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呼ぶ声

主人公のメンタルに関しての苦情は受け付けません(きり)

5都市、10村を巡り2カ月ほどの地方実習は終わりを迎えた。


あー…あの後は遠巻きになったため何事もなかったけれど、ほんっとうに何もかもがうざったかった。

何度も何度も出発を遅らされるのもいい加減嫌だったのか、副師団長が配置を上手い事遠くにしてくれたおかげで寄ってきたり通りがけに嫌味を言われる事はなかったが、それでも視線がうざかった。


この後は近衛の見習い実習に入るが、こちらは座学。

後は一通りの礼儀作法や、王の護衛の仕方など実践的なものが入る。

剣技実習は第一師団との合同演習なので安心だ。叔父上かサルートは必ずいるだろうし。

問題は…近衛のごちゃまぜ座学の際に、あの魔術師どもに会わないか、ってことだな。

ちらっとルルに聞いた限りでは、あいつらは魔術師師団の方に所属で近衛とは配属が違うようなので恐らく問題はないだろう。期間も実習と違って1週間程度で終わるし、後は来年まで王城に来る事はないだろうしな。


まったく勤め始める前からこんなんじゃ、先が思いやられるな…。

やっかみの類にはいい加減耐性のついている俺だが、差別されることには慣れていない。

この前の言い合いだって、俺の魔法が使えない、というコンプレックスに近い何か"だけ"に拘って責め続けられていたらどうなっていたかは正直わからない。

ルルの態度に対しての僻みでしかない、と思ったからこそ俺は言葉が出たのだから。


前世の俺は、いたって平凡な男だった。

顔はよく見ればそこそこ見れる? 程度だったし地味だったしインドア派だったし。

喧嘩に関しても大して強くなくて、人を守るためだけに必死で身に付けたくらいだった。

…やりすぎて足を盛大に痛めたのは、まあ若気の至りだな。

当時は本気で俺ってダメな男、と落ち込んだりもしたけれど。


『あの彼女にお前なんて似合わない』

『なんでこんな奴が?』

『身の程を知れよ』


そう、やっかみを受けるのはいつもの事だった。

今の状況と大して変わらないな。

その内容はそのうち、似合う似合わないの罵り合いになり、正義感を振りかざした言葉の数々に俺はいつの間にか卑屈になりかけていた。


『じゃあ、何があれば似合うの?』

『誰なら納得してくれるの?』

『貴方の価値観を私と彼に押し付けないで、迷惑だわ』


そう、あっさりと俺の不安を吹き飛ばしたのは彼女だ。

ただ傍にいるだけの俺に彼女の言葉は優しかった。

落ち込むたびにそんな言葉は聞くなと。

俺だけだと言ってくれたのは彼女だけだった。


『ゆきちゃんだけがいればいいの』


最近よく彼女の夢を見るのは、何故なんだろう。

引き篭っていた時代はひたすら知識を詰め込むのに夢中で、夢も見ずに眠っていた。

5年前、学校に入って。

それからさらされ始めた【現実】に、俺の精神こころが悲鳴でもあげているのかもしれない。


「…―――」


彼女の名前を呼ぶ。

一度口に出すと止まらなかった。

何度も。

何度も。

…聞こえないと知っているのに。


「…―――たい…」


呟いた言葉は、久しぶりに使う言葉。

彼女にだけ通じる、この世界にはない言葉―――。




『他の誰も、関係ないの。私には貴方が必要なんだよ、ゆきちゃん』







「ユリス? お前こんなところで何してんだ?」

「…兄様?」

「よっ」


王城から少し出た処にある緑の公園。

奥まった場所に座り込んでいた俺は顔を上げる。


「兄様はどうしてここへ?」

「んぁ? デートスポットを探してただけだぞ」

「なんですかそれ」

「騎士の嗜み」


…どこまで冗談なんだろう。

曖昧に首を傾げると、サルートは何故か真剣な顔をして俺の顔を覗き込んできた。


「…なんかすげぇ顔してるな?」

「え…」

「この世の終わりみたいな顔してる」


困ったように眉を八の字にして、サルートが俺の隣に座る。

俺は芝生の上でごろんと横たわるノエルの腹を撫でながら、目を合わせられなくてまた顔を伏せた。


「ノエルが昼寝をしたいと言ったので…ここまで来ただけですよ」

「ま、気持ち良さそうではあるな?」

「ええ」


いつも騒いでいるノエルが黙っていると、嫌なことばかり思い出して。

いつのまにか思考の淵に沈んでいた。

そんなに時間は立っていないつもりだったが…気づけば中点にあった日が傾き始めていた。


「…なんかあったらしいな?」

「誰に聞いたんです、それ」

「まーいろいろ? 地方実習の指揮官、俺の同期だし」

「なるほど」


飄々としていた副団長を思い出す。

そういえば彼、若かったな。サルートの同期って事はかなり優秀なのかも。

…なんだかんだいって、寄らせないと決められた後は周りの動きも徹底されてたし。


「大した事じゃないんです。ルルが俺の近くにいた事が気に入らなかったみたいで、散々嫌味言われただけですよ」

「…嫌味だけじゃないって聞いたが」

「嫌味ですよ。それ以上でもそれ以下でもないです」


じっとこちらを見ている目は静かだった。

風の音がざわりと芝を揺らす。

何も考えずに見返すと、目をそらされて溜息をつかれた。


「…別に愚痴ぐらい言ってもいいんだぜ?」

「愚痴、ですか」

「ああ。あの魔力"だけ"の『人間の出来そこない』どもうぜぇ、とか」

「…」


思わず周りを見回すが、特に人の気配はない。

まさかこんな衆人環視の場所で、魔術師に対して暴言を吐くとは思わなかった。

目を瞬かせると、サルートはにやりと笑う。


「ほら俺はさー、その辺の馬鹿よりはよっぽど魔力あるからさー」

「ああ、そう言えば」

「まあ近衛とか宮廷魔術師には到底かなわんけど。見習い魔術師ぐらいなら余裕で圧倒出来るぞ」


だから愚痴ぐらい大丈夫だ、と。

サルートは笑いながら、俺の頭を撫でてきた。


「…くすぐったいですよ」

「おー、言うようになったなー。まだ成人もしてねーひよっこがー」

「成人してるかしてないかは関係ないと思います」


ぐしゃぐしゃに髪を乱されて、苦笑する。

精神年齢的には俺の方が年上だと思うのに、サルートに子供扱いされるのは嫌じゃなかった。

なんでだろうな、人生経験遥かに積んでるように見えるからだろうか。


「あいつらはお前が羨ましいだけなんだよ」

「え?」

「ルルリアは魔術師の中でも高嶺の花って言われてるし。そんなアイツが敬語使って、それはもう幸せそうに世話してるのを見たらなんつーか、駄目だったんだろ。男の嫉妬はマジ見苦しいわ」

「はあ…ただの幼馴染なんですけどねえ…」

「……」


サルートが胡乱げにこちらを見てくる。


「…なんですか」

「お前、ほんっとうに絶望的に、にぶいよな…」

「はぁ?」


ノエルがきゅる、と鳴く。

そろそろ目が覚めるのかもしれないな、と思いながら撫でる手を止めると、サルートの溜息がまた降ってきた。


「あーのさー…」

「はい?」

「嫌味を言われた理由は、わかってんだよな?」

「…ルルが近くにいたからですよね?」

「うん。で、ルルがお前の世話を焼いていた理由は?」

「…幼馴染だからですよね?」

「……」


沈黙が、痛い。

俺は、苦笑しながら言葉を続ける。


「…一応好意を持たれてるだろうな、って事は察してますよ?」

「そうか。あんだけ明確にされてて気付かなかったらさすがに吃驚だなと思っていた」

「はは…。ただまあ、幻想抱かれすぎだろうは思いますけど」

「はぁ?」


さっきの俺と同じように同意できない、と言いたげな声が帰って来て。

俺は苦笑を深めた。


「ルルの俺のイメージ、完全に昔で固定されてると思うんですけど」

「…」

「まあ、いいお兄ちゃんでしたしね、俺」


地方実習での一ヶ月間。

ルルに示されていたのは無償に近い、親愛だった。

正直俺が何をしたわけでもなく、昔だって数回会った程度で。

何が彼女の中で固定されているのかはわからなかったが…正直分不相応だと思う。


「…だめだこりゃぁ…」

「?」

「あー…もういいや。つか、お前、好きな人とかできたんじゃないの?」


好きな人、と言った言葉の歯切れが悪くて俺は首を傾げる。

サルートはまだ何か言いたげに…している。

…ああ。アレか。


「なんで学校の噂まで王都に聞こえるんですかねホント…」

「心当たりあるのか?」

「ええ、まあ。ノエルの母親竜の契約者の先輩がいるんですけど、なんか噂になったらしいですね。卒業してから連絡は全く取ってないんですけど、なんか迷惑かけたまんまみたいで本当申し訳ないです…」


こちらから声をかけると噂を増長させることにしかなりそうになくて自然消滅を狙っていたが…。

どっちにしろ来年になったら会うんだよなあ。

クララ自身に思う事は特にないのだが、ある意味非常に迷惑な噂であろう。


「なったらしい、ってまた他人事だなお前は…」

「確かにクラスでは一番お世話になったんですけど、半分はノエルの我儘でしたしね…」

「なるほど。我儘お姫さんか、この竜は」

『きゅ?』


いつの間にか起きたのか、ノエルが起き上ってきた。

とんとん、と触ると気持ち良さそうにきゅー、と鳴く。

サルートが撫でていいか? と聞くので撫でさせてみると、ノエルは楽しそうにその手にまとわりついた。


…んー?

こいつの人見知り基準ってどうなってんだろ。


「お前はそうでも、相手がその気って事はあるんじゃねーの?」

「ああ、ないですね」

「…ないんだ?」


あっさり言ったのが意外だったのか、サルートが吃驚したように手を離す。

ノエルがころん、と転がって抗議するようにキューキュー鳴いた。


「ええ。クララって言うんですけど、その先輩。恋愛対象に見られるのが苦手だって言ってましたから」

「…へえ?」

「俺とよく話してたのは、多分恋愛対象じゃないからでしょうね。俺以外の男とあんまり話さなかったから噂になったのかもしれないです」


サルートが思案するように、腕を組む。

抗議するのに飽きたのか、左肩にノエルが乗ってきたので俺は立ちあがった。


「んー…お前が鈍いだけだとおもうけどなあ…」

「だから違いますって」

「ま、お前がその気がないのはわかったからいいわ」


サルートも立ち上がり、促されたので王城へ向かう道へ進む。

肩を並べて歩く道。

夕方の喧騒に包まれた街はどこかのどかで、どこか懐かしかった。


「あー…ユリス、せっかくなら俺の家に来いよ。王城から近いし、どうせ明日もまだ王城で実習だろ?」

「兄様の家ですか?」

「ああ。父上も今日は非番だし、歓迎してくれるさ」

「そうですね…じゃあ、お言葉に甘えて…」

「おう、来い来い」


王城から続く道を、曲がる。

第一師団の武勇伝を聞きながら、俺は街中をゆっくり歩く。

…その足が、王城を見て何故か止まった。


「…どした?」

「…いえ、平和だなと」

「当然だろ。俺が守ってんだからな」

「はは、さすが兄様ですね」

「ふ。もっと褒めろ」


胸を張るサルートについ笑いが漏れて。

固まっていた足を動かし後を追う。




…サルートと話すまで感じていた"何か"は。

いつの間にか、消えて失せていた。



第一師団は王都の警護が中心で、王様がほかの都市に動く際は近衛と協力して動く王直属に近い部隊です。実力主義。

近衛は王と王城の警護。身分必要です。

宮廷魔術師は、王直属であって近衛所属ではありません。こちらもある程度身分が必要ですが稀に平民でもなります。


たぶん作者の脳内独自仕様が入っているのですが、物語の大筋に関係ないのでこの辺に説明。

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