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閑話 従兄弟の事情

サルート視点・ユリスの家族事情です


ネタばれ有。

あくまでユリス視点だけでイイよーと言う人は飛ばした方がいいかも?

それは、慟哭―――と、呼べばいいのだろうか。

いつも笑っている、従兄弟。

アイツがその身に何もかもを抱え込んでいるのは、知っていたけれど。


「――――」



知らない言葉を繰り返し、彼は助けを求めるようにその手を地面につける。

泣いてはいない。

ただ、壊れたように言葉を繰り返す。


(…遠い)


力になってやりたいのに、彼と俺の間にはどれほどの距離があるのか。

それでも、俺は彼を見過ごす事は出来ず。

俺が近寄れる瞬間ときを、ひたすら彼の言葉が止まるのを待った――――。







俺には従兄弟が二人いる。


一人はユリス・カイラード。

もう一人はそいつの二つ下の弟でトリス・カイラード。

どちらも俺の大切な、従兄弟である。


結婚してすぐ俺が生まれたカイルロット家と違い、伯父のカイラード家は中々子供が出来なかった。

仲睦まじいので有名なおしどり夫婦だったが、まあ恐らくは伯父が忙しすぎて中々タイミングが合わなかったんだと思う。


それだけに11年もたって従兄弟が出来ると知った時には俺は嬉しかった。

父上が義兄の伯父上のところに子供が生まれないのを憂いていて、俺に魔術師にならないかとかあほなことを言いはじめていたから尚の事嬉しかった。

マジ向いてねーって。

俺は剣振り回すほうが好きだったし、魔術に関しては怪我治したり、身体に補助をかけるぐらい使えれば十分だと子供心に思っていたくらいだから、父上の暴走を止めるのに実は必死だったのだ。


大体俺一人っ子だしさ。

ちなみに兄弟が生まれないのは父の怪我が原因だ。

だから俺を養子に出すのも父にとっては考え抜いた末だったと思うのだが、俺と同じで父はどっか頭悪い。

…断言しよう、カイルロットの人間は諜報とか策略とか絶対向いてない。


それは、ともかく。


俺は魔力の発現を起こしたら頻繁に遊ぶこともできると知っていたから、初めてできた従兄弟が能力を発揮するのを非常に楽しみにしていた。

楽しみにしている間に、子供が生まれた事で時間を取る事が出来た伯父上にもう一人息子が出来たのは嬉しい誤算だったかな。

できれば女の子の従姉妹も欲しかったけどさ。

歳は多少離れているが二人の遊び相手にはなれると思っていたし、頭が良くて魔力も非常にある伯父上は俺の憧れで、父にとっても大親友だったからそんな事は些細なことだった。


それぐらい、伯父は優秀な人だった。

その憧れとも言える家族の歯車が狂ってしまったのは、いつからだったろう?


神童と呼ばれた兄のユリスは、子供ながら非常に聡い子供だったと言う。

だった、というのは俺はユリスが7歳になるまで公式行事で多少声をかわす程度しかできていなかったからだ。

魔力は魔力を呼ぶ。

魔力の強い人間が子供に頻繁に触れると、触発されて暴走するとも言われていたから、中々会う事が出来なかったのだ。


学生を卒業して王都に働けるようになったので、従兄弟たちに会いはしないものの伯母上の話相手として俺はよくカイラード家を訪ねていた。

だから、遠くからなら何度も見かけてはいたのだけども。


段々表情のなくなっていく従兄弟。

城でがむしゃらに働き始めた伯父上。

伯父を影ながら支えつつも、魔力が逆に殆どない故に息子たちに近寄れない伯母上。


異変を感じながら、俺は気のせいだと自分に言い聞かせていた。

まだまだ子供だったのだ。

俺は魔力のあるなしなんて正直関係ないと思っていたし、そこそこの実力があって何も苦労することなく学校を卒業していたから、彼らの苦しみを何もわかっちゃいなかった。


そうして俺がもたもたしている間に、悲劇は起こってしまった。

兄のユリスより先に…弟のトリスが魔力の発現を起こしてしまったのだ。

その意味は、彼らに確実に亀裂を入れた。



―――ユリスは魔術師の家系ながら、魔力を持っていないのではないか―――。



それは、伯母上にとって死刑宣告にも等しい残酷な現実だった。

周りの貴族たちからはこぞって反対を受けていた二人の結婚。

その理由は、伯母上が殆ど魔力の持たない地方貴族の娘だったからだ。

一度は神童と呼ばれるほどの期待を寄させながら、その期待を裏切られた形に馬鹿貴族たちの文句はとどまる事を知らず。


口さがない貴族はこぞって伯父夫婦を糾弾した。

だから魔力のない娘と結婚するべきではなかったのだ、と。

今からでも遅くない、離縁して魔力の強い子供をもっと授かるべきだ、と。


馬鹿も休み休み言え。

伯父上は誰よりも伯母上を、家族を愛しているというのに。

何故家庭を壊せと言うのか。

子供を作れという言葉と恐ろしく矛盾しているのに、貴族は本気で彼らの仲を裂こうとしていた。


泣き暮らす伯母上を、支えたのは伯父上だ。

伯父上が必死になって守ろうと尚の事仕事に没頭するようになり、ユリスへの訪れが減ったのは不幸だったとしか言いようがないが…。

それでも俺は伯父上が誰よりも何よりも、家族を大切にしていた事を知っている。

けれど。

俺が知らないうちに、伯父上とユリスの間の溝が深まってしまっていたのだ。




ユリスはいつの間にか、笑わなくなっていた。




伯父上が伯母上を慰めている時間に、ユリスがほったらかしになったのも原因の一つだろう。

その上魔力が認められたトリスは段々力をつけていて、そちらに貴族の期待が高まった事で矛先がずれたから余計誰もユリスを顧みなかった。

伯母上に心ない貴族が見合い写真なんぞ送りつけてくる度に、屋敷内の空気が悪くなったりしていたから、ユリスに対して感情を出してしまった侍女たちもいたのかもしれない。


…恐らくユリスは、知っていたんだろうな。

自分の母が泣き暮らす理由が、自分に魔力がない故だと言う事を。

そして周りの馬鹿貴族の期待を受けたトリスが、この家を支え始めていると言う事を。


俺だって長男だ。

だから、ユリスの気持ちもわかるのだ。

世間から愛される魔力のもった弟。

行き場の失った努力。


頭が良かったと言っても、たった7歳の子供だ。

構われなくなる内、両親に見放されたのだと思ったっておかしくはない。

それを証拠に、トリスが魔力を発現してからユリスは前以上に屋敷の外に出てくる事はなくなったのだ。

伯母上に会いに行くたびに、中庭でのんびりしているユリスは遠くから見る事が出来ただけに、俺は何か不安に駆られて仕方なくなった。


これ以上手遅れになる前にと、俺はユリスの剣の指導を買って出た。

伯父上は俺が怪我をする事になるかもしれないとしぶっていたが、正直そんな事構っている場合には見えなかった。

俺は幸い成人していて、自分で自分の身を守れるだけの力がある。

だからもし魔力の発現が起こったとしても、自分の身は自分で守れるからと伯父上を説得した。


アイツに笑顔を失わせちゃいけない。

誰よりも望まれてきて生まれた俺の大切な従兄弟。

その思いを知らないでいるのは悲しい。


『力ってそんなに大切?』


…騎士養成学校では、毎回落第生も出る。

そのうちの一人の台詞が、俺の馬鹿な頭から離れて行かなかった。

何かに焦るように、俺はユリスに構うようになった。


「兄様難しい顔してどうしたんです?」

「んー? いや、なんでもない」

「変な兄様」


ユリスは大きくなっても、不思議と昔の甘えたような呼び方を変えない。

もう成人しているし、身長も俺を追いこす事こそないけど、大分近くなったと言うのに雰囲気が変わらない。


「実家には帰らないのか?」

「…ええ」

「帰ってきてほしいと思ってると思うがなあ…」

「だといいんですけどね」


いつか、伯父上の気持ちが伝わる日が来るだろうか。

俺が言えばいいのではと思いながら、俺は伝えるのが上手い方じゃないから、いつもどう言っていいかわからなくて口を噤んでしまう。


俺がユリスの近況をトリスや伯父上に話してるんだ、って事はきっと気づいてると思うんだが、それがあっちからの要求だって事はきっと気づいてないんだろうなあ…。

伯父上は喋るのも不器用な人だし、手紙等もあまり書いていないんだろう。

…優しい、人なんだがな。


「まあ、なんかあったら頼れよな」

「はい、ありがとうございます、兄様」


俺はきっと、伝える事でこいつの信頼を失うのが怖いんだ。

俺は嘘なんてついてないけれど、こいつに取って両親がどんなふうに見えているのかを知るのが怖い。

無理に俺の見える真実ほんとうを押し付けて、こいつに嫌われるのが怖い。


首を傾げると、ユリスが笑う。

俺も笑い返しながら、もう一人の従兄弟を思った。


あいつもあいつで、割としんどそうで。

俺はユリスの事を話しながら、トリスともよく話す。

言えるのはただ一言。


…ホントに不器用なだけなんだよ、兄弟おまえたちは。


俺に出来るのは、ただ傍にいてやることぐらいだ。

だから―――。


「…なんとかならねぇかなあ…」


他力本願な事を、今日も呟くのだ。








一つ注釈。


ここでユリスの母は「魔力が低い」となっていますが、あくまで上位貴族と比べれば、であり。生活魔法ならば問題なく使用出来る水準値の魔力はあると思って下さい。


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