不安定世界
俺の友達で、ある妄想に捕らわれた奴がいる。
そいつが今世間で騒がれている首切り殺人鬼だ。
友達ならそいつを止めろって?
だったら友達のレッテルは剥いでくれていい。小中高同じ学校に通ってて、よく一緒にいたってだけ。所詮はその程度。
殺人鬼がアイツだって気づいたときも、何してるんだアイツ馬鹿だなって他人事のように思っただけだった。
アイツの殺し方は名前の通り、首と胴体を切り離すだけ。
俺個人の意見としては、首を切って殺害するという方法は、ただ胸に差すという中途半端なやり方や、バラバラに解体するという意味のない行為より幾らかマシなものだと思ってる。
だって、シンプルじゃん。
無駄がない。
確実に完全に死んだって誰が見たって分かる。
これぞ殺人って感じ?
はは、冗談だって。
人を殺すことにマシもクソもないことくらい分かってるさ。
俺が言いたかったのは、どこで誰が首切ろうと、首切られようと、自分に関係ないならどうだっていいってこと。
誰だってそうだろ?
というわけで。
まぁ、ようやく本題に入るんだけど、そもそもさっきまでの前置きなんて俺にはどうだっていいし、もちろん語る必要だってない。そんな俺が何故ベラベラと意味分からんことを言ってるかというと、自分に関係ある事が起きちゃったからである。
「まさか、巷で噂の首切り殺人鬼を見てしまうなんてな。他人だったらすぐ逃げるけど、俺の妹が標的だったら甲斐性のない俺ですらさすがに行かざるを得ないじゃないか」
とりあえず、文句言ってみる。
はぁ…近道しようと思ったのが間違いだった。
そういえばここは、蛇が出るから立ち入り禁止にされていたんだっけ。
草木が手入れされておらず、ボーボーに生えてる。
昔はこの大木の近くで、妹と遊んでいたのに。
「あれ、北ちゃんだ。久しぶり」
悪びれもせず、へらっと笑う友人もとい殺人鬼。
「高校卒業して、北ちゃんは工場で働いてんだっけ?偉いなー。オレはこの通りプラプラしてんよ」
「プラプラついでに殺人か。その可愛い女子高生は俺の妹だ。早く返せ」
可愛い妹は白目むいて気絶している。外傷は見たところ無いから多分大丈夫だろう。
「…いもうと?」
チラリと俺の妹の方に目をやり、怪訝な顔をする殺人鬼。少しだけ考えた素振りをしたが、まぁいっか、と呟いた。どうやら覚えていないらしい。
「ていうかアレだね。殺人鬼ってバレちゃってるわけか」
「どうせアレだろ。死人から涙のやつ」
「そうそう。そのことはちゃんと覚えてるんだ。嬉しいよ」
そのことは?
まるで他のことを俺が覚えていないみたいじゃないか。
記憶力は良い方なのに、失敬な。
それはさておき。
死人から涙っていうのは、一番最初に言ったアイツの妄想だ。
首を切り落としたら、死者の瞳から美しい涙が流れる。
アイツの親父が死ぬ前に言ったそうだ。
その親父は嘘つきで有名で、多分アイツは自分の親父の正しさを主張したいんだと思う。
だから、首を切って観察する。
「でも、今のところ殺したやつは涙を流していないんだろう?」
「…まぁ」
「そりゃそうだ。それはお前の親父の妄想に過ぎないんだから」
「…親父の?」
「まぁ今はお前の妄想でもあるわけだけど…」
「ちょっ…ちょっと待って。何言ってんの、北ちゃん。そもそも親父まだ死んでないし、それに」
「死人から涙の話、オレにしたの北ちゃんじゃん」
………は?
「やっぱり、ズレてるよ。北ちゃんは記憶違いがハンパじゃないんだから。あとこの女子高生だけど、この子北ちゃんの妹じゃないよ。北ちゃんの妹、小学生のとき死んじゃったじゃん」
………何言って?
「北ちゃんとオレはそのとき中学生でさ、下校中に北ちゃんが話してくれたんだよ。事故で死んだ妹の首を切る夢を見たって。そんときの北ちゃんの顔、なんていうのかな、恍惚としてて、オレもいつかって思ったんだ」
………ちょ、待っ…。
「北ちゃんってさ、なんか夢と妄想と現実の線引きが曖昧だよね。気付いてないみたいだけど。たまに、いや頻繁に、情報が改ざんされてるっていうか。だからあの夢の話、実は現実だったんじゃないのかって…」
「ちょっと待てって!!」
さっきから何をほざいているんだこいつは。
記憶違い?
何が、どこから、間違ってる?
「じゃあ俺、妹がいるって勘違いしてたわけ?つーか死んでんの?さらにはお前の過去まで俺の妄想だって?そんなの…俺、頭がオカシイみたいじゃないか!」
叫んだ瞬間。
ざしゅっと音がした。
「いいじゃん、おかしくてさ」
女子高生の頭と。
女子高生のそれ以外。
人間という存在から、二つの塊になった。
殺人鬼は。
静かにしゃがみ込んで。
まばたき一つせず、頭に見入る。
瞳に魅入る。
どのくらい経っただろうか。
ちぇっ、と言って。
彼は立ち上がる。
「オレはいつ涙を見ることができるのかな、北ちゃん。これで6体目だから、いい加減捕まる気がするなぁ」
ざわざわする。
どこかで、見た光景。
「あ、生徒手帳発見。堀田…下の名前は読めねえなー。漢字難しい…。まぁ、北ちゃんと同じ名字じゃあないから、妹ではないっしょ。なんだっけ、北ちゃんの妹の名前。こ…ことみ…違うな……こ…こ」
「…琴子」
「そう!ことこ!…はれ?ようやく思い出した?」
「…違うんだよなぁ…。もっと…こう…」
「え?何?」
「ノコギリみたいにさ…。俺…いいナイフ持ってなかったから…」
「何ブツブツ言って…」
そう言いながら俺を覗き込むその顔面を俺は思いっきり叩きつけた。近くの大木にぶつかって苦痛の声をもらす。俺は間髪入れず腹に膝蹴りを食らわし、開いたアイツの口に自分の腕をすかさず突っ込む。
そして、いつもナイフを入れている内ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、彼の喉元に当てた。
「昔は力んで力任せにやっちゃったから…琴子、苦しがってさ。そりゃそうか…喉をすり潰すように…細胞を剥がすように…左右に動かしたもんで…」
ブツブツ言いながら、ナイフを喉に食い込ましていく。
声を出させないためにアイツの口に突っ込んだ腕は、噛み千切られて血まみれだ。だけど、痛くはない。
「はは、そういえば琴子も必死に噛んでたな」
懐かしくさえ思う。
ナイフは骨まで到達、さらに削れて、削れて。
あともう少し。
もう少しで。
ナイフを持った手を死に物狂いで動かす。
「おかしくて、いいじゃないか。おかしくて、いいじゃないか。おかしくて、おかしくて、可笑しくて」
ナイフが貫通した。
いきなり、消える感覚。
ゴトリと。
頭が転がる。
大木にもたれるように、胴体が倒れる。
俺は誰かを地面に押し倒したみたいな格好で、頭部と向き合う。
滝のような汗と涙が、体を伝ってアイツの顔にこぼれ落ちる。
ポタポタと落ちていくなか。
一滴だけ。
アイツの目に俺の涙が入って。
アイツの目が俺の涙を流す。
「これは一人じゃ成り立たないんだよ。首を切る側と切られる側が一つにならなきゃ駄目なんだ。お前のは、ただの殺人。俺のは………はは…ただの殺人か」
命を失った覇気のない瞳。
そこに俺の生きている証拠を。
「ほら、今。俺生きてる」
他の何かが命を失ったときにしか、命の尊さなんてわかりやしないんだ。
……………………。
「あ?」
俺は目を開ける。
草木がワサワサと鬱陶しいことこの上ない。
とりあえず起きあがろうと左手に体重をかけたとき、凄まじい激痛が走った。
「―――っ!?」
俺は身体を丸めて固くなった。
左手から大量の血が流れてる。
完全に抉られてるし。
「ってー…。何だってんだ」
目線を下げてみると、同い年くらいの男の頭が転がっていた。
「…………え」
俺はすぐに飛び退いた。
なんだアレ!ホラーかよ!
周りをよく見ると、首を切られたセーラー服の女の子の死体も発見してしまう。
「オイオイオイオイ…」
殺人現場かよ…。
というか、俺はなんでここに…。
記憶を辿る。
「確か…狂暴な犬が…突然腕に噛みついてきて……それで…逃げてきて…」
相当、全力疾走したんだろう。
シャツがびしゃびしゃに濡れている。
「それで…ここに辿り着いて……俺がここで倒れてたってことは…ああ…なるほど」
多分、ここに来たとき死体を見つけて、痛みとかショックとかで気絶してしまったわけか…。
どこまで運が悪いんだか。
ふと、右手にナイフを持っていることに気がつく。
ナイフには当然のように血が付着しており、右手にも怪我をしているわけじゃないのに、大量の血が着いている。
「…え…まさか…」
俺が……?
ってナイナイ。それは無い。
だってこんなナイフで人間の首を切り落とすなんて、相当の時間と体力が必要とされるし、それにこれは、狂犬に噛まれたとき抵抗してやったときの返り血で。
「なんで俺、ナイフ常備?って…あぁそうか、これ爺ちゃんが護身用にくれたやつで肌身離さず持ってるんだった」
おかげで助かったよ爺ちゃん。
なんて言ってる場合じゃねぇ。
死体どうすれば?
警察に通報?
「琴子のときは、大木の近くに穴掘って埋めたんだっけ…」
あれ?なんだ?今の。
なんで、事故で死んだ琴子を俺がこんなところに穴掘って埋めるんだよ。
あー多分ショックでこんがらがってんだ。
琴子は俺の可愛い妹だから埋めてあげたけど、コイツらは見たところ他人だからほっとこう。
俺は自分に関係ないこととは関わり合いたくないんでね。
ナイフを畳んでいつもの場所に戻し、体についた土や葉っぱを手で払う。
さ、早く手当てしよっと。
俺はそそくさと家に帰った。
………………………。
テレビからいつものように流れる殺人事件。
あぁ、他人事だ。
今度は首を切られた男女?
また、首切り殺人鬼か。
そういえば、友達の誰かが殺人鬼だったっていう夢を見たような。
自分の部屋から、リビングに降りる。居間にある仏壇を見て、何となく母さんに聞いてみる。
「琴子ってさぁ、なんで死んだんだっけ?」
「琴子?どの琴子よ」
「俺の妹」
「あーあんた妹欲しい欲しいって言ってたもんねぇ。でも、なんていうの?妹育成ゲーム?ぎゃ、ぎゃるげー?そういうのはほどほどにしなさいよ。現実に持ち込む若者が増加してるってテレビで…」
はは、なんだこれ。
そういえば、どこかで誰かが言っていたな。
俺は、夢と妄想と現実の線引きが曖昧だって。
ようやく分かった。
不安定だ。
俺の世界は。
今まで気にもしていなかったけど、よく考えたら違和感だらけだ。
何が夢で。
何が妄想で。
いったい何が現実だ?
左手の痛み。
狂犬に噛まれた記憶しか無いのに明らかに人の歯形がついていた。
ナイフ。
俺が生まれる前に既に爺ちゃんは死んでいる。
琴子。
俺の妄想の産物?
他にも、他にも、他にも。
ピンポーン。
チャイムがなる。
「はい」
警察がいた。
はは、なんだこれ。
結局なんなんだー!!って感じですね。ぜひ混乱してください。