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駆け落ち


「……なんで俺に結婚の報告だ?」



俺が家にいる事を伝えてもらうと、比較的早く帰ってきてくれた叔父上は、彼女を見てすぐにそういった。

…いや俺じゃないんだ。

恐縮するように縮こまる彼女をソファに座らせて、俺は叔父上に向き直る。


「いえ、相手は俺じゃないです」

「む? そうなのか」


厄介事と言うのは察しがついたのか、叔父上は真剣な顔をして向かい側に腰掛ける。

さて。

何から言うか。


「……確か、ユリスの同僚だったよな?」

「叔父上の記憶力、すごいですね」

「いや、サルートが何回か彼女の事を言ってたからな。ユリスとのうわさは誤解だとも言ってたが」


この分だとサルートはクララの事を親にも言っていなかったらしい。

クララをそっと見ると、彼女は緊張した面持ちで叔父上を見ている。

…なんていうか、そんな緊張しないでもいいのに。


「…見ての通り彼女は妊娠中なんですが」

「ああ、そうだろうな」

「相手が問題でして」

「相手?」


首を傾げる。

ええと…どこから言おうか。


「……第一師団の、生死不明者なんですよ」

「!」


叔父上に相談しに来た理由としては、まずここから言っておくべきだろう。

しかし彼の場合直球で言ってもいい気がするんだけど…。

と、首を傾げていたら、叔父上が何かに気付いたようだった。


「…クララさんだったか?」

「え、はい!」

「首にかかっているものを見せてもらっていいか?」


首?

よく見れば彼女の首には、細いチェーンのような首飾りがついていて。

それを叔父上は身咎めたようだった。


そ、っと彼女がネックレスの先を見せると。

叔父上が息をのみ、そして脱力したようにソファに身を沈めた。


「…なるほど。相手はサルートか」

「え、えっ」

「一応、遠征中に結婚するかもしれない事は聞いていたからな」


それだけでわかった。

どうやら彼女の首にかかっていたのは、結婚の約束の証みたいなものだったらしい。

それを叔父上は知っていたのだろう。


「全くアイツは…どこまでも世話のかかる…」


呆れたように言ってはいるが、どこか嬉しそうなのは気のせいじゃないだろう。

そりゃそうだよねー、初孫だものねー。

しかし問題はそこじゃないんだ。


「…で、ですね、相談したい事の内容なんですが」

「ん?」

「彼女、実家との折り合いが悪くて…下手に相手がいない事がばれると実家に連れ戻されてしまうかもしれないんです」

「……」


彼女の家庭事情を告げると、叔父上の眉がよる。

そりゃそうだ、母方の実家の力の方が強いのが一般的だが、そのせいで孫を取り上げられるかもしれないんだものな。

ハッキリ言って、困る。


「なのでどうしようかと思いまして…」

「……」


黙り込んだまま、叔父上が何かを思案している。


「うーん…一応ユラにも相談はしてみるが…」

「子供が生まれるまで時間を稼いで、その後養子にでもすれば解決はすると思うんですけど」

「…生まれる前が問題だな…」


生まれてしまえば、一人の人間として人権がある。

実家に連れ戻される前に子供だけでも叔父上の子供として養子登録でもしてしまえば母方の問題は発生しない(クララは成人しているので、実家権力以前に他の権力にぶち込んでしまえと言うことである)

叔父上がクララを邪険にするとも考えられないので、それが一番の手だとは思うのだが…。

生まれるまで逃げ続けるのが前提になるわけだ。


「うーん…ユリス」

「はい?」


思案し続け、そして叔父上の口から出てきたのは。



「ちょっとその娘と半年ぐらいかけ落ちしてみないか?」



頭のぶっ飛んだとんでもない提案だった。






あれよあれよと言ううちに手はずを整えられ。

気づけばノエルでカルデンツァの別荘まで来ていた。


あれー。

どうしてこうなった…。

っていうか近衛の仕事は…どうするんだよ父よ叔父よ…。


「ご、ごめんねユリス、何かとんでもない事になって…」


ノエルの横を、母親竜が飛んでいく。

親子でとぶのは久しぶりのせいか、ノエルが上機嫌で揺らさないようにするのに苦労した。

妊婦乗ってるんだっつの!


ちなみにクララがサルートの恋人と言う事は、父もわかっている。

じゃあなんでこうなったのか、というと…。

クララが身重の状態で実家から逃げ続けるのは厳しいだろうと言う暫定の元、相手がいればなんとかなるじゃない、って事だったらしい。


…なんで俺ー。

と思ったけど、そういえば噂ありましたね!

周り騙すのにはむしろ最適でしたねそうですね!


クララの実家も俺が相手だと言うならば手を出してこないだろう、という読み。

で、俺の実家に反対を受けて立てこもっている…と言うような状況を作りつつ、彼女の子供が生まれるのを待ってこっそりと養子を済ませてしまおう、と言う事になった。

いやまあサルートが帰ってくれば一発で済むんだけどね!


そこを誰も触れてこなかったのは、仕方のないことだろう。

出来れば俺も、ひょっこり帰ってきてほしいところだけど。


俺たちはやっぱり、サルートが死んだとは思っていないんだろうな。

何も出てこない状況。

帰ってこない、それが示す事をわかっていながら希望にすがりついてしまう。

親なんて、家族なんてそんなものだ。


ちなみに何故カルデンツァなのかと言うと、王都から離れ過ぎていると彼女の実家が手を出してくるかもしれないからだ。

言わば仮初の対立だものな。

神殿関係者が俺の近くに来たら相当怖いが、その辺りは別荘の管理人がなんとかしてくれる模様。

なんでもこの別荘は昔から魔力を持っている人が管理しているらしく、クララのお腹の子が魔力暴走を起こさないかもキチンと管理してくれるって事だった。


管理人すごい。

ちなみに俺やトリスの時も、母はこの別荘に来ていたそうな。

何気にこう言う時、家の力すごいなと思う事はある。


「では奥様、これからよろしくお願いいたしますね」

「お、おくさまだなんて!!」

「ですが、クララ様は大事な方ですよ?」


ちなみに管理人には本当のことを話してある。

下手に俺に気を使われたりすると非常に困るからである。

ちなみに俺自身は間違いを起こす気なんてさらさらないが(しかも相手は妊婦)、出来れば証人になっていただきたいです。

…え、だってサルートが帰って来た時に誤解されたらいやじゃないか…。


「でもユリス、の、おくさまじゃないし…」

「いえいえ、この別荘はサルート様が生まれた場所でもあるのですよ? 親子でお生まれになるなんて、とても喜ばしい事です」

「あ…そうなんだ…ですか」


忘れがちだが、サルートの母親は父の妹。

つまり、カイラードの人間だ。

サルートもこの別荘地で生まれたのは知らなかったが、言われてみれば普通にあり得ることだった。

ちなみに俺は王都生まれ。

叔父上はサルートが生まれる時のんびり別荘暮らしを敢行したらしい。まあ、行動力ありすぎる叔父上らしい話だ。


「このおうちはちゃんと結界でも守られておりますからね。安心して下さいませ」

「はい…」

「お世話になります」



こうして。

俺のおままごとのような『駆け落ち騒動』は始まった。


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