噂と誤解
そして前が短い分長いと言う…。
魔法の説明回です。
なんとなく理解出来れば多分問題ありません。
「クララ? どうした?」
「あ、ユリス…」
サルートが王都を出発して1カ月が経った。
俺も遠征に次ぐ遠征でまともな近衛見習いとして動くのは久しぶりで…トリスと対話する可能性も見ていた、のだが。
トリスは遠征について行ってしまっていたので、またすれ違った形だ。
同じ近衛なのにルルとは多少会う事はあっても、トリスと会話する事はこの2年間殆どなかった。
というのも、トリスは近衛見習いでありながら魔術師師団所属でもあるからだ。
最初は宮廷魔術師に、と望まれたらしいのだがトリス自身が断り。
魔術師師団の一員として動く事を望んだらしいのだが…身分が高いため、一団員として所属は拒まれ。
結果二足のわらじ、という。
そういえば父上も俺が生まれたころは近衛所属だったらしいしな。
ある程度の見習い期間においては魔術師師団の一員としては地位が低くなってしまうため、近衛に一度配属が通常らしい。
…色々面倒だなあ。
「なんか顔色悪くないか?」
「ん、ちょっと最近熱っぽくてね…」
近衛師団は王が遠征に出ない限りは基本的な護衛と、竜の世話が中心の生活となる。
いまは非常事態と言う事も有り、王の周りが手薄になりがちのため男の団員はほぼ王の周辺で警護に当たっているのだが…。
久々に竜舎の前で会ったクララは、何故かフラフラしていた。
「この前も休んでたよな?」
「え、うん。暑くなってきたしね…」
「まあ確かに。この気候で遠征とか大変だよなぁ」
「…そ、そうね…」
この国では王女は一人しかおらず、王子は二人。
必然的に女性団員が警護に当たる人数は少ないためクララは外回りが多い。
まあ元々彼女は身分的には侍女に近く、竜に乗れる故に王城へ勤めているようなものだから、警護には回されないのだろう。
この辺りの身分制度はよくわからない。
クララもそう言えば魔力値はそんなに高くなかったか。
「あ。あのねユリス…」
「うん?」
「第一師団って今どのあたりにいるのかしら?」
クララから質問が飛んできて戸惑う。
彼女が他の団の事を話すのは珍しい。
気を使いすぎるのか、彼女は基本的に当たり障りのない会話が多いからだ。
「んー…王の話では、そろそろ森の手前の都市につくって話だったけど。特に何があるわけでもなく順調な旅路らしいですよ」
「そ。じゃあ予定通り帰ってくるのかしら。ほら、この気候じゃない? 何かあったらヤダな、と思って…」
「大丈夫じゃないかな。ここのところ急に暑くなったし…例年より1カ月は早い夏期になりそうだけど、本格的な夏に入る前には終わる筈」
メインのメンバーは転移で帰ってくるような気もするけどなあ。
転移を使うには膨大な魔力を使用するため、基本行軍は必須。
だが、場合によっては要人は行きは徒歩で帰りは転移、とか普通にあるからなあ…。
行きを転移にして後から合流もありえるが、サルートがソレをやると怒られるらしく使用しているのは殆ど見た事がない。
まあピクニックもそうだよね。帰るまでが遠足です。
思案しているらしく黙りこむクララに首を傾げる。
…本当に珍しいな。
彼女が何かを考え込んでいる姿を見るのも久しぶりだ。
「…何か気になる事があるのか?」
「うん…何かね、胸騒ぎがするの…」
遠くを見る目。
桃色のノエルの母親竜を撫でながら、クララが呟く。
俺はただ、彼女の横顔を見つめている事しかできなかった。
☆
数日後。
今度は俺は、魔術師師団の研究塔に来ていた。
…何故俺がここに。
「む、来たか。まあ、入れ」
目の前にいるのは名無しA改めバーン。
近衛の仕事をしている最中、魔術師師団長から、研究手伝いの要請があって、俺はここに来る羽目になった。
研究手伝いって!!!
ここ2年半のうちで初めての出来事に俺は戸惑いを隠せない。
そりゃあまあ、研究塔には一度来てみたかったけど、さー…。
花の1塔なんて日々研究らしく、しょっちゅう爆破とか起こってるし。
面白そうだよね、ただ俺の身の上を考えると明らかに立ち入り禁止だけど。
近衛に勤める際に、魔術師塔によく立ち入る皇太子の護衛は外されたもんな…自分の身を守れない、と判断されている俺にとって魔術師塔は鬼門とも言える場所だ。
魔術の暴発の余波で死亡とか本気で笑えないからな。
「…ここは、個人研究の塔なのか?」
「ああ。別名隔離塔とも言うな」
「……」
隔離とか。
何その洒落にならないネーミング。
「…危険はないのか?」
「ないな。そもそも魔力暴発を起こすほどの魔力の持ち主はいない。専ら(もっぱら)既存の魔術陣の威力調整等が専門だ」
「へえ…」
1番目の塔は攻撃魔術の研究塔で、花の1塔と呼ばれている。エリート一直線の施設だ。
2番目の塔は回復・支援魔術の研究塔であり、こちらも別方面でのエキスパートが多い。
ただ、王城の端にこんな施設がある事は結構王城を歩き回った俺でも知らなかった。
3番目の塔は規模も小さく、ひっそりと建っていた。部屋数もせいぜい2桁だろうか。
見た事すらなかったのは1と2の塔の影にあったからだ。そもそも俺は魔術師の領域に殆ど顔出し出来ないからな。
「まあこれでもここ数年で待遇改善されたんだがな。昔は魔力が低い魔術師の墓場とも呼ばれていたらしいぞ」
「うへえ…」
「俺も5年前ここに来た時はなんて処に来たもんだと思ったさ…」
遠い目をするバーンにくっついて、階段を上る。
なんていうか、作りもレトロだな…1塔なんてエレベーターもどきの簡易転移陣とかホテルかと思うような施設とか満載だもんな。
そういう意味では質素な建物である。
「ここだ、入れ」
「お邪魔します」
部屋に入ると意外にも整頓されていて、窓からは日の光も差し込み居心地のいい空間になっていた。
…なんて言うかいろんな意味で印象を裏切ってくれる奴である。
絨毯とかなんか滅茶苦茶趣味よさげなんだが…!!
「で、だ。研究内容なんだが」
「索敵陣じゃないのか?」
ソファに向かい合わせに座り、一息つく。
来る時間も予想されていたのか、テーブルには簡単な茶菓子。
お茶も用意されている。
冷めているかと思ったが、湯気が立っている処を見ると保温機能のついた道具なのかもしれない。
魔術を使用したような形跡がないが、息をするように魔術行使する家族がおかしいんだよな、うん。
サルートとか不器用だからという理由でお湯を沸かすのに魔術使うからな…。
「正確に言うと索敵陣の発展だな。隠蔽されている敵を視認出来なかったから、せめてもっと予兆等を発見できないかと思い、上に相談したんだが…」
「ふむ」
そう言えば光を使用した索敵だったか。
金魚のフン的な認識しかしていなかったけれど、前回を見る限り何気に研究馬鹿な一面もあるっぽい。
そういえば2年前は誰かの後ろにいるのを見るのが多かったが、サルートにつれてこられた後は一人でいるのしか見なかったな。
いつの間にか、俺に突っかかってくる名無しBの後ろにはいなくなってたし。
…あ、ちなみに俺にやり込められた名無しBはいまでもときどき見ます。うざい。
「サルート副団長が一言ユリスに相談したらどうだ、と」
「ぶ」
サルートさん何やってんですか…。
いやいや、確かに研究とか好きで網羅はしてるよ?
してるけど俺自身は魔術使えないんですよ??
「なんだそれはと思ったんだが…」
「そりゃ思うわな」
「『発展なんて発想だろ。魔力が必要な事じゃない』と」
「……」
「言われてみれば確かにと思ってな。…べ、別に! お前ともう一度話してみたいと思ったわけじゃないからな!!!」
いやそこまでは聞いてない。
っていうか、話してみたいと思ってくれたわけだ?
どういう風の吹きまわしなんだろう。
「そ、それに…! お前、クララさんとどういう関係だ!」
「クララ??」
「ああ。か、彼女はその…恩人の娘さんなんでな!」
「だから気になると」
「ああ!!」
顔を真っ赤にしながら言われても説得力ないんでーすがー。
…はあ、青春だねぇ?
まあ、ただの友達だけど。
「クララは友人。お互いに恋愛感情はないよ」
「な、そんな事は聞いてないっ」
「だって関係聞いたじゃないか。心配しなくても、そういう関係は一切ないよ」
「そ、そうか…」
話してみたいってそれが気になってただけなんか…。
まあ、いいんだけど。
そんなに時間をもらってるわけでもないし、とっとと先を話そうよ。
「で?」
「で、とは」
「どういう改造をしたいんだ?」
「え…」
え、じゃなくて。
今お前、俺を呼んだ目的忘れてただろ。
おろおろしながらノートを取り出すと、テーブルの上に開くバーンを生ぬるい目で見つつ、俺は慎重に待つ。
変に魔力暴走起こさせたら大変だしな…。
「ええと…俺が使っている陣はこう、なんだが…」
丸い陣に書かれているのは、力の使用の方向性や、索敵対象などが細やかに指定されている陣。
指定が細やかな分、大がかりな魔力を使いそうに見えるがそこは周りからの状況を集める際に空気中に散っている魔力を使用しているようでそれほどの消費量はないように見える。
…へえ…。
コレはマジで面白い。
「基本の使用は光を跳ね返す部分が陣に映るようにしている。外から見えると警戒される観点から、基本は瞼の裏に出している。剣等は映らないように調整してあるから、近くに来られるとハッキリ言って死ねる」
「本気で索敵特化だな」
「ああ。で、問題なのが霊体など光を通すモノは映らない…飛んでくる魔法等も、だ。防御面が脆いのはそもそも一人で使用する想定をしていないからで、一人の時は規模も狭くするようにしているが…」
「ふむ…」
「魔力消費を抑えつつ精度を上げたいんだが、コレ以上思いつかなくてな」
魔術陣が数枚描かれたノートを見比べながら、楽しくなってきて俺は陣にいくつか線を引いた。
ああ、こう言うのやるの久しぶりだなあ…。
最近は読むだけで、発展させると言う事に意識が向かなかったから。
改造しても自身が使えないから使い勝手がさっぱりで、脳内で想像するだけで終わってたんだよな…。
でも元々は研究とか大好きなんだ。
「んー…まず、気になってたんだが」
「ん?」
「詠唱する時に何箇所か発音が違ってて無駄に魔力使ってるから、そこ改めれば必要魔力は減らないか?」
「……は????」
いや、ずっと気になってたんだ。
この際なので、言ってみようと思う。
とんとん、と該当する位置に指を動かし、一つずつ発音してみる。
「まず、『跳ね返る』だけど、ここは『反射』で。『ふりかざす』じゃなくて『当てる』。威力調整の部分はこのままで十分。『生命に非ず』じゃなくて、『非生命』。言葉が増えるとその分使用が増えるはずだか…」
「まて! まてまてまて!!!」
「何」
ノートに書き込みを始めるバーンに首を傾げる。
ああ…発音は1回聞いただけだと厳しいか。文字の方が確かにマシかな?
何箇所か書き直してみると、明らかに必要魔力が格段に減っていた。
うんうん。
「次に対象だけど…零体を写すには、本当に別方向で行くしかないと思うんだよな。思いつくのが浄化対象の察知なんだけど…どう組み込んだら見えるかは一々試さないと恐らくわからない。通常の零体なら『魂』で映るはずだけど、魔の森は生命ある物体が多すぎるからこれで索敵すると恐らく対象が多すぎて陣が壊れる」
「ふむ」
魔力が有り余っていれば注ぎ込めるだろうが、元々陣自体に殆ど魔力を使用していない陣では限界を作らないと無理すぎる。
後は除外対象を増やすか、だな。
「あえて『非生命』が入ってる(恐らく剣をうつさないための指定)のに、映ってないって事は…他の部分がまずい。つまり、『光を反射する非生命は映らない』に指定がされているから映らないわけだから…索敵方法を変えるか非生命も映るようにするしかないはず」
「そもそもそこからか…」
「条件が後から入ってるせいかもしれないな。多分命令系統が2回になってる。この陣、生命映るんだろ?」
「映る」
「で、除外する事で魔力消費を抑えてるわけだから…映らない非生命の幅を狭くする、のがいいんじゃないかな」
「…ほう?」
陣にさらに書き加え。
俺は呟いてみる。
「うつったら邪魔なもの…剣・魔法・背景にある木々…だよな? それを1つにまとめてるから消費が少ないけど、映らない…から。映る方を指定して見たらどうだろう。最初に指定されてる方は除外されてる部分に該当しても映ってるわけだから…」
「最初の『反射』する標的の方に指定を入れるのか」
「うん。何を指定したら映るかまではちょっと思いつかないが…あの物体だと、『悪意』とか『害意』とかで映りそうな気はするな」
「標的への感情指定は、広範囲の索敵には向いてないぞ?」
「うん、ただ現れた法則も謎だったしね。『悪意ある魂』とかどうだろ」
「ああ…標的じゃなくてすべてに置いての魔獣の感情の方か…」
頷くと、バーンがこちらをじっと見てきた。
…な、なんだろうか。
やりすぎたか?
「…ふん、参考になった。この方向で改善して見よう」
「お、おう…」
…だから何故にじーっとこちらを…。
…なんか…微妙に落ち込んでる?
「まだ何か…?」
「いや。…噂は噂でしかない、なと」
「…噂?」
首を傾げると、バーンの口元が歪む。
まるで泣きそうな顔に、俺は居心地が悪くなり姿勢を正す。
…何度か口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していたが…やがて重い口をバーンは開いた。
「…お前は自分の噂を知っているか」
「面と向かって言われるくらいだけど」
「…『師団長が身内贔屓』と言う話は?」
「?!」
…何故ここで父上が出るのかわからず目を見開くと、バーンは静かにこちらを見返してきた。
そして指を上げると、1冊の本がその手に収まる。
開いたページには、特許というか…ある魔法陣が書かれていた。
「…今では有名なくらい有名な、風の加護の陣だが」
「ああ、騎竜士も良く使っているね」
「コレの作者名、魔術師の塔の記録ではお前だって知ってたか」
「………え…」
本をマジマジと見ると、確かに俺の名前が刻まれている。
…なんで。
だってこの魔法陣の開発者は、公の資料では俺ではなく父上の名前で―――――――。
「この陣の開発がされたのは16年前。当時の申請時に、師団長はお前の名前で申請していた」
「……だって、これは…」
「『息子と共同で開発したものだから』と」
「!!!!」
当時の俺は4歳。
まだ、神童と呼ばれていたころ。
教えられる魔法のすごさに夢中で、毎日のように訪ねてくる父上に、戯言のように研究を繰り返した。
その中の一つで。
確か用途は、遅く帰ってくるのが多かった父にもっと早く帰ってきてほしいと言うような、そんな他愛もない理由だったように思う。
…子供返りしてたな俺。だって毎日が楽しすぎたんだ。
「…後申請されているのは、学生時代の騎士が使用する基礎魔法の改善だったか」
「まあ、それも確かにやったけど…」
「ああ。今の勢いを見れば馬鹿でもわかる。お前自身が魔術の発展に関しては得意なんだろうとな」
「う、ん…?」
言い方にひっかかり、首を傾げると。
バーンは自嘲するように口元をゆがませ、本を閉じた。
「…『魔力のない奴が研究なんぞ出来るわけがない。師団長が勝手にやって名声を与えてるんだ』」
「…!?」
「もっと酷いのも聞いた事がある。魔術師学校に通っている学生にとっては、よく聞く噂だ。学生時代の噂も酷いものだったさ。騎竜に関しても卵の段階で隷属したんじゃないかとか、金をかけてどうこうというのすら聞いた。成績に関しても師団長が金を払って無理やり入れた、成績が落ちただけで学校を脅した、退学になる処を金で留めたと色々黒い噂があった」
「……」
「まあ、お前の弟は否定してたが返って信憑があると思われていたな」
トリス…。
一応否定してたのか。
いやまあ、そうだ、よな。
アイツ自身に裏表がない事は、俺が一番よく知ってる。
「…俺は、努力しない奴が嫌いだ」
「はあ」
「魔法を使えないと聞いて、使えるまで頑張らない方が悪いとすら思っていた。俺自身、魔術師に向いてないと散々言われながら、頭一つでここまで来たからな。だから俺はお前が大嫌いだった」
「……」
出会った二年前を思い出す。
ええと…『魔法を使えない奴がえらそうに』だったっけ?
…つまり最初から完全に誤解していたと。
「……かった」
「ん? なんだ?」
ぼそりと呟く声が聞こえず聞き直すと。
バーンは顔を真っ赤にして背けながら、もう一度呟いた。
「…悪かった」
「はい?」
「…ッ、今日は助かった! 実験は出来んがある程度はやってみる! もういいから帰れ!」
…帰れて。
な、なんだかなあ。
なんでそんな偉そうなんだ結局は…いや、まあなんか、面白いからいいけど。
「ああ、上手く行ったらまた教えてくれ」
「…わかった」
ソファから立ちあがり、出口へ向かう。
その間俺の後姿をバーンは見ていたようだが…ドアが閉まる寸前、彼はまた呟いた。
「…また来い。歓迎してやる」
ぱたり、と閉まるドア。
あえて開けるのも微妙なので、俺は階段に向かい足を進める。
…。
「…素直じゃねぇの」
だが、悪い気はしなくて。
俺はリズムをつけつつ、とんとんと階段を下りて行った。
ツンデレアルフと愉快な噂たち
と言うタイトルにしようか真剣に迷ったのは秘密です。
以下、わかりにくい割に今後説明も出てきそうにない伏線のネタバレ。
「騎竜に関しても卵の段階で隷属したんじゃないかとか、金をかけてどうこうというのすら聞いた」
→騎竜を契約できなかった貴族の戯言。第一師団長(叔父上)が甥のために貴族を近づけさせなかったのでは? という妬みから発生。
成績に関しても師団長が金を払って無理やり入れた
→入学が遅れたため多めに入金したのが原因。
成績が落ちただけで学校を脅した
→上級クラスになった際の親の抗議のせい
クラス退学になる処を金で留めた
→だから寄付金が(ry
いずれも閑話にバレバレ状態になっていたかと思います
尚、風の加護登録に関しても父親的にはきっと「俺の子供はすごいだろー」的な自慢でしかなかったと思われます。
魔法の説明もいるかなあ…。