剣と魔法の世界です
ようやく名前のある登場人物が出ました。
「脇が甘い!!」
「はいっ!!!」
がきん、と真剣が音を立てる。
俺は飛びすさるも、捉えきれなかった力が剣にかかり、弾き飛ばされて膝をついた。
「…は…」
「そこまで!」
「ありがとうございました!」
一度頭を下げ、顔を上げる。
真剣を持った青年は、一つ頷くと俺に近寄ってきてその頭をぐりぐり撫でた。
「うん、前言っておいた事はもう修正出来てる。強くなったな?」
「はあ…」
先ほどの真剣な表情とは比べ物にならないくらい砕けた表情。
楽しそうに撫でてくる手に、照れ臭くなる。俺はその手を推しあげるように外すと、そのまま立ちあがった。
「全然まだまだです」
「まあそりゃ。12歳でなんでも出来たら俺が困っちまうだろー? まだ未成年とは思えないくらい、太刀筋はしっかりしてんぞ? お前」
「はあ。実感はないですけどね」
何せ教師が規格外だ。
転生前、多少剣道はかじっていたものの、全日本レベルとかそんな強さを俺はもっていたわけではない。体術もそれなりにやっていたし、高校の時は部活動もやってはいたものの、専ら頭脳専門だった俺としては自分がどれくらい強くなったのかはさっぱりである。
「実感ねえ」
「ええ。何せサルート兄様しか手合わせ出来ないので、実際の同じ年くらいの子がどの程度なのかわからないですし」
「ああ…そういうことか…」
途端に眉を寄せる青年。恐らくその頭にあるのは同情だろう、怒りすら滲ませて俺を見る。
申し訳なさそうに「力になれなくてすまないな」と謝るその姿に、俺は首を振った。
…俺がこの家から出られないのは、従兄弟のサルートのせいではまったくない。むしろ両親の反対を押し切って、俺に剣を教えてくれるだけでも破格の扱いといえよう。
大体にして魔法が使えない時点で俺は、他の生き方をするしかないのだ。当然身体を動かすのを念頭に入れれば、剣は一番現実的な選択肢。
それを受け入れられないのは、両親の弱さじゃないかと思う。
「…学校には通えなさそうか」
「頼んではいるんですけどね」
俺は、魔術師の家に生まれながらにして一切魔法の使えない異端児だ。
当然その存在は恥とされ、未だこの居城から出た事すらない。
結果、俺は街がどのような様子なのかすら見た事がないぐらいの箱入りだ。2歳年下の弟は、とうに魔法学校へ通い始め寮へ引っ越したというのに異常である事は間違いない。
「どんな学校へ行きたいんだ?」
「騎士養成学校へ」
「へえ。剣で行くつもりなのか」
頷く。
何度も神様らしき少年の言葉を考えては見たが、そもそも代行者とやらを救うには近くに行かなければいけないだろう。
となれば、代行者――いや、以後は勇者と呼ぼう、この呼び名はやはり世界共通なのか、代行者ではなく勇者と呼ばれる存在しか調べた限り考えられるものがなかった―――の近くを目指す事になり…。魔法以外の技能で、王城へ出入りしなければならない。
となると、騎士はいい案に思えたのだ。
…正直この選択であってるのかはさっぱりわからんが。
「俺は剣、好きですし」
「まぁな。しかし魔力が一切ないのは、騎士としては難しくないか?」
「え?」
どういう意味だろう。
騎士に関して色々調べては見たが、特に魔法技能が必要とされるとは書いていなかった。
魔法が使えなくても、ある程度魔力を保持していればいい、との記載だったので問題ないのではないかと思っていたが…。
(実際騎士として働いていると違うのか?)
「差別でもあるんですか?」
「いや。魔力がないってことは、魔法避けれないだろ? 魔力がないなら当然大ダメージを食らうわけで、騎士としてはちょっと厳しくないか?」
「…」
攻撃魔法の魔方陣を思い浮かべる。
実際問題俺は攻撃魔法すら頭の中の産物で、実際食らうとどのような状態になるかとか全く知らない。
むしろどうなるんだろう? 魔力ない状態で受けると?
「…サルート兄様」
「ん?」
「ちょっと、打ってもらえません? 攻撃魔法」
「…はあ!?」
父や母がいろんな日常で息をするように魔法を使っているのは見るが、実際の攻撃魔法はどうなるのかしらないのだ。
そもそも外に出ないから危機に陥ることなんてないしな…。
「っつーか大けがしたらどうすんだよ」
「えーと…手加減…」
「するけどさ。まったく魔力ない奴に打つとどうなるかは俺もわからん。大体この国の人間は使えないだけで大なり小なり魔力保持してるわけだからな」
「…うーん…」
しかし。
何度も言うようにこの家は名家である。ぶっちゃけ、この居城を出れば危険な目にあう事は考えられるのではないだろうか。
「えーとじゃあ…生活用の火とかでやけどするかどうか…とか…」
「そもそも魔法の状態じゃ火傷しねーだろうが」
「ですよねー」
どうしたもんか。
呆れたようにこちらを見るサルートに、俺はじゃあ…と頼み込む。
「発動直前まで見せてもらえません?」
「見てどうするんだ?」
「いえ、実物の魔方陣はどう見えるなのかな、と」
「!?」
せめて発動する状態を見れれば対処法も考えつくのではないだろうか。
お願いします、と目を挙げれば何故か驚いた顔が見えた。
「…陣、見える、のか?」
「え?」
「攻撃発動する際の魔方陣は、普通見えない…というか。生活用魔方陣でも魔力がなければ見えないはずだぞ?」
「あ…」
しまった。
普通に生活用の魔方陣は見えていたから気にしていなかったが、『魔方陣を見る力』ってのは最大魔力値に関係するんじゃないか?
俺は魔法が使えないだけで多分魔力はあるはずだから…。
「…見たことあるのか?」
「父様と母様が、使う生活用のものであれば…」
「…! 伯父上のが見える、のか!?」
父のは見えてはいけないような口ぶり。
あんぐり、と開けた口に首を傾げる。どういうことだ?
「あのな」
「はい」
「魔方陣は少なくとも、相手より倍以上の魔力を持っていないと、見えねーぞ?」
「……」
……。
マジで? なんでそんな基本事項を知らないんだ俺は?
「論は証拠だな。ゆっくり唱えるから陣が見えた時点で、言え」
「え…っとは、い」
差し出された手のひら。
見つめると、靄のかかるように丸い陣が見え始める。
「ええ…と…『進行方向・上』…『火炎弾・小』…『加速・反転』…」
「…」
ゆっくり書き込まれていく陣の古代文字を読む。
そのうち視覚上にも火が顕れ、丸く形成されていく。
「作成…10…9…」
濃くなっていく陣のカウントダウンの文字を読む。
段々明るくなる色に、綺麗だと思った。だが、よく見ると火炎弾より陣の位置は少しずれていて。
…陣の中心が気になって、俺は手を伸ばした。
「…っおい!?」
「あ!」
陣の中央。
形成されていた部分に指が触れた瞬間、陣が崩れて火炎弾が【消滅した】
「…嘘だろ…」
「消えちゃった…」
思わず指先を見るが、火炎弾には触れずに陣の中央だけ触れたので火傷はない。むしろ何の感触もなく薄い陣の中央を指が貫いたので驚いたぐらいだ。
「作成中の時点で陣が見えてるってのも吃驚だが、作成途中の魔法を打ち消すって聞いた事ねえわ…」
「えー...と、ごめんなさい…?」
「お前、指でなにした?」
何かしたのはわかったのだろう。
真剣な目で見つめる兄様の視線に困惑しつつ、俺は正直に話す事にした。
「見えた陣の中央が気になって…こう、指を当てたら陣ごと壊れました…」
「…まじかよ…」
そんな壊し方聞いたことねぇよ、とサルートは宙を仰ぎ。
次の瞬間、あ! と叫んだ。
「そういや、宮廷魔術師に一度だけ…消されたことあるわ」
「同じように?」
「いや、同じようにって言うか小さい魔弾っぽいのが飛んできた覚えがある…あれは術を消したんじゃなくて、陣を消してたのか…」
「なるほど…」
従兄弟のサルートは、武術に関しては人並み以上の素質があるが魔術はそうでもない。勿論母親が俺の親父の妹なので、一般的な騎士よりははるかに魔術の素質があり、通常以上に魔術も使えるらしいが…。
宮廷魔術師と言えば王の警護をするほどの花形役職。恐らくその能力値はサルートの倍を超えていて、陣が見えていた…と言うことだろう。
「なるほどなァ」
うんうん、と頷くサルート。
だがしかし、肝心なことを忘れてはいないだろうか。
「納得されてる処悪いんですが、なんで俺に陣が見えるんでしょうね?」
「ハッ!?」
恐らくは。
【見る】能力は魔力の最大値、なのではないだろうか。恐らく魔力使用をしなくても、相手の構成する能力を上回っていれば感じられる…とかそんな感じなのだろう。
しかし壊れる法則は謎だ。俺の指に何が? 神具をはめた手は左手だし、特別なんて事のない子供の右手だ。それとも指輪をはめている手かどうかは関係なく、単純に物理攻撃で陣を壊せればいいだけなのだろうか?
「わからんが…潜在能力なのかもしれんな。お前は神具持ちだし、本来はなんらかの能力を発揮していてもおかしくないんだから…」
「ああ…神具の能力かもしれないですね…」
「だな。お前が魔法を使えない理由も恐らくは神の悪戯。だが、神に愛されるものを害させないためにそういった能力がついてるのかもな」
「なるほど…」
神具持ちって神に愛されてるのか。
そこから初めて知ったよ。と思いつつ、俺は自分の能力を考える。
魔力はあるけど魔法は使えない。ってことは、むしろそういうこと(神具能力の恩恵)にしておいた方が、よくね?
あとは魔力ダメージが実際の「魔力値」に関係するのか、「魔力最大値」に関係するのか知れれば…なんとか魔法に関しては対処出来るような気がする。
最大値であれば、おそらく俺はあまり魔法攻撃が効かない体質に違いない。
よくよく考えてみれば、最大値が低い奴の魔力を吸いまくって20数年じゃたかが知れてるのだ。どう考えたって最大値が大きい、という推論が立つ。
そこまで考えてさっきサルートが驚いた事を思い出す。
『伯父上のが見えるのか?』
その言葉、の意味する事は?
「でも…」
「ん?」
「父様の陣が見えるなんて、すごい能力ですよね。見えるだけじゃなくて使えればいいのにな」
「ああ、だな。伯父上の魔力値は高いからなあ」
引き出せた言葉に、サルートに気付かれないように嘆息する。
(やっぱり…普通に[希代の魔術師]レベルの魔力値なのか…)
自分のチートレベルを知ったのに、その使えないジレンマ。
なんだか悪夢を見そうだった。