瞠目
妊婦と言えども、外に出ないのは問題がある。
かと言って妊婦と言う事をばらすのもアレすぎるし、結果俺はカルデンツァの上空を二人でよく飛ぶようになった。
ノエルに風の加護をかけなくても、街中を動く程度ならば問題ない。
街中に下ろすと色々問題があるので、とぶだけだが…。
そうやって姿を見せるうち、なんとなく周りの雰囲気が見まもるような感じになっていて非常に居心地が悪くなっていた。
とはいえ、否定するわけにもいかないし…。
たまに買い物等に出ると、冷やかされるのはしょっちゅうで、笑顔がこわばりはしないかとホント気が気ではなかった。
そんな日常は、緩やかに。
でも確実に過ぎ去っていく。
相変わらずの魔獣の多さに怯える人々。
近場の敵程度ならと、俺は時々ノエルと討伐したりしつつ、賃金を稼いでいた。
日雇いみたいなもんだな。
騎士の地位自体は剥奪されていないのだが、時間の問題かもしれない。
それでもクララと彼女の子供を守ることをやめる気はないのだが。
…大体騎士、あんまり向いてないよな、俺。
わかっていた事だが、勇者PTに入ると言う希望を前提にしていたからずっと目をそらし続けていた事。
人との付き合いをほとんどしていない俺は、人を守る騎士には向いていないのだろう。
俺は、多分視野の狭い人間なのだ。
大事な人だけ、この手で守れればいいと思うような狭量な人間。
「ねぇ奥さん、いつ生まれるんだい?」
思考の淵に沈んでいると、ある時声をかけられた。
内容に目を瞬かせ、探るように見れば。
慌てたような声が返ってくる。
…クララが妊婦と言う事はいつの間にやらばれていたらしい。
あまりばらしたくない事だったから、なるべく見えないようにしていたのだが…。
それでも何か思う事はあったんだろうな。
食事一つ、買い物一つで子供のいる家はわかると言うし。
俺は曖昧に笑いつつ、店を出て。
ある気配に気づいた。
……殺気?
ついぞ感じた事のない、気配。
後ろを気にしながらも、ノエルを肩に乗せながら人気のない場所へ誘導する。
もしかしてクララの実家関係だろうか…?
家に帰ることも考えたが、気配は一つで不安定なもので。
俺一人でも対処出来るだろう、と踏んで俺は家から離れた、墓地に近い広場を選んだ。
そっと振り返り、相手を待つ。
相手は、男のようだった。
俺が気づいているのもわかっていたのだろう、ゆっくりゆっくり、一歩ずつ近づいてくるその様子を見ながら俺は相手を探る。
…身体は鍛えられたもの。
魔力は…ほとんど感じられない。
体力は削られているのか、一歩一歩の歩みもずいぶん遅く、安定しない。
伸びた金の髪はくすんでいて、やつれた様子だけがわかり顔はよくわからない。
…ただ、目線だけが殺気を放っている。
その、碧の色で。
………………………え???
碧の色に、覚えがあった。
その色は、ある家によく生まれる色。
割と珍しい色合いで、複数生まれる青系の家系と違い、碧はこの国ではあまり生まれない色、で…。
その色は。
「…………」
息遣いが荒い。
ボロボロになった鎧は、原形をとどめてすらいない。
けれど、その手に持っていた剣は。
俺のよく知る―――。
「…に、いさま?」
茫然とつぶやく俺の声に、相手の肩が揺れる。
そこにいたのは。
間違いなく、行方不明になっていた俺の従兄弟。
ボロボロになった、サルート・カイルロットその人だった。
☆
キン、と弾かれた剣の音に我に返る。
いきなり突きだされた剣をノエルがはじいたのだ、俺は手すら出していなかった。
切りかかられた事に呆然としながら、足が下がる。
どうして。
殺気が出ているのに、その姿が信じられない。
どうして。
どうして俺がサルートに斬りかけられかけているんだ!?
「どうして…兄様…!?」
剣をノエルがまた弾く。
俺は何もできずに1歩、1歩とずり下がる。
サルートの剣にいつもの切れ等まるでなく、ノエルで対処できるほどのずさんさ。
そのおかしい様子に、俺はまた下がる。
「…どうして…?」
帰ってきた声はかすれていて、聞いた事のない程低い声だった。
ぞくり、と背筋に寒気が走る。
それほどのさっきのこもった声に、斬り殺さんばかりの目線に、俺はまた一歩下がる。
「……それをお前がきくのか…?」
「え??」
サルートが何を言っているのかわからず、問い返すと。
帰ってきたのは狂気に満ちた笑い声。
「は…はははははははっ」
「兄様!?」
「ああ…もっと早くにこうしておけばよかったんだ…」
いきなり剣筋が早くなり、思わず抜刀した。
カン、カン、と切り結ぶがサルートの技術にかなうはずもなく。
三合目で俺の手からは剣が飛ばされ転ばされた。
そのまま振りかぶられ、茫然と見上げる。
「…いらない…」
呟く声と、夕日に返る剣の光。
幻想的とも言えるほどの一瞬に思わず見とれかける。
「…お前なんて…いなければよかったんだ…!」
「兄…さ…」
振かぶられる剣の怖さより。
言葉の方が重い。
(―――――いなければよかった?)
俺は、俺の存在は、兄様にとって。
いらないものだったのか?
俺の言葉を聞かないほど、聞く気がないほどに、俺は疎まれていたのか?
(どうして?)
避けるという選択肢が思い浮かばずに、振りおろされる剣をぼんやり見ていた。
俺が、いなくなれば。
それで、いいのだろうか?
『俺も、ユラも、サルートも。お前が好きなだけなんだ』
『お前が何をしても、何をしなくても。俺たちがお前を嫌う事はない』
叔父上の言葉が脳裏をよぎる。
でも、サルートは。
俺の前にいる彼は、今、俺を殺したいと思ってる。
目を閉じた。
俺を切る瞬間の、彼の顔を見ていたくなくて。
コレ以上、みている事が出来なくて。
「……ごめんなさい、兄様」
剣が斬りおろされる風の音。
――――――――――鈍い音が、一つ響いた。




