。

確かにすぐ行った方がいいのだ。


「…もう臨月なので、いつ生まれるかわからないんですよ」

「!?」

「ちなみにクララは今寝てます。ちょっと体力的にきついみたいで」


魔力の強い子供をお腹に宿しているからだろう、彼女の眠りは存外深い。

寝ているだけで体力が落ちているわけではないので問題はないのだが…。

出来れば彼女が起きている時に起きればいいのに、サルートもタイミングが悪いとしか思えない。


「…わか、った」


記憶は混濁しているようだが、クララの状況は理解できたらしい。

とりあえず署名をして、叔父上に預け。

叔父上は父上と仲良く帰って行った。え、何その善は急げ的な動き。


「……どこまで覚えてます?」


近づくと、情けない顔をしたサルートが目に入る。

ああうん…。

覚えてはいるんだろうな。


「…悪い、ユリス…」

「何がですか?」

「…信じてたつもりだったのに…信じ切れてなかったみたいだ…」


サルートの台詞に首を傾げると、溜息をつかれた。

なんでそんなに疲労感満載。


「…俺が何に『憑かれてた』かは、気づいたか?」

「はい。あの後出てきたのを殺したので、もう大丈夫だと思いますけど」

「そ、か…それで頭の中、すっきりしたのか…」


ポツポツとサルートは今まで起こったことを話してくれた。


爆風に飛ばされた後、気付いた時には森の中央ぐらいまで入りこんでいた事。

慌てて街へ戻ろうとしたが、気づくと意識が途切れていて…。

行ったり来たりを繰り返していたという。


「…何かを食べていたんだとは思うんだがな」

「?」

「何を食べていたのかは全く記憶にない。まあ、それはともかくだ。何度も気を失いつつも、俺はなんとか森の出口までたどり着いたんだ」


それからは普通に、というか…。

転移魔法を使えばすぐ王都に戻れたはずなのに、サルートはそうしなかった。

いや、出来なかったのだと言う。


「…頭の中にな、クララの事が残ってて」

「はい?」

「クララの実家のある街へ、飛んだんだよ俺」

「何故に」


…そこにいるかもわからないのに何故そこへ飛んだのか。

むしろ王都にいる可能性が高いと言うのに。


「どうも思考のバランスがおかしくなったと言うか…」

「衝動通りに動くような感じです?」

「ああ、それだな。なんていうか悪い事しか考えられない状態と言うか…なんかずっと夢見てるような感じだったな…」


ふむ。

あの黒い靄の正体はいったい何なのだろう。

だけど、俺の推論と合わせると…恐らく、サルートもあの黒い物体に噛まれた、のだろう。

噛まれた後、そういった状況になったということだ。


「そこで聞いちまったんだよな、俺」

「何を?」

「お前とクララの結婚話だよ」

「ぶ」


…そう来たか。

王都に飛んで来ていれば、叔父上や父上が確実にサルートを捕まえて事情を話していただろうに。

よりによってピンポイントか。

なんという悪意しか感じない状況。


「……クララを守るためですからね?」

「うん。今の状況聞きゃあ、わかる」

「それは良かった」


その話を聞いたサルートは完全に精神のバランスを崩した。

いや、そこまで保っていたのがむしろ奇跡だったのだろう。

未だ王都には精神を崩したまま眠る兵士たちがいるのだから。


「……気づいたら、この都市にいた」

「ふむ」

「耳に入ってくる言葉言葉が、恨み辛みに聞こえたよ。彼女が妊娠中であること、仲が良い夫婦のようだ、って事とか、いろいろ」

「……」


なんていうか…。

通常の精神状態でも誤解しそうな事実の羅列である。

むしろ誤解されるように動いていたのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


「…ちゃんと話さなきゃと思って探したはずなんだ」

「普通に聞いてくれればすぐわかる話ですもんね。大体クララのお腹の大きさから行って、俺の子のはずないし」

「…そうなんだよな。でも俺、無意識にクララと会うのは避けたんだと思う」

「え?」

「…アイツに斬りかかりそうだと思ったから」


じゃあ俺はいいんですか。

じと目で見ると、サルートは苦笑した。


「お前なら、多少は持つだろ」

「まあノエルがいれば多少はね、もちますけどね」

「…もし、お腹の大きさが小さかったりしたらどうなったと思うよ」

「あー……」


それはちょっと考えたくないな…。

精神のバランスを失った状態で、裏切ったように見える彼女。

それは、なんというか…。


「…まあ、いいです。で、俺を見てどうなったんですか」

「……なんか、色々考えた事がぶっ飛んで、憎しみだけに支配された」

「憎しみ、ですか…」


覚悟はしていたけれど、ショックで。

瞬きを繰り返すと、サルートは非常にバツの悪そうな顔をした。


「…あのな、俺は聖人君子じゃないんだよ」

「?」

「例えば年齢とかさ。俺はどう考えたってクララよりすげぇ年上なわけ」

「ん、まあそうですね?」


そういや13歳下じゃないか。

…。

……いや、俺も人の事いえませんでした、忘れよう。


「魔力に関してもさあ、最初はすげぇ警戒されてたんだぜ、俺」

「というと?」

「魔力がある、イコール彼女にとっての天敵、だったんだよ」

「ああー」


彼女の恋愛に関しての言動を思い出す。

そういやそうだ。

彼女が魔力の強い人間を選ぶと言うのは、逆にすごい事なんじゃないか?

だからどうしてそうなったんだ。


「ユリスはそういうの吹っ飛ばして最初からクララと仲良くなっていただろ?」

「まあ。恋愛感情は見当たりませんでしたが」

「ん。それは知ってるけど。…俺にとっては、羨ましかったんだよ」


……。

一体いつから口説いていたんだサルートさんよ…。

出てくる真実に、開いた口がふさがらない。

それってつまりは……。


「…『男の嫉妬はマジ見苦しい』」

「はっははは…」


前に言われた台詞を思い出し、口に出すと。

サルートは爆笑して腹を抱えていた。

まだ内部に傷があるらしく、笑うと痛むようなのだ。


「そんなわけでまあ、お前に切りかかっちまったんだけど」

「どんなわけですか」

「嫉妬に狂いまくった挙句の殺人衝動」

「……………」


どこまで本気だこの男。

さらにジト目で見ると、サルートは存外優しい目をしていた。

まるで、何かを見透かすような。


「……お前が目を閉じるのが見えて」

「?」

「ああ、お前は俺を信じてるのか、って思えて」

「!」


最初の剣がズレて刺さったのは。

そんな―――俺自身の無意識の行動に対する、応え。


「俺は自分こそ止めなくちゃいけないと思った」

「そしたらあの自殺衝動ですか…」

「うん、なんつーか、ハタ迷惑だな」

「ホントですよ!!!」


止まらない、止められない衝動。

その次の嘲笑や、攻撃は俺がサルートの剣を飛ばしたから。

いわゆる闘争本能を刺激された事で、優先事項が入れ替わったのではないかということだった。

本人は半分夢の中だったようで殆ど覚えていないようだが。


「……俺はさ」

「?」

「…お前がいなかったら、と思った事がないとは言えない」

「兄様…」


酷い事を言われているはずなのに、目は優しいままだった。

あの時感じた傷の上をえぐるようなものではなく、ただ癒して行くようなそんな感覚。


「…俺は伯父上も、伯母上も、トリスも苦しんでいたのを知っているから」

「……」

「いなければ、と思った事がないとは言えないんだ」


だけどな、とサルートが呟く。


「…それ以上にお前にもらったものも、俺は多いんだよ」

「兄、様?」

「例えばクララ。…アイツが俺を信じてくれたのは、お前の傍に俺がいたからだよ」

「俺がいたから?」

「ああ。…クララにとって俺は、手の届かない…手を伸ばしてはいけない存在だった。それでも、手を伸ばせたのは、俺を信じてくれたから。魔力が強いのに、魔力がなくても、その人間を大切にしてた。そんな俺を、信じられたから告白にも頷けたって言ってたな」


言われた事実に俺はぽかん、とした。

え、なんだ?

なんかうっかり流して聞いたけどこれノロケ!?


「…いまなんかしらっと惚気&自慢しませんでした?」

「はっはは。そもそもクララと文通したのだって、お前の状況聞くためだったしな。いやついでに口説いたけど」

「はあああ!?」


文通て。

アンタホントいつからクララ口説いてたんだよ!?

学生時代だと15…15?

このロリコン!!

いや俺今自分の首絞めた気がするけど気にしたら負けだ!


「なんだよその目はー、手はすぐに出したわけじゃないぞ?」

「当たり前だ!!!」


ぎゃいぎゃい騒いでいると、いつの間にかクララが起きたらしい。

さすがに二人の時間を邪魔するわけにはいかず、静かに寄ってくる彼女に気付いた俺は、クララに残りの時間を譲る事にした。

…あんまり長時間起きてはいられないだろうから。


「……ありがとな、ユリス」


そう、幸せそうに笑うサルートに。

俺が魔力を渡した方法を聞かれることも、なかった事に後から気付いた。




ちなみにサルートがクララを見初めたのはノエルのために騎士養成学校に通うようになった時、です。


次話がエピローグで近衛編終了です!

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