湖の都市
…視線、超痛い。
「ユリス様、お手伝いいたしますわ」
「ああ…ありがと?」
「どういたしまして!」
ルルリアの加護の風を受けて、ノエルがのびのびと空を駆け上がる。
見渡す限りの青い空、街に伸びる整備された街道。
ここはまだ、地方と呼ばれるほど王都からは離れておらず、まったりとした空気が漂っている。
地方実習はわけて二つの活動がある。
拠点にたどり着くまでの野宿・街道付近の魔獣の処理。
拠点についた後は数日かけて、街の周りの治安の向上と街中の視察。
殆ど他の街に行く事がかなわなかった俺にとって、実はこの実習は非常に楽しみにしていたものだった。
転移術の記録等に使いやすい、魔力スポットとかも地方の街中にはあるしね。
自由時間で許す限り回るつもりではあるが、遠目から見ても魔力スポットはキラキラしていて幻想的だ。まさに異世界。
ちなみに転移に関してはそこを訪れていれば基本的には転移先として使用できるが、魔力スポット(魔力の濃い建物とか湖とか)であれば尚転移しやすいと言われている。
転移術自体かなりの魔力を消費するからなのかね?
それはともかく。
本で知識しか知らないモノばかりで俺は街道を辿るだけの平坦な行軍でも興奮気味だった。
騎竜に乗る際には騎竜を不快にさせないために鞍の使用を制限したり持ちモノを分散させたりといろいろあり出発までに時間を取ったりするのだが、俺だけを乗せる場合においてはノエルは何も文句を言わないからな。
盟約を結んだ竜にとって主人を乗せる事は基本。
つまり、俺はいつでも自由に動けるのだ。楽しくないわけがない。
問題はと言えば…。
「? ユリス様どうかなさいまして?」
「いや、ノエルの乗り心地はどう?」
「最高ですわ!」
後ろに乗っているルル、である。
ノエルが上機嫌にきゅーきゅー鳴いているが、君は確か他人を乗せるのが嫌いだったのではなかろうか。
行軍後に埃を大量の水で流してくれるせいか?
いや、それとも大好きな餌を食べさせてくれるからだろうか…。
加護の風を受けていつもより高く飛べるからかもしれないな。
人見知り(?)をどこに置いてきたのやら、二人乗せてもらくらく飛ぶノエルとルルの仲は存外よく、かえって周りの注目を浴びていた。
ホント、この周りの視線の痛さには辟易する。
「幼竜と聞いていましたが、二人乗せてもブレないこの速さ…最高ですわ~」
「はは、それはよかった」
二人乗りとなると確実に動きが鈍るのを危惧していたが、女性で小柄なルルは荷物を減らせば大した重量ではなく、なんとかなっていた。
そもそもこの状態になるのも非常に大変だったのだが…。
まあ、俺が魔法使えない部分はすべてルルがあっさりとやってしまうのでその分の荷物は減らせたしな。
よしとするしかないか。
「そろそろ見えてきましたわね」
「今日は初の街での宿泊だったか」
段々街道の奥に見えてきた建物の影を認めて、ルルが楽しそうに指をさす。
つられてみれば、そこにあるのは大きな街の影。
中央に光る湖は魔力スポットだろうか、魔力の残滓がきらめいてここからでも見通せた。
聖なる湖の街カルデンツァ。
地方実習の最初の泊まる町は、王都から10日程離れた大きな都市だった。
☆
街に入ると、まず行くのがその街の詰め所だ。
基本はこの施設の仮眠所と、近くにある宿に分かれて泊まるらしい。
ただ、近衛師団見習いの学生もいるわけで、身分的なアレがあり…。
人によっては高級宿に泊まることも許されてはいた。
「ユリス様はどちらに泊られるのですか?」
「俺は普通に詰め所の仮眠施設に行くつもりだけど」
「え、ええっ!?」
水浴びをして気持ち良さそうにぷるぷるしているノエルを撫で、肩に乗せる。
本来騎竜の持ち主は竜舎のある宿しか止まれないため詰め所に行くことが多い。馬が怯えるし。
ノエルの場合は伸び縮み(?)するのでその限りではないが、俺は別料金を払ってまで宿に泊まる気はあまりなかった。
幼竜だし、ぶっちゃけいつも俺の左肩に居座ってごろごろしているノエルはどこに泊っても文句は言わないしね。
ノエルが小さくなった時の重量ってどこにいってるんだろうな…。
さすがに魔力が尽きた場合には1mぐらいの幼竜サイズになるらしいがチビのままでも持続に魔力は使わないらしく、基本はいつもこのサイズなのだ。
不思議な話である。
「か、カルデンツァには別荘もおありなのでは?」
「ん? ああ、使用は多分出来ると思うけど」
実習に出る際に、親から珍しく手紙は来ていたのだ。
王都に帰ってきた際には実家に泊れ、大きな街中では別宅へ泊まれ、と用件だけ書かれた手紙が。
…別にそんな気を使ってもらわなくてもいいのにな。
一応手紙は持っているから使用しようと思えば出来るだろうが、そんな贅沢は別にいらない。
「でしたらお泊りに…」
「いや、いいよ。俺が突然行ったら管理している人も迷惑だろうし。俺はどこでも寝れるしね」
「ユリス様…」
話はこれまで、と。
ノエルに水浴びをさせてくれた礼を言うと、俺はまだ何か言いたげなルルを残してその場を去った。
突きささる視線が痛い。
気にくわないなら声をかけてくればいいのに、視線だけが来るのが心底面倒くさい。
(大体…ルルを乗せるにもひと悶着あったけど…)
魔法が使えない、その事が。
どれだけ特異で蔑まれる事なのかが視線でわかってしまう。
これでも魔術師師団の上位者の息子なのだ、俺の感覚で言えば楯ついたら普通に首が飛ぶレベルの気がするのに、まったくお構いなしに喧嘩売ってくる馬鹿もいたことだしな…。
この世界の貴族制度どうなってんだろうな? 権力とか関係ないのかね。
(それとも…俺に楯ついたところで親が動かないと、知っているか)
憂鬱になりかけて、首を振る。
父がどう考えているかなんて知らない。
便りも殆ど届かないし、こちらから手紙を出した事すらないのだから。
彼の中で、家族の中で、俺がどんな立場でいるのか俺は知らない。
「…行くか」
『きゅー♪』
幸い騎竜士クラスの同級生に関しては、俺に不快な感情を持つ人間はいない。
だから詰め所に行けば周りは知り合いだらけになるし、地方の学生なら少なくとも俺の特異性を知ったところで見下してくることもないから快適だろう。
そう結論づけて俺は、足早に見習い魔術師たちの視線から逃げ出した。
説明回が長い…orz




