逆襲
そんな危うい均衡を保ったまま3つほど都市を回った。
俺の魔法が使えない事は行軍全部に行きわたったらしく、蔑みとは別の好奇的な視線も混じるようになった。
幸いなことに俺の騎竜は黒騎竜で、騎竜士たちには憧れの上位種。
そのため、騎竜士の見習いたちや付添いの騎竜士たちは俺への偏見はないようで、行軍や自由行動の際には特に問題はなかった。
…問題があったのは魔術師たちとだ。
本来野宿で使用するような火の起こしや、結界陣を張る作業等は魔術師だけに限らず、騎竜士見習いそれぞれも自衛として行う。
だが俺はまるで陣(紙に書いた魔方陣)も使用できないため、基本的な身の守りすらもルルにかけてもらっていた。
他の騎竜士や魔法に関しては適性のあるアリスに頼もうとしたのだが、そもそも魔力の少ない騎竜士の魔力を一人分以上減らすのはよろしくない、と嫌がらせが始まったのはすぐ。
…だからかけれねーっつってんだろーがよ。
と思いつつ、使えませんのでとやんわりと喋れば『あのカイラード家の者がか?』とまるで定型ポストの嫌味の応酬。
一々魔法が使えないことを言わされるわけだ。
1回言えばわかるだろうよこの野郎。
そして今日も今日とて、寄ってくる有象無象。
「私が掛けますわ。気にしないで下さいませ」
「しかしルル君、君は近衛から代表で来ている。いざという時に攻撃魔術が使えないのは困るんだよ。魔力は有限なのだから、もっと”有意義な”事に使ってくれないか」
「…」
「幸いそこの彼は騎竜の中の王とも呼ばれる黒騎竜の契約者である事だし? 魔法の助けなんていらないだろう?」
有意義に力を入れて喋るその神経が非常にうざい。
そして俺にいりません、と言わせたがるその話術に一種の感心すら覚える。
嘲り、軽蔑、侮蔑。
…ああ…、イライラする。
「…ルル」
「イヤですわ! 私、カイラード様に頼まれておりますの。貴方にそれを止める権限はなくってよ!」
「師団長に? その証拠は?」
「しょ、しょうこですって…?」
風の加護がなくてもノエルは飛べる。
二人乗りだから負担はかかるし、緊急時の二人乗り特訓と違い長時間騎乗のため疲れが抜けない可能性もあるが…この、見習いから抜けたばかりと言う魔術師がうざすぎて、どうしようもない。
つーかさ、俺の父、上司だろ?
何その態度。
「証拠がなければ認めるわけにはいかないな」
「貴方、本当に馬鹿ですの!? カイラード様はユリス様のお父上ですわ、それが何よりの証拠でしょう!?」
「へえ、師団長ともあろうお方が、息子に甘いんですね。越権行為に思いますが?」
「……!!」
…本当によく口が回るなあ…。
というか、ルルはこういう策略には本当に向いていないとぼんやり思う。
やり込められて真っ赤になる彼女は既に涙目で、未だ名前の覚えてないその魔術師名無しBはしてやったりとばかりに笑う。つーかその後ろでにまにましている見習い魔術師名無しA、お前懲りないな。
金魚のフンが多すぎる。
「…父上に頼まれたのは、ルルではないよ」
「ユ、ユリス様!?」
「へえ? じゃあ、ルル君に魔法を使わせるのはやめてもらえるんだね?」
「それは困る」
左肩が意図に反して揺れる。
きゅ? と鳴くノエルを撫でながら、俺は思案する。
…こう言う時は…どうするんだっけ…。
「困ると言われてもねぇ。自己責任が取れない者は騎士ではないよ?」
暗に落第点をつける、と言わんばかりのその態度。
採点者は確か騎竜師団の副団長のはずだが、彼は視界の隅で関わりたくないとばかりに肩をすくめている。
少なくとも魔術師に肩入れする様子がないのは安心だが、あの人放任っぽいんだよなあ…。
「では問うが」
「?」
「俺が魔法を使えないのは事実であり、その要素を抜いても『神の寵愛保持者』と言う事で竜の育成に関して指導を受けて騎竜士見習いとして認められている」
「…それで?」
「その見習いをこの実習に参加させると決めたのは、上の者だ。今更魔法を使えない事に自己責任が発生するのはおかしいだろう」
「む…」
「大体俺は一人で参加する予定で、一人騎乗の際には特に何の魔法の使用も必要としていない。それを二人乗りに変更された上、それに必要とした魔法の使用に関して俺に文句を言われるのは筋違いだ。使用しなくても済むようにそちらで手配してくれ」
「…ユ、ユリス様!!」
要するにこいつ、ルルが俺の傍にいるのが気にくわないだけなんだろ?
ルルがかけるのが気にくわないならじゃあ他の奴でいいからかけにこいよ、と。
もしくは一人乗りでいいからどっかいけうざい、と。
暗にそう告げると、魔術師名無しBはそれはそれで嬉しそうに笑った。
「では、ルル君は別の者と――――」
「ユリス様!!」
「まあ、待てよ」
しかしこいつの希望通りに沿うのも腹が立つ。
俺はとびきりの笑顔で呼び止められて首を傾げた男に、先を続ける。
「しかし残念なことに、一人乗りに出来ない事情もあってね。ルルは女性で、彼女の父上は過保護なんだ。ろくでもない男と接触しないように『俺が』『父上に』頼まれているんだよ。彼らは『親友』だしね。だから、彼女が魔法を使って俺と騎乗しているのは言わば『自己責任』…そういうものだと思うんだけどね」
「は…ッ?」
「だってそうだろう? 嫁入り前の女性を、騎士修行とはいえ"どこの者ともわからない馬の骨"に身を任させるのは心配という親心…わかるだろう? もし何かあった際の余力がなくなったとしても、それは彼女の自己責任ってやつじゃないかなあ」
「ふ、ふざけるなッ! それは彼女の個人事情であって隊の規律としては―――!」
「へえ? じゃあ、貴方は彼女が知らない男に何かされたとしてもそれを自己責任として処理せよと?」
「そ、それとこれとは話が…!」
「違わないよね? 確か、女性が身を守るための魔法使用に関しては規定内だったはずだけど?」
貴族の女性は基本的に、純潔が求められる。
魔術師という身分が高いように、魔術師の女性の身分はそれはそれは高いのだ。
それこそ、地方実習なんて絶対参加できないものすら気分しだいで参加できるほどに。
その権力の使い方がルルは間違っているが、利用しない手はない。
だから、俺は言葉を紡ぐ。
『父に頼まれたのは俺のお守ではなく、ルルの身を守るための警護だ』と。
それに付属して使用する魔法は、規律違反ではなく規定内の事実だと。
…ちなみに女性魔術師の弟子・従者に対しての魔法使用はある程度なら自衛として認められている。
「大体、ルルが誰の後ろに乗ろうとも風の加護は彼女がかけると思うけれど?」
「…」
「二人乗りは騎竜士にとって負担以外の何物でもないし、他の魔術師が騎乗している騎竜の加護も魔術師がかけていたように思ったけれど。…ああ"魔術師様だから騎竜士の常識など知らないし、気遣えない"んだね。いやあ、『風の加護』程度の魔法使用でルルの総魔力量なんてびくともしないのに、お気づかいありがとうございます? 貴方にとっては風の加護でも魔力量が揺らぐんでしょうね」
「…貴様…ッ」
トドメに大した魔力ももってねーくせにルルに文句言うんじゃねーよ、と。
暗につけ加えにっこり笑ってやると、魔術師ズは揃いに揃って顔を真っ赤にしていらっしゃった。
あーすっきりした!!!
無作為に魔法をかけていたら反撃のしようもあろうが、ルルには常識範囲内の魔法しか使ってもらっていない。そもそもこの言いがかり自体が無作法なのだ。
「貴様…ただで済むと思ってるのか…ッ」
「何の事だ?」
「…くそ…ッ」
言い返せなかった彼は、乱暴に踵を返し去っていく。
金魚のフン共も、特に何も思いつかなかったのかそれに従い去っていく。
残されたのは非常に微妙な、沈黙の空間。
「ユ、ユリス様…さすがに、今のはどうかと…」
「いい加減うざかった。大丈夫だよ、さすがに彼らが俺をどうにかできるとは思ってないしね」
「ですが…」
面と向かって無能、出来そこないと言い放つ彼らだが、魔術の腕が悪いわけではない。
だから特に何もお咎めがないと思って俺に嫌がらせをしていたのだろうが、俺の立場はあくまで騎竜士見習いで有り畑違いだ。
彼らが俺になんらかの処理が出来るとは思えない。
大体、俺に直接的な被害を起こせばそれは『師団長の息子を害した』事になるわけで、魔術師団で上を狙う彼らにとっては醜聞になりこそすれ糧になる事はないだろう。
不敬罪?
俺は別に彼らを無能と言ったわけではない。
お気遣いありがとう、と言ったのだ。嫌みたっぷりに。
俺は別段特別な事は主張していないし、ルルに関しても父に頼まれたと言っただけでこれを父が否定する必要性は皆無と言っていい。
っていうか父上、いつのまに魔術師団の頂点に上り詰めていたのだろうか。俺はそっちのが吃驚だよ。
「まあ、そろそろ出発時刻だ。行こう、ルル、ノエル」
「は、ハイですわっ!」
魔術師どもが去ったので、この行軍の指揮官も動く気になったのだろう。
出発するぞの掛け声に合わせ、次々と騎竜が動きだす。
肩から降りて大きくなるノエルに背負っていた荷物を括りつけると、地面に置きっぱなしだった鞍を付け、俺は指揮官に置いて行かれないようにその野宿地を慌しく出発した。
こうげき(口撃)終了。
ユリスは敵に容赦はありません。
彼らが名無しから昇格するかは秘密です(笑)
尚、ユリスが見習い魔術師に敬語を使わずとも怒られない理由は
・直属の上司ではない(騎竜士師団に対しては敬語使用中)
・師団長の息子であり、尚且つ貴族としてユリスの方が遥かに上位のため敬語使用していないことを突っ込むと逆にユリスが文句を言える立場になる
の2点です。




