嵐の前の
前世の俺は、14歳の時に両親を亡くしている。
忙しい両親だった。
愛されていなかったわけではないのだろうけれど、帰ってくると迎えてくれるのは両親ではなくて家政婦さんの声。
運動会や、入学式や、行事に親が来た事は一度もなかった。
一度もないまま、飛行機事故で俺は両親を一度に失った。
俺を引き取ってくれた遠縁の本郷の両親は、全く逆で。
9歳下の実の娘と変わらない扱いをしてくれた。
ただのお隣さんでしかなかった家の子供を引き取る二人も相当剛毅だったが、実の娘の彼女はもっと我儘で、それでいて優しい人間だった。
夜中一人でいる俺に、彼女はいつも小さな手を差し出した。
『ないてるの?』
『ううん』
『かなしいの?』
『…ううん』
両親が死んだ実感がなかった俺は、泣く事も出来ず。
ただ眠れなくなって、ベッドを抜け出しては一人でうずくまっていた。
まだ小さくて眠いだろうに、ベッドから抜けだすと気づくのか、いつの間にか近くにいた彼女はひたすら俺に話しかけてきた。
『だいじょうぶなのよ』
小さな小さな手。
頬を撫でるその手に、頭を撫でるその手に、俺はいつの間にか泣いている。
『…あたしがずっと、そばにいてあげるのよ』
――――――――――だから泣かないで、ゆきちゃん。
☆
村には1か月ほど滞在した。
あの後何度か父が索敵を行ったがあの黒い物体が森から出てくる事はなく……。
第一師団の再編成等も関わるため、期日の1カ月を持って俺は父や家族とともに王都へ帰った。
…サルートの行方は、わからぬままだった。
トリス達とわかれた後の、サルートの周辺にいた部下たちは物言わぬ死体となって森の中から発見された。
魔物に食い荒らされた形跡はあるものの、基本鎧などは消化されないため殆どの遺体の身元は知れ、それぞれに引き取られていった。
「少なくとも、分かれた場所からは動いているってことだからな。そのうち帰ってくるだろ」
そう、叔父上はあっさり言って捜索隊などを出すこともしなかった。
森の中は正直危険だ。捜索隊などを出せば二次災害になりかねない。
俺はといえば、森の奥に入ったかもしれない人間を探すべく、一日中もりの上を飛んでいた。
時々トリスにねだられて、トリスを乗せながらノエルで何度か森の上を飛んでは見たが、サルートの気配を感じる事は全く出来ず、時々他の死体を見つけては遺品を回収するような日々だった。
そうして、成果が殆ど上がらなくなったころ。
俺たちは王都に帰って来たのだ。
それからの日々は、俺以外が忙しいようだった。
まぁ、そうだよな。
俺はまだ見習いの近衛騎竜士でしかないし、何の権限があるわけでもないのだ。
魔術師師団の動きに対しては父上が大々的に糾弾し、第一師団の再編成を含め魔術師師団の有り様に関しても議論が続く結果となった。
ただ、俺が会議の参加を求められる事はなく。
時々漏れ聞く話を整理しつつ、俺は俺で元の生活に戻り始めていた。
…ただ、サルートがいない。
基本寮と王城を行き来するだけの俺は、周りの噂を聞く機会もあまりない。
時々アルフに呼ばれて研究の改善に付き合う程度で、外の魔獣の活性化とは反対に、酷く平穏な日々だった。
今思えばそれは。
嵐の前の静けさ、だったのかもしれない。
何度目かになる、騎竜士師団との合同演習。
いつものようにクララとアリスを探していると、クララの姿が見えなかった。
「アリス」
「あら、ユリス。久しぶりね?」
「そうだな。クララは?」
いつの間にか仲良くなっていた二人が一緒にいるのは俺にとってはいつもの事で。
魔の森の行軍に遠征していた俺が彼女に会うのも久しぶりだった。
クララは同じ近衛士でも最近は外回りばっかりでとんと会う機会がなかったしな…彼女は見習いを卒業していたから、正式な近衛騎竜士として活動が変わっていたのだ。
「え? クララは近衛じゃないの?」
「は? 王の警護にはいないはずだけど。外回りで見かけないのか?」
噛み合わない会話に、俺は首を傾げる。
今回の遠征は近くの都市に続く道の掃除に行くだけの簡単なものだ。
騎竜士としてはルーチンワークに近い内容で、近衛騎竜士から手助けはいらないと判断されたのかもしれないが…。
なんだか気になって、アリスに聞く。
「…なあ、アリス」
「ん、何?」
「クララ、最近おかしくなかったか?」
具合が悪そうにしていた事を思い出す。
なんだろう、サルートの事があって彼女の事が気になっているんだろうか。
何か取り返しのつかない事を見逃している気がして、俺はアリスに聞く。
「そういえば、調子悪そうだったわね…。今回も病欠かしら?」
「今回も? 前も休んでたのか」
「うん、最近外回りに出てきていないのよ。クララ…もしかして実家の関係かも」
「実家…?」
最後は息を潜めるような声で、俺は怪訝に思いながら彼女の近くに行く。
彼女は心得た、とばかりに言葉を繋いでくれた。
「…最近帰ってこい、って言われてるみたいだったのよ」
「帰れ…近衛をやめろって事か?」
「そう。彼女、見合いの話があるみたいだったの…」
見合い。
女性の成人が15であるこの国では、21歳といえばかなりの適齢期でもある。
確かに地方貴族の娘である彼女であれば、そろそろ家に呼び戻されても仕方ないような気もするが…。
「…実家との折り合いが悪いとか言ってたよな?」
「そうなのよね。だから絶対に帰らない、と言ってたんだけど。何かあったんじゃないか心配なのよね…」
「…」
地方貴族と言えば…。
母上を思い出すな。
そして嫌な思い出が思考をかすめ、俺は首を振った。
「…帰ったら訪ねてみる」
「そうして。近衛の寮は、私だと入るの難しいからね。あっちから来てくれる分にはなんとでもなるんだけど」
「女子寮に入る方が厳しいと思うんだけど」
「あら、ユリスなら大丈夫よぅー。その天然笑顔で寮長を倒して来て頂戴♪」
寮長はボスキャラかよ。
にやーりと笑うアリスにコイツまた変な事考えてんじゃないか…と思いつつ、俺は自分の直感に従う事にした。
まさかのロ(ぴー)発覚。
いや、いやいや。作者が歳の差が好きなだけなんだ………。
何回か9歳差か4歳差か悩んだなんてそんな(目をそらした)
しかしこれだけ年の差があって奥様のファンに攻撃される幸人…どんなの? と言う声が聞こえてきそう…。
それに関してはそのうち。ちゃんと設定はあります。




