黒い影
開けて翌日。
尚、偵察が済んでいないので他の部隊は森の入口に比較的近い村を背に、森から3時間程度の距離の街道付近で野営続行。
ちなみに周辺の魔物は既に倒されているが、偵察時にいたでかい猪が出てくるかもしれないので防衛の陣を組みつつ、近くを通った際に照明弾的なものを上にぶっ放す予定になっている。
本来ならそういった道具を持つのだが、サルートがいるので持ちモノ的には割愛。
アレ重いんだよね…。
で。
偵察特化の魔術師とやらですが…?
「…」
「…」
クララと連れだって予定地に近づくと、そこにいたのはサルートと、どこかで見たような…。
見たような…。
ええと…。
…ああ、名前聞いてないわ。
「…おはようございます、サルート、名無しA」
「ちょ!?」
「な、貴様!!! 誰が名無し…ッはッ!? クララさん!」
「あ、おはようございますサルート副隊長、アルフレッド」
叫ぶ声を無視してクララが挨拶する。
へえ、アルフレッドっていうのか。
まさにAだったな。イヤ単純にAから振っただけだけど。
しかしクララが呼び捨てって珍しいな?
「クララ知り合い?」
「え? うん、同郷なの」
「なるほど」
呼び捨てって事はクララの方が身分的には高いのかな。
確かルル曰く、[ろくでもない貴族のはしくれ]? だったっけ?
クララは確か父親が地方領主だったはずだから…まあ同郷なら上だな。
「き、貴様ルル君だけでなく…クララさんまで…っ」
「ハイ、まったまった!」
「!」
何か言いかけるアルフをサルートが問答無用で口をふさぐ。
むーむー!! と言っているがまあ魔術師の腕力じゃサルートにかなう事はないだろう。
ばしばし腕を叩いているが恐らく蚊程も効いていないに違いない。
哀れ。
「ユリスもけんか腰になるなよ。昔なんかやったらしい、ってのはルルに聞いたが」
「いえ、別に。ルルに名前を聞く価値もないと言われたので名前を聞いてなかっただけです」
「……」
サルートが微妙な顔をする。
そしてアルフが涙目になっている。
あれ、鼻もふさいでない? 息出来るんかね。
「…はあ。ユリスは攻撃してくる奴には好戦的だからな…おい、アルフ」
「うー! うー?」
「とりあえず、お前喋ると絶対悪化するから喋るな、叫ぶな、落ちつけ。わかったな?」
「うー! うー!」
真っ赤になりながらコクコク頷くアルフ。
ああ、やっぱ息出来てないなアレ。
クララがどうしたらいいのかわからないようで、曖昧に笑っている。
何気にクララ日本人的スキル高いよな。
「ぷ、ぷはっ」
「はあ。全く、顔合わさせる前に色々説いて置いたのにユリスの一言で台無しじゃないか…」
「え、すみません?」
「まったくだ」
さすがに酸欠で叫ぶ気力はないのか、アルフが崩れ落ちたままぜいぜい息をしている。
それを見ながら、クララに目を向けると。
クララはアルフに近づいているところだった。
「アルフレッド、ユリスは私の友達だから…酷い事しないでね?」
「…く、クララさん…」
「ね?」
「はい…」
??
どういう関係だ、クララの言う台詞にさらにショックを受けたかのようにがっくりしている名無しAがいるぞ。
あ、サルートが苦笑してる。
もしかしてクララとアルフの関係知ってんのかな?
「まあ、よろしくアルフレッド」
「き、貴様に呼び捨てされる筋合いはないぞっ!?」
「さん付けされたいのかよ」
「う…っ」
それはそれでなんか嫌だよね。
うん、俺も嫌だ。
「…名字で呼べ。俺の名は、アルフレッド・バーンだ」
「はいはい、よろしくバーン」
「ふん! 今回限りだからなカイラード! どうしてもと言うから来てやったんだ!!」
「はあ」
なんでこいつこんなに偉そうなのかなあ…。
いやまあ、働いてくれるならいいんだけどね。
サルートが保証してたくらいだから、性能自体は良いのだろう。多分。
「じゃ、クララ。バーンよろしくー」
「はーい」
ノエルを大きくしてサルートに先に乗るように促すと、何故か真っ赤になる名無しAが…。
…?
なんだよ。
なんで目を見開いてこっちをじっと見るんだよ!!
「な、ななな、なんで俺がクララさんの後ろなんだ!?」
「ノエルに乗りたいの?」
「え、いや、そ、そうではない、が…っ!!」
「むしろ俺の後ろに乗りたいの?」
「し、仕方ないと諦めていたと言うか…!」
諦めてたんだ。
何、意外に面白いなこいつ。
偉そうなのは仕様っぽいけど。
「…ユリス。森まで遠いんだ、乗りながら話せ」
「はーい」
だってしょうがないじゃん。
ノエル人みしり激しいんだものー。
クララの契約竜とであればノエルが意思疎通して動いてくれるだろうし、多分支障はないはずだ。
ひらり、とノエルに乗ると慌ててクララの後ろに乗ろうとして落ちたアルフが見えた。
…うん。
落ちつけ、何故座ってる竜からずり落ちたんだ…。
☆
『…範囲内に敵影なし。続行』
通信具から伝わる声に、俺は頷きつつノエルを動かす。
サルートとの二人乗りは久しぶりだが、風の加護の威力が高いサルートを乗せているので特に不都合はない。
魔術にも熟練度とかあるのかねー、他の奴らがかけるのより明らかに威力違うし。
そういえば騎竜士が使う風の加護は人にかける時と威力が違うとか聞いたことあるな、魔法はホント謎だらけだ。
ちなみに通信具だが、遠距離では使用できない。
この通信具は隊から隊への伝達などで使用するもので、一般兵士は持っていない奴だ。
勿論今回はサルートが自前のと、予備を借りてきてアルフに渡していたと言う事になる。
さて飛びながらサルートに聞いたところ、アルフの魔力と言うのは何か方向性が面白いらしく。
魔力自体はさほど高くないらしいのだが、細く長く出す、と言う意味で索敵に一番向いている力の使い方をしているのだと言う。
聞いた時、普通に感心した。
この世界、派手な魔術を使うやつは何人もいるがこう言った方向性で使用している人ってのは初めて見たのだ。
コレで偉そうじゃなければ尚更いいのだが。
「前襲撃受けたのはどのあたりだ?」
「あと10分ほど飛んだところでしょうか。中央は見えなかったので、それほど遠くはないと思うのですが」
いたるところに森が有るため、目印となるものは殆どない。
体感が便りだが、ある程度のノエルの索敵加減から見てもそろそろのはずだ。
『…ん? なんだこれ』
「どうした?」
さらに続けて飛んでいると、アルフの不思議そうな声がした。
ノエルの上からクララの方を見ると、アルフは魔法陣を出したまま首を傾げている。
…目をつぶってるのはまぶたの裏にレーダーでも出しているのだろうか。
『いえ…きの、せいかもしれないんですが…』
「なんでもいい。報告しろ」
いや、なんかあの偉そうな声で敬語使われるとマジ違和感あるわー。
すまん、変だとか思っててすまん。
『…敵影というか。霧…? 何か、ひっかかって、また消える、を繰り返してるような…』
「どのあたりだ?」
『範囲のギリギリ外なんで…右斜めに5分ほど』
結構遠いな。
騎竜、すごい早いから5分なら相当な距離がある。
というか霧? 靄? 嫌な予感しかしないな。
「行ってみよう。クララは後方からゆっくり来い。アルフ、敵影が定まったら報告」
『わかりました』
『…了解です』
見渡す限りの空には何も見えない。
いい天気でいい気候だ。
…そう言えば、昨日もいい天気で見晴らしが良くて。
何も感じなかったはず…なんだよなあ…。
『…定まりません。位置的には、いまそちらがいる辺り…うわっ!?』
「どうした!?」
『ふ、増えて…る…上…いや、下だ!!』
「ノエル、森に向けてブレス!!」
「おい、ユリス!?」
高度を下げて森にブレスを吐かせると、空間が歪む。
ブレスがブチ当たって何箇所か穴があき、そこから黒い塊がハラハラ落ちた。
若干森に火が付いたっぽいが、後回しだ。
「うお!? なんだありゃ!」
「ノエル、上へ!!」
高度を上げて、クララの方へいったん下がる。
何があるかわからないがまだいるかもしれない。
『ええ…っと、まだいる。1…5…うわ、どんどん増える…』
「クララ! いったんさがってくれ!」
『了解!』
撤退するクララに合わせ、位置を外れる。
少し離れてから先ほどの位置を見ると、太陽の光に混じって少し木が歪んで見えた。
「なんでしょうあれ…ステルス?」
「よくわからんけど光が曲がってるな…」
『…また消えました。今は見えません』
消えた、という言葉と同時に多少歪んでいた景色が元に戻る。
高度を上げるとよくわかる。
正面から見ていた場合はわからないが、上から下に見ると森が背景になるせいか、木が曲がって見えるのだ。
「何匹いるかわからんがこれは厄介だな…視界にも入らない、隠蔽の魔法持ちってとこか…?」
「ですね…索敵無しだとホントにわかりません。あとノエルの索敵に引っかからないので『生命』ではないのかも」
ノエルの索敵は基本相手の生命を探している、らしい。
魔法の索敵はいろいろあるが、アルフのは恐らく…。
『…消える時は光も跳ね返さないので、完全に溶け込んでいてこちらに干渉できないのかもしれません』
「なるほど。【零体】だな」
『あ、あんな凶悪な零体は見たことないですよ!?』
…だよな、おそらく光を当てて跳ね返ってくる様子で索敵してるんだろう。
光を通さない敵は、零体…つまりは魂とか、そういうこちらも相手もお互いに干渉できないモノを言う。
いきなり具体化するのでレーダーに映る、とかその辺じゃないだろうか。
そんなの聞いた事もないが。
「大体把握した。ユリス、前とは同じ位置か?」
「正確には覚えていませんが、位置は殆ど変っていないと思います」
「なるほど。動かないのであれば今回はここまで来ないだろうから対処出来るな…よし、戻ろう。せん滅するには威力も、対処法も心もとない」
『『了解です』』
サルートの一言で後方に下がりつつ撤退する。
その道すがらも索敵は続けているのか、アルフは嫌そうに一言つぶやいた。
『…点滅してるみたいに具現化を繰り返してますが、動きませんね』
「近くに来るやつだけを対処なのかもな…数も検討がつかん」
「と言うか結構離れても確かめられるのか?」
『ふん! 俺を舐めるな。一度確認した物体なら多少遠くても追える!』
ほー。
何気に高性能だな、名無しA君。
今度からちゃんと名前で呼ぼう。
『なんだ、黙りこくって! 文句でもあるのか!』
「いや、すごいな」
『はっ??』
「陣を出してる時も思ったけど持続性を周りから魔力取り込みつつ永続処理してて、さらに範囲も広がるのか。バーンは展開が上手いんだな」
『…………………』
…あれ?
俺、なんか変な事言いました?
クララの騎竜に近付けて近くへ飛んで見ると、何故かアルフは索敵したまま固まっていた。
おーい…?
「…なんだかなあ…」
「俺、なんか変な事言いました?」
「いや、別に? 強いて言えば索敵は使用中ずっと魔法陣は見えるけど、展開がどうなってるかを分析出来るお前の頭脳もそれなりにやばいと俺は思う」
「……? いえ、索敵陣は基本形は全部覚えてますよ? 見たことなかったから独自なんだと思ってすごいなと」
首を傾げるが、サルートは苦笑するばかりだ。
俺が何をしたと言うんだ…。
なんでクララまでこちらを見て曖昧に笑ってるんだ…。
アルフがはっとしたようにこちらを見て、何故か叫ぶ。
『ふん! お前よりよっぽど役に足つだろう!?』
「そうだな。俺は索敵出来ないから、助かったよ」
『……………………』
だからなぜ黙るか…。
沈黙に支配されつつも、その沈黙は特に居心地悪いものでもなく。
顔を真っ赤にしたまま固まるアルフを横目に見つつ、俺はひたすら首を傾げたのだった
霊体と書きたいのですが何故か変換が零体になるので、まあこっちでもイイかなと思ってこっちになりました(なんと言う適当加減…)
存在しない=零
と言う意味合いです。
霊体でも間違いではないかな。統一しようか迷いました。
そして名無しさん復活。男のツンデレはただの作者の趣味です。
ご指摘がありましたので注釈。
通常の魔術師は、魔力差が存在しない限り魔法陣は見えない仕様です。
しかし、策敵陣に関しては「一般人でも魔法陣が見える」状態となります。レーダー代わりに使用したりするためと思っていただければわかりやすいかと思います。
また、主人公は詠唱で魔法陣に関しては想像する事が出来、それに関しては知り合いには周知の事実(騎士学校での魔術理論に関しては満点だったため)です。




