悲報
【悲報】がもたらされたのは遠征が始まって2ヶ月目の事だった。
☆
「…半壊?」
「なんということだ…」
ざわざわと音がする。
耳鳴りだろうか、うまく声が聞こえない。
「……先頭は第一師団…」
「突然の黒い霧に…」
「魔術師もかなりの損害を…」
次々と王のもとに集まる情報。
俺は近衛として横にいながら、動く事も出来ずただ見守る事しかできない。
第一報が敵との交戦による報告。
第二報が突然現れた黒い靄のような霧と、森の状況の悪化。
第三報は……黒い霧によって先頭にいて森の中まで入りこんでいた第一師団と、森の外にいた魔術師師団との戦力分断と、靄に巻き込まれた人間の凄惨とも呼べる惨劇の跡…。
靄自体に攻撃力があったと報告はされていない。
ただ、靄に巻き込まれた場所を靄が引いたあとに調べた処、怪我人や死体が積まれる大惨事になったと言う事だけ。
怪我人においても精神に異常をきたしている人間が多く、現状が全く把握できていない状況だと言う。
誰が生きていて誰が死んでしまったのか、全く把握が出来ない状況に、王都は騒然となった。
転移を使い前線に送りだされるものもいたが、皆が皆状況を恐れて人員がまったく足りない状況。
そのため、前回森の近くまで行った人間が出来うる限り駆り出される事になった。
単純な話で、転移術を使う際、使用する際にはその場所に行った事がないと膨大な魔力を消費する。
送ってもらう場合は、送る人間がその場所を知っていなければならない。
送られる方がその場所を知っていると使用魔力は約半分になる。
「靄は引いたそうだが、急いで近くの都市まで飛び事態を収拾せねばならん」
「誰を総責任者にするか?」
誰もが責任者を推しつけ合う中、立ちあがったのは一人。
緊急会議と言う事ですべての師団の代表者が集まったのに、立ったのは一人だけだった。
「…私が行きます」
「ユラ!? お前を行かせるわけには…!?」
「話しあっても無駄でしょう、王。―――1カ月。期間を頂きたい」
「し、しかし…そなたがいないうちに王都に何かあったら…」
王が渋るのに返るのは静かな視線。
しばらく睨み合っていたが、折れたのは王だった。
「…遠征者に親類がいたか」
「義弟と甥と息子が」
「…あいわかった。編成もそなたに任そう」
ローブが翻り、彼は歩きだす。
二歩進んだところで止まり、彼は振り返った。
「―――ユリス。お前も来い」
「は…はい!」
久しぶりに見た父上は毅然としていて。
誰もが見惚れるくらい、強い目をしていた。
☆
それからの数日は慌しかった。
戦死者の整理、死体の冷凍保存、現状の確認…。
死体の惨状は酷いものだった。
第一師団の後衛の部隊と、魔術師の先頭にいた部隊が丁度分断された辺りにいたため、双方に相当の被害が出ていた。
おかしなことに魔獣に切られたような跡はなく、剣で切りあったような跡や、魔術によって焼かれたもの等が相当数に上っており…。
俺の頭の中には嫌な推論が立ちつつあった。
「…父上、お話が」
たどり着いたばかりの父をようやく見つけ、俺はそう告げる。
俺は騎竜に乗っていたため、先行して父の代理に指定されていた。
通常騎竜等は転送しないのだが(使用魔力の問題で)、盟約をしているためノエル自身の魔力総量も転移の制限にかからなかった模様。普通の契約程度だと不可能らしい。
そのため早くから色々取りまとめる事が出来ていたのだが…。
近くの村の建物を使用してつくられた支部の中心で、あちらこちらに顔を出していた父上を捕まえる事が出来た。
「―――人払いが必要か?」
「…はい」
俺の表情を見てあまりよくない話だと気付いたのだろう。
通された部屋は支部の上の部屋で、父上に割り当てられた部屋だった。
「ここならば問題ない。―――聞こう」
「はい」
俺は戦死者の一覧と、死体の状況、遺品の整理が終わった一覧等が書かれたものを手渡し、推論を話す事にした。
正直、これを俺が抱えているのは重い。
だが、伝えなければいけない事だ。
「恐らくですが。…戦死者の大半は『同士討ち』だと思われます」
「……それは、確かか」
頷く。
そして死傷した兵士に残っていた傷や、生き残って錯乱したままの騎士の様子などが書かれたものを指さす。
「…魔獣に噛まれたような跡があるものは、少数で…噛まれた跡が死に関わるようなものではない事も確認されました」
「ふむ」
「不自然だったのは…『噛まれた跡』のある者すべてが…『自殺』している、ようなのです」
「…自殺、だと?」
書かれた死因の一覧を見て気付いた。
『右手首に小さな噛み跡有、死因:短剣による刺傷』
『首筋に魔獣の噛み跡、死因:魔術による暴発』
魔術師であれば暴発を。
剣士であれば、自分の剣等で切りつけている。
そして錯乱したままで縛りつけられている兵士の一人は…目を離したすきに、泣き叫びながら自分の胸に剣をさした、のだと言う。
その状況をまとめれば、考えられる事は明白だった。
「…恐らく、魔獣に噛まれた後に錯乱するのではないでしょうか」
「ふむ…」
「何故自殺するのかまではわからないのですが…噛まれた直後に味方を攻撃…その後自殺、残ったのは死体と自殺する前だった錯乱者だけ…と言う状況だったのでは、ないかと」
気難しい顔をして黙りこむ父に、俺はさらに告げる。
錯乱している人間が喋っている言葉を。
「『いらない』『助けて』『ここはどこだ』」
「?」
「今も錯乱した状態でいる兵士が喋っている事です。強制的に眠らせてはいるものの、食事も取れない状態で日に日に弱っているそうです…」
「どうにもならないのか」
「弱った状態になったところで流動食等は与えられるでしょうが…数人とはいえ、看護も難しい状況のため早めに王都に送った方がいいと思われます」
「わかった、手配しよう。出来れば元に戻り状況を喋ってもられば良いのだがな…」
「そうですね…」
せっかく生き残ったのだから、出来れば復帰してもらいたいところだが…。
見に行ったがまったく焦点があっていない状況だった。
中には見たこともある人間もいて…正直気分が暗くなった。
「…それから第一師団、ですが」
「……」
「現状、森の中まで索敵する事が出来ず生存は未だ不明です。生き残っていた魔術師のかなりの数が引き上げてしまったので入口付近までしか捜索できませんでした。負傷した者が多すぎるので、残ってもらっている魔術師に関しては捜索より回復等に手を裂いてもらっている状況です。」
「…なるほど。では私が行おう」
「助かります」
…軍団の後ろの方にいた魔術師に被害はなかったのだから、すぐさま捜索を行ってくれていれば情報ももっと増えただろうに…。
何故そこで転移まで使って逃げ帰るのか。
っていうか師団長来たのに戻って来いという要請に応えないってマジどういう事なの…。
つっかえねえ。
残ってくれてる魔術師は平民の出が多く、「お役に立てないかもしれませんが」とか俺にも低姿勢で言ってくれてるのにね。
いや、そこまで気にしてくれなくてもいいのよ?
確かに師団長の代理だけど権限は大してないんで。
「…ユリス」
「はい?」
「確かアルフと、黒い物体に関しての索敵の陣を研究していたな?」
「え、はい」
…アルフ末端とか言ってなかったっけ?
研究内容まで把握してる父上に目を瞬かせると、サルートに聞いた、と一言帰って来た。
…だから兄様はどれだけ暗躍してるんですか。
「…本来ならアルフ本人を連れて来たかったのだが、転移の許可が下りなくてな。研究したものが手元にあるならば教えてくれ」
「あ、はい、取って…いえ、今書きます」
「頼む」
転移の許可…。
ああ、アルフの魔力じゃ自分で転移は無理だもんな…。末端すぎて転移許可が下りなかったのか。
ここは前線とも言える位置のため、戦闘能力があるものを筆頭に編成したらしく、そのどれにもひっかからなかったアルフは連れてこれなかった…と言うことのようだ。
俺? 俺は黒騎竜連れてるだけで戦闘能力値は結構評価が高いです。
手渡された紙の一枚一枚に、いくつか書く。
おそらく『悪意ある魂』で把握出来ると思うが、他にも候補はいくつかあるのだ。
「…表示はどのように?」
「お前も見れるように」
「じゃあ、書き取れるように空中に表示させます」
記憶力に自信はあるが、どの程度映るかわからない。
森の規模を考え、入口から若干入った広い位置までを指定出来るようにする。
一枚描きあがったものを魅せると、父上は溜息をついた。
「これはまた…操作が厳しいものを…」
「ある程度は魔力だけで修正できると思いますよ」
「こんなもの修正したら枯渇する…まあいい、やってみよう」
…父上が使うならいいかな、と。
こっそりある程度の魔力の高いものも映るように変更してある。
ほら、トリスもサルートも突出してるのでこれなら表示が出るはずなのだ。
「…ここの指定はトリスとサルート用か?」
「はい。どちらかが見れればその周りに第一師団がいる可能性が高いので…」
ちなみにトリスだが。
サルートにくっついて回っていたらしく、ほぼ同じ位置にいると思われる事がここにきて確定されている。
…つまりは…。
「…行くぞ。『反射せよ、叡智なる光』『その光非生命通すこと能わず』…」
流れるような詠唱に聞き惚れる。
アルフはアルフで制御は上手いけど、父上ほど魔力を通すのが上手いわけではないんだよな…。
陣を見ただけで内容を理解するのはさすがと言える。
発音は多少甘いが、その点は魔力だけでカバー出来る強みが父上にはある。
ああいいよなあ…俺も使いたい…。
ん? 危ない事考えたな。
「…森の中央…危険だな」
「うっわ…」
一つ、一つと浮かび上がっていく赤い点。
それは少しずつ中央に引いているようで、こちらには向かっていないがかなりの数である事がわかる。
…恐らくこれが襲ってきた靄の正体だろうか…。
「…魔力が高い点も結構あるな…」
「ホントだ…魔の森の中央にはここまで魔力の高い魔物がいるんですか…」
対象を若干引き下げてはいるが、見習い魔術師程度なら引っかからないように制限してある。
それでも映るって事は相当だ。
あと、中央に向かってはいるものの、まだ入り口付近にも数点魔物らしき点が存在した。
こちらの表示は若干色が違うので、恐らくあの零体だろう。
非生命だから赤い点。魔力に関しては青い…ん?
「…森とこちらの国境ではなく、隣国とこちらの国境ぎりぎりに青い点がありますね」
「む。本当だ。5…いや10近いか。一つ大きいのがある」
「…トリスじゃないですかね、これ」
「!」
アイツの潜在魔力は正直洒落にならないレベルなので…。
一線を画して表示されるはずなのだ。
サルートも一般魔術師以上ではあるが、魔術師の中で高位レベルのトリスとなると桁が違う。
サルートも一緒だろうか。
「ここからだと馬では5日はかかるな」
「俺なら1日で行けます。多少の食糧を持って合流してきます」
「! 一人でか」
「危険なようなら戻ってきますよ」
「しかし…」
この点がトリスとすると、かなりの距離を離れて逃げている事になる。
現状周りに黄色い点がないので巻き込まれたかは不明だが、食糧などが足りていない可能性が高い。
それにあの国境付近だと隣国に無断に入るのも相当拙くこちら側に戻ってくるしかないため行軍も非常に厳しい可能性が高い。
「怪我人がいるかもしれないので、多少の薬草等も積んでいきますね」
「誰か同行は?」
「…速度が落ちます。トリスが動ければ特に問題がないはずなので、風の加護だけかけて後は気力で飛ばす事にします」
「…わかった、行って来い」
「はい、失礼します」
王から援助用の食糧など手配されているし、元々ここに魔術師師団がいたため他にも軍備は多少残っている。
近くにいた魔術師に風の加護をなるべく長く続くようにかけてもらい、俺はノエルと慌しく出発した。
伏線回収開始です。
10話ぐらいで収まりたい所…。