幼馴染
主要キャラはそれほど多くないんですが、ようやくそろってきた…
瞼の裏に、光を感じる。
『おはよう、ゆきちゃん』
柔らかな声。
頬を撫でる手。
そのぬくもりに、泣きたくなる。
(これは、夢だ)
『早く起きないと…ご飯冷めるよ~』
拗ねた声が、遠ざかる。
夢だと気づいてしまったからか、目が覚めそうだからか。
俺にはその声を追う手段はなくて、掌に力を込めて握りしめる。
(…痛い)
そう思った瞬間、目が開いた。
見慣れぬ天井。
質素だが、豪奢な実家を思わせる内装。
身体を起こしてぐるりと見回せば、自分似たような状態で何人か眠っているのが目に入った。
(…今日から地方実習だっけか…)
王城の詰め所。
見習いが簡易ベッドも含めて並べて泊まれるようになっている場所だ。
大半の見習い生は王都にある自宅へ帰っているので、ここにいるのはあくまで地方出身者が多い。
勿論実家に帰る気がなかった俺はここに泊ったのだったが…。
(…そうか、この部屋、東窓なのか)
朝早くから動く人が多い仮眠所であれば当然か。
昔、俺が住んでいた部屋は東に位置していたから思い出したのだろう。
毎朝強い日差しの中、よく眠ってられるよねなんて言いながら起こしに来た彼女のことを。
「ん…」
「ふぁあ…」
「うお、眩しー…」
俺はぼんやりと起きてくる同級生を眺めつつ、傷ついてしまった掌をもう一度だけ握りしめた。
☆
弟と実習が一緒になることを密かに恐れていた俺だが、結論から言うと杞憂に終わった。
さすがに騎竜士としての実習に学生の魔術師が一緒になる事はなかったのだ。
その代わり王宮所属の魔術師が何人か参加していたが、特に見知った顔は見当たらなくてホッとする。
「どしたのー? そんな難しい顔して」
「アリス」
同じ実習に参加しているのは殆どが騎竜士クラスの人間だ。
近衛師団に所属予定でも、騎竜士はやはり特別らしく実習の半分は騎竜士師団と一緒になっていた。
アリスは今後は騎竜士師団の方に見習い実習と聞いていたが、見知った顔がいるのはたとえ少しの間でもありがたい。
自然厳しい顔になっていたのだろう、寄せていた眉を伸ばすように顔に触れるとアリスがにやりと笑った。
「そんなに眉をしかめてると、親の産んでくれたそのお綺麗な顔が台無しですよ?」
「綺麗言うな」
「またまたー事実じゃーん?」
…嘘ではないが。
未だ鏡見るとキラキラ加減にうっとおしくなるんだよな…。
弟が金色の髪・空色の瞳と言うのでわかるように、俺の配色も同系統だ。もうちょっと髪の色は茶色に近い濃い感じだし、瞳にいたっては黒に近い藍。
生前に近い色ではあるんだが、こう…もうちょっと地味に産んでくれなかったものだろうか。
「そしてそんなイロオトコ、相変わらず女性に見つめられておりますよ?」
「は?」
「うしろうしろ。魔術師の女性って珍しいねぇ」
アリスの目線を追って後ろを振り向くと、ローブ姿の女性の姿が目に入る。
年は同じくらいだろうか。
少し気の強そうな目をしたその女性は、俺の後姿を凝視していたらしく振り返った俺に目を丸くする。
一見でわかる杖の高価さから、貴族っぽいな…と俺がぼんやり思った、…その、瞬間。
「ユリス様!」
「は?」
「さま…?」
ぱあっと顔を輝かせ彼女はそう叫ぶと、一気に距離を詰めてきた。
たったった、と軽快によってきたその表情がこの前会ったばかりの弟とだぶる。
…なんだこのデジャブ。
「お久しぶりです!」
ふわりと笑う姿。
その笑顔は、どこか見たもので。
目を細めて見つめると、彼女の頬が赤くなった。
…あ。
「ルルリア…か?」
「そうですわ!」
弟と同じように俺に懐くその笑顔。
小さい頃弟と遊んだ時に一緒にいた少女…『るる』が、そこにいた。
「本当に…本当に、お久しぶりですわ! 騎士養成学校へ行かれた後はちっともお戻りになりませんのですもの! 私、何度かカイラードのおうちには遊びに行ったんですのよ!?」
「はは…、そうか」
「ユリス、知り合い?」
遊びに来たって会えないんじゃないかなあ、と思いつつ。
勝ち気で弟を振り回していた少女は相変わらず元気で、なんとなく懐かしくなり笑う。
ノエルを撫でつつ会話の相手をしていると、アリスが割りこんできた。
「ん、ああ。幼馴染って言えばいいのかな」
「へぇー…」
「…ユリス様、この方は?」
年に数回しか会った事がなくても、ここ数年会っていなくても存在的には幼馴染と言って差し支えないだろう。
確かルルリアの家は父の親友の家で、こちらも有数の魔術師の家だったはずだ。
俺の幼馴染と言うよりは、俺より会えていたトリスの幼馴染と言った方があっている気もするが…ま、細かい事は言うまい。
「同級生のアリスだ。ルルよりは一つ下になるかな」
「そうですの…」
「ユリスとは一年生からの付き合いなんだー、よろしくねー」
はい、と手を出したアリスの手を握らずにルルリアが固まっている。
…おいおい。
なんで凝視してんだ。そこは握手だろうが。
「…お、つきあい?」
「「?」」
なんだろう。
今、言葉のアクセントがおかしかった気がする。
「い、ちねんせいから…ですって…」
「おーい…?」
「…破廉恥ですわ!!!」
…。
戻ってこいルルリア。
っていうか破廉恥とか言っちゃう女の子俺は初めて見たよ!!
真っ赤になってプルプルしている顔は正直かわいいが、正気に戻ってくれ。
「何言ってるんだよルル…ただの友人だ」
「そ、そうだよ? 恋愛感情は全くないよ?」
「…ま、まったくないんですの!?」
今度はガーン、と言わんばかりに目を見開いてショックを受けるルルリア。
…いやあの、全くないってのも確かに男としては地味にアレかもしれないけど、なんでそこでお前がショックを受ける。
あ、でも全くない方がきっといいんですわ、とかぶつぶつ聞こえるけど何がいいんだ。
「ん? んー、私恋愛関係疎くてねー、ごめんねぇルル…さん?」
「はっ、い、いいえ、いいんですの、誤解して申し訳なかったですわ」
「いえいえー」
あははー、と能天気に笑うアリス。
空気を読んでくれる彼女に感謝しつつ、俺はルルリアに向き直る。
なんかこの子、見ない間にキャラおかしくなってないかね。
「で?」
「で、とは?」
きょとん、とするルルに溜息が洩れる。
ノエルも合わせるようにキューと鳴く。
いや、合いの手はいらんけどさ。
「お前の自己紹介は?」
「あっ…! ご、ごめんなさいですの。ルルリア・セルファーと申します。近衛師団所属魔術師見習いですわ。今回は学生の皆さまのフォローに入る事になりましたの」
「近衛…?」
何故に近衛師団所属の魔術師が来ているのか、と。
首を傾げてルルを見つめたら真っ赤になられた。
えーっと…。だから何故に。
「ええ、来年はユリス様の先輩になるんですわー!」
「イヤ、聞きたいのはそこじゃないんだけど」
「…!」
だからガーン、って背負うのやめてくれ。
一々ショックを受けた際に周りの目線が痛いんだよ。
つか、まだ集合時間より早いとはいえ魔術師見習いと会話はまずかったかもしれんな…周りの視線、超痛い。
っていうか見習い魔術師の紅一点ぽいルルを一人占めって実はまずくないだろうか。
「実習生の底上げを図るために学生の補佐を見習いたちが持ち回りでついてるんだよ」
「あら」
ざわざわと俺らの周りを囲む視線の奥から、もう一人ローブの人物が寄って来た。
ルルリアの知り合いらしいが、このタイミング…嫌な予感しかしない。
さっきまでの機嫌のよさはどこへやら、ルルリアが嫌そうに彼に対峙する。
…ああ、コレは多分、本気でまずい。
「ルル君、たかだか騎竜士の見習い風情に敬語とは感心しないね?」
「…」
「…」
第一声に、周りが同意するようにざわめく。
ああ、なんだこれ。
何こいつ。馬鹿なの?
ふん、とふんぞり返る男に俺は呆れた目線を送る。
よりによって敬語はいただけない、と来たもんだ。
そんなもん目茶苦茶どうでもよかろうに。
「…貴方馬鹿ですの?」
「なっ!?」
俺の考えを読んだかのように、底冷えする声で返すルル。
いいぞもっと言ってやれ。
俺は笑うのをこらえつつ、彼女の動向を見守る。
「私が誰に敬語を使おうと私の勝手。貴方に使う敬語はありませんわ!」
「な、何だとっ。俺は君のためを思って…!」
「余計なお世話ですわ!!」
…ありませんわ、って敬語だと思うんだが。
んー、ルルにとっては敬語じゃないのかもしれない?
全身でうっとおしい、を訴える彼女に苦笑が漏れる。
「大体ろくでもない貴族のはしくれの癖に、私のユリス様を見習い風情扱いとは片腹痛くてよ!」
「…くっ…」
「とっとと私の前から消えて下さいませ!」
いや、私のて。
君のじゃないから。そしてアリスは遠い目をしながらひっそりフェードアウトするな!
俺を置いて行くな!
ノエルはそこ、首傾げない! きゅ? ってかわいいけど!
「…すごくどうでもいいけど、ルル。こいつ、誰?」
「ユリス様が知らなくてもよろしいかと思いますわ。魔術師師団の見習い魔術師です」
「あ、っそう…」
名無しAなのね。
というか、名乗らせる気もないわけね。ルル。
そう思ってローブ姿の青年に同情の視線を送ると、俺の名前に覚えがあったのか彼は盛大に顔をしかめた。
「ユリス…ユリス・カイラードか。はん! ただの『出来そこない魔術師』じゃないか!!」
「………貴方!」
「…」
「由緒正しき魔術師家に生まれながら魔法の使えない『出来そこない』が王城に勤める気とはな…! お前なんてルル君に声をかけられる価値すらない…! 恥知らずが!」
「…」
きゅー、とノエルが悲しげに鳴く。
…ああ、久しぶりだなあ、この台詞。
最近聞いていなかったから、ちょっとクルな。
「ユ、ユリス…」
「ユリス様…」
アリスとルルの声が重なる。
俺は今、どんな表情をしてるんだろうな?
そんな心配をかけてるんだろうか。
「…なんとか言えよ!! この出来…ッ」
「黙れ」
「…ッ!!?」
思ったより低い声が出た。
真正面から見つめると、彼は弾かれたように身を固くして俺を見てくる。
…怯えるくらいなら最初から喧嘩なんて売らなければイイのに。
「…俺が魔法を使えないのは事実だ」
「…」
「だが、幼馴染と話していて敬語云々を言われる筋合いは君にはない筈だが?」
「ま、魔法の使えない奴がえらそ…うに…!」
まだ言うか。
俺は目を細め、ノエルを撫でる。
ノエルが威嚇しすぎないよう、俺の憤りが表に出ないよう、注意をしながら。
「…魔法なんて使えなくてもこの距離なら、君なんて殺せる」
「な…」
「その魔法を使えない出来そこないに負けたいなら、お相手してやってもいいぞ? ノエル、どうする?」
『のえ、こいつ、嫌い!』
魔法を打つには詠唱時間がかかる。
その前にノエルならその命を奪う事は簡単だ。
だから、そう返す。
脅しではなく、事実を返して相手の言葉を封じる。
「…な…き、騎竜…」
「騎竜士は魔法使いより下、なんだろう? じゃあ俺の騎竜が相手してやるよ」
…ちなみに黒騎竜、魔法の威力が低いとダメージは全く食らわない。
むしろブレス一つで魔法を打ち消した揚句、相手にダメージを与えるとかお茶の子さいさいである。
…正し命の保証は全くできない。
「…くそ…卑怯者…ッ」
「…」
どこの口がそれを言うのかね、と思いながら逃走するローブ姿の男を見守る。
突き刺さってくる視線。
それは先ほどの好奇的なものから怯えを含んでいたものに変わっていて、俺は溜息しか漏れない。
…波乱の実習の幕開けだった。




