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助けを求める者

すれ違わないか気が気ではなかったが、書きこんだ位置と大して変わらない位置にその『軍』はいた。

軍と言うには少々…いやかなり、ボロボロだったが。

しかし1日たって半日分ぐらいしか進んでいない。

道は伸びていて道に沿って動いてはいるが、怪我人等が多いのだろうか?


様子を伺いつつ近寄ってみると、すぐさま反応した者がいた。


「…ぇ!」


その声に覚えがある。

周りも良く見てみれば、殆どが知っている。

それもそのはずだ、殆どがサルートの部下たちなのだから。


俺は迷わずノエルを地上に下ろした。

すぐさま駆け寄ってくるのは、俺の―――――。


「兄上…ッ!!」



ボロボロの弟だった。






抱きついてきた弟の嗚咽が止まらない。

心底困り果てて周りを見回すが、周りの表情も暗すぎて、正直誰もが黙り込んだままだ。

何人もの人間がいる中で、ひたすら泣き声だけが響く。


見渡してみるが、リーダー格になりそうな人間は見当たらない。

強いて言えば魔術師であるトリスがまとめ役になっているのだろうか。

しかしまだ見習いにすぎない上殆ど外回りしていないトリスにその荷は重そうだ。


…そこまで考えて、俺は目をそらしている事実を静かに認識する。


(――――兄様がいない)


ここにサルートがいれば、こんな状況になっているはずがない。

つまり、彼らはサルートと何らかの状況で分断し…逃げ切った後、拠点へ合流するために動き始めたが指揮系統が混乱して遅々として進まなかった…と考えられる。

それの示す事は…。


『うん…何かね、胸騒ぎがするの…』


ふいにクララの言葉を思い出した。

そう、何かあったのだ。

本来トリスの傍を離れるはずのないサルートが、部下に任せて離脱するような状況が。


「…トリス」

「ひ、っく…」

「落ちついたか?」


ゆっくり頭を撫で、なるべく動揺を出さないように優しく声をかけると、トリスが頷く。

そっと手を外させ顔を覗きこむと、トリスの顔色は酷いものだった。

何日も寝ていないのだろう、隈まであるその顔に、俺は大丈夫だと言うように笑いかける。


「ゆっくりでいい、何があった?」

「…サ、サルートが…」

「兄様が?」

「僕を…僕を庇って…ッ」

「……」


ひゅ、と喉がなった。

庇って…その後、は?

最悪の想像が頭をよぎる。


「あの…靄の中に…」

「……は? 中に?」


……靄の中、って。

サルートはトリスを庇って靄の中に…突っ込んだ、とか??

あれ? 攻撃は受けてないの?


「まて、最初から状況を頼む」

「え……」

「確か兄様と一緒に、森の中に入ったんだよな? 先行したのか?」

「あ…えっと……」


つっかえつっかえ、トリスが拙いまでの説明をし始める。

立ちっぱなしもアレなので、ノエルにしゃがんでもらい座らせると、周りの騎士たちが空気を呼んだように休憩の体勢を再び取り始めた。

どうやら休憩中ではあったのだろう。

皆が皆、声の通る場所に待機して警戒しつつ、こちらの言葉を聞いている。


詳細はこうだ。

森の中を偵察しつつ魔術師師団が入れる位置を確保するために、入口の索敵に出かけた第一師団の前衛部隊。

後衛は入り口付近に残し、サルートを含む精鋭隊が中に入った。

この時点でトリスの索敵にひっかかる敵はほとんどおらず、綺麗なものだったと言う。


「勿論アルフの事は聞いていましたから…一応習っていた索敵も、使用してました」

「へえ」


…アルフの索敵をトリスが使っているとは思わなかった。

アルフを連れては行かなかったが、トリスに使わせる事である程度の安全は確保して進んでいたのだろう。

サルートらしい保険の取り方である。


そして入口から少々進んでいたところで、中央から点滅する部隊が近づいてきている事に気付いたのだと言う。


「…え? いきなり攻撃されたんじゃ??」

「違います。僕が見つけた時にはまだ1日近くの猶予がありました。すぐさま危険と判断して、森の入口の外側で迎え打てるように撤退指示を魔術師師団の方に仰いだんです。ですが…」

「……」


口を噤んでまた目を潤ませるトリスに無言になる。

そうして見つめていると、近くにいた騎士が近づいてきた。


「続きは俺が、いいですか?」

「君は?」

「俺が伝令役でした。トリス様の索敵で"問題の物体が来ている"と言う事を伝えた処、撤退は許されずせん滅しろと命令されました」

「…は? なんだって!?」


なんだそれ、そんな報告は上がってない。

第一師団が突っ込んだところで靄が現れて分断されたって…

そう…。

…ああ、くそわかった、情報操作されてやがるのか!


「総数から第一師団では不可能、魔術師の火で燃やさないと無理だと副団長の指示も伝えたのですが、聞き入れてもらえず。俺は交渉決裂と言う事で煙筒を打ってから、戻ってきました」

「騎竜師団は?」

「騎竜師団は魔術師の撤退に必要と言われ…貸し出してもらえませんでした」


つまり孤立無援と。

ノエル程でないにしろ、ブレスを使える竜もいただろうに…。

魔術師なんて転移で離脱しろよ…。


「それで…彼が戻ってきた時点であと5時間ぐらいの近さで…どうにもならないと判断したサルートは、責任を取ると言って撤退指示を出したんだ…」

「そりゃ…そうなるわな…」


接近戦がまずいのは一度の偵察で把握していただろう。

魔術師師団の命令は全滅しろと言っているようなものだ。

そりゃあ指示無視してでも撤退するわ、な。


「…問題が起きたのは、その後…だった」

「撤退指示を聞いて怒った魔術師師団のメンバーを矢面に立たせるわけにもいかないので、サルート副団長はこちらに向かってきている敵に対して挟み打ちになるように、森の入口から二手に分けて挟めるように陣を組んだんです」

「それなら魔術師師団に向かっていけば交戦してるのを見て魔術師が反応してくれるだろうし、その段階で挟みこめば多少は…って感じで。それでも森の中だと陣を組むのは厳しくて、もし向かってきたら外へ逃げろと指示が出てました」


そりゃあ、弱点火っぽいなら森の中で迎え撃つのは自殺行為だろうよ…。

何故そんな単純なこともわからんのだ。

マジ使えねェ。


「…火が森についたら、巻き込まれるから…僕は小さな術で各個撃破だったんだけど…」

「?」

「寄ってきた敵を見て吃驚した…陣には点で映っているのだけど、近づいて来たら靄でしかなくて、どこを攻撃していいかもわからないような状況で…」

「…大量だったのか…」

「うん、近づくにつれて数が増えていって…切り結ぶ事は全く持って不可能で。魔術師師団の方も大混乱に陥って…後ろの方は恐らく逃走してたと思う…」

「……」


全然報告されてないんですけど。

しかもその時点で後ろにいた魔術師師団が撤退し始めたとかどういうことだ…。

それでも第一師団はいつでも動けるように伝令を使っていたようだが。


「…あと少しで靄が近づいてくる、という時に…何故か、後衛と魔術師師団の合間で靄が発生して…ッ」

「ええええ…」


なんと言う挟み打ち。

と言うかその靄はどこから発生したんだ…。


「サルートが言うには、零体のまま入口まで出てきて、入口を出た途端に具現化したんじゃないかって…」

「…そういうことか…」

「一人一人靄に囲まれ始めて、サルートは全軍撤退の指示をだしたんです…魔術師がいない状況じゃどうにもならないから、森を出て…状況によっては味方を巻き込む事は考えずに、僕に…撃て…と…」

「…………」


予想以上の凄惨な状況に眉が自然と寄った。

それでもサルートはトリスに魔術を使わせるのは最終手段にしたかったんだろう。

結局大がかりな魔術が発生したとは報告されていない。

正直トリスが派手に動いたとすれば、父上並みの核弾頭レベルの爆発が起こっているはずなのだが、さすがにそんな跡はなかった…と思う。


「ただ、入口付近は既に混戦模様で…。それで森の入口に沿って、違う国境の方に退避したんですが…」

「下手に入口の外へ出ると完全に囲まれる可能性があったので、入口方向ではなく横に逃げたんです。ちなみに別部隊は逆側の国境へ逃げるよう指示されました」

「その途中…」


逃げている最中、トリスは索敵を展開していて点滅する零体も確認していたようだ。

そして何体かはぐれも存在していて、それに関してはサルートやトリスが索敵陣を見ながら目算で焼いて突破。

何事もなく出れるはずが…。


「…入口付近で大規模な爆発連鎖が起こって…僕は、足をやられてしまって…動けなくなって…。それを見たサルートが戻ってきてくれて…」

「その時吹き飛んできた黒い物体が頭上から振ってきて…俺からは二人に降り注いだように見えました」


そこからは阿鼻叫喚の地獄。

他にも近くで爆発に気をとられた何人か靄に取り込まれ、離脱した。

その後は勿論わからない。


「サルートは靄に囲まれかけたまま僕を突き飛ばして…逃げろ、って…」

「……その直後、もう一度爆風が飛んできて見えなくなりました…」

「その後は無我夢中で…追撃をかわして逃げ切りました…」


トリスが嗚咽で言葉を止めると、その続きを騎士が続ける。

そうやって聞いた事実を…。

俺は思ったよりも冷静に受け止めていた。


「…わかった。現在の食糧状況は?」

「逃走時に馬等は失っているので…携帯食料のみ、1日分ぐらいしかありません」

「わかった。数人分はもってきているし、恐らくあと2日ぐらい動けば迎えも来ると思う。ここは隣国に近いから、早めに拠点へ戻ろう」


トリスの頭に手を置いて、撫でる。

ここでトリスを責めるのは恐らく簡単だが…。

そもそも責めてどうなるというのだろう。

サルートはトリスを助けたかっただけで…しかも、致命傷等を食らったかどうかもわかっていない。

今ここにいないという事が、"ある事実"を示しているかもしれなかったけれど。


俺は彼を信じていたかった。


それに…。

トリスはあまり会わないとはいえ、今生の弟だ。

縋るようにこちらを見る彼を、どうして突き放せるだろうか。


「…良く、頑張ったな」

「あに、うえ…」

「あまり寝てないだろう? 近くに敵影はないようだし、少し休め。食糧の分配等はしておくから」

「は、い…」


肩口に寄せ、意識の落ちる弟を抱え直し。

俺はそのまま騎士たちに指示をする事にした。

見まわすと直立不動しかける彼らを制し、事実のみを伝える。


「では、皆さんすみませんお待たせしました。現在、このたびの行軍責任者は俺の父、ユラ・カイラードとなっています。総指揮官の命により、合流するまでの権限を俺がもたせてもらいます。若輩者ですが、よろしくお願いします」

「!」

「ユラ様が来てらっしゃるのですか…!」


わ、っと士気の上がる騎士たちに苦笑が漏れる。

魔術師は魔術師でも、父上は…信頼があるんだな。

反発されたらどうしようと思っていたが、そんな余裕もないのだろう。あと、サルートの部下は基本サルート命化しているので、俺の会話も普通に聞いてくれて動かしにくいと言う事はなさそうだ。


俺はノエルに括りつけていた食料はそのままに、今後の休憩地点などをサルートの直属の部下(勿論俺も何度かお世話になった事がある)と話し合い、その日の野営地までトリスを寝かしたまま運ぶ事にした。



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